第4話 アルバイト

 「昨日、ネコちゃんを見たの……」


あれだけ口が重かった、まどかの第一声がこれだった。


 「すごく久しぶりだったし、心配してたから追いかけて声をかけたの」


この街じゃ猫はよく見かけるけどな……。大金と何の関係があるのだろうか?とライトは思う。


「久しぶりって、猫なんかいつも見てるやん?何の関係があんの?」


翠も同じことを思ったらしい。


「あ、違うの。にゃーにゃー鳴くネコさんじゃなくて……」


「違うって…、まさか、あいつ……美音子をみたんか!?」


翠は去年までのクラスメイトの音無美音子の事を思い出す。


クラスが変わってからは以前ほど会う機会は少なくなり、更には噂で聞いたことではあるが、何やらバイトを始めて学校も休みがちとの事。

一応学校からお咎めが出ていないところを見ると、ちゃんと許可を取ったうえでの真っ当なバイトだと思うのだけれど、何をやって居るかまでは分からないし、聞こうにも中々会えなくなってそのままになっていた。


「そう、そのネコちゃん。ちょっと元気がなかったよ。心配だよね。」


ライトは、二人の会話から、ネコというのはどうやら二人の友達らしい事を知る。

しかしそのこと今回の事が繋がりそうで繋がらず、。仕方がないので、しばらくは黙って二人の話を聞くことに徹する。


「で、美音子に会ってどうしたん?」


翠が話の続きを促す。


「ん、ネコちゃんね、今までアルバイトとかしてたんだって。だからしばらく見かけなかったんだね。」


「ん、それはウチも聞いとる。でもそれが何やの?」


……中学生でお金が必要だからバイトしてた……なんか、厄介事に巻き込まれるフラグっぽいけど大丈夫か?


ライトはそう思いつつも無言を貫く。

黙って聞いてるだけってことがこんなに辛いとは思ってもみなかった。


「でね、明日までにあと3万円がどうしても必要なんだって。」


だから私も手伝うって約束をしたらしいが、中学生が1日でそんな大金を手に入れることができるはずもなく、どうしようか悩んでいるときに「サポ」という言葉を聞いたらしい。


「リフレしてサポしてもらえば、3万円ぐらいよ余裕~」と、廊下で他の生徒が話していたのを聞いたという。


ある意味、間違ってはいないが、間違っていると、ライトは頭を抱えたくなった。


どうなってるんだ最近の中学生は……などとおっさんが言いたくなる気持ちが理解できたかもしれない。



「あんたアホか。それよりネコがお金が必要な理由は聞いたんか?」


翠が怒った口調で聞く。


聞いてない、というまどかに対し、翠がキレた。


「なんでや?理由も聞かんで、なんでお金貸すんや。人の事はほっとけばいいやんか。なんであんたがそこまでするんや?」


「友達だもん!友達が困ってたら助けるの当たり前だよ」


まどかも強い口調で言い返す。


「それに……。」


ネコちゃんのあんな顔見たらほっとけないよ・・・まどかが小さな声でつぶやく。


「だからって、なんでまどかがサポ受けようとするんや。大体アンタ、意味わかっとるんか?」


翠がまどかの耳元に口を近づけて何やら話す。。


それを聞いているまどかの顔が徐々に赤く染まっていく。


実に分かりやすい反応だ。


おそらくまどかは本当に「ただお話しするだけ」だと思っていたに違いない。


うつむいたまま、翠に何やら話しかけ、それに対し翠はなだめるように答えていた。


真実を知ったまどかは、もう二度とこんなことをしようとは思わないだろう。


少なくとも、一人の少女が犯罪に巻き込まれるのを未然に防ぐことが出来ただけでも、今回の事に意味はあるのではないかと思う。


そんな事を考えていたライトだったが、何時しか二人の少女が会話を止めて自分を見つめていることに気づく。


「えっと、どうした?」


「聞いとったやろ?明日までにお金が必要なんや。」


「お願いです。お金を貸して下さい。何でもしますから!」


 今にも泣きだしそうでいて、それでも意志の強い目で必死に訴えてくるまどか。


 何があっても諦めることを知らない、意志の強さを感じさせる目だ。


 この目はよく知っている。ライトの知るまどかもよく同じ目をしていた。そして決まって様々なことに巻き込まれることになる…まぁ好きで巻き込まれていたともいえるが。


そんな目を持つ子が「何でもする」というなら、それは本当に何でもするのだろう。

そんな彼女に微笑ましさを覚えつつ、その中に潜む危うさがすごく気になる。


「何でもします」……世間知らずの子供がよく使う言葉だが、その言葉に秘められている危険をわかっているのだろうか?

ここは世間の厳しさ、怖さってものを教える必要があるか。

それを知れば諦めるだろう。こういっては何だが、世の中には出来ることと出来ないことがある……。彼女たちもそろそろそういうことを知るべき時期に来ているのだと思う。


 

「何でもする…か。じゃぁ、脱げよ」


「えっ?」


まどかが何を言われたかわからないって顔をする。


「服を脱げって言ったんだよ。何でもするんだろ?」


言われたことの内容を理解し、真っ赤になりうつむいてしまうまどか。強く握りしてていた手も力が抜けていく。


「出来ないだろ?何でもするってことはそう言う事だよ。わかったら気軽に何でもするなんて言うな。」


これで諦めてくれるだろう。後はこの場を立ち去るだけだ。美音子という子の事情は知らないが、それは彼女の事情であって、他人がとやかく言えることではない。

無職になったから金がない、って理由では決してない。ないったらない。


力になる、と言いつつ何も力にもなれないことに心苦しさを覚えつつ、その場を立ち去ろうとするライト。


「……た。……ぎ……す。」


 まどかがうつむいたまま何かをつぶやいているが、声が小さくて聞き取ることはできなかった。


「じゃぁ、これで……」


サヨナラだと言おうとしたが最後まで言う事が出来なかった。


なぜなら、目の前の女の子がおもむろにセーラ服に手をかけ、脱ぎだしたからだ。


「ちょっ、まっ……」 


慌てて止めようとしたが動揺しすぎて声にならず……それでも止めようとする理性が働いたのか、思わず手が出てしまった……ちょうどブラを外そうとしているその胸元に。


時間が止まった……現実には本当にわずかな一瞬に過ぎないが、確かに時間が止まったと感じた。


そして止まった時間の中で加速する思考が状況確認をする。


「金が欲しければ脱げ」という直前の会話。そして、目の前の半裸の女子中学生。その胸元に手を当てている成人男性…俺。


……うん、コレ詰んでる。俺終わったよね。……どうしてこうなった~!


「何やってんねん!」


 翠の声に、止まっていた時間が動き出す。


 慌てて手を放し「早く服着ろ!」と叫ぶ俺。


「でも…だって…」と言いながらしゃがみ込んでしまうまどか。


「いいから、早く服着ぃ!」と俺たちの間に割り込む翠。


「まどか何考えてんねん。あんな変態の言う事聞いて服脱ぐなんてアホちゃう?大体、服脱いだら写真撮られて、今度はその写真で脅されてもっと酷い事されるんやで!」


こっちをキッっとにらむ翠。


そこまでするつもりは……まぁ、翠が言っていることも間違いではない。

そういう危険をはらんでいる、という事を教えたかったのだから。

だからと言って本当に脱ぐとは……。


……いや、あの手のコはそういう突拍子もないことをしでかすってことをよく知ってたはずだろ?


ライトが自分の浅はかな考えに見悶え、反省している間に、翠がまどかの服を整える。


「落ち着いたか?」


まだ、しゃがみこんでいるまどかに声をかける。


「とにかく、だ。お金を稼ぐってことは簡単なことじゃない。ましてや何でもする、なんてことは女の子が気軽に口にするもんじゃないよ。」


「そうや、そこの変態みたいなのに傷モンにされるんやで!」


「変態って……」


「そこのロリコン、何か?警察に駆け込んでもええんやで?」


「……何でもありません」


にっこりと笑いながらスマホを指さす翠に対し、何も言えなくなるライト。


「ぐすん……でも、お金がないとネコちゃんが……。」


「だからって、まどかがロリコンの毒牙にかかるのはちゃうやろ?」


いや、ロリコンじゃないし、毒牙にかけようなんてことは……なかったはず。


「でも……だったらどうすればいいの?……ネコちゃんを助けたいんだよぉ。どうすればいいの?教えてよぉ。」


まどかの悲痛な叫びが、その場に響く。


「助けたいいうてもなぁ……」


泣きじゃくるまどかを抱き寄せながら翠も困った顔で考えこむ。


「なぁ?親とかに相談してみればいいんじゃないか?」


一般成人として、当たり前の提案をしてみる。


この子たちはまだ義務教育中の未成年だ。お金等経済的なことに関しては親に責任がある……はず。


「……。」


「相談できるんやったら困らへんわ」


まどかは顔を伏せ、翠は言いたくないというように小さな声でそう返す。


二人の表情から、親関連に関してよほど深い事情があるんだろうと気づく。


あの子も……まどかもよく同じ表情を見せていた。


あの頃は、俺も幼すぎて理解できていなかった大人の事情。ある程度理解出来るようになってからも、やはり子供だから何もできなかった。


あの子の笑顔を見たくて……でも何もできない自分が情けなくて。


ここに同じような表情を見せる二人がいる。そして、俺はあの頃よりできることが多くなったはず……なったと思いたい。



「なぁ、二人ともアルバイトしてみないか?」


 だからだろうか?二人の笑顔を見るため、俺にできることをしてあげようと声をかける。


「「アルバイト?」」


突然の提案に、疑問符が浮かぶ二人。


「あぁ、まどかちゃんと、翠ちゃん、それともう一人の美音子ちゃんだっけ?3人でバイト。一人1万円」


「それはいいですけど……でも明日までにお金が必要なんですよ?」


「ウチらに何させる気や?変なことはお断りやで?」


まどかは困惑気味に、翠は訝しげに聞いてくる。


うん、そうだよね。いきなり言われても怪しいよね。逆に即答されたら将来が心配になるよ。


ちょっと安心、と思いながら二人に提案を続ける。


「二人がOKなら、バイト代は前渡しでこの後すぐ払うよ。美音子ちゃんの分もね。その代わり必ず三人でバイトするようにね。バイトの内容は……」


一呼吸置き、二人を見る。二人とも素材は良い。これならいけるはず、と思い言葉を続ける。


「写真のモデルだよ。」

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