第9話 義妹

「真理、この子達の事知ってるのか?」


「お姉ちゃん、ライトさんのこと知ってるの?」


「真理さんのお知り合いですか?」


「あやちゃんって誰のことやねん?」


 ライト達が口々に叫ぶ。



「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに一遍に言われても分かんないわよ。」


 真理がアタフタとしながらみんなを宥める。


「悪い、ちょっと混乱した。」


 最初に立ち直ったのはライトだった。


 ライトは運ばれてきたばかりのコーヒーを一口飲み、ほっと一息つく。


「少し整理する時間をもらっていいか?」


「ウンそうしてくれる?その間に通報しておくから。」


「をぃ。」


「冗談よ。ちょっと私の分の飲み物取ってくるわね。」


 真理はクスクス笑いながらカウンターの方へ歩いていく。



「えーと、その、何だ……、キミ達は真理の知り合いなのか?」


 突然の出来事にボー然としていた三人は、コクコクと頷く。


 それならそうと、先に言ってくれよ、とライトは毒づくが、まどか達も同じことを思っているに違いなかった。


「ライトさん、お姉ちゃんを知ってるんですか?」


 まどかがおずおずと言った感じで聞いてくる。


「そう、その『お姉ちゃん』だ。真理に妹はいなかったはず。」


「出来たのよ、……5年前にね。」


 真理が戻ってきてそう答える。


「それって一体……。」



 ライトが詳しく話を聞こうとした時、店の外にミニパトが止まり、一人の婦警が店内へ飛び込んできた。


「あら、早かったわね。」


「おい、マジで通報したのか?」


「当たり前じゃない、こんな面白い事黙っていたら、後で怒られちゃうからね。」


「真理っ!れーじんが女子中学生を拐かしたって……あたっ!」


 ライトに頭を叩かれ、涙目になるみやび。


「アタタ……って、まどかちゃんにミドリちゃん、後そっちは美音子ちゃんね。」


 みやびが座っている三人を見て「一体どうしたの?」って聞いている。


「えっと、ライトさんに拐かされた1号です?」


「同じく2号や。」


「えっと、3号?」


「オイ、お前らこの状況でそれ言うと、シャレにならなくなるからやめろっ。」


 ライトが頭を抱えながら三人に訴える。


「てへっ。」


 悪びれた様子もなく、くすくすと笑うまどか……ホント、いい性格してるよ。



「えっと、れーじん、説明してくれる?」


「……俺が聞きたいくらいなんだがな。」


 ライトはそのまま天を仰ぐ。


 そこに青空が見える筈もなく、ライトの目に飛び込んできたのは、それなりに掃除がされたヴァリティの天井だった。



 ◇



「えっと、まず関係を整理したいがいいか?」


 ライトの言葉に、皆が頷く。


「その前に……みやびはいいのか?まだ仕事中だろ?」


 ライトはストローでアイスコーヒーを飲んでいるみやびに声をかける。


「公務だからいいのよ。」


「公務って……。」


「あそこに書いてあるでしょ?」


 そう言ってみやびが指さす先には『警察官立ち寄りの店』という小さな札があった。


「いや、あれとこれとは話が……。」


「公務って言ったら公務なのっ。それに、昨日の事でこの子達にも話を聞きたいしね。」


 みやびは意味ありげに三人をちらっと見る。


「まぁ……みやびがいいならいいけど。」


 ライトはそれ以上言うのを諦めて話を戻す。


「まず、まどかちゃんの事だけど……真理の妹??」


「そうよ、5年前に出来た可愛い妹よ。」


 真理はそう言いながらまどかを抱きしめる。


「でも、名字が……。」


 真理の苗字は鹿島だが、まどかは初めて会った時に『野原』って名乗っていた。


「それは色々あるのよ。」


 まどかは顔を伏せ、真理の眼は「あとでね」と言っている気がした。


「まぁ、いっか。とにかくまどかちゃんは真理の妹って事でいいんだな。」


「そういう事。でもその様子だと、れーじんミドリちゃんの事も知らないんでしょ?」


 みやびが場の雰囲気を変えるように明るく言ってくる。


「ミドリ?まどかちゃんの親友だろ?」


「そうそう、そして、清文の妹なのよ。」


「…………マジ?」


「マジマジ、大マジ。」


「いや、だって清文に妹なんて……。」


「親が再婚してね、相手の連れ子がミドリちゃんなの。しかも清文ったら溺愛しててねぇ、れーじんが隠れてミドリちゃんと会ってるって知ったら、清文荒れるかもね。」


「俺、明日、原因不明の腹痛起こしていいかな?」


明日の夜は、久々に清文とここで会うことになっている。

それなのに溺愛しているらしい義妹とこうしてあっていることがばれたら、どんな反応をすることやら……。


小学校の時、真理と仲良くしていただけであれだけ嫉妬されたのだから、今度も面倒なことになるのは目に見えている。


「ライトはんも、おにぃのこと知っとるん?」


 ライトとみやびが話しているとミドリが声を掛けてくる。


「そうだ、ミドリちゃん、これあげるから、清文には俺と会ったこと黙っておいてくれないか?」


 ライトはミドリに小冊子を手渡す。


「これなんや?」


 ミドリは手渡された小冊子をペラペラッとめくり、そのまま固まる。


「Yukiの直筆サイン入りブックレットだよ。この世に10冊しかない正真正銘のレアモノだよ。」


「Yuki?何で、れーじんがそんなの持ってるの?」


Yukiという単語にみやびが食いついてくる。


「そのCDのジャケ写撮ったのがあやちゃんなんだって。」


 ライトが答えるより早く真理が答える


「そうなんだ。だから何枚もあるんだね………、私も1枚もらっていい?」


 みやびがCDを手にしながら聞いてくる。


「いいよ。まだ100枚近くあるから。」


「何でそんなに持ってんのよ。」


 100枚という言葉に驚くみやび。


「ギャラだよ。その仕事の報酬が現物支給。Yukiが言うには「必ずビッグになるからその時はプレミアがつくよー」だって。だからそれやるから、みんなに広めてくれ。で欲しいって言う奴がいたら売るから紹介してくれ。」


「ハイハイ、売れるといいね。」


 ライトとしては、かなり真面目に言ったつもりだったのだが、みやびは軽く受け流す。


「ライトはん、おにぃの機嫌取るならCDもう一枚貰うてええか?おにぃもYukiのファンなんや。」


「構わないけど、清文がYukiのファン?」


「そやで、ウチは元々おにぃに薦められて聴いたのがキッカケやったんや。」


「へぇ、清文がねぇ……。」


「れーじん、どうしたの?意外そうな顔して。」


 ライトの顔が余程おかしかったのか、みやびがそんなことを聞いてくる。


「いや、意外なんだよ。清文って、芸能人とか流行の歌とかに無頓着な奴だっただろ?それが、インディーズでしか活動していない、ぶっちゃけ無名のYukiのファンだって言うのがね。」


「確かにそうだけどね、アレから8年だよ?人は変わっていくんだよ。」


 そう言うみやびの顔は少し寂しげで、ライトは何もいえずにいた。



 ◇



「結局Yukiの話だけで終わちゃったな。」


「仕方がないですよ。でもみんなライトさんのことを信用してくれましたし、良かったんじゃないですか?」


 ライト前に座って紅茶を飲んでいたまどかが答える。


「良くないよ!まどかはコレからお説教だからね。」


 その隣に座っていた真理がまどかの頭を軽く小突く。


 あれから、ライトとまどか達が、どの様にして出会ったのか、その原因についても話したところで、今日はもう遅いから、と解散になった。


 ミドリと美音子は、みやびが送っていくと言って半ば無理矢理ミニパトに乗せていった。


 まぁ、妹がパトカーに乗せられて帰宅したと知った時の清文の顔は見物ではあるが、御近所のことも考えてあげなよと、思わないでもない。


 まどかへのお説教が一段落したところで、真理が、まどかちゃんの事を話してくれる。


「まどかの本当の両親とウチの父親が親友だったのよ。それでね、久しぶりに会うことになって、まどかの家族がこちらに来る途中に事故にあってね……。」


 事故でまどかちゃんの両親は亡くなり、まどかちゃんをどこが引き取るかで親戚一同が大層揉めたらしい。


 引き取りたくないという話ではなく、ぜひ引き取りたい、というのは良かったが、その理由がまどかちゃんの両親が残した多額の遺産だったという。


 遺産を巡って、親類が醜い争いをしている間、まどかちゃんは施設に預けられていた。 


 そのような状況が許せなかった真理の父親は、半ば無理矢理にまどかちゃんを引き取ると言って施設から連れ出した。


 当然遺産を狙っていた親族から激しく突き上げられるが、真理の父親は裁判も辞さないと徹底的に戦う姿勢を見せた。


 結局、1年近くまどかを施設に預けていたという事実が、親戚一同に不利に働き、鹿島家は無事にまどかを養子に迎える事が出来るようになったのだが、長く醜い親戚の争いを見てきたまどかの心のケアの為に、籍を入れるのを保留にする。


 ここでまどかの苗字が、『野原』から『鹿島』に変わってしまうと、両親との唯一の繋がりが消えるとまどかが感じていた為、無理強いをするのは良くないとの判断からだった。


 それからまどかは鹿島家の実の子供と何ら変わることなく育てられ、家族中も良好、まどかも鹿島家のみんなを「お父さん」「お母さん」「お姉ちゃん」と違和感なく言えるようになった頃、今度は鹿島家の両親が事故で亡くなる。


 丁度、まどかが中学に入学する直前で、中学に入学する記念に正式に養子として籍に入れようと話し合った矢先の事だったらしい。


「だからね、まどかの苗字は『野原』のままなのよ。私が管財人でもあるし、私の養子にしても良かったんだけどね。」


「お姉ちゃん結婚もまだなのに、子持ちじゃぁ可哀想だもん。」


「まどかがこういうからね。でも、籍が入ってなくてもまどかは私の可愛い妹であることは間違いないのよ。」


 真理はそう言いながら、まどかを抱きしめる。



「成程ねぇ、しかし、ほぼ同時期に真理と清文に義妹が出来たってか。これも運命とでも言うのかね。」


 「お姉ちゃん苦しいよぉ」ともがいている、まどかを見ながらライトは呟く。


「まぁね、偶然にしても出来過ぎよね。」


 ライトの呟きが聞こえたのか、まどかを抱きしめる腕を緩めながら真理が答える。


「でも、その偶然がキッカケで清文とつき合う様になったんだろ?」


 ライトはからかうように言う。


「な、何で知ってるのっ!」


「みやびが教えてくれた。ついでに、現在ケンカ中って事も。」


 昨晩、みやびを家まで送って行った時にみやびが言ったのだ。


「いーい、れーじん。真理が綺麗に成長したからって、手を出しちゃダメだからね。真理は清文とつき合ってるんだからね。今ちょっと喧嘩してるけど、だからと言ってそこに付け込んじゃダメだからね。……ちょっとぉ、ちゃんと聞いてるぅ?」


 まぁ、本人はかなり酔っていたようだから、憶えているかどうかは、微妙なところではあるけども。


「みやびぃ……。」


 真理がガックリとうなだれる。


 そんな真理の頭を、ヨシヨシと撫でるまどか。


「お姉ちゃんね、ちょうど今ぐらいの時期になると霧島先生とケンカするの。もう毎年の恒例行事みたいなものなんですよ。」


「そうなんだ。」


 ライトは軽く頷くが、今のまどかの言葉に引っかかるものを感じた。


「……霧島……先生?」


「あやちゃんに言ってなかったっけ?清文はこの春から杏南中で先生やってるのよ。」


「へぇ、清文が先生ねぇ……体育教師か?」


 ライトがそう聞くとまどかは不思議そうな顔をし、真理は笑い出す。


「そう思うでしょ?でもね、なんと国語を教えてるんだって。」


「あの脳筋が国語ぉ?」


 ライトは思わず声を上げてしまう。


「ねぇ、笑っちゃうよね。」


 ツボにハマったのか、真理はケタケタと笑い続ける。


 ライトも思わず笑みがこぼれる。



「あの?霧島先生が脳筋ですか?国語の先生と言うのがそんなにおかしいですか?」


 まどかだけは訳が分からず、不思議そうな顔をしていた。


 

 清文は、ライト達の中では一番の理屈屋だったが、同時に考えなしでもあった。


 なにかにつけて理屈を捏ねる癖に、何か事が起きた場合は、その場の感情や思い込みだけで行動していた。


 ある時、喧嘩の仲裁をしたことがあったが、それぞれの事情を聞く前に、両方を殴り倒してから「ケンカは良くない。暴力の前に相手の事情を理解するのが大事だ。」と言っていた。……清文はそう言う奴だった。


 ライトも、どちらかと言えば、その場のノリで動く方ではあったが、それ以上に邦正と清文の暴走が激しかったせいで、まどかと一緒にフォローに回る事の方が多かったのだ。



「まぁ、少なくとも奴の授業を聞いてみたいと思えるぐらいには……ね。」


 ライトは深くは答えず、それだけを言う。


「だったら、今度の授業参観、真理と一緒に行ってくれば?」


 いつの間にか戻ってきていたみやびがそんな事を言う。


「あ、みやび、お帰り。どうだった?」


「ウン、清文が相変わらずだった。それから明日は遅れて来るって。後、れーじんに伝言。」


「俺に?」


「そのまま伝えるね「レイのバカヤロー!お前と素面で会えるかっ!飲んでから行くので待ってろよ!」だって。」


 ……まぁ、気持ちはわかる、とライトは呟く。


 ライトとしても、どんな顔してなんて声を掛ければいいか分からなかったからだ。


「それからまどかちゃん。」


「は、はいっ!」


 みやびが真面目な顔でまどかを見つめる。


「真理から何度も言われたと思うけどね、私からも言わせてもらうよ。」


「はい……。」


 まどかが項垂れる。


「いーい?まどかちゃんの気持ちもわかるけど、もっと私達に頼って欲しい。「大人」を信用しろなんて偉そうなこと言わないけどね、少なくとも真理や私はまどかちゃんの味方だよ。何があっても全力で助けてあげる。だから一人で悩んで抱え込まないでね。」


「はい、ゴメンナサイ。」


 項垂れるまどかを真理が抱きしめる。


「あなたが友達を助けたいと思った事はすごくいい事だよ。でもね、一人で出来る事なんて限られているの。だから私達を頼って欲しいな。」


「うん、うん、お姉ちゃん、ごめんね。」


 泣きながら抱き合う姉妹を見て、よかったと思う反面、ライトの心の中に昏いモノが淀んでいく。


「なぁ、もしまどかちゃんが相談してきたら、どうするつもりだったんだ?」


 我ながら、酷い質問だとライトは思う。


 しかし、苛め及びそれに類する問題は、では何の解決も出来ない事を知っている。


 だから聞いてみたくなった。


 かっては仲間だと思っていたこの二人が、あの時何も出来なかった二人が、どう考えているのかを……。



「あやちゃんなら、そう聞いて来るよね。」


 イジワルなんだから、と真理が言う。


「そうね、私なら取りあえず、お金をまどかちゃんに渡してその場を凌ぐわね。その後は、公の事件として告発、その三人を社会的に抹殺するまで……少なくとも、この町に居られなくなるまで戦うわよ。このお店に来てくれる人の中には、それなりの権力を持ってる人もいますからね。」


「だけど、それじゃぁ、まどかちゃん達が学校に行きづらくならないか?」


「行かなくてもいいじゃない。別に学校に拘らなくても、居場所があればいい、……違う?」


 真理の言葉に、聞いていたまどかが吃驚している。


 まさか、自分の保護者が「学校なんか行かなくていい」などと言うとは思っていなかったのだろう。


「成程ね……みやびは?」


「私も似たようなモノよ。国家権力を駆使して恐喝してきた三人を排除するわ。今回の場合、継続的なイジメに発展する前だったから、原因を取り除けば問題ないでしょ。」


「オイオイ、仮にも警察官がそんな一方的な事でいいのかよ。」


「いいわけないでしょ。でもね、私は私の大事な人を守るために警察官になったの。世間的に間違っているとかいないとかどうでもいい。私は私が守りたい人さえ守れれば後はどうでもいいのよ。人として、警官として間違っていたとしてもね。」


 みやびはきっぱりと言い、そしてまどかちゃんを見て続ける。


「だからね、真理の大事な妹のまどかちゃんは私が守るよ。でもね、それ以外の人については責任を持てない。いくらまどかちゃんが助けたいと思ったとしても、それによってまどかちゃんが傷付くことは私は許容できない。その人を見捨てることによってまどかちゃんが助かるなら、私は見捨てる。たとえまどかちゃんから恨まれることになったとしてもね。酷いこと言うお姉さんだと思うかもしれないけど、それだけは覚えて置いてね。」


 二人がいう事は、世間から見れば間違っているかもしれない。


 だけど、まどかちゃんを守りたいという気持ちに間違いは無く、何かあれば必ずまどかちゃんを守ってくれるだろうという事はよく分かった。


 あの時……こう言ってくれる人が居れば、俺も、まどかも、また違う未来を選択したのかもしれない。


 二人の話を聞きながら、ライトはそんな事を考えていた。



「ところで、れーじん?」


 みやびが、こちらを向いて詰めよってくる。


「アンタまどかちゃんに『金をやるから服を脱げ』って迫ったんだって?」


 問い詰めるみやびの眼が座っている。


「あやちゃん、どういう事かなぁ?」


 真理も詰め寄ってくる。


「違うっ!違わないけど違うんだっ!……まどかちゃんからも何か言ってくれ。」


 その場から逃れる様に、ライトはまどかに助けを求める。


 確かに「服を脱げ」とは言ったが、アレはまどかちゃんに大人の怖さを教える為であって……。


「えっと、確かに『服を脱げ』って言われました。私はお金が必要だったから言われた通りに……。」


「をぃっ!」


 その場の空気が凍り付く……。ライトが逃れる術はすでにない様だった。


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