第31話 “隷属の首輪”って、なんじゃい

 再び駿馬に変わったエテルナにまたがり、わしとテネルは街道を進む。追手の気配はないが、行く先はプルンブム侯爵が守っておるダンジョン、となれば敵が待ち受けておるのは確実じゃ。


「エテルナ、テネルの護衛まもりを頼むぞ」

「わたくしのことはお気遣いなく。それより、アリウス様を」

“だいじょぶ! アリウスさま、さいきょー、だから”

“わふん!”

「そんなところじゃ。わしを害せる者は……この国にはおらん」


 わしの後ろに座るテネルから驚いた様子は伝わってこん。それどころか、微笑むような気配があった。


「本当だったのですね」

「アリウスが魔の者をその身に降ろしたことかの」

「それはお会いしてすぐわかりました。元のアリウス様は、魔力こそ多くお持ちでしたが魔圧はそれほど高くはありませんでしたから」

「ほう?」


 わしとてバレんように気を使っておったとは言えんが、そんなにすぐわかるほど違うものかのう。


「見えているのが同じ広さの水面みなもであっても、湖水と海原うなばらほどに」

“そ~、油断してると、のまれちゃう~”

“わふん♪”


 テネルと魔物たちはキャッキャと笑いながらうなずき合う。そう言われても対応に困るがのう。


“てねる、わかってるよね~?”

「はい」


 ふむ。これから荒事になるというのに、隠し事をするのもなんじゃな。わしに呼び掛けるときエテルナが呼び方に戸惑っておるのも考えもんじゃ。


「わしが、元魔王であると?」

「ええ。おそらく、スタヌム伯爵ちちもです」


 テネルは炯眼であると察してはおったが、そこまでとはな。スタヌム伯爵は、幼少の頃にわしとうておるようなので、それもあるやもしれん。


“へーか、まちぶせ~”


 さっそく元の呼び方に戻して、エテルナが声を掛けてきた。待ち伏せている敵の姿が、先行していた平行化個体パラレルドエテルナからわしらの頭に送られてくる。

 街道の先、二キロ半里ほどか。二両の馬車を楔形に組んで、道を塞いでおるな。その後ろには盾持ちの槍兵と弓兵が二十やそこら。

 馬はくびきから外しておるあたり、阻止できねば追ってくる算段なんじゃろうが……プルンブムの領兵は騎乗用の馬も支給されんのかの。


「ううむ……」

“たおす~?”


 並走する双頭の黒狼オルトロスを見ると、やらせて欲しいとばかりに尻尾をブンブン振っておった。


「オルト、突っ切る隙を開くのじゃ」

“わふん!”


 駿馬エテルナは馬に速度から、さらに足を速める。オルトはそのさらに先へと、矢のように加速してゆく。

 わしはテネルの脚を叩いて注意を促す。万一の流れ矢を考えて頭を下げさせ、こちらの腰につかまらせる。


「おい、きた……ぞふぁッ!?」


 すれ違いざまに聞こえてきたのは、そんな微かな声だけだった。槍兵たちはオルトの巨体に馬防柵ごと弾き飛ばされ、弓兵は狙いどころか矢を番える間もなかったようじゃ。

 ちらりと振り返ったとき、まだ動けそうな兵たちが脚から血を噴いて崩れ落ちるのが見えた。あれはエテルナではなく、オルトの爪じゃろ。


「でかしたぞオルト。馬を殺さんところが紳士的じゃ」

“わふッ!”

「ありがとう、オルトちゃん!」


 わしとテネルに褒められて、オルトは嬉しそうに尻尾を振る。

 さて、ダンジョンまであと十二キロ三里ほどじゃ。そろそろ気を引き締めんといかんな。


◇ ◇


 侯爵領のダンジョンは、山の裾野に入り口がある地下型のものじゃ。入り口の周囲は木々も岩も取り払われて、近づく者があれば一キロ四半里先からでも見渡せるようになっておる。

 わしらは向かい側の山に登って、崖から領兵の配置を見下ろしておった。


侯爵領ここらでは、ダンジョンに冒険者を入れる気がないのかのう?」

「隣接したスタヌム伯爵領わたくしのところですら、侯爵領の話題はあまり入ってきません。領境の警備が厳しいので出入り自体が少ないようです」

「冒険者が来んのであれば、ダンジョンの活性化以前に魔物の間引きもできんではないか」

「駆除や管理に領兵を使っているか……あるいは、攻略に向いた人材を直接雇用しているのかもしれません」


 テネルの予想通りだったとすれば、その目的は産出資源を丸ごと領主が総取りすることじゃろうな。侯爵側そちらの都合だけならば、なんとか腑に落ちる。

 しかし、冒険者は命懸けの職じゃ。最低限の規則こそあれ、他人に行動を縛られるのを嫌うと聞く。


「雇い兵になってまでダンジョンに潜るやつがおるもんかのう。よほど実入りが良いか、逆らえんほどの強制か……」

“へーか、くびわ~”

「え?」


 エテルナの言葉に、テネルが声を上げた。

 不可視の隠蔽魔法で姿を消した分身パラレルドエテルナが、入り口を守る兵たちに忍び寄る。その首筋に填まっておる首輪は、どこぞで見覚えがあるような。


「……あれは、“隷属の首輪”ですね」

「なんと呼ばれとるのかは知らんが、魔界で作られた魔道具じゃの」


 正確に言えば、わしが大昔に作ったもんじゃ。厄介な魔物を調教するために生み出した労作だというのに、身勝手な都合で悪用しよって……。


「ここまでに見た足止めの兵やごろつきどもには、あんなもの着いておらんかったがの。エテルナ、数はわかるか」

“だんじょんまえの、へいたい、みんなつけてる~”


 ダンジョン前に布陣した兵全員、となると五十近いのう。

 テネルによれば、“隷属の首輪”は相当に高価で希少な魔道具。その上、禁忌として国の規制が掛かっておるそうな。それを四、五十も――ここにいない兵たちも含めばその数倍になろうが――揃えておる時点で、相当な企みと後ろ盾があると証明しておるようなもんじゃの。


「アリウス様、どうされますか」

「どうもせんの。邪魔をすれば排除するし手向かえば殺すが、目的はあくまでもダンジョン・コアじゃ。さっさと奪って活性化を止める。避難民がれば助ける。それだけじゃ」


 駿馬の姿から鞘豆の形になったエテルナが、わしとテネルを背に乗せてクスリと笑う。わしらのる崖の上からダンジョン入り口のある平地までは、優に五十メートル半町以上の高低差があるんじゃがの。


“それじゃ、いくよ~♪”


 やはりそうなるのか。わしらを乗せたエテルナは迷いもなく、まっすぐに飛び降りよった。

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