悪役令嬢に転生したのは、魔界最強の♀魔王でした

石和¥「ブラックマーケットでした」

第1話 “おわこん”って、なんじゃい

「オワコン魔王コルナハン! いまこそ貴様を成敗するッ!」

「やかましいわ。なんじゃ、いきなり」


 魔王の執務室に踏み込んできた魔族連中をチラリと見て、わしは書類に向き直る。なんやら知らん単語が混じっとるが、どうせ若いモンの流行り言葉を一周遅れで真似とるんじゃろ。


 こっちは今日も今日とて、裁可待ちの案件が山積みじゃい。魔界の政務に追われとる身からすれば、アホどもと遊んどるヒマなどないわ。


“へーか、こっち要確認ね〜”

“至急が四十七件、処分検討が二十三件あるよ〜”

「ああ、了解じゃ……まったく、なんぼ処理しても減らんではないか」


 魔王デスクの周りでは、賢く勤勉なスライムたちが、せっせと書類を分類してくれとる。わしが“永遠エテルナ”と名付けた、おともスライムたちじゃ。

 賢い彼らは意識と能力の並行化により、手分けして「既決」「未決」「要確認」「却下」「処分検討」「厳罰対処」などに分けてくれとるんじゃが……魔族の特性か、バカが増えすぎたか。すんなり「既決」になるものは、ほとんどない。


「ほれエテルナ、これで二件既決じゃ」

“へーか、未決四件追加ね〜”

「増えとる!?」


「聞けい魔王!」


「……まだったんかい。なんの用じゃ」

「貴様のような老害に、これ以上この魔界を好き勝手にはさせん!」


 わしが好き勝手にしとるように見えるんか。もう十日は机に張り付いたままなんじゃがの。遠くから眺めておるだけでは、他人の苦労など分からんのか。


「なにが老害じゃ。素顔を隠す魔王装束で知らんじゃろうが、こう見えて見目麗しき国の乙女じゃぞ」

「嘘をつけ!」


 扉の前で騒いでおる魔族は七名。どいつもボンヤリとモヤがかかったようになっとるのは認識阻害の黒魔法じゃが……魔王の前では、そんなもん、あってもなくてもおんなじじゃ。

 見たところ上級魔族の魔人族イヴィラ吸精族ヴァンプが中心で、用心棒に中級魔族の龍心族ドラゴネア虚霊族ファントマが一名ずつ。

 中級魔族の小匠族ドワーフ森精族エルフ、下級魔族の獣人族ウェア貪魔族ストゥープスはおらんようじゃの。

 あやつら他種族たにんを信用せんからのう、頭でっかちの屁理屈には乗らんじゃろ。


「貴様に逃げ場はないぞ! 積年の悪行もここまでだ!」

「まったく、度し難いのう……逃げ場がないから困っとるんじゃろうが」


 アホどものいう“悪行”とやらが何かは知らんが、こっちは常に時間と予算と人材のやりくりに追われとる。

 ああ、それと魔界の文明的生活を支える大宝珠への魔力供給もじゃな。


 逃げられるもんならすぐにでも逃げたいとこじゃが、あいにく代わりはおらん。わしが手を止めたら魔界の暮らしは破綻し、暗黒時代に逆戻りじゃ。


「しょうもない能書きを聞いとる時間はないんじゃ。軍務なら軍務相、政務なら政務相、財務なら財務相を通さんか。なんのために強権分離を果たしたと思っとるんじゃい」

「黙れ国賊!」


「あ?」


 国賊って、なんじゃい。

 わしは日がな一日年がら年中、ずっと魔界を良くするために働き続けて、ベッドで寝るのは月に一度、家に帰るのなぞ数年に一度なんじゃが。

 即位してから百余年、自分のために何かをした記憶がない。


 こんなもん、国賊というより国畜じゃろがい。


「代わりたいっちゅうなら、いつでも代わってやるぞ?」

「貴様の浪費と蓄財と圧政で、どれだけの民が傷つき苦しんで来たか!」

「……聞けい、ちゅうといて、ぬしらがひとの話を聞いとらんじゃろが」


 浪費。浪費か。遊ぶどころか風呂もろくに入れん日々で、なにをどう浪費するっちゅうんじゃ。それなりに蓄えは持っとるが、単に使う暇がないだけじゃい。

 国庫からの支出は、せいぜい貿易相手と会食をするくらいかの。あんなもん、部下たちが円滑に作業を進めるための調整と根回し。嬉しくも楽しくもない接待じゃ。


 “圧政”の方は、あれじゃな。階級制度と既得権益の段階的撤廃。そして魔界の住人に教育と労働の義務を徹底したことじゃろ。

 働いたり勉強したりで傷つき苦しむアホがおるっちゅうなら、その通りじゃがのう。農業に向いとらん魔界で、タダ飯喰らいを飼う余裕はないんじゃい。


 教育制度を整えて、識字率を一割から七割強まで上げた。衛生改革を行って、魔界の人口と寿命を数倍にした。失業率も経済格差も是正した。獣人族への差別も撤廃したし、天災への備えも行った。

 この上なにを求めるつもりか知らんが、民の要求に終わりはないようじゃな。


「それで、要求はなんじゃ」

「老害魔王への、誅伐だ!」


 言うに事欠いて、“誅伐”ときたか。こやつら、意味がわかっとるのかのう。

 このわしを、罪人として成敗すると。できるもんならやってみい、と思いつつ……なにやら急に虚しくなってきよったわ。

 わしの努力は、なんだったんじゃろうな。こんなやつらのために、がんばってきたわけではないんじゃが。だんだん、どうでもよくなってきたのう。


「我らの力を合わせて、貴様を異界へと追放する!」


 わしの足元に、どこか見覚えのある古風で大仰な巨大魔法陣が現れよった。

 まあ、そうなるか。あやつらが束になって掛かってきたところで、わしには勝てんからのう。

 わしはずっと、最強の魔王と恐れられてきた。長き治世の間、力でも頭でも魔法でも政治力でも、わしを倒せる者はおろか比肩しうる者すら現れんかった。


 いま思えば、それが我が身の不幸だったのかも知れん。


「貴様も終わりだ、オワコン魔王! せいぜい己の悪行を悔やむんだな!」


 ……まあ、ええか。


 したり顔で叫ぶ魔族たちに、わしは自分が填めていた黒い首輪を下げ渡す。

 魔界の暮らしを便利で快適にした世紀の大発明、いまや魔族の暮らしに欠かせん大宝珠に、必要な魔力を注ぐための魔力枷じゃ。

 最強魔王の膨大な魔力をもってしても、苦行に近い大仕事だったがの。わしに取って代わるというのであれば、快く譲ってやるわい。


「天誅ッ!」


 首に魔力枷が巻かれたことさえ気づかんまま、貴奴らは自滅の一歩となる魔法陣を発動させよった。

 勝ち誇った顔の魔族連中に向かって、わしは笑顔で手を振る。


「百年ぶりの休暇じゃな。感謝してやっても良いくらいじゃ」

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