第14話 “弓引く”って、なんじゃい

 建国王というのは、エテルナが調べた情報のなかにあったトリニタス王国の初代国王じゃな。

 その王が晩年、王都に作ったのが王立学舎。現在の王立高等学園王都学舎じゃ。

 “才ある者を見出し、育てる”という理念のもと、身分も民族も種族も国籍も問わず、分け隔てなく受け入れるとうたわれていた王立学舎。その創立時に建国王が命じた、ふたつの鉄則があったそうな。


 ひとつ。王立学舎は、自主独立を堅持すべし。

 ひとつ。王立学舎の徒は、真の強者たるべし。


 その理想が、悪いとまでは言わんがの。実務を行う側に、誤解や曲解の余地が広すぎるじゃろ。

 同じく建国王の主導であったらしい王国法が、恣意的に運用すきほうだいされとるのも同根じゃ。


 わしが魔王として魔界を治めとったときも、もっとも苦労し苦心したのは、“いかに意図を曲げず周知させるか”じゃ。いかに崇高な理想であれ、どれほど明白な目的であれ、伝達を始めたとたん、歪み崩れ腐り始めよる。


「王国法では! 教育法よりも、貴族法が上位とされている!」

「その貴族法は判例主義で、古いほど正しいとされる。だったら建国王の遺した言葉こそが、最上位となるはずだろう?」


 わしが考え事をしておる間も、学園長と近衛の若造はなんの意味もない議論を戦わしておったようじゃな。

 救われんのは、双方とも自分らの論争に意味も終着点もないことがわかっとるところじゃ。


「あたしやあんたが、なにを言おうと関係ない。どちらの意見が法的に正しいか、判断を下せるのは王国最高裁定院だけだね。訴えるなら好きにしな。ただし……」


 学園長は、若造に背後の運動場を示す。


「……それ以外の解決法も、ひとつだけあるよ?」


 さすがにこれには、近衛の連中のみならず、学園の者たちも息を呑んだ。

 わしとボンクラ王子ならば、しょせん子供の喧嘩じゃ。最悪、立会人が止めることもできよう。しかし、その立会人たる元超級冒険者が近衛の下級指揮官を相手に決闘となれば、どちらかは死ぬ。


「いますぐ決めな」


 学園長マニュスの圧と魔力が高まっておるのが手に取るようにわかる。半分は威嚇じゃろ。しかし、もう半分は本気でたかぶっておるな。あの御仁、どうみても教育者には向いとらん。


 決闘による決着というのは、問題の多すぎる王国法の抜け道……というか、一種の救済措置として機能しとるようじゃ。法の目的は秩序を作るためであろうに、その早道が殺し合いとは。

 まったく、度し難いのう。まるで野蛮な無知蒙昧ていのう蔓延はびこっておった、暗黒時代の魔界じゃ。


「ぬしら、さっさとご主人様あるじを連れてゆかんか。いくら待っても、話はこじれるだけじゃ」


 見かねたわしが助け舟を出すと、兵士たちはホッとした顔で倒れたままの王子に駆け寄る。

 数人で抱え上げて運び出しながら、何人かはわしに頭を下げていきよった。若造の指揮官は、憮然とした表情で立ち去るだけだったがの。

 憮然とした表情なのは、学園の長たるマニュスもじゃな。


「どちらが上か思い知らせてやらないと、あいつらは何度でも突っかかってくるよ」

「一応あれでも王子であろう。服従しないまつろわぬ元締めの首を刎ねれば厄介なことになるぞ? 束ねられておった小者たちが騒擾さわぎを広げて、一族郎党皆殺しねぎりにせねばならなくなる。それでは国は成らん」


 実際は、その加減なんじゃがの。鏖殺ころしてばかりでも、ゆるしてばかりでも国は危うくなる。

 わしの言葉に、マニュスは呆れたような困惑したような、不可解な顔をしよった。


「あんたの方が為政者おうさまみたいだねえ?」


 玉座を退いたとはいえ、魔王だったからのう。失敗して追放された老害じゃがの。


◇ ◇


 それで話は済んだと、わしは思っておったが。むろん、そんなことはなく。アダマス公爵邸に第二王子エダクスから、大仰な召喚状よびだしが届いたのは数日後のことじゃ。


 王家の紋章が付いた封書を開けば、明日の昼に高位貴族用三階の茶会室まで来るようにと書いてある。

 学園での用件ならば学園で伝えれば良いではないか。わざわざ前日に屋敷まで届けにきよったのもおかしいがの。執事や使用人に渡さず、本人を呼び出せというのも無礼な話じゃ。


「なんの真似じゃ、これは」


 王子の使いと名乗る男に、わしは意図をただす。

 どこぞの貴族の子弟らしいが、家名を背負ってのことではないのか名乗ろうとせん。まあ、ポンコツ王子の使い走りをしとるようならば、たかが知れておるな。


「エダクス殿下から、必ず本人に手渡せとの仰せだ」

「先約もなしに公爵の屋敷を訪ねて、令嬢を呼び出せと言われたのか?」


 肯定も否定もせんということは、そうなんじゃろ。


「最低限の礼儀もわきまえん相手に、従う義務いわれはないのう」


 わしは封書を丸めて、わずかに闇黒色魔法ニグレドを込める。手の上で青白い炎が生まれ、召喚状はチリひとつ残さず消滅した。


「なッ!」

「用があるならば、そちらから来いと伝えよ」

「無礼な! 王家に弓引くつもりか!」


 ……こやつら、その口上が好きじゃな。あのポンコツ王子が口にしとるから移ったのかもしれんがのう。


「ぬしらほどではないわ。ペケーニョ子爵家四男、プドル・ペケーニョ」

「!」


 なぜそれを、などと言うておるが。名乗らねば知られぬと思う方がおかしかろう。

 あらゆる者の顔と名を覚え係累と利害と背景を調べ上げるのは、貴族に限らず政治まつりごとの基本じゃろがい。


第二王子婚約者の取り巻きにどういう者たちがおるか。そやつらが、どういう意図で、どういう動きをしておるか。まさか、公爵家が把握しておらんとでも思うたか」


 実際には、ほぼ万能スライムエテルナから得た情報じゃがの。

 わしがツラツラと披露してやると、プドルは固まったまま口を閉ざす。


「ぬしの家は、辺境の子爵家でありながら、ずいぶんと潤うておるの?」

「……」

「水が乏しく土も痩せて農耕に向かぬ土地で、これといった産物もない。おまけに魔物の被害が甚大となれば、それを逆手にとるという判断は大したものじゃ。冒険者ギルドの誘致と、魔物素材の買い取り、加工。将来さきも見えん事業に領地の命運を賭けて、成功を遂げた御父君の功績、まことに天晴れじゃ」


 ――そこまではの。


 そう言うと、青褪めて震えだしよった。

 魔術短杖ワンドや魔道具に使う、魔物由来の魔珠。三級以上の魔物から取れる大型の魔珠は、戦需物資として国の管理下に置かれる。その数が合わぬ。周辺の領地に流れてきた形跡もない。


「ペケーニョ子爵家は……いや、第二王子エダクス派閥の者たちは、国外と取り引きを行っておるな?」

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