第15話 “敵の敵”って、なんじゃい

 結局、使者を名乗る小僧は震え上がって逃げ帰りよった。


“へーか、どうする〜?”

「どうもせんわ。エテルナ、あんなくだらん企みを知ったところで、わしがなんぞするとでも思うておるのか」


“へーか、ちょっと悪ーい顔、してる〜?”

「気のせいじゃ。トリニタス王国こんなくにがどうなろうと、わしの知ったことではないわい」


 実のところ、わしは王国に対して、好意もなければ害意もない。知識もエテルナから得たもんだけなんで判断できんというだけなんじゃが……。

 目覚めて以来、うた奴らが揃って下衆揃いとあっては、さほど期待はしとらん。


「魔界に侵攻してきたトリニタスの連中は、規律も練度も高い精兵であったが……あの後、この国ではなにがあったのかのう?」

“のう~?”


 案外、なにもなかったからこその惨状なのかもしれん。血みどろの戦場いくさばを知らんと、ひとは容易たやすく痛みを忘れよる。


 アダマス公爵家の祖である王弟アルデンスは、なにを思い、なにを求めて魔界に攻め入ったのかの。

 あのときのわしとあやつは、どちらも前線で兵を率いる将。話をする機会など最期までなかったが、いま思えば残念じゃ。


◇ ◇


 翌朝。メイドのポプラに起こされたわしは、顔を洗う湯桶とともに伝言を受けた。


「アリウスお嬢様、公爵閣下がお食事をご一緒されたいとのことでしたが」

「うむ、構わんぞ」

「そうですか。きっと閣下もお喜びになられます」


 わしは、ふと気づいてポプラを見る。


「公爵は、ふだん娘と食事をせんのかの?」

「……お嬢様は、お身体が繊細でいらしたので」


 なるほど。食事は部屋で摂ることが多かったようじゃな。

 それにしてもこのメイドも、アリウスわしの変貌をあまり気にしておらん。肝が据わっておるのか干渉せん流儀なのかは知らんが、こちらとしては助かるのう。


 身支度を整えると、わしは食堂に向かう。その途中、気になっておったことをポプラに尋ねてみた。


「アヴァリシアとミセリアは、どうしておる?」

「……まだ、お戻りになられません」


 アヴァリシアの生家、プルンブム侯爵家にるということか。余計なことをせんのであれば、好きにせいというところじゃがな。そうもいかんじゃろ。


「十中八九、なんかしてきよるな」

“ね〜?”


 公爵は先に食堂でわしを待っておった。これは、話があるということじゃろう。


「おはようアリウス、よく眠れたかな?」

「おはよう公爵。よく眠りよく食いよく働いておるぞ」


 それが誰のための働きかはともかく、じゃがの。


 わしは笑顔で朝の挨拶を済ませ、食卓につく。

 メニューは魚と根菜のスープに、やわらかな丸いパン。乳脂でふわりと焼かれた卵に、あぶった腸詰。相変わらず公爵の趣味で、すべての料理が一度に出されておる。


「さあ、いただこうか」

「うむ」


 人間界は料理も作法も、魔界とは違うが味は悪くない。むしろ、こちらの方が好みじゃな。魔界の食材は魔力的滋味マナが強くて、いささかクドいのじゃ。


「それで公爵。なんぞ、わしに聞きたいことでもあるのか?」

「むしろアリウスの方から、話したいことがあるのではないかと思ってね」


 ないこともない。が、公爵はこれまでの流れを把握しておるようじゃな。

 この際、正直に訊いてみるのも良いかもしれん。


「そうじゃな。実のところ、どうしたもんかと思うておる」


 そう言うと、公爵は少しだけ首を傾げて続きを促す。


「敵が見えんのじゃ」


「それは、第二王子エダクスミセリアたちプルンブムを操っている者たちのことかな?」

「それ以前の問題じゃ。アリウスの敵、公爵の敵、王国の敵、わしの敵。本来どれも違うはずじゃが、わしには見分けがつかぬ」


 公爵はうなずくが、表情は怪訝そうなままじゃ。


「対処に困っている様子はないようだけれども」

「実害はないが、いささか鬱陶しいのう。とはいえ、すべて殺しておっては、解決する前に王国は更地になろう?」


 公爵はわしを見て首を振り、ひどく面白そうに笑った。


「なるほど。それで、高い位置から全体を見たいと」

「そんなところじゃな。知りたいのは、ぬしの……いや、アダマス家の立ち位置もじゃ」


 メイドが食後のお茶を運んでくると、公爵は手を振って下がらせる。

 人払いされた食堂で、わしの前に古びた羊皮紙が置かれた。それが王国の地図だということは、エテルナから得た知識でわかる。

 俯瞰したいのは王国の領土ではなく政治的構図なんじゃが。

 しかし、いくつか記された印や文字をみる限り、こちらの意図を勘違いしておるわけではなさそうじゃ。政治的勢力図と、発生した問題や状況。王国の主立った勢力にとって、アダマス公爵家は敵と見なされておる。

 よもやここまでとは想像もしとらんかったが、ここまでくると、いっそ笑えるのう。


「我々にとって、もはや王国はすべてが敵だと考えた方が良い」


 アダマス公爵は、またも単刀直入な話し方をしよるな。

 猛将にして知将と称されたアルデンスの戦い方を見るようで、意外とは思わん。


「公爵。なぜ貴殿は、こうなるまで静観しておったんじゃ」

「非友好的勢力との折衝。攻撃的勢力の排除。自領の保護と開発。対抗勢力であるプルンブム侯爵家との縁組。静観はしていないが、すべてがことごとく失敗した」


 こやつがアルデンスの子孫というのは、よくわかる気がするわい。戦時には輝く力のすべてが、平時では裏目に回る。よくある話じゃ。かといって平時に生きる力のみで構成された国は戦時に驚くほど脆い。それを思い知ったときには手遅れなんじゃがの。

 言葉には出さずとも伝わったようで、気持ちを固めたようなため息が返ってきた。


「ひとつ訊いても良いかな、アリウス」

「うむ。かまわんぞ」


 公爵は、地図の一点を指す。それがどこなのかも気になるが、身にまとう空気が変わったのがもっと気になる。笑みを消したまま、公爵は真っすぐにわしを見た。


「敵の敵は、味方だと思うか?」

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