第18話 “不敬”って、なんじゃい
どうにも本性が読めん公爵との話し合いは不調に終わった。なにやら
いうてもあの御仁、地位も力も度量もある高位貴族じゃ。その生き様まで
翌朝、姿を隠した
無視して通り過ぎようとしたが、なかのひとりが立ちふさがって笑顔を見せる。
「アリウス嬢、申し訳ないが、少し時間をもらえるかな」
金髪に碧眼。背は
敵意はなさそうじゃが、面倒な相手なのは見てすぐにわかった。周囲の者たちが距離を取り敬う空気。少し離れて身構えておる護衛の数。こやつ、どこをどう見ても王族じゃ。
「エテルナ、こやつは?」
“第一王子の、プリームス~”
エテルナからの情報によれば、アリウスよりもひとつ上の十五歳らしい。
ふむ。
問題は、わしに接触してきた理由じゃ。取り巻きがこちらと目を合わせんあたり、イヤな予感がしよる。
「まずはエダクスの愚行について、お詫びを」
「要らぬ」
連れてこられた学園の中庭で、頭を下げようとしたプリームスを手で制する。
「王族としての愚ではない。
そして、こちらにそれを
その意図は伝わったようで、第一王子は柔らかな、
「寛大な対応には感謝するよ。しかし、このまま進めば、あれは王族としての愚を犯す」
「そのときは、そのときじゃ。それより気になるのは」
わしはプリームスの目を見て言う。
「なぜ、王家が
王子は笑顔を浮かべたまま、身にまとう空気をわずかばかり強張らせる。
それはそうじゃろ。一応仮にも第二王子、愚行に走れば止め
「言ったところで……」
「聞かんとしたら
エダクスが愚かで扱いやすいのは誰が見てもわかろう。このままでは、早晩あの愚弟は致命的な過ちを犯す。壊れるのは
それで利を得るのは、第二王子の破滅を望む者どもじゃ。落ちそうな御輿を、担ぎ手が止めん理由があるとすれば。
「……
プリームスはわしを見て、首を傾げる。
今度は平静を装うだけの笑みではなく、真に嬉しそうに笑いよった。
「アリウス嬢が“目覚めた”というのは本当だったみたいだね」
「おおかた、魔の者が
王子は笑ったまま肩をすくめる。わしの言葉を否定する気はないようじゃ。
だいたい合っておるんじゃがの。魔の者どころか魔王というところまで察しておる者はおるまいが。
「なにをしようと、わしは王家の問題に干渉せん。降りかかる火の粉は払うがの」
わずかに怪訝そうな表情の第一王子に、わしはそっと視線で示す。
人払いされた中庭にずんずんと踏み込んでくるのは、件の
「貴様! わたしを裏切りプリームスに寝返るつもりか!」
こちらはこちらで、何人も取り巻きを引き連れとるのう。すぐ側で勝ち誇った顔をしておるのは、我が義妹のミセリア。この状況のどこに勝ち誇る要素があるのか知らんが、こいつはこいつで神経が筋金入りなのかもしれん。
「エダクス、無礼ではないか」
「身の程をわきまえず、ご立派な兄のふりか。血は争えん」
王子たちの尖った視線がぶつかり、ピリッとした緊張が走る。双方の護衛と思われる者たちが、遠巻きに身構えるのがわかった。
“
ふむ。魔界であれば力で思い知らせるところじゃが、人間界の序列は入り組んでいて面倒じゃのう。
「ぬしら、兄弟喧嘩をしたいなら好きにせい。わしは失礼させてもらうのでな」
「待て!」
立ち去りかけたわしを止めたのは、意外なことにエダクスであった。
「貴様に謝罪を要求する」
「なんじゃと?」
なにを言い出しよったか、このポンコツ王子は。謝罪する、ではなく謝罪を“要求する”?
「わからんのう。なにを謝るというんじゃ」
「決まっているだろう! わたしへの暴言暴行、王族への不敬に対してだ!」
おお、まさかと思えば、あの“決闘”の話であったか。まさか、ここで恥の上塗りをお望みとは思わなんだ。
男が女がと、ことさらに言う気はないがの。どうあれ勝ちは勝ちじゃろがい。身分を傘に負けてから結果をひっくり返そうとすのならば、決闘なんぞ最初から挑むでないわ。
見ておる者どもの表情が変わったのを見て、わしは思いを口に出しておったことに気づいた。
掛け値なしの本音であったから、まあ、ええわい。
「き、さまァ……ッ!」
怒りに震えるエダクスのなかで、魔力が高まる。
面倒じゃのう。また張り倒せば
兄プリームスはといえば、愚弟が手を出すなら自分が止めると目で訴えておるがの。
そもそもこやつを信用しきれん。そんなやつの手を借りるのも
――ここは、魔王の
「まことに、申し訳なく思うておる」
わしの声は、しんと静まり返った茶番の舞台に響き渡った。
「まさか我が婚約者となるはずであった王子が、あれほどに脆弱であろうとは、思ってもおらなんだ」
「なッ!」
「それを学園の
周囲のあちこちから、こちらに敵意が向けられる。護衛が三に、取り巻きの男が三と、女が二。三人にひとりというところかの。
そやつらひとりひとりの目を見据え、最後に目の前のエダクスに向き直って、言うた。
「わしは、逃げも隠れもせん。どうとでもするがよかろう」
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