第20話 “王命”って、なんじゃい
まあ、とはいうても公爵に話を通さんことにはのう。用意も絵図も必要であろうし、食い扶持をもらっておる身で勝手に動くわけにもいくまい。
なにをどう読んだか知らんが、送ってきたばかりというのに御者は学園の門前に控えておった。わしは
「
「……ぬしらは使い魔でも飼うておるのか?」
屋敷に着いたら着いたで執事の爺さんが平然とわしを出迎えよった。
昼にもならんうちに学園から戻ったことも、伯爵令嬢を連れていることにも詮索する様子はない。どこぞに監視の目でもあるのかと思えば、エテルナが不思議そうにわしを見よる。
“へーか、気づいてなかった~?”
「なにがじゃい」
“このひとが、公爵の使い魔~”
「あ?」
魔力も魔圧も気配も匂いも、ただの人間にしか見えん。いわれて目を
テネルを屋敷に案内しながら、わしは背後の執事だけに聞こえるよう話しかける。
「……ぬしは、
「ええ。魔王陛下には、ご機嫌うるわしゅう」
ずいぶんと年季の入った妖狐じゃな。エテルナのような
「公爵家は魑魅魍魎の巣じゃな。魔界から離れて骨休めと思うておったんじゃが……」
「御冗談を。アリウスお嬢様が望んだように“地獄の窯が開くとき”は、これからでございます」
まったく、食えん爺さんじゃ。
そもそも“地獄の窯が開く”というのは本来、永遠の苦役から解き放たれる束の間の休暇を指すはずじゃがの。災厄の種が撒き散らかされるという誤用を言うておるんじゃな。
「お嬢様がお戻りになられました。スタヌム伯爵令嬢もご一緒です」
執事の
「ようこそテネル。わたしを覚えているかな?」
「はい。幼少の頃に何度か、お目通りいたしました」
親し気な対応は必ずしも社交辞令というわけではなく、両家は本当に交流を持っておったようじゃな。アリウスとテネルの関係は漠然としておるが、見知らぬ仲ではないのじゃろう。
「お帰りアリウス。思ったよりも早かったな」
振り返って苦笑する公爵。早いというのは、わしが帰ってくる時間ではなく問題が起きるまでの期間じゃな。
「どこまで読んでおったんじゃ。いや、それとも何かあったかの?」
「ああ。通信魔珠による緊急の王命が下った。中央に領地を持つ貴族は、領兵を王家直轄地の外延に布陣させよとの仰せだ」
たしかに、早い。エテルナからの情報によれば、まだダンジョンから魔物が溢れるまでには猶予がある。ここで兵を動かすのであれば、王都を守るよりもダンジョンに攻め入らせるべきではないのかの。
「王家直轄地の外延と簡単に言うがのう」
地図を見ただけで誰にでもわかる話じゃがの。周辺領の領兵に王家直轄地を守らせるなぞ不可能な上に無意味じゃ。ダンジョンの活性化で魔物が溢れたとしたら一箇所ではなかろうし、向かう先も王都ばかりではない。
「王都の前に貴族領が滅びよと?」
「そう言ってるようなものだけれども、自覚があるのかは怪しいところだ」
「笑っておる場合か」
「笑いたくもなるよ。王家が貴族を差し向けようとしている
「……帝国」
エテルナから、頭のなかに地図が示される。南部一帯を接している大国。わしが人間界に来ておった百余年前、そのあたりは
「
「そのようだ。王にも警告はしたんだけど、無駄だった」
度し難い。が、その結果がこれじゃ。なるほど、自ら望んで滅びへ向かうものを止めるのは不可能なのかもしれん。
不安そうな顔で聞いていたテネルを見て、公爵は笑う。
「心配は要らないよ。スタヌム伯爵領は、我が公爵領の盟友だからね」
「待て公爵……いや、お父様。まさかダンジョン攻略に公爵領の兵を差し向けるなどと言い出すのではなかろうな」
「無論だよアリウス。君が行くんだろう?」
……お、おう。それは、たしかにそうじゃがの。
一応仮にも
「こやつ、色々とおかしくはないか?」
“ね~?”
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