第10話 “学園”って、なんじゃい
結局のところ、アダマス公爵からはなにも訊かれず、なにも求められんかった。
わしはわしとして公爵家の長子として迎えられ、何不自由なく暮らすことが許された。いや、それを願われた、と言ってもよかろう。
「わからんのう。公爵は、なにが望みじゃ?」
“アリウスの、願いを叶えること〜?”
それは、そうかもしれんがの。それがなんなのかが、わからんのじゃい。
首飾りの魔珠に触れるが、あれ以来なんの反応もない。困ったもんじゃ。
「アリウスお嬢様、着きました」
外から聞こえた御者の声で、わしは小さくため息を吐く。
アダマス公爵から唯一わしに出された条件がこれじゃ。王都暮らしの
「お気をつけて」
「それはむしろ、周りの者どもに言うてやるべきではないかの」
わしが鼻で笑うと、御者は朗らかに笑いよった。冗談だと思ったんじゃろうな。
連れてこられた先は、アリウスが通っておったという王立高等学園の王都学舎。貴族も平民も、能力を持った者には無償で教育の機会を与えるというご立派な能書きで作られた教育機関じゃ。
王国内に四校あるという王立高等学園のうち、王都学舎は最も歴史が古く、学生たちの質も――その親どもの階級も――高いと言われておる。
ここの卒業生の多くは王国の最高学府である“王立学術院”、“王立魔術院”、“王立武術院”のいずれかに進む……らしい。それは結構なんじゃがのう。
「魔王が人間の学舎に通うか。世も末じゃの」
“じゃの〜♪”
門の前で馬車を降りたわしは、同じようにやってきた小僧や小娘どもから声をかけられる。
「おはようございます、アリウス様」
「うむ」
「ご機嫌ようアリウス様」
「うむ」
「おはようアリウス嬢。倒れたと聞いたけど、もう平気なのかい?」
「うむ」
わしは最低限の対応で、やんわりと小童どもに“やかましい、さっさと行け”と伝える。もとのアリウスを知る者に見られては、中身が
“へーか、バレたら、どうするの〜?”
「どうもせん。そのときはそのときじゃ」
いまのところ、
「あら、アリウス様ご機嫌よう」
「うむ」
「おはよ、アリウスさん♪」
「うむ?」
快活そうな
前にエテルナから、貴族の子女は走らんと忠告されたのう。となれば、あれは平民の学生か。注意して見ると、ほんの何人かは雰囲気の違う男女が混ざっておる。
「エテルナ。ここに通う平民は、どのくらいじゃ」
“百人いるうちの、七くらい〜?”
広く門戸を開いていると言いつつ、見たところ苦労知らずの甘っちょろい貴族子弟が大半じゃな。
「……いや。少ないようじゃが、それでも立派なもんかもしれんのう」
“そうなの〜?”
学を積むのは
逆に言えば、その不利を乗り越えて追いつける平民は相当の逸材じゃ。見つけ出せれば国にとっての宝。優遇するのも当然じゃろう。
「面白いやつが見つかるとええのう」
◇ ◇
「……度し難い」
“がたーい”
わしは最初の授業で、早くも学舎にきたことを悔やみ始めておった。
アダマス公爵も、こんなところに通わせて、わしになにをせいというんじゃい。
「次は
“剣術だって〜”
「いきなり物騒なことをやらせるんじゃのう。面白そうじゃが、貴族の嗜みかなにかかのう」
「お姉さま」
ズカズカと教室に入ってきたのは、ずいぶんと久しぶりに思える義妹ミセリアじゃ。
そうか、こやつも
「“
「おう、わしもじゃ。コソコソと逃げた惨めな負け犬が、よもや戻ってくるとは思ってもおらんかったわ」
「なッ⁉︎」
こやつら母娘の、アリウスを害そうとする企みは潰えた。こちらに向かってきた手下の者たちも排除した。己の父を手に掛けようとした手下どもなど皆殺しにされておった。明明白白な敗北を突きつけられたというのに、ここにきてミセリアが強気になった理由はなんなのかのう?
「ひどいですわ! お姉さま!」
「まったくだ。貴様のように極悪非道な者を、この学園に置くわけにはいかん!」
偉そうな態度でふんぞり返った小坊主が、ミセリアの隣でキャンキャンと吠えよる。なんじゃ、こいつは。
「なんの話かよくわからんし、知りたいとも思わんがの。そういう、ぬしは何者じゃ」
「なんだと⁉︎」
「聞こえんかったのかのう? ぬしは何者か、と訊いておる」
「お姉さま、殿下に向かって、なんてことを……」
それでようやく、わかったわい。アリウスの婚約者で、王国の第二王子。名は……エダクスとか言ったかの。
ミセリアから聞いてはおったがの。仮にも一国の王子ともあろう者が、まさかこれほどチンケな小僧とは思わんじゃろ。
「貴様との婚約などという屈辱に耐え続けてきた、このわたしを! 面と向かって侮辱するとは言語道断!」
「ほう?」
顔を真っ赤にして手を震わせ、小僧は懐から手袋を取り出す。わしに向かって放り投げられたそれは、ヨレヨレした弧を描いてぽそりと床に落ちた。
なんじゃ、これは。
「貴様に! 決闘を申し込む!」
わしは笑う。まさか、そうくるとは思わんかったのう。この
「ようやく面白くなってきたわい」
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