第12話 “意地”って、なんじゃい
「いささか、やりすぎたかのう?」
“ねー♪”
ねじ込んでやるまでもなく、わしの話を聞いた
バルバルスという騎士上がりの初老教師は許可を与えたばかりか、集まってくる他の学年やクラスの見学者を咎める様子もない。自ら最前列で興味深そうに決闘の開始を待っておるあたり、妙に達観した風なところがある。
「こういうものは、担当教師が立会人を務めるのではないのかの?」
「いいや、もっと適格な人物がすぐに来るぞ」
なんじゃ、それは……って、いや待て。なんじゃあれは⁉︎
「待たせたな!」
待ってはおらんが、筋骨隆々の魔神のような女がやってきよった。身の丈は優に
「エテルナ、あれは誰じゃ」
“えーっと……学園長?”
「あんな学園長がおるか!」
念話で話すわしの声が聞こえたかのように、その女はこちらを向いて不敵な笑みを浮かべる。
「あたしは、マニュス・モリス。学園長様と呼ぶがいい」
「うむ。アリウスは、ぬしを知っておったであろうが……」
「いろいろあったんだろう? アダマスから聞いてるよ」
公爵の知り合いか。そういえば、どこか似た雰囲気はあるのう。
“むかし公爵と一緒にパーティを組んでた、有名な冒険者だったみたい”
こやつも超級冒険者だというから、実力もアダマス公爵の同類じゃの。そんな規格外の強者が公爵やら学園長やらと、王国は逸材が揃っておるのかおらんのか、ようわからんのう。
「さて、始めようか。久しぶりの、楽しい祭りだ!」
学園長の合図で、観客たちから歓声が上がる。ひとの決闘を勝手に祭りと言い切りよった。
「「「
“へーか、あれ……殺せって、言ってる?”
「そのようじゃの。まるで魔界の
学園の生徒ならば、ほとんどが貴族子弟であろうに。どうなっとるんじゃ、こやつらは。
「よーし! 両者、位置につけ!」
学園長に言われて、わしと
「このあたしが立会人だからな。殺さなければ、なにをしてもいいぞ。武器でも魔法でも暗器でも、どんな汚い手を使っても構わん」
「卑しい冒険者ならいざ知らず、王族であるわたしが、正道以外を選ぶとでも思うのですか、学園長殿?」
安っぽい侮蔑を剥き出しにした王子の言葉に、マニュス女史は怒る様子もなく鼻で笑う。
「だからアンタは、
「なんだとッ!」
自分から挑発しておいて反論にはムキになる王子。学園長は相手にせず、振り上げた腕を払う。
「はじめッ!」
間に立った学園長の身体越しに、矢のようなものが放たれる。魔法による目眩しのつもりか。躱すほどでもないと木剣で払うと、矢は崩れて青白い魔力光が霧散した。
「ちッ!」
悔しそうに睨みつけてくるエダクス。その後は様子見のつもりか、剣を構えて距離を取る。ゆっくり左回りしとるが、教わったことを考えなしに実行しとるだけじゃの。
敵の利き手側に回り込むためであろうに、わしは両利きじゃ。
こちらから踏み込んで木剣を一閃。王子の反応が半拍遅れて、危うく初撃で仕留めるところじゃ。
我が好敵手を愚弄した報いを受けさせる。楽に倒れさせはせんぞ。
「……とはいえ、これは困ったのう」
“ね〜?”
決闘が開始されてすぐ、わしはアリウスの悪評がどういう理由からかを悟った。
“
「厄介な身体じゃ」
“適性も、魔力も、力も、あるのにね〜?”
「それはそうじゃ。並みの
アリウスの場合、潜在能力は異常なほど高いんじゃ。
魔力量は魔界の基準でも上位に入るほどだし、魔力循環の基礎もできておる。術式の展開も早く正確で引き出しも多い。どうやら魔導師としての鍛錬も相当に積んでおったようじゃの。
問題はその能力が高すぎること、そして適性が
それとは別に、
人間界ではあまり例がなく、人間の浅はかな知識によれば、聖白色魔法の頂点が天使。闇黒色魔法の頂点は悪魔だそうな。
そんなわけはなかろう。前者は単にすべてを生かす力、後者はすべてを殺す力じゃ。馬鹿げた駄法螺にも程があるというもんじゃがの。
「どうした、無能! あれだけ偉そうに愚弄しておきながら! わたしの魔法の前に手も足も出ないか!」
「ふむ」
問題があるとすれば、あまりに簡単に殺し過ぎるという点じゃの。心優しき変人だったらしいアリウスは、周囲を傷つけまいと自ら力を封じておったのではないかのう。
「おりゃああぁッ!」
考えなしに突っ込んできたエダクスをかわしながら、大振りの平手打ちを食らわす。
ここで殺すのも厄介な結果にしかなるまい。闇黒色魔法は身に纏わせず、魔力による身体強化もなしじゃ。
その代わり、足を踏み込み膝を固め、腰から肩まで体重をかけて思い切り振り抜く。
「ぐきょッ?」
なにやら奇妙な声を出して吹き飛んだ王子は、地べたを転がりながら跳ね回って、崩れ落ちた。
「手は出るぞ? 次は足じゃ」
「ひきょッ」
立会人の陰から魔法を放っておきながら、殴る蹴るだけの攻撃が卑怯などという道理があるか。
ブンッ、と空を切る音がして、膝立ちだった王子の頭を掠める。むろん、首を刈り取る軌道も可能ではあったがの。“次は当てる”という威しじゃ。
「地に伏せて無礼を詫びれば、許してやらんこともないぞ?」
「断る!」
わしの提案を、案の定エダクスは一蹴しよった。
「無能には無能の生き方がある! それを思い知らせてやるのが、
「それは、わしも同感じゃな」
「「「
観客の声に応えようとでも思うたか。エダクスは立ち上がりながら詠唱を始める。
わしの目には組まれてゆく術式まで見えておるものの、それは驚くほどに歪で、粗く、醜く、脆く、遅い。
ゆっくり歩み寄るわしを見て意識が逸れ、詠唱が途絶えて術式が崩壊する。その程度の対処は初歩の初歩じゃろうに。精神的負荷を前提とせんで、こやつはどこで魔法を使う気なんじゃ。
「ま」
「待てというのか? 敵や魔物に? 言うのは勝手じゃがの。待ってくれると、本気で思うておるのか?」
「がああああぁッ!」
なんと。こやつ、怒りの表情で殴りかかってきよった。
いや、決闘なんじゃから、どういう攻撃じゃろうとかまわん。魔力による身体強化をかけ、速度と打撃力を底上げしとるようだがのう。元の体力が低すぎ、練り込みが甘いので無意味じゃ。ただの魔力の無駄遣いじゃの。
己が能力の向き不向きや得意不得意、使いどころくらいは考えんのか。
鈍い動きで振り回された拳を、わしは木剣の柄で受け止める。つかみかかろうと伸ばされた手も。蹴り上げられた足先もじゃ。
哀れなもんじゃ。もはや決闘の
「どうした! かかってこい!」
「この期に及んで、その言葉が出てくるとは。呆れを通り越して、あっぱれじゃな」
わしのその言葉さえ聞こえていたかどうか。王子は魔力を使い果たして、そのまま昏倒してしもうた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます