第22話 “どこか”って、なんじゃい
エテルナの走りは素晴らしく、
「……驚きですね、エテルナの速さは。馬車だと一泊する必要があるのですが」
「日が陰る前にダンジョンを確認できそうじゃな」
危険なので冒険者は暗くなる前に出てくるらしいが、わしならば昼も夜も関係ない。
とはいえ
無理に対処する必要がなければ明日また出直すが、急ぐようなら強行突破じゃ。
「その道を右です」
「うむ。頼むぞエテルナ」
“ぎょい~♪”
伯爵領に入ったわしらは、そのまま駿馬エテルナをダンジョンに向ける。伯爵領のダンジョンは渓谷の奥にあり、その入り口を木柵で塞ごうとしているようじゃが、作業は進んでおらん。
大工見習なのか若い連中が木材を削り、組み合わせて地面に打ち込んでおった。
脇を抜けて渓谷に馬を乗り入れ、少し進んだところで領兵たちが止まれと身振りで示してきた。
「お役目ご苦労。わしはアダマス公爵家長子アリウスじゃ。ここに公爵からの書状がある」
兵宛ての書状を渡すと、指揮官らしき男が開いて確認する。わしの身分は理解したようじゃが、不満そうな表情を隠そうともせん。
「……まさか公爵家令嬢が、ひとりで?」
「そうじゃ。案内に貴家の令嬢を連れてはおるがの」
「この非常時に冗談はやめてもらいたい。いまは護衛に手は割けん。悪いが、帰っていただく」
現場を取り仕切る領兵の立場からすれば、そうなることは理解できるがの。悠長に話を通しておる時間はないんじゃ。
「アダマスの長子が、他領に赴いたのじゃぞ?」
ぶわりと、黒い魔力が広がる。魔力適性を持たぬ者の目にも見えるほどの濃度に、周囲の兵たちが息を呑んだ。
「物見遊山で来たとでも思うたか」
ふむ。わしを門前払いにしかけた指揮官は、それなりに腹が据わった男らしい。魔力による威嚇に身構えこそすれ怯む様子はない。それどころか、冷静にこちらを見極めようとしている風じゃ。それも
こやつが守ろうとしておるのは己の縄張りをやら気位ではなく、領地と貴人の安全じゃ。これは態度を改めねばいかんのう。
「ぬしらへの無礼については謝る。伯爵領の危機を防ごうという努力も理解しておる」
「いいえ、謝罪は結構です。それよりも、ご来訪の目的を」
まじめな男じゃの。わしは
「伯爵家令嬢との友誼により、アダマス公爵家は当ダンジョンへの対処を行う。伯爵には後ほど目通り願うが、できればこのまま行かせてもらえると助かる」
「護衛もなしにですか」
「野戦に備えた兵を魔物の巣食う穴倉に入れる愚は、ぬしもわかっておろう。わしは、穴倉で魔物に対処する方を得意としておる。必要とあらば力のほどを見せてもかまわぬ」
ぽつぽつと魔力を切り分け黒い鬼火として目の前に這わせると、それには及ばないと指揮官は冷静に首を振る。
おそらく、わしが冒険者であれば通らせてくれておったな。わしらが自家の令嬢と、上位にある公爵令嬢であることから判断が職掌を越えるのであろう。公爵からの書状で、責任は回避される。それでも迷っておるのは、わしらへの気遣いじゃ。
「わたしからも、お願いします」
あとひと押しが必要なところで、テネルが穏やかに助け舟を入れる。
「ここで誰になにが起きようと、あなた方の責任は問いません。父にも、使い魔から書状を届けてあります」
「ああ、それは受け取った」
振り返ると、甲冑を身にまとった壮年の男が馬から降りるところだった。
「お父様」
「受け取りはしたがね、テネル。いくらなんでも、性急すぎはせんか」
これがスタヌム伯爵か。テネルに似た穏やかそうな面構えをしてはおるが……足取りや身のこなしからしてこの御仁、なかなかに鍛え上げられとる。それはそうじゃろう、アダマス公爵の盟友らしいからの。
それはそれとして……どうも、おかしな感じがするのう。
「お初にお目に掛かる、伯爵殿。……いや、幼き頃にはお会いしておるかのう」
「ほんの赤子の頃に。そして、病床にあるときに見舞ったことが一度」
わしがこの身に宿る前か。アリウスとしてはともかく、わしは初対面じゃ。挨拶するに越したことはなかろう。
「アダマス家長子、アリウス・フェルム・アダマス。義と
「……正直、これほどとはな」
「ぬ?」
「見違えた。これが
アリウスが変わったのは血が
「早速じゃが、ダンジョンの活性化が聞いていたより進んでおる。当家の問題に頭越しで悪いが、手を出させてはくれんかの」
伯爵はわしを見て、苦笑交じりの息を漏らす。
「兵は」
「できれば退かせてもらいたい。巻き込んでは元も子もないのでの」
なにに、とは訊かんところをみればわしの魔力や魔圧を読み取ったか。
伯爵はうなずいて、指揮官を呼んだ。
「兵を引け。柵を組んでいる者たちも、すぐに撤収させろ」
「しかし、閣下」
「お前たちは、出兵の準備をしろ。天領との境界に布陣せよとの王命だ」
豪胆な指揮官が、初めて驚きを露わにする。
「……そんな馬鹿な」
「承知の上だ。それでも、叛意を疑われん程度には動く必要がある」
兵を相手に正直すぎるわ。仮にもわしは他家の人間なんじゃがの。
伯爵はその意を読み取ったようで、静かな笑みを浮かべてわしを見た。
「これでも忠義を誓った身だ。先王に、ではあるがね。代が変わったとしても義は消えん。アダマス公爵も似たようなものではないかな」
「まあ、そうじゃの。わしにはいささか、不可解なほどに……」
「おめでたい、か?」
そうまでは言わんが、そんなようなもんじゃの。とはいえ、わしは首を振って笑みを返す。
「
わしも、かつては先代の魔王に仕える身であった。気持ちはわかるがの。いざ為政者の身に立ってみれば、忠臣は国を支える宝であり、心を縛る枷じゃ。思いのままに狂うこともできん。
その結果が、この不可思議な状況なんじゃがの。
「伯爵、テネル嬢をお借りする。無論、傷ひとつ付けずに戻ることを誓おう」
「……ああ、よろしくお願いする」
伯爵は立ち去りかけて、ふと振り返った。なにか思い出しかけたような顔で、わしを見る。
「不思議なんだが。君とは以前どこかで会った気がする」
「幼少期や病床での話ではなく?」
「そのときのアリウスは、いまの君とは違う」
それは、まぎれもない事実ではあるんじゃがの。面と向かって明言されるのは意外であった。それも含意はなさそうな、呆気ないほど簡潔な言いぶりでとは。
「気のせいじゃろ」
「そうかもしれないな」
まったく信じておらん口調で、わしと伯爵は話を終える。わしはわしで、この御仁にどうにも奇妙な既視感があるんじゃがのう。
“へーか”
エテルナが馬の姿のまま、念話でわしに話しかけてきよる。
“
「おう、前にも言うておったな。それが?」
“いっぺん、魔王城に人間が忍び込んだこと、あったでしょ~?”
「いきなり何の話じゃ。そんなこと……」
いや、あったな。こまっしゃくれた、生意気そうな小坊主じゃ。書庫に隠れておるところをエテルナに捕まって、わしのところまで担がれてきよった。
殺すのもなんじゃなと、しばらく書類の整理を手伝わせて、遊び半分で鍛えてやって。最後は、なんぞ手土産を持たせて帰したはずじゃ。
「あれは、どれほど前だったかの」
“四十年くらい?”
「おい待て」
こんな偶然があるとは思えん。なんの冗談かとエテルナを見れば、馬の顔のままひひんと笑いよった。
“あれ、たぶん子供のころの、伯爵~”
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