第24話 バレンタイン
「もうすぐバレンタインだねー」
「まあ今日から2月ではあるが」
バレンタインと言えば女子が男子にチョコをあげる日として有名だが、樹も光善も今まで貰えたことはなかった。
だからといって悲観的にもならなければ、今年こそはといった期待もしていない。
何故ならそこまで仲の良い女子もいなければ、仲良くなろうともしていなかった──今までは。
「別にそんなワクワクするイベントでもないだろ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「でも今年は1つは貰えるの確定してるくない?」
「そんなこと……」
「ないかなぁ? あるかなぁ?」
「だまれ」
楽しそうに目を輝かせて煽ってくる光善を、手で払って追い返すような仕草で距離を離す。
今年は仲の良い女子が、それも異常なほどに距離の近い女子が1人、樹にも心当たりがある。
「別にどうでもいい」
「少しは期待してるんじゃないの?」
「期待なんてしてねぇよ。ただ、なんか仕掛けて来そうな気はするけど」
「……流石に変なものとかは用意しないんじゃない?」
「だといいが」
「やっぱり期待してるんじゃ」
「……うるさいな」
そんなことを光善と話していたのが、2月の初めのことだった。
「今日はいつもよりも眠そうだな。
2月14日。
登校すると、
なんだか様子のおかしい風莉を見て、少し心配してしまう。
「どうした?」
「いえ、その……」
いつもはあまり口籠ることはないのだが、今日は要領を得ない口ぶりで、風莉らしくないようにも見える。
「樹さん。今日が何の日かわかりますか?」
「2月の14日だろ」
「そういうことではなく」
「……バレンタインデーか」
「はい」
僅かに顔を上げて、腕に隠れながら風莉は樹を見上げる。
かなり落ち込んでいるようにも見えて、樹はどう対応すればいいかわからなくなる。
「ホントにどうしたんだ?」
「ホントにどうしたんでしょうね」
「いや、俺に聞かれても困るんだが」
風莉は再び腕の中に顔を埋めてしまう。
誰か何か心当たりがないかと周囲に目を配ると、チラチラと横目でこちらを伺っていた
樹と目が合った夏帆は慌てて目を逸らした。
明らかに何か知っている様子で、問い詰めたくなるが、今この場所から離れていいものかどうか。
「……樹さん。正直に言います」
「なんだ?」
風莉は顔を埋めたまま言う、樹は身構えて言葉を待つ。
「……出来なかったんです」
「なにが?」
「チョコを……樹さんにあげるチョコを作ろうとしたんですけど作れなかったんです」
「え? いや、まあ……気持ちだけでもうれしいよ」
予測外ではあった答えだが、その気持ちだけで嬉しいというのは本当だ。
そこで、樹はハッとする。
やはり自分は風莉から貰えることを期待していたのだと、そう自覚すると本人を目の前にしてなんだか恥ずかしくなる。
「気持ち……があったのならいいんですけど」
「……どういうことだ」
風莉の言葉に樹は胸の奥がざわつくのを感じた。
「樹さんの為に作ろうとすると、なんだか全部『違うな』という感じになってしまいまして。
「樹さんの為に作っているのに、それを意識すると何を作ってもダメな気がして。
「海凪さんや、久屋さんには作れたんですけど、でも樹さんにだけは……」
風莉は1つ1つ深い息を吸いながら言葉を紡ぐ。
顔を上げるが、口元は腕に隠れたまま、眉を
「それは……」
そんな風莉の姿に戸惑って、樹も少しずつ心臓の鼓動が大きく響くの感じた。
(俺にはあげられなかったけど、光善にはあげられたのか)
心の中でそんなことを考えて、樹は思わず口を押えた。
今の言葉が口から出ていないか焦っていた。
──これは嫉妬だ。
風莉の言葉の大部分が霞がかって聞こえて、同性である光善の名前が出たところだけが引っかかっていた。
『誰かを好きになるっていうのは、その誰かに好きになってもらいたい。っていう気持ちの裏返しに過ぎないんだよ』
いつか光善が言っていたことを思い出す。
自分のことを好きになってもらいたいから、自分のことを好きであって欲しいから、その意に反した結果に不満を覚える。
もはや否が応でも、樹は自分の感情を理解しせざるを得なかった。
──風莉のことが好きだ。そして、これは紛れもなく恋と呼べる感情の『好き』だ。
それを知ってますます樹の顔を悪くなる。
(……気持ち悪すぎるだろ)
あろうことか、今まで親友だと思っていた光善に対しても嫉妬という、理不尽な負の感情をぶつけていた。
今までの自分からはあり得なかった、黒い感情に吐きたくなるほどの不快感を覚えた。
「樹さん」
風莉が立ち上がる。
樹は恐怖ともよべるような感情で、風莉が立ち上がる時に、びくりと肩を震わせた。
「自分の席に戻りますね」
浮かない顔で風莉は自分の席に戻っていく。
樹はその背中から目を背けて、自分の席に座る。
この感情を鎮めることは出来るのだろうか。
樹は机に突っ伏しそうになったが、先程まで風莉が使っていたのを気にして、バッグを置いてその上で顔を腕の中に埋めた。
その日、樹が登校してくる前に、風莉は夏帆と話していた。
「風莉ちゃんチョコありがとう。まさか貰えるとは思わなかったよ」
「こちらこそありがとうございます」
「私のは買ったやつだけどねー。風莉ちゃんのは手作りでしょ。ついででもうれしいな」
「……別に『ついで』ではないですよ? 海凪さんにはお世話になっていますし」
夏帆の不自然な言葉に、風莉は頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「そもそもなんの『ついで』になるのでしょうか」
「えっ、だって他にもあげる人いるよね」
「久屋さんにもあげましたけど、今日は早く来ていたので」
確かに光善と夏帆の2人は、風莉としては昼休みに一緒に食事をするほど仲が良いのだから、友チョコ、義理チョコというものがプレゼントされてもおかしくはない。
しかし、そこにはもう1人、風莉にとっては忘れてはならない人がいるべきなのではないかと、夏帆は思う。
「えぇと……片頼くんには?」
「樹さんには…………」
夏帆の問いに風莉は俯いてしまう。
「樹さんには……作ってなくて」
「えぇ!?」
風莉の答えがあまりにも予想外過ぎて、思わず声をあげた。
まだ人は少ない時間帯だが、それでも注目を集めてしまい、夏帆は慌てて口を押える。
樹へのチョコは、てっきり1番最初に用意されているものだと思っていた。
「やっぱりまずいですよね……いつも仲良くして頂いてるのに……」
「いや、まずいというか……どうして?」
「……わかりません」
別にバレンタインは義務ではない。
必ずしも贈らないといけないわけではないが、夏帆と光善にプレゼントして、樹にはないというのが、夏帆としてはありえなかった。
それでも、風莉からは答えは出ず、ただ沈黙が流れた。
「じゃあさ、風莉ちゃんは私のこと好き? あっ、もちろん友達としてだけ──」
「好きですよ」
「そ、即答! ありがとう」
いつ通りのポーカーフェイスで食い入るように即答され、逆に夏帆の方が照れてしまう。
「じゃあ……久屋くんは?」
「好きですよ」
「えっ」
「久屋さんと樹さんの会話には無二の親友のようなものを感じて憧れますし、私も仲良くさせて頂いてますから」
「あー、うん、そうだよね」
こちらも即答されて、驚いてしまったが、あくまで『友達として』ということだろう。
だからこそ即答できたのだと、夏帆は納得すると、一瞬でも慌ててしまった自分が馬鹿らしく思えた。
「じゃあ
「樹さんは……」
これが本題だったのだが、今度は言い淀んでしまう。
「樹さんは……す……」
思うように言葉が出てこない風莉は、先程よりも深く俯いてしまう。
さらには苦しそうに両手で胸を押えてしまい。その様子をみて、夏帆もどこか体調が優れないのか心配になる。
「だ、大丈夫? 風莉ちゃん」
夏帆が慌てて近づいて顔を覗くと、風莉は今まで見たことのないような表情を浮かべていた。
胸の辺りで、両手を強く握りしめ、顔を
「…………あ、れ……?」
消え入るような声で風莉はそう呟いた。
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