第14話 機械天使ウィンドジャスミン
「すごいなあ、
11月24日。勤労感謝の日も過ぎた木曜日。
最近なにかと目立っていた
結果としては、学校に来て早々に
夏帆と樹が話したのは、風莉の誕生日の時以来だ。まさか話しかけられるとは思っていなかった。
「いや、なにが?」
「
「今の
「そうだけど……」
夏帆は奥歯を噛み締めたような、歯痒い顔で樹をジトリと見る。
最近の風莉はクラスメイトとよく話をしているのを見かける。
相変わらず、何を考えているのかはわからない無表情ではあるが、それでも皆と他愛のない話をするぐらいには打ち解けていた。
何か言いたそう夏帆の、ポニーテールは心做しか、元気がないように見える。赤みがかった茶髪は陽気な彼女の象徴とも言えるはずだった。
「実は私、春に風莉ちゃんに声掛けたんだけど、その時に無言で見つめられてどうしたらいいか困っちゃって……」
「あー、それは……」
樹にもなんとなく想像はつく。
風莉が何も言わずに、ただただ目を見てくるのは樹も何度かしてやられてる。
周囲の人間とかけ離れた容姿を持つ、風莉のような少女が相手となれば、それは確かに少し怖いように思える。
樹が同情するように、渇いた笑いを浮かべ共感していると、夏帆の背後に白い影が1つ。
「それは、あの時は覚悟を決めていましたので」
「ひゃあ!?」
いつの間にか夏帆の後ろには風莉が立っていた。
「か、か、風莉ちゃん!? いつからそこに!?」
「今です」
脅かした本人はその眉すらも動かすことなく、平然と佇んでいた。
樹は風莉と初めて話した時のことを思い出して、デジャヴを感じる。
「もしかして、わざとやってるのか?」
「そんなことはありませんよ」
そう言う風莉の頬は、樹には少し緩んでるように見えた。
(そういえば、こいつ人のこと脅かすの好きみたいなこと言ってたような)
やはり、自分に対しての数々の奇行もわざとではないかと、樹は風莉を信用できなくなる。
「覚悟って、どういうことなの?」
「諸事情により、なるべく人と関わらないようにしてたんです。それで、海凪さんに話しかけられた時は、どうしようかと悩んで黙り込んでしまいました」
「そ、そうだったんだ」
織咲風莉という人物に大分詳しくなった故に、樹は思う。
──その『諸事情により』というのは、説明するのがめんどくさいのか。
──悩んでいる時点で、最初からその覚悟は揺れに揺れていたのではないか。
など、樹はツッコミを入れるか迷ったが、いちいち反応していてはキリがなさそうなので、黙って聞いておくことにした。
「でも片頼くんが、そんな風莉ちゃんに手を差し伸べたんだね」
「いや、俺はほとんど何もしてないが」
思い返せば、話しかけてきたのも風莉からだった。
樹の認識ではそうなのだが、風莉の目は不服そうなジト目を向けている。
「なんだ?」
「いえ、なにも」
風莉もなにか言いたげな様子なのが、樹にはわかったが、風莉はなにも言わずに、じっと樹の目を見つめる。
「それがビビらせるらしいぞ」
「あ、すみません。癖かもしれないです」
「ビビってないよ! ちょっと戸惑っただけ」
もはや恒例となった風莉の熱視線にも、樹は大分慣れてきた。
あとは突然の奇行に対処できれば、変に慌てることもないのだが……。
「それにしても、風莉ちゃんとこうして話せるようになってよかったよ」
「大袈裟ですよ」
「うん……でも、いつの間にか風莉ちゃんのこと
「「マシンエンジェル?」」
聞き慣れない単語に、風莉と樹は声を合わせた。
風莉についての噂は耳にしていたことだが、『
「かっこいいですね。それ」
風莉は何故か上機嫌になっている。
「かっこいいか?」
「はい。ですが欲を言えば、変に横文字を使わずに『キカイテンシ』の方が私的には好きですね」
「気にするとこそこなのか」
「なので、これからは
「早速我が物にするな」
風莉は胸に左手を添えて、力強い目をして見せる。
改めて、風莉の感性は男子中学生のそれに近いと思わされる。
それは所謂、中二病と言う名の不治の病。
「
「そこまで赤ペン修正いれたらもう自称だろ。」
横文字を使わないという話はどこに言ったのか。
それと、その『ウィンドジャスミン』は一体どこから現れたのか。
「風莉ちゃん。ホント何言われてもお構いなしって感じだね」
「気にするほどの話でもないので」
夏帆が困ったように笑うも、風莉は一切表情を変えない。
風莉が噂話を気にしないのは、どうやら夏帆もわかっているらしい。
ただ、本人が気にしないとわかっていても、近しい人間からすれば不快に思うのも無理はない。
それが行き過ぎて、気持ちの代弁が起きれば、風莉の中学時代の『かわいそうがられる』事件の二の舞いが起きてしまう。
「でも天使はわかるけど、機械はどうなんだ」
「むしろ天使の方がわかりませんが」
念の為に夏帆が気にし過ぎないように、樹はあえて話を逸らさず、風莉の話に乗っかることにする。
「樹さんは私のことが天使に見えるんですか?」
「あっ、いや……」
その質問をされて樹は言葉に詰まってしまった。
別に他意はなかった。女子に向かって言うなら、天使はわからないでもないが、機械の方に良い意味が含まれてなさそうだ。
そう思っただけなのに、何故か直接聞かれると言葉に詰まった。
「まあ……白いからな」
「確かにそれはありますね」
「というか機械は何なんだ」
「それは感情が顔に出ないからではないですかね」
「自覚あったのか」
「自覚あるから、なるべく言葉で伝えるようにしてます」
「そうだったのかよ……いや、それ出来てるのか?」
「えっ?」
風莉は行動に移すのは早いが、あまり考えを言葉にはしていない気がしている。
大体いつも『なるほど』と言って自己完結してることが多く、樹は疑問に思った。
確かに、問えば答えてはくれるが、その時には既に間合を詰められてる。
「いつも言葉より先に行動してるだろ。弁当作ってくれた時とか、まさにそうだったし」
「…………確かにそうですね。まあ、人間って自分のことを分析出来てるようで、出来てない時多いですよね。他人から指摘されてやっとわかるというか」
「じゃあ天使でも機械でもないな」
「うっ……それは……なんとかなりませんか?」
「なんでそんな未練があるんだ……」
どうやら『
「もしかしたら他にもまだ何か言われてるかもな」
「それはワクワクしますね」
「……楽しそうだなほんと」
樹と風莉が会話している間、夏帆はポカンとそのやり取りを眺めていた。
夏帆は少なからず、後ろめたさのようなものを感じているのだろう。
風莉の噂が流れている間、他人事として関わらないようにしてきた。
それなのに今更、何事もなかったかのように仲良くするのも、なかなか躊躇いがあるのだろう。
遊びに誘ったりもしているが、風莉の独特な感性をまだ理解しきれない。
今はまだ、片頼樹という風莉の理解者に倣って、風莉と接しているにすぎなかった。
「風莉ちゃん」
「はい」
「何かわからないことがあったら聞いてね……な、なーんて」
夏帆は笑って誤魔化しながら、風莉との距離を近づけようとする。
今更都合がいいかもしれないが、それでも友達でいたいと思ったから。
風莉は目をぱちくりとさせ、「あ」と何か思い出した。
「それでしたら、確認してほしいものがあるんですけど」
「え、なに?」
風莉はスマホを取り出すと、細い指で操作して夏帆に画面を見せてくる。
「これなんですけど、おかしくないですかね?」
「え? おかしいって、どういう」
「こういう服は着た時がないので」
「そ、そうなの!? すごく似合ってるよ!」
「そうですか?」
樹からは覗くことが出来ないが、恐らくはこの間見せられたワンピースのことを話しているのがわかった。
画面をまじまじと見る夏帆の顔から、その褒め言葉がお世辞ではないことがわかる。
「ほんとに似合っ──」
突然、夏帆が変に言葉を詰まらせた。
何故か風莉の顔も少し強張ったように見える。
「やっぱりすごいなぁ、片頼くんは」
「は? 俺?」
不意に名前が出てきて困惑する。
風莉の方を見ると、珍しく目を逸らしている。その頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。
その時、学校のチャイムが鳴った。
「あっ、じゃあ私戻るね」
「私も失礼します」
「え、なんなんだ一体」
足早に、特に風莉の方は逃げるように自分の席に戻っていく。
樹も腑に落ちない様子で自分の席に座る。
そこでもしかしてと、気づいた。
「あいつ、まさか……」
風莉が夏帆に見せていたのは、スマホの画像フォルダではなく、樹とやり取りしていたチャットアプリだった。
そこで樹は風莉に送ったメッセージを思い出す。
「冗談だろ」
およそクラスメイトに見られたくないものが、公開されてしまった可能性が大きくなり、樹も顔が急激に熱くなる。
あの時、頭を使わずに返信したことを今になって後悔した。
それでもあの時に送った言葉は、取り消すつもりはさらさらないのだが……。
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