第3話 踏み込みが足りてる
「それで、昨日はどこまで行ったの?」
購買で焼きそばパンを1つ買って、いつもの場所に行く途中、隣を歩く
「どこまでって、保健室まで?」
「……えっちだ」
「なんでだよ」
「そりゃ、男子と女子が2人っきりで保健室なんてさ、やることは決まってるじゃん」
「俺は外にいたからな、保険医の先生もいたし」
それを聞いて光善はわざとらしく、「なーんだ」とつまらなそうに声を上げる。
あの後、
今日も今日で、風莉と話すこともなく昼休みになり、昨日話した風莉は夢だったのかと思うほど、変わらぬ1日だ。
だからといって何を話すのか。
昨日話したからといって、特に用事もないのにわざわざ声を掛けるのも、風莉が1人でいることに気を遣ってるように思えてしまう。
それは風莉が嫌な優しくされる行為なのではないだろうか……
「あんまりぼやぼやしてると、織咲さんを取られちゃうよ」
「だからそういうんじゃねぇから」
邪険に扱う
「いいのかなぁ? そういうこと言っちゃって」
「な、なんだよ……」
「あんまり煮え切らない態度をすると送りつけるよ?」
「なにを?」
「登場人物を君達の名前に変えた、僕が書いた寝取られボイスドラマの脚本」
「お前なんて地獄を創り上げてんだ……」
急に飛び出て来たとんでもない言葉に、引いてしまう。
だが、冗談ではないのだろう。付き合いが長いから、光善が嘘を言ってるようには見えないし、元々そういう系の恋愛話を好むことは知っている。
「脳を破壊されたくなかったら早めに行動することをオススメするよ?」
「いや、それたとえ純愛の話だったとしても、クラスメイトを登場させることがやべーだろ……」
「僕の内なる化け物が暴れだす前に……早くッ……!」
「もう手遅れだ」
苦しそうに胸を押さえる演技をする光善に吐き捨てる。
下駄箱から靴を取り、中庭に入る。
この一手間が煩わしいのもあれば、少しずつ寒くなってくる季節に、灰色の雲が覆う空となれば、中庭で昼食を取る生徒はほとんどいない。
いつものように、中庭の入口から離れた端の方にある自販機に向かう。
樹は、既に自販機の前に先客がいることに気づき、その後ろ姿から、それが誰なのかは容易にわかった。
「織咲さん?」
光善でも流石にわかる。
腰まで伸びる白く長い髪が風に揺れて、露出の少ない冬服であっても、手や首元から覗く白い肌が特徴的な女子生徒。
彼女もこちらにも気づいて振り返ると、その赤い瞳と右頬にある火傷の痕が顕になる。
織咲風莉は左手には小さなバッグを持って、自販機の前に立っていた。
「
「こんなところで何してるんだ織咲」
自販機の前でやることなんて1つしかないのに、過去に例のない遭遇に、思わず聞いてしまった。
「
「お礼?」
「はい、ありがとうございました」
そう言って、風莉はりんごジュースのパックを渡してくる。樹がいつも飲んでいるものだ。
「別にお礼なんて」
「じゃあいらないなら私が飲みます」
「……じゃあ貰うわ」
「どうぞ」
樹は困惑しながら風莉からりんごジュースを受け取る。
日本人特有の譲り合いの精神にもつれこむかと思ったが、風莉は食い気味で自分の物にしようとした。
それでもいいと思ったのだが、自分に素直でまっすぐな風莉に触発される形で、樹も素直に受け取ることにした。
「……久屋さんも飲みます?」
「え! い、いや……僕はほんとに何もしてないからいいよ」
「そうですか」
一応、と言わんばかりに隣にいた光善にも聞いたが、ここも両者の意見は気取ることなく伝わる。
風莉は再び自販機に向き合って小銭を入れ始める。おそらく、買うのは昨日飲めなかった練乳ココアか。
その様子を後ろから見ていると、光善が風莉に聞かれないような小さい声で話しかけてきた。
「一緒にごはん誘ったら?」
「なんで」
「いや、だってあれ持ってるのお弁当でしょ。わざわざここまで持ってくるってことは誘われ待ちじゃないの」
「織咲はそんなことしないだろ。ここまでくるついでにここで食べるだけだろ」
「だったら尚更一緒に食べればいいじゃん」
「だからなんでそんな……」
何故か執拗に押してくる光善を手で払うと、光善はそこで切り札を出す。
「実はさっき言ったブツはもう出来てて、あとは樹に向けて送信するだけなんだよね」
「おいやめろ」
光善が光を失った目で脅してくる。
既にその手の中に地獄が形成されていることに恐怖し、樹はため息を1つ吐いて風莉に声をかける。
「あー、織咲?」
「はい?」
ガタンと、パックジュースが落ちてきた音が鳴り、風莉は取り出し口から練乳ココアを取り出す。
振り返って身体を樹に向ける。対して樹の方は視線が明後日の方向に行ってしまっていた。
昨日はお節介で話しかけられたが、今は違う。
女子を誘うなんてことは初めてなのだ。背中が妙に熱くなるのを感じる。
「もしよかったらなんだけど……一緒に、な? 飯食わないかって」
「一緒に……ですか?」
「いや、織咲が1人で食べたいならそれでいいけ──」
「ご一緒します」
「そ、そうか」
相変わらず表情の変化は乏しいが、少し食い気味で返事をしたところを見るに、誘われることは嬉しかったのだろう。
樹がほっとすると、光善は満足したかのように静かに立ち去ろうとする。
「おい、待てどこにいく」
「僕は違うところで食べるよ」
「お前……だから俺はそういうじゃ──」
「違うよ、そうじゃないんだ」
光善があまりに自分たちを結びつけたそうにしていたので、所謂2人っきりの空間を作ろうとしているのではないかと思い、樹は止めようとした。
「察してよ」
しかし、光善はそうではないらしく、俯きがちにこちらを覗くと、苦しそうな声で呟いた。
「あれを書いた後だと、2人の顔を直視できなくて……ね」
「自業自得じゃねえか」
もはや止める気もなくなり、樹は呆れると、光善は1人どこかへと歩いていった。
(だから今日は全然目が合わない気がしたのか)
納得すると同時に、やはり冗談ではなかったことに寒気が走る。先程の緊張のせいで熱くなった背中が、余計に冷たく感じた。
「あの、私のせいでしょうか、久屋さんは……」
「あれは大丈夫だ。明日は一緒に食えるだろ」
「明日は土曜日ですね」
「じゃあ月曜日。なんにせよ織咲が気にすることではないよ」
「そうですか? では気にしないことにします」
2人は近くのベンチに座って昼食を取ることにする。
と言っても、樹は焼きそばパン1つとりんごジュースだけなので、わざわざ座らなくても食べることが出来る。
早く食べ過ぎて、手持ち無沙汰になる時間が増えるのも困るので、いつもよりもよく噛んで食べて時間を潰そうかなのど思った。
風莉はバックからピンクの楕円形の弁当箱を取り出して、膝の上に置いて蓋を開ける。
「片頼さんはそれだけで足りるんですか?」
「ん、あんまり食べると眠くなるしな」
「そうですか」
風莉の弁当は色とりどりに見える。
定番の卵焼きとウインナー、ポテトサラダにミニトマトと小さな春巻き。残りの3分の1のスペースには、黒ごまの振られた白米が敷き詰められている。
「手作り感あるな」
「手作りですから」
「織咲の?」
「はい──あっ、織咲風莉の手作りです」
「…………いや、補足しなくてもそうだと思って言ったつもりだったわ」
「そうでしたか」
確かに、名字だけだと他の家族の人と勘違いしてしまう……いや、そんな勘違いするだろうか?
風莉はお弁当を見つめて目をキラキラさせている。自分の手作りということは、自分の好きな物を詰め込んでいるのだろう。手に持った箸がおかずの上をゆらゆらと揺れる。
迷い箸はマナーが悪いというが、そんなことを咎める気はなく、むしろその姿は愛くるしい。
箸は卵焼きに狙いを定めて、綺麗な箸さばきで掴み上げて小さな口に運ぶ。
特に話すこともなく2人は黙々と食事をする。
やはりというべきか、樹の方が食べ終わるのが早く、少し手持ち無沙汰となってしまう。
「本当に足りてますか?」
「まあ足りないと言えば足りないが」
「そうですよね」
特にすることもないので、風莉が食べ終わるのを待ちながら、意味もなく焼きそばパンの袋を畳んで結んだりしながら時間を潰していた。
「何か食べてみます?」
「え?」
思いがけない問いに風莉の方を見ると、見上げた赤い瞳と見つめ合う。
風莉も大分食べ進めていて、残ったおかずは卵焼きとウインナーとミニトマトが1つずつ。
「いいのか?」
「いいですよ。もうこんな物しか残ってませんが」
「じゃあ卵焼きでも頂こうかな」
「はい、じゃあ…………」
風莉は残った卵焼きを箸で持ち上げると、一時停止した。
樹の顔を見て、膝のあたりを見て、卵焼きを持った箸を見て、最後に何もない正面を見て──一時停止。
何を考えてるんだろうと、樹が疑問に思うと、風莉は「あ」と何か閃いた。
そして、空いた手で手皿を作って、持ち上げた卵焼きを、更に高い位置へと持ってくる。
「片頼さん。口を開けて下さい」
「!? 待て待て待て!」
所謂『あーん』というもので、それは恋人同士がやる行為ではないかと、樹は慌てて止める。
「手の上に置いてくれ! それで食べるから!」
「でもそれだと汚れませんか?」
「いいよ、気にしないから……」
「では……」
樹が手のひらを差し出すと、風莉はそこに卵焼きを置く。
(こいつ距離の詰め方おかしくないか?)
樹はまたしても背中に妙な熱を感じながら、卵焼きを1口で食べる。
「……甘いな」
「そうですね。砂糖を混ぜてますから」
「なるほど、かなりうまいなこれ」
「……そうですか、そうですか……そうですか」
俯いて同じ言葉を繰り返す。
機嫌を損ねたかと思ったが、耳が赤くなってるあたり、褒められて照れているように見える。
そんな反応をされると、見てるこっちもこそばゆくなってきて、沈黙に耐えられず話題を作る。
「卵焼きって隠し味がいろいろあるよなー。うちは味噌使ってたりするけど」
「味噌?」
「ああ、なんでもうちの婆ちゃんが作ってたやつらしいが」
「気になりますね。とても」
「……今度弁当作って貰うか」
「それはつまり」
「お返しってことで」
風莉は既に期待に胸を膨らませて、目を輝かせている。こういった遠慮のない振る舞いは、かえって樹も気持ちが良かった。
が、そこで明日が土曜日なことを思い出した。
「まあ月曜日になるか、覚えてれば……」
「あっ」
そこで再び沈黙が訪れる。
もうすぐ昼休みが終わる時間か、樹は立ち上がって1つ伸びをする。
そろそろ教室に戻ろうかと、風莉に提案しようとしたところだった。
「あの、片頼さん」
「ん?」
弁当を片付けて風莉も立ち上がり、スカートを整えると、樹の顔を真っ直ぐに見つめる。
「土曜日でも日曜日でもいいので、片頼さんの家に行ってもいいですか?」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
「は?」
沈黙の末、樹はその一文字だけを絞り出すように吐き出した。
(こいつやっぱり距離の詰め方おかしいよな!?)
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