第17話 師走でごわす

「さて皆さん! 12月といえばなんでしょうか!」


 月が変わって12月。昼休みにいつき風莉かざり光善みつよしの3人は、樹の机に集まって食事をしていた。

 そこに、赤みがかった茶色のポニーテールを揺らしながらやってきた海凪みなぎ夏帆かほは、風莉の肩に手を置いて3人に声高らかに問いを投げる。


「クリスマスか?」


 ケーキ屋の娘がわざわざ声をかけてくるとなれば、答えを見つけるのは簡単だ。

 そう言わんばかりに樹は堂々と答えると、夏帆は目と口を閉じて唸った。


「そこは1回ボケて欲しかったなー」

「真面目に答えたのになんだそれ」

「あっ! もしかしてもうクリスマスに予定があるからそんなすぐに出てき──」

「何しに来たんだよ」


 夏帆は樹と風莉を交互に見るものの、樹の方は心底面倒くさい顔で夏帆をジトりと睨みつける。

 風莉の方は箸を右手に持ち、左手は顎に手を当てて、何か考え込むように赤い瞳が虚空を見つめて静止している。


片頼かたらいくんは冷たいなー」

「樹はツンデレだから」

「やめろ。男のツンデレとか現実で誰が得するんだ」

「現実の話だったら、ツンデレそのものが面倒くさいよ」

「……つまり俺は面倒くさいと」

「うーん。まあ、焦れったいなーとは思うけど」

「わかるなー」

「こいつら……」


 夏帆は流れるように光善の方に身体を寄せて、2人はわざとらしく、風莉の方に視線を投げながら共感してみせる。

 そういえば、この2人の接点について樹は聞いたことがなかった。


「光善と海凪は仲良いのか」

久屋くやくんはうちの常連だからねー」

「そうだったのか。まあ、甘党だしケーキ屋には目をつけてるか」

「なんなら海凪さんの所は小学生の時から通ってるよ」

「そんな前からかよ……」


 光善と樹が仲が良いのは中学の時からだが、光善と樹は一応同じ小学校に通っていた。

 地域的に海凪とは小学校、中学校共に違うが、高校を境界線に見て反対側というだけで、距離的にはそれほど離れているわけではない。


「もしかしたら、あそこを知らなかったの俺だけか」 

「そうかも。なんなら樹のお母さんとかは知ってるかもよ」

「それはありそうだな……」


 なんとなく可能性としてはあった事実に驚きながら、樹は視界の端に映る風莉の方を見た。

 風莉はまだ1人で、顎に手を当てて何かを悩んでいるようだった。


「どうした風莉?」

「いえ……私には『師走でごわす』しか思いつかなくて……」

「お前は何を言っているんだ?」

「12月といえば、のボケを考えてました」

「クソ真面目な顔でそんなことを?」

「あー! 風莉ちゃんはやさしーなー!」


 夏帆が風莉に抱きつくと、風莉は相変わらずの無表情ではあるが、橋を置いてそっと夏帆の頭を撫でた。


「これくらいしか力になれませんが」

「その気持ちだけでうれしいよー」


──それはつまり肝心のボケはつまらなかったということではないだろうか。

 樹は訝しんだが、風莉の火傷の痕が残る右頬に、自身の左頬をくっつける夏帆の姿と、少し照れくさそうにする風莉を見て、水を差すのも悪いので黙っていた。


「というか皆はクリスマスの予定ないの?」


 夏帆は頬を離して光善と樹の顔を見て言う。

 風莉は再び箸を持ってマイペースに弁当を食べる。


「ないな」

「え、樹は今年はやらないの?」

「何を?」

「道行くカップルを見て本命かどうか当てるゲーム」

「さも毎年やってるかのような言い方やめろ」

「僕はやってるよ?」

「俺はやってねぇんだよ!」


 そもそも当たりか外れかの解答は得られるのか。と疑問に思うが、そこに食いついたら思うつぼだろう。


「か、風莉ちゃん……やっぱり片頼くんのことはちょっと考え直した方がいいかも」

「だから俺はやってねぇよ!」

「何の話です?」


 風莉は弁当を食べ終わって、「ごちそうさまでした」と、手を合わせる。


「私も予定はありませんが、クリスマスは家で過ごすつもりです」

「そうなの?」

「いい子にしてないとサンタさんは来ませんので」


 風莉の言葉に他の3人は自然と目を合わせた。

──まさか、サンタクロースをこの歳で信じているのか。

──そんな純粋ピュアな人間がこの時代にいるのか。

 言葉は交わさなくとも、3人は目でそんな意思疎通をしていた。


「だから、その2日間は劇場支配人が頭を抱えるような曲じゃなくて、ドブネズミが夢見るような明るい曲を聞いて、大人しくしていようかと思います」

「ドブネズミに明るいイメージは連想出来ないだろ」


 何を言っているかはよくわからないが、とにかく風莉も特別予定はなさそうだ。


「じゃあみんな暇ならさー。うちでアルバイトしない?」


 夏帆が手を合わせて音を鳴らし、3人の注目を集めながら言う。


「アルバイト?」

「そ、クリスマスのこの時期は忙しいからねー。人手は大いに越したことはないから」


 夏帆の提案に3人は少し考え込み、風莉と光善はそれに肯定的な答えを返す。


「面白そうですね」

「それはいいかもね」


 行動力の塊である風莉はともかく、何故か光善も前向きに捉えている。

 そんな乗り気な2人に対して、樹は戸惑いながら一応の確認をとる。


「いや、基本的にうちの学校はアルバイト禁止だぞ」

「「「え?」」」


 3人は声を合わせて樹の方を見た。

 風莉以外の2人はあからさまに困惑した顔をしてみせる。恐らく風莉も表情こそ変わらないものの、同じような反応をしているだろう。

 

「いや、『え』じゃなくてだな」

「この学校、そこまで厳しかったの……」

「なんで知らないんだよ」


 光善の表情に、寝耳に水と言わんばかりの困惑が見て取れる。

 だが、光善は自分から望んでこの高校に来てるので、校則くらいは把握しておくべきではないだろうか。


「一応成績と授業態度とかで考慮して、許可されることもあるらしいが」

「な、なるほど……そう聞くと、そこまで厳しいわけでもないのかな」

「どちらにせよ光善には無理だ」

「ぐぬ……まあ、そうだけど。じゃあ、海凪さんは──」


 3人で夏帆の方を見ると、彼女は完全に固まっていた。

 予想は出来たが、やはり知らなかったようだ。


「わ、私は家の手伝いをしてるだけだからー……」

「まあ、それならいいんじゃないか?」

「お手伝いして、ちょっと多めにお小遣い貰ってるだけだからー……」

「賃金を得てたらもう労働じゃないのそれ?」


 夏帆は両手の平で耳を塞いで現実から目を背ける。


「そもそも校則で言ったら私の髪も問題があると思います」

「それ地毛だろ。あと、髪の色については結構緩い」

「そうなんですね」

「あんまり縛ってもって話らしい。ただ、学生の本分として学業優先だから、アルバイトの方はまた話が変わってくるとか何とか」

「樹は詳しいね。生徒会にでも入ったら?」

「いや、だからなんで知らねぇんだよ」


 そこで夏帆が両手を耳から外し、歯痒い表情でなんとか現実を受け止めようとしていた。


「なんだかすごい悪いことしてる気分になったから、今年は私も大人しくしてようかな……」

「別にそこまで気にすることでもないとは思うが」

 

 やはり夏帆は根が真面目な正確なのだろう。

 尤も、この辺りに住む人達がしってるような店で働いているなら、もう既に注意されていてもおかしくないはずだ。

 それがないということは、心配するほどのことでもないだろう。


「私も海凪さんのところにも、サンタさんがくるように祈ります」

「ありがとー風莉ちゃん。でも、サンタさん以外からもプレゼントとか貰いたくない?」


 夏帆の言葉に樹は警戒するが、どうやら樹と風莉を茶化すのが目的ではない様子。


「プレゼントですか」

「うん! 私、手芸部だからさー。風莉ちゃんに何かクリスマスプレゼントしたいなって」

「クリスマスプレゼント……」

「まあ、クリスマスは冬休みに入っちゃうから、その前に学校で渡そうと思うんだー」

「そうですかそれは……」


 風莉は一瞬考え込むように俯いた。

 それを見て、先程までニコニコとしていたた夏帆の笑顔が、若干引き攣ったように見えた。

 その様子に樹はまたしても既視感を覚える。

 風莉は顔を上げると、少し頬を緩ませて夏帆の目を見つめる。


「楽しみ……ですね」

「──っ! うん! 楽しみにしててね!」


 風莉の言葉に夏帆の顔がぱあっと明るくなる。

 樹も見ているだけだったが、ホッと胸をなでおろした。以前、自分が風莉にプレゼントをした時に感じた居心地の悪さを思い出してしまったから。


「樹さんはクリスマスに予定はないんですよね?」

「え? ああ、さっきも言ったけどないな」


 突然、風莉に問いを投げかけられ、樹は身構える。

 そして、風莉は樹の目をまじまじと見て、表情を変えずに一言。


「なるほど」


 と、だけ言った。


「待て風莉、今なにを考えてる?」

「え、何も考えてませんよ?」

「本当か?」

「ど、どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 こういう時の風莉は何か企んでいる。

 まだ付き合いとしては3ヶ月にも満たないが、樹には風莉の奇行の前触れを感じ、樹はなんだか落ち着かなくなる。

 そしてそれは、恐らく光善も感じ取ったのだろう。

 

「あれ、僕は……?」


 虚ろ気な瞳が虚空を見つめて、ただ力なく呟かれた……。

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