第11話 不意に落ちながら戦ってる

木花こはな。少し協力してほしいことがあるんだが」

「んー?」


 夕暮れ時。

 家に帰って来たばかりの妹、片頼かたらい木花こはなが制服の上着を脱いで、リビングで寛いでいた。

 それを見計らって、いつきは話しかける。

 帰ってきて早々、冷蔵庫から棒アイスを取り出して、ソファに腰を掛けた木花は、棒アイスを口に咥えながら、靴下を脱いで返事をする。


「人にモノを頼むなら、それなりの態度ってのがあるんじゃない?」


 食べかけの棒アイスを教鞭の如く持ち上げ、肩越しに横目で訴えてくる。

 兄という存在を特別視しない、木花の威圧的とも取れる態度に、樹も僅かに怯んでしまう。 

 それでも、背に腹は代えられない。と、頭を下げる。


「片頼木花さん。どうかこの愚兄に貴方様の知恵を貸してはくれないでしょうか」

「えぇ……」


 言われた通りに、誠意を示したつもりだったが、木花は若干引いていた。

 樹と木花は仲が悪いわけではないが、そこまで仲が良いというわけでもない。

 お互いに対等だと思っている関係で、だからこそ、変に機嫌を取るようなことは、お互いに今までしていなかった。

 

「あのさ、そこまで切羽詰まってそうなのは逆に関わりたくないんだけど」

「ここまでしといて?」

「いや、急にそんな兄貴らしくないことし始めたのか怖いし」


 木花はそう言ってアイスを食べる。

 咥えながらもう片方の靴下を脱ぎ、「そふぇへ?」と一応話を聞く姿勢をとってくれている。


「まあ、アイス食べ終わるまで動けないし、聞いてあげなくもないけど」

「あー、助かる。それでさ……」


 樹は改めて聞かれて言葉を詰まらせる。

 樹が悩んでいるのは『風莉かざりへの誕生日プレゼント』についてだった。

 女子どころか、そもそも友達に畏まってプレゼントというものを送ったことがない。

 一体何を送ればいいのか、まず前提として、送るべきなのだろうか。と、半日で学校が終わって今まで、1人で頭を抱えていた。

 ただ、誕生日と知っておいて、更には誘われて手ぶらというのも落ち着かない。

 だからそのプレゼントについてアドバイスが欲しい。

 それを正直に言うべきだろうが、茶化されるのも悔しいので、なんとかバレないように話を進めようとする。


「木花は……何か欲しい物、あるか?」

「は?」


 急に意味不明な質問をされて、木花の鋭い目が樹を刺した。

 既に何かを誤魔化していることは、木花にはわかりきっているのだろう。

 アイスを咥えながら、睨みつけるような視線が、樹を無言で見つめている。

 木花は「あ」と何かに気づいた。


「女か」


 樹の眉がピクリと動く。


「女って言うな」

「図星じゃん」

「……まあ、女性ではあるが」

「プレゼント。か」

「そこまでバレるのかよ」

「けど、なんで急に……クリスマスにはまだ早い気も──」


 そこで木花はある答えに辿り着いた。


「誕生日か」

「そこまでわかるのは怖いんだけど?」

「当たるもんだねー」


 先程までの機嫌の悪そうな態度から一変して、木花はニヤニヤと樹を見ている。

 樹は観念して、1つため息を吐いた。


「それで、だからそのプレゼントを考える為に、参考になりそうなものをな」

「ふーん……」


 樹の言葉を聞いて、木花はまた表情を変える。

 アイスを咥えて、面白くなさそうな目で、その鋭い視線が肩越しに覗いてくる。


「それで私が欲しい物を聞いてきたわけだ。女が欲しいがる物を」

「いや、だから言い方──」

「兄貴さあ、女へのプレゼントに、別の女の欲しい物を贈ろうとしてるわけ?」

「それは……」


 言われて、黙ってしまう。

 そもそも異性とか関係なく、他人の欲しいと言ったものを贈るのはどうなのだろうか。

 

「兄貴の女と私は違うんだからさ。それは兄貴もわかるでしょ」

「それはそうだな」


 風莉の趣味趣向は木花とは異なる。

 木花は気が強いが、意外とかわいい物を好む。

 風莉はこの間の休みの時を思い返すと、どちらかと言うと、かっこいい物を好んでる気がする。

 もしかしたら、男子中学生の方が気が合うかもしれない。


「てか、やっぱり付き合ってるんだ?」

「いや、付き合ってはねぇよ」

「……付き合ってないのにプレゼントとかするんだ」

「やっぱり、おかしい……か?」

「いや、友達同士でもやるし普通でしょ。あ、一応言っておくけど、あんまり高いのは普通に引くからね……」

「それは俺が貰う側でも嫌だから」


 それこそ高校生の財力など、たかが知れる。とはいえ、手ぶらというのも落ち着かない。

 風莉には弁当を作って貰ったりしてるので、何そのお礼程度の物を用意できたら、と思っている。


「だとすると、何がいいかってなるんだよな」

「それは自分で考えなー」

「そう、だよな……」


 答えは得られなかったが、改めて気付かされた。

 こういうものは、自分で考えなければならない。

 樹は1つ息を吐いた。その様子を、木花はアイスを咥えてじっと見ている。


「なんだ?」

「いや、付き合ってないって言うけどさ。兄貴は結局のところどう思ってるんだろって」

「どうって……」

「…………」

「友達だろ」

「ふーん、随分悩んだじゃん」


 自分でも何故ここまで悩んだのか。

 それはなんとなくだが、樹は理解していた。


「友達にしては距離が近すぎるんだよな……」


 ぽつりとそんなことを呟いた。


「ん?」

「いや、なんでもない。とりあえず助かったよ」

「じゃあプレゼントのついでにアイス買ってきてね」

「……そこまで助けられてはなかった気もするが」

「は?」

「いや……ありがとう」

「うい」


 木花はアイスの残りを食べながらテレビをつける。

 既に樹には興味がなくなったようだ。

 

 その後、悩みに悩んだプレゼントは、なんだかんだ土曜日の午後の、1時間ほどの買い物で終わることが出来た。

 どうせ高価な物は買えないし、友達に贈るのだから、やはり悩みすぎるのもおかしい話だ。

 むしろ、ネタとして笑ってくれるような物でも全然いいだろう。


「まあ、結局無難な物になったが」


 帰ってきた自室の机の上に、紙袋を置いて呟いた。

 小物が2つ、紙袋はさほど大きくはない。


「変に疲れたな……」


 ベッドの上に寝転がり、額に腕を当てて吐き出す。

 樹は、他人の全てを理解しようとはしない。

 光善に対してはそうだ。

 理解できないことは理解しない。それが許される関係だからこそ、互いに自分の理想を押し付けることもなく、疲れることもない。

 

(けど、風莉に対しては……)


 風莉は、そんな樹の考えを否定するかのように、顔色1つ変えずに距離を詰めてくる。

 そんな風莉を相手にすれば、否が応でも理解しようとしてしまう。

 ことあるごとに顔を覗いてくるし、突拍子もない誘いをしてくる。

 割り切れない疑問が次々に出てくる。


(いや、それは言い訳か?)


 他人を理解しないというのなら、何故自分は風莉の噂話にイライラしてたのか。

 そんなものも放っておけばよかったのに。

 

「知らねーよ」


 誰に対して言ったのか、虚空にそう吐き捨てると、もう片方の手に持っていたスマホが震えた。

 

「ん?」


 気怠げに操作して、画面を開く。

 風莉からのチャットが送られていた。

 まるで、こちらの悩みを見透かされているかのようなタイミングだったが、樹は変に慌てたりはしない。

 恐らくは明日のことについての連絡だろう。

 そう思ってた樹はチャットアプリを開いた。

 

『急にすみません樹さん

『今日、海凪さん達と買い物に行ったんですが

『私の私服はなんだか海凪さん達と違いすぎて

『流石に一緒にいる時に何か違うなと思いまして


 風莉は連続で文字を打ち続けているようで、とりあえず黙って見守ることにした。

 

『だからこういうのを買ってみたんです


 その1文が送られた後、変にスペースが空いたと思ったら、何か画像を読み込み始めた。 


「…………」


 その画像を見て樹は言葉を失った。

 読み込みの終わった1枚の写真。

 そこには姿見を前にして、明らかに不慣れ自撮りをしている風莉の姿があった。

 両手でスマホを正面に構えて、いつもの感情の読めない顔は、口元が隠れて目だけが見えている状態で……


『女子っぽいですか?


 カジュアルなワンピース姿の風莉がそこには居た。

 別に珍しい服装ではないはずだ。

 だが、樹の持つ風莉のイメージは、この間の私服の時のものが強く残っている。

 油断していた。

 風莉が女の子らしくしている姿は、初めて見た気がした。

 制服だってそうなのだろうが、私服というのはまた話が変わる。

 樹はもうよくわからなくなっていた。


──やはり女の子らしい格好が好きなのか?

──だとしたら、プレゼントはあれでよかったのか?

──何故、わざわざ写真を取って自分に聞いてくるのか?


 樹の頭の中にいくつかの疑問が浮かび上がり、もはや考えることをやめた。

 とにかく何か返事をしなければと思い、樹はほとんど無意識に簡潔に文字を打つ。


『かわいいな』


 樹はそこで力尽きたように、ベッドの上で大の字になる。

 目を閉じれば、眠りにつきそうな疲労感が身体に付き纏っている。

 およそ5分ほど意識の狭間でうつらうつらとしていただろうか。

 突如震えたスマホの画面を見るとそこには──


『ありがとうございます』


 とだけ、書かれていた。

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