第10話 1人きりの延長戦
11月18日。定期テストも今日が最終日。
テスト期間特有の張り詰めた空気は、悪い夢のように霧散した金曜日。
午前中だけで解放される生徒たちは、ゆっくり背を伸ばして土日を迎えられるだろう。
「やーっと終わったー」
既に帰り支度を済ませて席を立つ樹の元に、バックを背負った光善がやってくる。
「生きていたのか」
「ほぼ死んでるよ。まあ赤点は免れたと思うけど……樹は余裕そうだね」
「余裕ってわけでもないけどな。まあやれることはやりきったって感じだな」
樹は別に成績がトップクラスに言い訳ではないが、騒ぎ立てる程悪いわけでもない。
真面目に授業を聞いて、ノートを取って、テスト前には復習して……それでやっと学年の順位だと中間くらいの位置に収まる程度だが、樹はそれでいいと思っている。
「それにしても織咲さんは大分クラスに馴染んだね」
光善がそう言うと、2人は樹の席斜め前を見る。
風莉の席は廊下側の列の真ん中にあり、そこでは、風莉が数名の女子と話していた。
風莉は相変わらず表情変化に乏しいが、慣れるととても話やすい人間だと言うことが、広まりつつあった。
コミュニケーションを取る基本として、まず相手に興味を持つこと。などと言われたりもするが、その点で言えば風莉は、他人に対する興味、好奇心を素直に全面に出してくる為、会話が変に止まることもない。
「テスト勉強、あの人達に付き合って貰ったんだって?」
「ああ、自分から聞きに行った」
「コミュ力すごくない? 中学の時は仲良い人がいっぱいいたって聞いたけど」
「あいつの距離の詰め方はおかしい」
この数日で、光善も風莉の中学の時の話を、本人から聞いていた。
中学の時の『かわいそうがられる』出来事から、風莉は人と関わることを避けていた。
それでも元々他人と関わることが好きな人間なのだろう。1度仲良くなれば、風莉の方から距離を詰めてしまっていた。
盗み聞きするつもりはないのだが、彼女たちの会話は、樹の所まで聞こえてきた。
「風莉ちゃん。テストどうだった?」
「皆さんのおかげでなんとかなりました。ありがとうございました」
「まあまだ結果がどうなるかわからないけどね」
「それは……そうですね……」
そんな会話が聞こえてきて、風莉が周りの女子たちと打ち解けているのが伝わってくる。
「樹も織咲さんに教えてなかった?」
「俺の教え方が悪いらしい」
「うわ、『君よりもあの人の方が上手だから……』ってやつだ」
「何の話」
「いいなー、僕も女の子だったらあの人達に教えてもらえたかな」
「2度とノート貸さないからな」
「拗ねないでよー。織咲さんと最近あまり話せてないからってさー」
「黙れ」
テストから解放されたからか、いつも以上にめんどくさい光善にため息をついた。
ここ数日、風莉はクラスの女子達と話していることが多い。
それでも、昼休みは樹達と昼食を食べている。
風莉が樹に弁当を作ってくれたのはあの時の1度だけだった。テスト前だからだろう、本人の食べる量も少なくなっていて、早めに食事を済ませると、樹に教えて貰いながらテスト勉強をしていた。
余程今回のテストを頑張る理由があるのだろうか。
「ちなみにさ、樹はなんとも思ってないの?」
「なにが?」
「いや、こうやって織咲さんと仲良くする人が増えていくけど、その中に織咲さんの噂を流してた人がいるかもしれないってこと」
光善の言いたいことはわかる。
散々人の悪いイメージを流しておきながら、噂を流された人の気持ちも考えず、何事もなかったかのように手のひらを返している人がいるかもしれない。しかし──
「それは俺らが騒ぐことじゃないだろ」
風莉はそういう噂を全く気にしていなかった。
本人が気にしていない以上、自分達が風莉の代わりに問い正すなどということは、風莉が1番望んでいないはずだ。
「手のひら返し。なんて、悪い印象のある言葉だけど、いつまでもくだらないことに拘るよりも、手のひら返して受け入れる奴の方がまだ全然マシだろ」
「んー、それもそうかー」
光善はそう言って1つ背伸びをした。
言ってみたものの、別に気にしていないのだろう。そもそも風莉と光善は、間に樹がいてこその関係なところが多い。
なおさら光善には深く気にする義理はないのだ。
「じゃあ僕は先に帰るかなー。テスト期間中に溜まった妄想書き出したいし」
「妄想する余裕があったのか」
「違うよ。現実が辛いから……妄想が捗るんだ」
「ああ、そう……」
光善が物憂つげな目で訴えるも、樹はどうでもよさそうに手で払った。
「樹さん」
「ん?」
光善が立ち去るのと同時、ちょうど入れ替わるように、バックを持って帰り支度を済ませた風莉がやってきた。
「樹さんもありがとうございました」
「俺は役に立ってたのか?」
「もちろんです。少しずつわかってくると樹さんニ教えられたことも理解できて、それで忘れにくくなってた気がします」
「まあ、少しでも役に立てたのならいいか」
相変わらず表情が目立って変わることはないが、テスト前とは打って変わって、風莉は表情は少し明るく見える。
「ところで樹さん。日曜日って空いてますか?」
「ん、空いてるけど」
「でしたら、一緒にケーキを食べに行きませんか?」
「ケーキ?」
「はい。美味しい店があるらしくて、海凪さんに教えてもらったんですけど」
海凪さんとは、風莉と先程まで話していた女子の1人のことだ。
海凪夏帆──赤みがかった茶髪を後頭部で1つに結ったポニーテールをして、誰に対しても明るく接しているタイプの人間だ。そんな人と親しく慣れたのだから、風莉も早く打ち解けていったのかもしれない。
「だから、樹さんも一緒に行きませんか?」
「ああ、いいよ。日曜日だな」
「はい、土曜日は海凪さんたちと遊ぶ約束をしたので、日曜日に2人で行きましょう」
「わかった」
と、了承したものの。
(また2人なのか)
確かに女子が集まる中に男子の樹は混ざりにくい。だから、樹とは2人だけで行動するのはおかしくはない。
だが、それならば海凪達とそのケーキ屋に行けばいいのではと、思わなくもない。
「テスト頑張ったのと、あと誕生日ですから、自分へのご褒美にいいかなと思いまして」
「あー、その店のことを聞いてたからやけに頑張ってたのか」
「はい。その為に頑張りました」
正直に答える風莉は、少しドヤ顔のようにも見えて、恐らくテストの事は心配ないだろう。
樹はバックを持ち上げて、そろそろ帰ろうとしたところで……今、なにか重要なことを聞き逃した気がした。
「…………誕生日?」
「はい」
「誰の?」
「私の」
「いつ?」
「11月20日……明後日の日曜日ですね」
「……それは確かにケーキを食べるにはちょうどいいな」
「ですよね」
機嫌の良さそうな声色に、既に期待に胸を膨らませてるのが伺える。
「ではまた後で待ち合わせ場所の連絡をしますね」
「ああ、わかった」
風莉が丁寧に会釈して、今日は解散となる。
教室を出る直前で風莉はもう1度、樹のことを横目に見ると、胸のあたりで控えめに手を振って教室を出る。
表情こそ変わらないが、大分浮かれてるのが樹にもわかった。
「さて、と」
樹もバックを担いで、教室を出ようとしたが、その足は動かず、ただしばらく虚空を眺めていた。
そして、次第に樹の顔に影が差し、思い詰めた顔で呟いた。
「………………誕生日?」
誕生日に、2人で、ケーキを食べに……樹は冷静に風莉に言われたことを思い出して、状況を分析してた。
日曜日、明後日……ならば土曜日にやるべきことは1つか。
頭の中で出た結論に、もはや猶予が残されていないことに変な汗が流れ始める。
「いや、まじ……?」
誕生日に誘われる意味とは………。
テストは終わったはずなのに、樹の頭の中なかは空欄に出来ない問題が急浮上してきた。
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