第26話 新しい始まり
寒さは落ち着いたが、まだ雪が残る4月。
短い春休みが終わり、
(いや、男の俺がなにかするべきなんだろうけど……そもそも告白したのは俺の方からだし)
とはいえ、恋愛というものに疎く、今まで興味無しと目を背けていたことだ。
ましてや、相手は表情の変化に乏しくて、何を考えているのかわからない。
(でも、それも言い訳だろ)
次の休日には、思い切ってどこかに誘ってみよう。
そんなことを歩きながら考えて、学校に向かっている時だった。
「おは樹」
学校までまだ少し距離がある交差点で、同じく登校中の
光善とは家は遠いが、通学路的に時間さえ合えば合流出来る場所はある。
光善は歩道の脇で立ち止まってスマホを弄り、誰かと待ち合わせしているように見えた。
「光善? 誰か待ってるのか?」
「えぇ……冷たいなぁ、君しかいないでしょ」
「なんで」
「だって違うクラスだったら全然会わなくなりそうだし寂しいじゃん。3年生になる時はクラス替えないし」
「だからって──」
「本音を言うと、あれからどうしてるのかなー、とは気になってたからさ」
あれから、というのはバレンタインの時のことだ。
光善から見ても、あの日から樹が風莉と距離取っていたのは明白だった。
明らかな心境の変化を読み取り、変に拗らせていないかを気にしつつも、光善はあくまで見守る姿勢でいた。
「もしかして、もう何かあったかな?」
光善は樹の顔を見て、ニヤつきながらカマをかけてみる。
何か確信を得ているような表情に、樹も言葉を詰まらせる。
(隠すことは出来ないか。別にそこまで必死に隠すことでもないけど)
息を吐いて、1つ深呼吸をして、歩きながら打ち明けることにする。
「実はこの前、風莉に告白して付き合うことになった」
「へぇー、なるほどね」
「……まるで知ってたかのようだな」
「まあ、流石に見てればわかるよ。僕と樹の付き合いならね」
「そうか……そう、なんだろうな」
光善の見透かしたような視線に、樹も別段驚くことなく納得する。
2人は静かに並んで歩いて、1步、2歩、3歩……と足を進めたところで、光善が立ち止まって振り返る。
「ちょっと待って、『付き合うことになった』?」
光善の言葉に、樹は何のことかと思ったがすぐにハッとする。
まるで、その言い方だと嫌嫌のようにも聞こえるか、自分から告白しておいてそんな言い方をするのは、無自覚な妙なプライドがあるのかと、自分に嫌気が差した。
「悪い、違うな。言い方が悪かった」
「言い方?」
樹は頭を押えて正しい言葉に訂正しようとする。
しかし、光善が気にしているのはそこではないようだった。
「いや……え? もう付き合ってるの?」
「ああ」
「早くない!?」
光善は流石に予想外だと目を見開く。
「え、もう告白したの?」
「ああ」
「いや、好きになってからの行動力おかしいでしょ! エロマ――短編作品か!」
「おい、今なんか駄目なこと言おうとしたろ」
「そんなことより、流石に早すぎない? 何があったのさ」
「家に来て直接問い詰められた。だから、隠すのは無理だと思った」
「あぁー……」
光善は納得したように声を漏らすと、2人は再び歩きだした。
「樹は隠し事出来ないからねー……」
「俺じゃなくてもあの状況は隠し通せないだろ」
「それでも樹は不器用だと思うけどね」
「……それは否定出来ない」
「あと、付き合ってるにしてはあまり嬉しそうには見えないな。『学校行きたくなーい』みたいな顔はしなくなってけど」
「そんな顔してたかよ」
「うーん」
そこまで自分の顔はわかりやすかったかと、なんだか自分に呆れてしまう。
やはり隠し事が出来ないとなると、今の悩みを言うべきなんだろう。
ただ、『彼女に好きと言ってもらえてない』というのは、あまりにも人に言うのは情けない気がして躊躇ってしまう。
そんな苦悩をしていると、光善はわざとらしく聞こえるように「はあー」とため息をついた。
「……あのさ、樹。別に言いたくなかったら言わなくていいんだよ」
「でもな──」
「他人に打ち明ける義務なんてないんだから。友達だろうと、家族だろうと、自分とは違うという意味では、結局のところみんな他人なんだよ」
「それはでも、気分が悪いだろ」
「別に、隠されてる側はなんとも思わないよ。隠されてることに気づかなかったら、だけどね」
光善は樹に目もくれず言葉を紡ぐ。
「誰にだって隠したい秘密はあるし、なんでも打ち明けることが必ずしも誠実であるとは限らないよ。
「だからこそ隠してるようで、他人に気づいて欲しそうにもじもじとするのは、隠されている側としても気分がいいものではないけどね。
「だから隠すなら隠すではっきりして欲しいし、打ち明けるならどこまで打ち明けるかを整理してからでいいと思うよ。
「中途半端に背負わされるのも、迷惑ではあるし」
光善は最後に樹の顔を見て言い切る。
「……わかったよ。あとは自分でなんとかする」
「それはそれでなんだか寂しいなぁ」
「お前なぁ」
樹が睨むと、光善は口元に笑みを浮かべながら、横目で明後日の方向に目を逸した。
どこまでが本気で言ってるのかわからなくなる。
「あと、恋愛ってのいうのも、あまり重く考えなくていいと思うよ。好き同士でも結局は他人だし、合わないこともあるもん」
「合わなかったら別れろと?」
「現実的な話をするとそうだね。そもそも『好き』とまではいかなくても、『悪くない』程度の感情でも付き合いはするからね」
「そんなものか」
「そんなものだよ。だから行動力のない人ほど『僕のほうが先に好きだったのに』とか言うんだよ」
「……現実的な話って言ったけど、フィクションの話だろそれ。お前の好きな」
「そりゃ僕は恋愛経験とかないし。あと、どちらかと言うと、BSSは好きではないから」
「さっきから適当言ってないかお前」
「バレた?」
樹はなんだか考えるのも馬鹿らしくなってきたので、光善を振り払うように、足早に学校に向かうとする。
「ちょっと待ってよー」
「うるせぇ、元運動部だろ」
「出た、運動部差別。僕が運動神経悪いの知ってるのに」
「そんなものは忘れた」
そう言いながらも、樹は少し前を歩くだけで、その後は歩くペースを戻す。
2人の距離は一定の間隔は空いてはいるものの、一緒に登校している事に変わらなかった。
冷たく成り切れない樹を見て光善はくすりと笑った。
「まあ、織咲さんも樹も、そんなに器用に恋愛出来るとは思えないけど」
光善は聴こえないように、小さな声で呟いた。
まだ彼らの恋は始まったばかりなのかもしれない。
未だ悩みを抱える親友の背中を見て、歯痒さを感じると、光善は少し楽しそうに苦笑いをした。
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