第27話 友達として
『多分、
(私とは違うというのは……)
樹から告白されて、付き合うことになった。
自分自身も少し曖昧ながら、『好き』だという気持ちが胸の中にあることは、バレンタインの日から自覚していた。
「好きだったら何故、距離を離したんですか?」
風莉は自分の部屋で制服に着替えながら、静かに呟いた。
風莉には理解出来ないことだった。
好きならば、むしろ、距離を縮めたがるものではないのだろうか。
風莉自身はそうだった、そうしたかった。だから、居ても立っても居られずに、直接樹の家に問い詰めに行った。
結果的にいえば、両思いではあったはずなのに……。
(もしかしたら本当に、私の思う『好き』は樹さんのものとは別の感情なのでしょうか)
それでも、樹からの告白を受け入れて、迷うことなく付き合うことにした。
この想いがたとえすれ違ったものだとしても──
「私は樹さんから離れたくない」
その気持ちが強くあったからこそ、答えに躊躇わなかった。
──しかし、これは恋なのだろうか。
風莉には罪悪感のようなものが胸の内にあった。
自分はただ離れたくない、誰にも渡したくない。という感情が強いだけで、もしかしたら恋をしていないのかもしれない。
──恋ではなく、ただの我儘でしかないのかもしれない。
恋というにはあまりにも醜い感情ではないか。
そんなことを考えれば考えるほど、自分の中の『好き』が、樹とは別の感情なのかもしれないと思い込まされる。
「それでも」
風莉は告白を受け入れて、樹と付き合うことになったのに後悔はしていない。
「私は樹さんを誰かに渡したくはない」
こんな醜い我儘を彼が知ったらどう思うだろうか。
「ということで、樹さんと付き合うことになったんですけど、少し悩んでるところがありまして」
学校に来て早々、今年も同じクラスになった海凪夏帆へと自分の考えを打ち明けた。
流石に教室の中では話せないことだったので、ベランダに来てもらって、2人きりで話すことにした。
2年生の教室は1年生のときと同じく、教室棟の3階にあり、ちょうどその下の階には職員室がある。
ここならば誰にも聞かれることはない。
「…………えっとぉ……」
夏帆は突然のことに戸惑ってしまい、言葉に詰まらせる。
目を逸して、顎に指を当てて悩み、何か言おうと口を開くも、言葉を発さずパクパクとしただけで、再び顎に指を当てて天を仰ぎ、目を合わせたと思ったら、固く口を閉ざして風莉の目を見つめる。
風莉の表情はいつもと特に変わらないように見えたが、少し眉を顰めて困っている様子が、夏帆には読み取れた。
「すごいなぁ風莉ちゃんは」
「えっ」
「いや、そういうのって、他の人に言うの結構勇気いると思うよ」
「それは…………」
風莉は少し頬を赤らめて俯いた。
正直に言うと少し恥ずかしい。だから親にも相談出来なかった。
とはいえ、1人で抱え込んでいるのも、そのまま深い沼にハマっていきそうで恐ろしかった。
「こんなことを相談できるのは、海凪さんだけで──」
そこで風莉はハッとする。
「いえ、海凪さんからしたら迷惑ですよね。いきなりこんな……」
「そ、そんなことないよ! ただ……私もそういう経験はないから、力になれるかはわからないけど」
それでも、大事な相談をされる友達になれていることに、夏帆は少し嬉しく思う。
「んー……まあ、でも……好きだから距離を取るっていうのはわかるかなー」
「何故ですか?」
「だって、それが片思いだったら気まずいからさ。自分が異性として好きでも、向こうはあくまで友達として好きだったら、そのすれ違いからまた元の関係に戻るのは難しいだろうし」
「そう、でしょうか……」
そもそも『異性として好き』なのと『友達として好き』の違いがなんなのか。
風莉にはそれが理解出来なかった。
ただ、友達として、仲良くなった先に恋があるとしたら、紛れもなくこれは恋なのだろう。
だが……
「うーん、その恋人になりたいってなったら、その……し、したいこと、とか……変わってくるぅかなぁーとか……」
口籠りながら、歯切れ悪く夏帆は答える。
明後日の方向を向いて、ちょうどいい言葉が落ちてないか探してるかのように、その目はどこか遠くを見ていた。
「それは例えばどんなことでしょうか?」
「へぇ!? い、いや! えぇーっと……私からすれば何も悩むことなく、両思いだと思うけどなー……あはは」
風莉に問い詰められ、夏帆は逃げるように話題を逸してみせる。
「本当にそう思いますか?」
「うん、恋っていうのは我儘になることなんだと思うよ」
「我儘に……」
「さっきも言ったけど、私には経験がないけどさ。でも、逆に相手への思いやりとか施しの意味で『付き合って』なんて言う人はいないでしょ。いたとしても片頼くんはそんな人じゃないし」
「それは確かにそうですね」
「だから我儘でいいんだよ。片頼くんも我儘だとわかってたから、距離を取って気を使っちゃったんだと思うよ」
「なるほど……」
それでも、風莉の心にはやはり靄がかかったように不透明で、言いたいことがうまく見つけられなかった。
(本当にそれでいいんでしょうか……)
恋人だからしたいこととは。
それが風莉にはまだ思いつかなかった。
(私がただ樹さんの1番側に居たいと思っていても。
(私がただ樹さんを独り占めしたいと思っていても。
(そう思うだけなのが、果たして恋なのでしょうか……。
(こんなただの我儘を恋と呼んでいいのでしょうか)
あくまで自分の中では友達の延長でしか、樹のことを見れていないのかもしれない。
風莉は深い思考の沼に落ちて黙り込んでしまう。
「とりあえず、片頼くんも今年も同じクラスだし、急いで答えをだす必要なんてないんじゃないかなー。なんて」
「今の気持ちのまま付き合うのはいいんでしょうか。不誠実なように思えて」
「いいんだよ! 風莉ちゃんは今のままでいいんだよ!」
「そ、そうですか?」
真っ直ぐな瞳で見つめられて、風莉は少したじろいでしまう。
いつもはする側なのに、今日ばかりは逆に圧倒されてしまう。
「風莉ちゃんは今のまま、片頼くんの側にいればいいの。多分そうすれば少しずつわかってくるから、少しずつ片頼くんが教えてくれるはずだから」
夏帆は恐れていた。
風莉の迷いない行動力が、最悪の方向に向かうことを。
もしこのまま付き合っていることに疑問を持って、別れた方がいいと思ってしまったら、風莉はそうするだろう。
夏帆からすれば、これは間違いなく恋なのだ。
だから、友達としての役目はあくまで間違った方向にいかないように引き止めること。
それ以上のことは恋人である彼に任せる。
「もし、片頼くんが気に入らなかったら私が殴るから」
「えっ! み、海凪さん……? いつからそんな乱暴な方に……」
「いや、冗談だけど……とにかく! 風莉ちゃんはそのままでいいと思うよ」
「そ、そうですか。じゃあその言葉を信じます」
そこまで話して、夏帆はくちりとくしゃみをした。
「寒いし教室戻ろっか」
「はい……あの海凪さん……」
「なに?」
教室の中に入る瞬間、風莉に呼び止められて振り返る。
風莉は少し口籠ったあとに、真っ直ぐに夏帆の目を見て言う。
「2年生になりましたが、これからもよろしくお願いします……夏帆さん」
「! うん! よろしくね風莉ちゃん!」
2人は微笑み合うと、一緒に新しい教室の中に入っていった。
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