君に「要らない」と言われたとしても

 黄金の戦士ダネカは、最年少Aランク到達者の天才だ。

 その戦闘の才能は、キタでは遥か及ばない。

 魔王討伐以前にカイニが戦っていたSTAGE Iの絶滅存在ヴィミラニエであれば、子供の頃のダネカでも対等に戦えるほどの、才能の冴えが存在していた。


「しゃぁっ! 吹け、吹け、吹け、風っ!」


 簡易詠唱三節の風魔法が、杖剣より放たれる。

 視認困難な風の刃が、回避に徹したルビーの魔人の頬をかすった

 回避に跳んだ魔人に追い打ちをかけるように、ダネカが跳び、斬りつける。

 魔人の肩口のルビーの表面が、僅かに斬り削られ、舞い上がった。


「『ちっ……勇者カイニとの戦いで消耗した分が……!』」


「『右腕がない分不利だ、距離を取ろう!』」


「『分かっている!』」


 魔人はカイニとの戦いで失った右腕を庇い、後退する。

 ネサクが指示し、ルビーハヤブサが翼を羽撃はばたかせた。

 絶滅存在ヴィミラニエが空に舞い上がる。


 ダネカは相手の出方を待たず、追撃に入った。


「出ろ、伸びろ、伸びろ、伸びろ、土!」


 簡易詠唱四節の土魔法が、地面から長大な土の柱を発生させる。

 それが、打ち出し台が如く、ダネカの小さな体を発射した。

 九歳の体が、弾丸のようにすっ飛んでいく。


「『ちっ、撃ち落とす!』」


「『おい、ルビーハヤブサ! こんな小さな子供を……』」


「『言っている場合か!』」


 魔人は、残った左腕をダネカに向ける。

 もはや秒間3000発など到底不可能で、秒間2000発も体力的に選びたくなく、魔人が選択した連射速度は秒間1000発程度の相対的スローペース。


 だが、それで十分である。

 ここではない世界であれば機関銃分間1000発でも戦場の一線級なのだ。

 凡人ならば、秒間1発であっても死に至ることは間違いない。

 ルビーハヤブサは躊躇うネサクの言葉を振り切り、腕の中の引き金を引いた。


 音速の二倍で飛ぶルビーの弾丸が、秒間1000発、ダネカに殺到し。


 その全てが、ダネカを避けて通り過ぎていった。


「『!?』」

「『!?』」


 そして、空中で小さな体をくるくると回し、ダネカの杖剣が陽光に輝く。


「俺はよぉ、正義の味方で、未来の大英雄様だからな」


 攻撃直後の魔人の隙を、ダネカの剣は見逃さなかった。


「卑怯なやつと卑金属には、絶っ対に負けねぇ!!」


 振り下ろされた杖剣が、回避に身を捩った魔人の足を浅く切り裂いた。


 カイニの魔剣ほどの威力はない一撃だったが、魔人の足に痛みが走る。


「『くっ……!』」


 ダネカの能力は『至近貴金卑金メタリックアウト』。


 魔導の時代の勇者のお供が持っていた能力と近似しているということで、その能力の名前をそのまま付けられた固有能力だ。

 こうした特定の文字列にヨミガナルビを振るような名称は、魔導時代を発祥とする文化である。

 名前が二列になっているようなものは、総じて魔導時代に作られたもの、魔導時代に名付けられたもの、及びその後継と見ていい。


 ダネカの能力の本質は、『黄金の絶対性を示す』というもの。

 具体的な解説を付けるなら、『その時代において黄金に及ばぬ価値の鉱物で造られた全ての飛び道具が当たらない』というものになる。


 黄金より格下の鉱物で造られた飛び道具は、ダネカには決して当たらない。


 ダネカという黄金を前にして、中途半端な輝きは触れることを許されない。


 ルビーの主成分はAl2O3。

 すなわち、酸化アルミニウムの結晶であり、卑金属。

 その赤き輝きは、黄金の輝きに触れることを許されない。

 黄金の戦士ダネカは、『もしキタとダネカが決裂していなかったら』、ほどに、絶対的なルビーハヤブサ型絶滅存在ヴィミラニエの天敵だった。


「飛べ、飛べ、切れ、切れ、速く、速く、氷っ!」


「『ぐっ……私達の力の天敵……こんなものが運悪く生えてくるだなんて……やはり私は間違っていたのか……? 運命に嫌われ……カエイ……私は……』」


「『しっかりしろ人間! そんな運命などない! 滅びる運命だっただの、負ける運命だっただの、叶わぬ運命だったなど、そんなことを言うのは人間だけだ!』」


「『……ああ、そうだな。変えるんだ、時間を、全てを……!』」


 ダネカが簡易詠唱六節で放つ超高速飛翔の氷刃を、魔人は凄まじい速度の空中機動で回避する。

 だが、カイニ戦の消耗はどんどんと表出しており、カイニ戦でカイニを警戒させた桁違いのスピードは、段階的に失われつつあった。


 これが、相性。

 そしてこれこそがである。

 なんらの強力な相性優位を取ることができる戦士達が何人も集まれば、敵に対して特別相性が良い一人が居るというだけで、ほぼ確実に勝つことができる。


 同じように優秀な人間が集まるのではない。

 それぞれ違うことが出来る者達が集まって、支え合う。

 そうして初めて、PTとしての最強になれる。

 『明日への靴』はそういうPTで、ダネカはそのリーダーだった。


 ダネカに飛び道具を当てるには、石や金属の類を一切使っていない、木を削った矢などを撃つか、金と同格のダイヤモンドの弾丸でも放つしかない。

 そして、ルビーによる飛び道具さえなければ、この魔人が持つ攻撃手段は『ルビーの拳で殴る』以外にないのである。


 近接戦の技術でダネカに上回られては、元一般人のネサクと元鳥の怨念には為す術がない。

 振るわれた黄金の杖剣が、魔人の額のルビーの隙間を正確に切り裂き、空中に小さく血が吹き出した。


 魔人の血の色は、赤くなかった。


「『一旦高度を下げるぞ!』」


 魔人が翼を豪快に振り、重力を利用して急降下。


 逃げるようにダネカから距離を取る。


「打ち落せ、風!」


 ダネカは一瞬の思考すら挟まず、反射的に簡易詠唱一節の魔法を発動。

 風で自分の体を下向きに叩き落とし、魔人への追撃を図る。

 ダネカが追ってきていることを認識しつつ、地面に向かって一直線に加速していく魔人は──主に宿主のネサクが──冷静だった。


「『地面スレスレで急旋回する。翼の無い奴にはついてこれない。どこかで減速するか地面に激突するかの二択だ!』」


「『なるほど、な。人間の武器は知恵とはよく言ったものだ』」


 羽撃はばたきながら落ちていくルビーの魔人。

 風に押されて落ちていく黄金の少年。

 その時両者は、世界で最も美しい流星だった。


 そして地上まで10mを切り、魔人が激突を避けるべく、翼を翻して旋回しようとした、まさにその瞬間。

 魔人の移動先を先読みして投げつけられたが、魔人の両翼に絡みついた。


「『なっ……!?』」


「『この青い双剣、強度がっ……魔導時代の職人の作品か!?』」


 大魔導師アオアがたった一人のために創り上げた、少量の魔力で極めて頑丈な双剣とワイヤーを形成する、それだけの魔道具。

 ゆえに、翼に絡みついたそれを、すぐさま破壊することは不可能。

 凄まじい勢いで、自らの飛翔力で自滅する形で、魔人は地面に激突した。


「『ぐあっ!』」

「『ぐうっ……!』」


 鈍い音が響き渡る。

 地面が揺れる。

 土煙が盛大に上がる。


 翼に絡みついた双剣とワイヤーをなんとか外し、思い切り遠くに投げ捨てた魔人が見たのは、軽い体重を活かして軽やかに着地し、土煙の向こうから悠然と歩み寄ってくる、小さな黄金の姿だった。


 黄金が剣を肩上に構え、神速の踏み込みを行う。

 魔人は一本しか無い腕を頭上に構え、ルビーでそれを受けようとした。


「伸びろ、土!」


 瞬間、上を見ていた魔人の足元から、小さな土の柱が伸びる。

 伸びた土の柱が、魔人の足を強く押し上げ、姿勢を崩す。

 構えた腕も明後日の方向へと流れた魔人の脇腹を、杖剣の一閃が切り払った。


「『があっ……! なんだこの子供は、この歳でこの技量……!?』」


「俺の技は、全部相棒と一緒に考えてんだよ!」


 魔人はバックステップで一旦剣の距離から離れようとする。

 ルビーハヤブサは全能力が上昇したSTAGE II。

 その脚力は、遮二無二適当に跳んだだけでも、実戦で十分有効と成る。


 だがそれも、天才ダネカが先読みした通りの動き。


「爆ぜろ、爆ぜろ、炎!」


 魔人の背後で、小規模に炎が爆裂した。

 バックステップで逃げようとしていた魔人が、己のバックステップの勢いまでもを利用され、背中に強烈な衝撃を受ける。

 そして、引き戻される。


 背中を爆発に押されて前に流れた魔人の胴を、待ち構えていたダネカの渾身の振り下ろしが、極めて強烈に切り裂いた。

 斜めに刻まれた斬撃が、魔人の体にダメージを刻み込む。


「『あっ、ぐぅ……!』」


「『撤退だ! 立て直せ人間! ギリギリだがまだ時間はある、逃げろ!』」


 もはや、この子供を倒してその流れで魔物の群れを全滅させて歴史を変えよう、などと考えている場合ではない。

 一旦逃げて、この子供を避けて、隙を突くように魔物を一掃する───それ以外にネサクとルビーハヤブサの願いを叶える道はなかった。


 翼と身を捩り、魔人は体内で魔法を発動する。

 体を動かす、ただそれだけで魔法を発動できる。それが大昔に絶滅したルビーハヤブサの絶滅存在ヴィミラニエが持つ真骨頂。

 長大なルビーの柱が生え、突き飛ばすように魔人の体を打ち出した。

 先のダネカの模倣である。


 砲弾のように、あるいは砲丸のように、すっ飛んで逃げていく魔人。

 ダネカは髪をかき上げ、当然のようにその後を追う。


「出ろ、伸びろ、伸びろ、伸びろ、土!」


 追われる方が、追う方の移動手段を即席で真似ただけならば、当然その手段の練度は追う方が勝り、速度も追う方が勝る。

 魔人は翼で加速して振り切ろうとしていたが、一手遅い。

 羽撃はばたく前に、ダネカが追いつく。


「猛き風の神 魔獣の時代に人を守りし神の名残 風神プトルヤが遺した風よ 爆ぜよ 爆ぜよ 爆ぜよ 其は地を撫でる天下万民が為の剣!」


 ダネカの右手が柄を握る。

 ダネカの左手が刀身に添えられる。

 彼が今使える最大最長の詠唱が、ダネカの魔力を大いに吸い上げ完成する。


 一瞬の攻防が繰り出される、その刹那に。


「いけ、ダネカ。僕のヒーロー」


 遠くの物陰で、キタの口から言葉が漏れた。


 その声はどこにも届かない。


 右手で握った黄金の剣を、左手から吹き荒ぶ緑の風にて爆発的に加速して、ダネカは己が持ち得る最強の斬撃を放った。


「【ブレードブレス】!」


 深緑の魔力光と、黄金の反射光が一体となり、世界に一閃が刻まれた。


 ずばり、と、翼の付け根の、可動域を確保するためにルビーに覆われていない肉だけの部分を、黄金にして風の斬撃が両断する。

 ルビーの翼の片翼が、くるりくるりと宙を舞った。

 攻撃を受けた衝撃で、吹っ飛んだ魔人が街の中に落ちていく。


「よっしゃ! 次の大技でトドメ刺してやる! ……ん? いねえな……?」


 されども。


 絶滅存在ヴィミラニエは、人間への擬態を可能とする。


 ネサクとルビーハヤブサはカイニが発見したものの、それまではずっと人間の姿で街の中に紛れ込んでいた。


 魔人への変身を解除してしまえば、服まで含めて元通り。見分ける手段はない。


 かくして絶滅存在ヴィミラニエは、天敵ダネカから逃げ切ったのだった。






 取り逃がしたことに落ち込み、頭を抱えてダネカは蹲っていた。


 そんなダネカに駆け寄る少女の影が一つ。


「ダネカくん、大丈夫!?」


「あーだいじょぶっす。勝ったんだけど逃しちゃって……すんません」


「いいの、いいの。キミが無事でほっとしたよ。それが一番大事なことだから」


「て、天使……」


 街のアイドル、美少女のカエイちゃん13歳。

 笑えば聖母、手を振りゃ女神、歩く姿は大天使。

 しかし彼氏持ち。

 ダネカの脳をOSS(俺が先に好きになりたかった)で破壊した美少女であった。


 九年後には、世界を救うため命を捨てた聖人として誰にも知られ。

 今この時代には、回復術が使えるだけの、ごく普通の女の子。


「あの人の怪我の具合どうだったんすか? 俺が戦う前に一人であの怪物と戦って街を守ってくれてた男の中の男、死んでたりしたらすげえ悲しいんですけど」


「あれ? 先にこっちに来てない? あの人が起きてすぐ、キミと魔人が戦ってる方に走っていったから、私はそれを追いかけて来たんだけど……」


「……まさか、戦闘中に飛んで来てた、あの糸繋ぎの双剣は……」


 そして、ダネカが庇った後のキタに回復術をかけ、キタを再度戦闘可能な状態にまで持って行ってくれた少女でもあった。


 ダネカは、戦闘中の援護を思い出していた。

 最高の援護だった。

 ここしかない、というワンポイントの最良の援護だった。

 まるで、ダネカの動きと立ち回りを知り尽くしたかのような援護だった。


 あの援護がなければ、最悪空中の機動力で逆転されて、逆に追い詰められていた可能性だってあったかもしれない、とダネカが思うほどに。


「ダネカくんはあの人のことが心配?」


「心配、は……なんか不思議とないです。理由は分かんねえけども、どっかで何かしてても悪いことはしてねえだろっていうか、信じて任せられそうっていうか、知らねえ人のはずなんですけども、なんかよくわからん感じがするっていうか」


「……?」


「俺が駆けつけた時、動けなくなってても、あの人は諦めてなかったように見えました。剣を握って立とうとしてました。その気合いに、やるな、って思ったんす」


「ああ。強い人だったんだ、あの人」


「かっけぇ人でした。強さとは別のところで。ああいうのいいなぁって」


 ダネカは会話をほどほどに切り上げ、カエイに街の中央を指し示す。


「ま、カエイさんは避難してください。ギルドの横のでけえ集会所が避難施設です、覚えてるっすよね? あそこは木造に見えて壁が全部鉄板入りですから」


「ダネカくんはどうするの?」


「相棒を迎えに行きます。俺達は二人揃ってないと話にならねえ。あのバケモンを取り逃がしたのも、俺が一人で戦ってたからだと思いますし……」


「キタ君だっけ。結局私はお互いに自己紹介もしてないんだよね……」


「それも今日を乗り切ったらっすよ。ちゃんと避難してください」


「うん!」


 カエイは避難所へと向かった。


 入れ替わるように、また別の人物が駆け寄ってくる。


「ダネカ! 魔獣の群れが街の北西に……どうしたのまた、土汚れすごいよ」


「ん? ああ、今その先駆けみてーなやつと戦ってたとこ」


「え? それで大丈夫……だったみたいだね。倒した?」


「いや逃げられた。すまねえ、最悪だ。街中にたぶん瀕死の魔物が一匹居る」


「……大人に報告して後の采配を任せよう。僕らは防衛線に参加しないと」


「分かった。キタの判断を信じる」


 キタとダネカ。

 二人で肩を並べて走り出す。

 街の外縁、戦闘準備をしているところへと向かって。

 二人は相棒。

 この絆が永遠だと信じていた。


「行こうぜ。俺とお前なら勝てねえわけねえよ!」


「S級相当の魔獣が一体居るらしいよ、今回の襲撃」


「……俺とお前なら負けやしねえよ!」


「ちょっと譲歩してる……!」


 少年二人は、まだ『明日への靴』ではない。


 されど歴史が正しさをなぞれば、この日の終わりにそうなるだろう。


 彼らは、未来へ進む人の足を守る者、『明日への靴』に今日至る。






 キタを治療してくれたのは、まだ一般人だったカエイだった。

 彼女はキタを心配していたが、キタは彼女を街に帰して戦いに向かった。

 位置を調整し、隙を窺い、最高のタイミングで横槍を入れる。

 そうしてキタは、戦いの流れを綺麗にコントロールしてみせた。


 『明日への靴』で、キタはいつだって最弱だった。

 ゆえに、強者のサポートに特化した立ち回りを身に着けていた。

 キタが無理して強くなるより、キタより強い仲間が最高のパフォーマンスを発揮する方が、ずっとずっとPTとして強かったからだ。


「ありがとう、ダネカ」


 魔人が遠くに放り投げた青い双剣を、キタが拾う。


「こんな僕の、相棒になってくれて」


 そして遠目に、街を走っていくキタとダネカを見送った。


 寂しさもある。悲しさもある。辛さもある。虚しさもある。


 けれども今は、嬉しさが勝る。また、共に戦えたのだから。


「こんな奇跡が起きて、最後にもう一度だけ共闘できるなんて。こんなに嬉しいことは他にないだろうってくらいに思うよ。僕は」


 今は懐かしむ時ではない。


 過去の思い出に力を貰って、そこからは前に進む時。


 戦って、未来を守る靴になるべき時だ。


「……絶滅存在ヴィミラニエが人を殺しさえしなければ、絶滅存在ヴィミラニエを倒した後の歴史の修正力でどうとでもなる。信じるぞ、カイニ……!」


 キタは己が靴に力を込め、走り出す。

 キタの体内に格納された冒険の書が、鮮やかな光を放っていた。

 弱りきった絶滅存在ヴィミラニエが、擬態の精度を下げている。

 人の皮を被りきれなくなった怪物に、冒険の書が反応している。

 冒険の書が、本当の勇者であるキタを、決着の舞台へと導いている。


 そうして走っている途中に、キタはあるものを発見した。


「これは」


 それを拾い上げ、握り締める。

 普通の人ならば手で触れただけで精神がおかしくなる代物。

 されどキタにとっては、その辺の鉄の棒と変わらない。

 無敵の精神耐性を持って、ダネカはその柄を握り締める。


「僕に力を貸してくれ、魔剣クタチ。少しの間、よろしく頼む」


 そしてまた走り出す。


 はじまりの街の片隅で、赤き魔人が、本当の勇者を待ち受けていた。

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