黄金の戦士ダネカの過去回想 2

 俺とキタは二人でPT登録して、一緒に依頼を受け始めた。


「採取行くぜキタぁ! で、このゼブラキノコって何? どこ生えてんの?」


「君が今食べてるその炒め物の上にかかってる調味料の中身だよ」


「マジで!? この肉にかけるとめちゃくちゃ美味い緑のやつ!?」


「旨味辛味成分の塊みたいなキノコだから。じゃ、南の谷の戦場跡行くよ」


「なんで?」


「このキノコは塩分濃度の高いところに生えるんだ」


「ふむふむ」


「だから人間が沢山死んだところだと、血が染み込んだ地面の塩分濃度がちょうど良くなっていっぱい生えてるんだって。ギルドで先輩が教えてくれたよ」


「怖っ……」


「そういえばゼブラキノコって食べすぎると体からキノコが生えるっていう噂があるらしいね。これも先輩から聞いた話なんだけど」


「怖っ……! いや待てなんで今話した?」


 俺とキタは9歳で冒険者デビューした。

 冒険者になった俺達を、周りの大人はなんか過剰なくらいに保護してた。

 なんか、周りからヒソヒソ声が聞こえてることもしょっちゅうあった。

 子供が心配だったのか、ガキだからバカにしてたのかは知らん。


 俺はそれを、舐められてると感じた。

 キタはそれを、皆優しくて素敵な人なんだと感じたらしい。


 俺は超特急でA級試験を受けて一発合格、周りの声を黙らせた。

 キタは全然査定が上がらなかったが、気付くと冒険者ギルドに来てる大人が、大体皆キタの名前を覚えてて、あいつに一目置いて、仕事をするようになってた。


 俺が勉強できなすぎるから、書類系は全部キタがやってた。

 キタが弱すぎるから、強敵の足止めは全部俺がやってた。


 俺とあいつは違うんだな、って思って。

 違うことが、なんつーか、上手く言えねえけど、誇らしかった。

 俺にできること。

 キタにできること。

 それが違ってて、俺達が支え合えば何でもできるのが、めっちゃ楽しかった。

 俺が最強なんじゃなくて、俺達が二人で一人で最強であることが、最高だった。

 次から次へと冒険に行って、キタと乗り越えていくのが、めっちゃ良かった。


 谷のキノコも狩ったし、海にも行った。


「でけえええええええ!! キタ、あれなに!? なになに? あのオッサン達が仕留めて引き上げてるでっけえ魚なに!?」


「鉱山鮫だね。ダネカ、君が好きな金だけど、海にどのくらい溶けてると思う?」


「はっ! バカだなキタ! 金が水に溶けるわけないだろ!」


「……」


 二人でどこにだって行きたかったし、二人ならどこまでだって行ける気がした。


「───っていう理屈で金は海に溶けてんの」


「はぇ~」


「確か概算で100億トンくらい溶けてるんだよね」


「ひゃっ……チーズのケーキ何個買える!?」


「わかんない……」


 海で魚釣って、二人で焼いて食べて、貝の魔物を二人で倒して、クエストを達成して、二人で鉱山鮫を解体する大人達を眺めたりしてた。


「そうして、海に溶けてる鉱物や、食事時に口に入った岩石とか、海中のカルシウムとか、そういうの全部体内に溜め込んで、体内に鉱山を作る。体内に蓄積された鉱物は近似同士で寄り集まって、『鉱山の頭』を作るわけだね。ほら、あそこで解体してるけど……金、銀、銅、ミスリル、カルシウムで鉱山の頭が五つ出来上がってる。ファイブヘッドシャークってところかな。予想されてた通りの等号だね」


「へー。名前聞いて、頭が五つある鮫とかがそのへんに居るんだと思ってた」


「居るわけないだろそんなの!」


 知らないことは全部キタに聞いていた。キタが知らないなら、まあ、それでいいやって気分になれた。悪くない気分だった気がする。


「ああ、早くやりてえな、ああいうクソでっけえ魚仕留めたりするの……あの鉱山鮫を仕留めてたのも冒険者だろ? なんか、さ。でっけえの狩るのってワクワクするよな! でっけえ魔物をさ、颯爽と片付けて、こうババーンってよ!」


「あのクエストを受けるには……最低でもA級以上を4人以上と、ギルドからの推薦状が必要ってなってるね。ごめんダネカ。また僕が足を引っ張ってる」


「ばぁか! お前と一緒にやりてえんだよ、ああいうのを! 楽しそうだろ!」


「……ふふ。そうだね」


 少しずつ、少しずつ、俺もキタもできることが増えてきて。


 遺跡に行った時とかなんて、最高に楽しかった。


 真っ赤な森に、真っ赤な苔に、真っ赤な蔦。

 どこもかしこもまっかっかで。

 でもその奥に、最近発見されたばかりの、外側が全部鏡張りの遺跡があって、赤色の世界の中に隠れ潜んでいるって話を、先輩からこっそり教わって。


 俺とキタで、ワクワクしながら飛び込んだ、まではいいが。

 俺がめっちゃ罠踏んだ。

 キタがめっちゃ必死に助けてくれた。

 棘付き落ち天井、落とし穴、水攻め、壁から矢、モンスターハウスetc。

 俺だけが罠を踏みまくってた。

 キタがめっちゃ懸命に助けてくれた。

 おかしい、こんなはずでは。


「ダネカ!」


「す、すまん……」


「この! 古代遺跡は! 魔剣時代の遺物で! 全然未踏破だから! 新しい宝箱とかが見つかる可能性はあるけど! それはリスクの裏返しで! まだ罠だらけだから気を付けろって! 何回も! 言った! 僕言ったよね! 耳腐った!? 聞こえが悪いのかな!? 新しいの買ってあげようか!?」


「でも俺、結構いい線行ってたろ? 次は行ける気がする」


「キレそう」


「もうキレてんじゃん」


「僕はもっとキレるっつってんだよ」


「あ、はい、ごめんなさい」


 俺達は壁と床全部剣でぶっ叩きながら突き進む。

 これこそが男の王道。

 技術もマニュアルも要らねえんだよ。

 力、力、力!


 俺達の力に屈した遺跡はとうとう観念し、俺達に宝箱の部屋を発見させた!

 これが、冒険者の勇気の力だっ!


「キタ! お宝! お宝だ! やっべえよ、見つけちゃったよ!」


「待て待て待て、ダネカ、僕も冷静じゃない……落ち着こう! もしかしてこれ一発でPT等級の昇級ありえるんじゃないか!? あるよね!」


「うおおお、俺の英雄譚の最初のクライマックスが来たか……!?」


「そうだよダネカ!」


 まあ。


 そんなうめえ話ってあんまないんだけどな。


「罠だあああああっ!!!!!!!」

「罠だあああああっ!!!!!!!」


 いやあ。

 楽しかったな。

 死ぬかと思った。

 もう二度とやりたくねえわ。


「ぜっ、ぜっ、ぜっ、げほっゲホッ」


「はひゅー、ひゅー、ぜひゅー、ひゅー」


 走って走って走って遺跡から脱出。

 遺跡の外、真っ赤な苔の絨毯の上に寝転んで、俺達は息を整えた。

 ギルドの絨毯もこんな色なんだよなあ、とかくだらないことを考えた。

 まあ、ボロ負けして逃げて来たからな俺達。

 かなしい。


「と、盗賊とか、探索者とか、調査専門職入れねえと俺達、遺跡探索とかどだい無理なんじゃねえか……?」


「無理だね。まあ……攻略が無理っていうか、誘うのが無理っていうか……」


「おん?」


「僕らが利用した冒険者の登録年齢下限撤廃、あれ今生きてる冒険者から子供に技術継承をして、なんとか次代の戦士を確保しようってやつなわけじゃん。つまりさあ、そんくらい大人がバンバン殺されてるわけなんだ」


「ふんふん」


「で、探索特化の人達って、需要高い割に魔族に狙われると死亡率高いんだ。軽装だし、剣士ほどの防御技術がないし。だからポンポン死ぬのに、どんどん前線周りに吸い上げられて行ってて……今フリーの凄腕って残ってないんじゃないかな」


「うわ、キッツ」


「でさ、先輩から聞いた話だから噂話なんだけど、ここだけの話、最近魔王軍幹部の『無知全能の眼』が魔導狙撃部隊を組織してて、そのせいで前線では探索系と魔法系の凄腕が次々超遠距離から殺されてて、だから更に減ってて……」


「うわ、キッツ!」


「受付お姉さんからこっそり聞いた話なんだけど、勇者に付けるために2000年以上生きてて、全ての罠と待ち伏せを知り尽くした伝説の男を、『仙人の山』から招聘するらしいよ。いやぁなんか凄い話になってきてるね」


「う、うおおっ……かっけえええ……ってか、なんだお前。へへ、勇者周りに興味津々じゃねえか、キタ。早く追いつかねえとな」


「……うっさいな。あ、受付のお姉さんと言えば、副ギルドマスターのマメハさん居るよね。なんかミハギ先輩を好きになっちゃったらしいって話だから、二人が話してる時は僕らも邪魔しないようにしてねって受付のお姉さんから頼まれて」


「うわ、キッツ!!! マメハのババア48とかでミハギの兄貴は21とかだろ! 止めろ止めろ! ミハギの兄貴ならもっと若くていい女捕まえられるだろ!」


「こらダネカ! お前人前でそれ言ったらマジで蹴るからな!」


「でもよぉ!」


「でもよぉじゃないんだよ」


 俺達はいつも、明日の話をしていた。それが楽しかったんだ。


 ああ、いや、ちょっと違うか?


 俺が明日の話をすると、あいつがいつも真面目に付き合ってくれるのが楽しかったってのも、あるのかもしれん。


 あいつは俺の扱いが雑だったけど、俺を適当に扱ったことはなかった。


「じゃあどうすんだよ、俺遺跡探索して伝説になりたいぜ」


「そうだなぁ……獣人の仲間とかいれば……獣人系は五感が鋭いから、こういうところの罠は見抜ける、かも。専門職には及ばないだろうけど……」


「獣人!!!!! 可愛い子が良いな。頼むぞキタ」


「女の子限定にするな。可愛い子限定にするな。僕に丸投げするな!」


 だけど。


 楽しいだけじゃあ、なかった。


 俺達は、二人で楽しさを分け合ったが、苦しさも分け合った。


 はじまりの街に大量の魔獣が攻め込んだ時だって、そうだった。






 何もできなかった。

 俺達にできたことと言えば、多少の魔獣を倒したことだけ。

 街は壊れて、怪我人も大勢出て、ずっと悲鳴が街から消えなかった。


 俺も、腹にでっかい穴が空いた。

 キタが助けてくれなかったら。

 カエイさんが覚えたての回復術を使ってくれてなかったら。

 俺は多分、あそこで死んでた。


「冗談じゃねえ」


 俺が死んでたら、俺は『悲劇』になってた。

 ガキが皆を守って戦死した、っていう悲劇の美談に。

 そんで、偉い人がプロパガンダに使ったり、冒険者ギルドが子供達に語って聞かせる戒めの『おはなし』になってたかもしれなかったわけだ。


 ……そうじゃ、ねえだろ!


 俺は悲劇の美談になりてえわけじゃねえ!

 語り継がれたらなんだっていいわけじゃねえんだ!

 俺は、英雄譚になりてえんだよ!

 全部全部解決して、『めでたしめでたし』で終わらせた勇者になりてえんだ!


 だけど。

 今の俺がそう叫んだって、滑稽なだけだ。


 半壊した街が、責めるように俺を見てる、気がした。


「ちくしょう……!」


 キタが居る。

 俺の隣に居てくれてる。

 壊れた街に悔しがってる俺の横で、そばに居てくれてるけど俺に話しかけてくることはなくて、ほどほどに放っておいてくれている。


 こいつはいつも、距離感を間違えてない。……そんな、気がする。


「なあ、キタ。俺は決めたぜ」


 俺は負けた。魔獣は全部倒したが、俺の負けだ。だが、引きずったりはしねえ。


 こっからだろ。


 なあ、相棒。


「俺の英雄伝説は、世界中の人達を笑顔にするために打ち立てることにする」


「……ダネカ」


 こういう時。

 キタが俺を見る時の目が、俺が突き進む原動力だった。

 期待。

 尊敬。

 信頼。

 羨望。

 そういうものが詰まった目。


 キタの見てる間くらいは、絶対に情けねえ俺を、見せたくねえ!


 その目に応えてやりたくなる。

 やってやろうぜ、って言いたくなる。

 俯きかけた俺の心は、そうしてまた蘇った。

 熱く。

 もっと熱く。

 俺は行ける、どこまでも行ける、親友ダチが俺を信じてくれてる限り!


「本気でやろうぜ、キタ。笑って、気張って、世界を良くしてやろうぜ」


「……ああ!」


「俺達二人は、今日から『明日への靴』を名乗る! その理由は───」


 俺達のPTは、ここから始まった。


 はじまりの街で怪物に負けた後から始まった。


 二人で、剣を打ち合わせて。

 二人で、拳を打ち合わせて。

 二人で、思いっきり「やるぞ」と声を張り上げて、再起した。


 もう二度と、こんな悔しい負けを味わわないと、俺とキタで誓ったんだ。






 俺とキタにとって、はじまりの街は全ての始まりの場所だった。

 ここから始まった。

 なら、俺とキタの心が折れたって、ここに来れば何度でもまた始められる。

 スタートできた街なんだから、再スタートだってできるはずだと思った。


 いつだって俺達は、こっから始め直す。二人でそう約束したんだ。


 ボロ負けした後でも。

 戦いたくねえ奴がいても。

 勝てない奴がいても。

 きっつい出来事があっても。

 もう全部投げ出したくなっても。


 この街は俺達の『はじまり』だから、ここから始め直せばいい。


 俺達にとって、はじまりの街はずっとずっと特別な場所だ。


 そうだよな、キタ。

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