黄金の戦士ダネカの過去回想 3

 俺には憧れてるやつが何人もいた。

 たとえば、魔剣の時代に活躍したという、伝説の勇者アマンジャ!

 超強くて、超モテてて、超成功者で、世界を救った大勇者。


 まあ、なんか『現代の研究では彼の伝説は半分くらいが創作であることが分かっている』とか偉そうなヒゲジジイが言ってたが、それは置いといて。

 ああいう感じのやつに、俺はなりたかった。


 アマンジャは謎の青髪凄腕魔法使いの少女にべた惚れだったけど、振り向いてもらえなかったらしいのもポイントが高い!

 『良い』んだよな。

 ハーレムでモテモテだけど、その誰にも振り向かなくて、最初に好きになった女に一途だけど、その女に振り向いてもらえない、っての。

 富める者だけど欲しい物だけ手に入らない、みたいなの。

 それでいて、片思いの相手にずっと献身的、みたいなの。


 うーん。

 最高。

 やっぱ最高だぜ勇者アマンジャ!

 勇者アマンジャ題材の新刊出てるとつい買っちゃうぜ。


 特に最高のエピソードは、獣人の奴隷戦士アァクと出会う一節だ。

 最高!

 最強!

 一万回読み返したね、ここ。


 奴隷として売り払われた奴隷の獣人少女アァク。

 奴隷市場に立ち寄った勇者アマンジャ。

 出会う二人。

 胸に来る問答。

 想起されるアマンジャの後悔。

 買い取られるアァク。

 命を預け合う契約。

 そしてすぐに始まる、勇者と奴隷の悪徳領主を倒す大冒険!

 やがてアァクはアマンジャの隠している寂しさに気付き、恋をして、アマンジャの寂しさに寄り添うことを決めて、気持ちを伝えるように手を繋ぐ。


 うおおおおおっ!!

 好き。

 うおおおおおっ!!

 最高。


 っぱ、アマンジャしか勝たねえんだよな。

 俺が思うに、最高の英雄ってのは、そいつの物語を知って「俺もそうなりたい」って思わせるようなやつが、最高の英雄なんだ。


「というわけでさ、仲間にする奴隷の獣人買いに行こうぜ獣人」


「君の好きな英雄の話を一時間くらい聞かされた僕に何か言うことない?」


「おいおい、欲張りだな……しょうがねえやつだ、じゃあもっかい話の頭から」


「『面白かったからもう一回聞かせて』なんて言ってないんだよ僕は」


 細かい計画や予定は、大体全部キタがやってくれた。

 流石はキタだ。

 俺の財布全部管理してて欲しい。

 そして俺がご飯食べたい時に自動でご飯とか作ってほしい。

 毎日ステーキを焼いてくれ。


「分かってるよね、ダネカ。僕らが居る神聖王国イアンじゃ奴隷は買えない。奴隷が合法なのは隣国の錬鉄帝国ワチカハだけだ。国家間移動になるから、結構長い距離を移動することになるよ。っていうか奴隷を買うお金は……」


「へっ、そう言うと思ってたぜ。見てくれこの金貨の袋を! 毎日のおやつと楽しみのステーキを我慢して貯めたんだ! これで奴隷を買うんだよ!」


「最近なんか貯金してたと思ってたらこれか……」


「魔導列車に乗って行くんだよな。駅弁奢ってやるよ!」


「ん、ありがと。じゃあ僕は飲み物でも奢るよ」


「サンキュ!」


 魔導列車に乗って、いざゆかん王国の南西にある帝国へ。

 でも席は一番やっすいところ。

 高級席なんて夢のまた夢。

 見てろよ……待ってろよ……いつか俺とキタの二人でそこに頼んで、客室乗務員にめちゃくちゃもてなしをさせてやるからなっ!


 明日への靴結成から二年。

 俺は11歳。キタも11歳。

 個人としてはまだ伸びているものの、PTとして伸び悩み始めた俺達は、かねてから考えていたPTの人員増強を始めた!

 『仲間を増やす前に地力を鍛える方を優先した方が良いんじゃないかな』と二年前から言ってたキタも賛成してくれたんで、ゴーゴーゴールデンってこった。


「護衛隊の皆さん、いつもお疲れ様です。今日もよろしくお願いします」


「おう」「旅かガキンチョ達」「気を付けてな」

「列車は揺れるから気を付けろよ」「二人だけか? 立派だなぁ」

「その歳で冒険者か? はぁー、ガキの頃の俺に見習わせてねえな」

「列車は俺達が守るから安心しとけよ」「喧嘩はすんなよ、ははっ」

「よい旅を、小さな英雄さん」


「いえいえ、それでは」


「キタってよ、毎回護衛隊のオッサン達にお礼言ってから列車乗るよな」


「そりゃ、いつも列車の上で戦って守ってくれてるからね。彼らが手を抜かないで仕事してくれてるから今があるんだ。感謝はしてもし足りないよ」


「真面目~」


「ダネカ、いつも魔導列車の乗車券を僕らに発行してくれてるお爺ちゃんが同じ人だって気付いてないんじゃないか?」


「そうだったっけ!?」


 魔導列車は国家間移動する時、魔物や魔獣が間引きされてない、ドチャクソに危険な領域を通過する。

 あったりまえだが、魔導列車はそこで襲われちまう。

 だけど、魔導列車がそこで止まったことは一度もない。

 魔導列車の上に乗って敵を撃退する、専門職の冒険者達が居るからだ。

 俗にそいつを、護衛隊と言う。


 めっちゃ速く走る列車の上で走り回って、揺れる列車の上でも転ぶことはなく、列車から飛んで敵を切り捨てて列車に着地し、並べられた魔法使いが一斉に魔法を発射してデッカい巨獣を焼き払う。


 魔導列車で長旅をする時、俺達乗車客は皆、戦闘音を楽しんで、ガンガン戦う護衛隊を見上げて、暇を見つけて全力で応援する。そういう旅をする。


 なんかいいんだよなあアレ、護衛隊。

 楽しそっ。

 俺もやりたい。

 いつかキタとやりてえなあ。

 俺とキタが列車守ってる時にワイバーンの群れが襲来して、俺とキタで撃退して、それが伝説になったりするか? おっ、ワクワクしてきたぞ。


 俺も帝国まで行ったことねえんだよな。

 奴隷抜きでも楽しみだ。

 ゆったり旅をして、途中見慣れないものを見つけたら、キタに聞く。


「キタ、あれなんだ? ほら、あの人がやたら運ばれてる小屋が……」


「あれは……公害対策の臨時救急小屋だったと思う。この近辺はミスリル鉱山があって、鉱毒が川を伝って流れ出していて、前々からこの土地の固有種の絶滅が問題になってるんだ。最近は採掘要求量が増えたせいか、鉱毒で倒れる人間も急速に増えてきたらしくて、急ピッチで対策を進めてるって話だよ」


「ふーん」


「……見てて気分いいもんじゃないね。僕らにどうにかできる話じゃないとしても。強大な魔王軍と戦う以上、ミスリルの要求採掘量は増える一方だ……」


 俺が気にしないようなことも、キタはずっと気にして生きていた。

 あいつは「ダネカは細かいこと気にしなすぎ」って言う。

 それはそう。

 まいったぜ、反論できねえ。


 キタは「知ることが視点を増やしてくれるから」と言っていた。

 あいつの瞳に映る世界と、俺の瞳に映る世界は違うんだろう。


 俺は直売所のホワイトアップルを見ると『美味しそう』って思う。

 でもあいつは「綺麗に洗われてるなあ。農家の人の気遣いとか優しさが感じられるよね」って言ってた。


 放置されてた廃城跡で魔物を倒してた時、俺は『なんもねえな』って思った。

 だけどあいつは「王都を守った城の跡。こんなにも何も残らないほど必死に戦って、当時の人には、どんな守りたいものがあったんだろうね」と言った。


 だから俺にはキタが必要だ。

 そんで俺も、キタが必要とする俺でありたい。


 奴隷市場に辿り着いてからしばらくして、俺はキタが顔色を悪くしていることに気がついた。

 お、おいおい、大丈夫なのか?

 水いるか?

 背中さする?


「大丈夫かよキタ」


「ん、平気」


 原因はたぶん、奴隷市場で繋がれてる、死んだ目の奴らだった。


 そいつら全員、幸福なんてどっかに置き忘れたみたいな顔をしてやがったから。


「悪い、俺のせいだ。こんなところに連れて来たから……お前なら奴隷見て気分悪くするとか考えとくべきだった。なあ帰ろうぜ? 俺の失態だ、こいつは」


「君は悪くないよ。他の人が平気なものを、僕だけが見て体調悪くなったなら、そりゃ悪いのは耐性がない僕なんだ。気にしないで」


「だけどよ」


「ありがとう。おせっかいなダネカに優しくなんてされちゃ、僕だって気合いを入れて『成功させよう』って気になるってもんさ」


 キタのやつは優しい。

 だけどそいつは、苦しみを感じないから出せる優しさじゃあない。

 我慢して出す優しさだ。

 だから俺は、アイツに無理させたくねえ。

 あいつを抱えてすぐに奴隷市場を飛び出したってよかった。


「……そうだな、見つけようぜ! 新しい仲間をよ!」


 だけど。

 俺が奴隷の獣人を探してる理由はいくつかあったが、その内の一つがキタのためだったから、投げ出すに投げ出せなかった。


 俺とキタは二人で冒険をしてる。

 だけど、俺一人じゃ攻防を担えねえ。

 キタは絶対に必要な相棒だ。

 あいつの判斷に何度救われたか、感心したか、分からねえ。

 喧嘩しがちな俺が周りと上手くやっていけてるのも、キタが冒険者ギルドのほぼ全員と街の主要な奴ら全員と仲良くして、俺の印象を良くしてくれてるからだ。

 そのへんの蔦をロープにして崖を降りたりとか、戦闘中に地面に隠したロープを引っ張って敵を転ばしたりとか、細かい工夫はかなり感心するとこもある。


 だけど強敵との戦闘中じゃ、俺が攻撃に回るとキタを守れねえし、俺がキタを守ってたら倒すところまで攻めきれねえ。

 準S級相当が相手になってくると、絶対的に手が足りなくなる。

 もう一人欲しいんだ。

 戦えるやつで、攻防の片方を任せられて、俺とキタにできないことができて、俺とキタを裏切らないやつ。そういうやつが欲しい。


 獣人。よく知られた近接職の最適種族。俺はそいつが欲しかった。


 って、思ってたんだが。


「はぁ!? 合格規格の奴隷が一人も残ってねえだぁ!?」


「そんなことある?」


「申し訳ありません、お客様」


 ぺこり、と受付の男が頭を下げる。


 人生ってなんでこんな上手く行かねえんだろうなあ。殺すぞ人生!


「んだてめぇ、んなことあるはずねえだろ、舐めてんなら俺の拳が……」


「ダネカ、おすわり」


「はいはい座ります。ってなんでやねん! 頭押さえんなキタ!」


「あのね、ダネカ。僕らは子供なんだよ。子供が奴隷買いに来たって言ったら、店の人にはバカにされたっておかしくないの。でもこの人は僕らの肩書きと立ち位置を聞いて、最初から一貫して僕らを大人のお客さんと同じ扱いをしてくれてる。舐めてなんかない、とても真摯なんだよ」


「……むぅ、確かに」


「すみません、受付さん。できれば事情を教えていただいてもよろしいですか?」


「こちらこそ申し訳ありません。商品が無いのは、我々の無力ゆえなのです」


 まとめると、こんな感じだった。


 冒険者も軍人もガンガン死んでる。

 人が足りなすぎ。

 帝国が国家予算で奴隷を買い集めて訓練してから前線に投入してる。

 奴隷足りない。

 奴隷市場にはハズレしか残ってない。

 そんな感じらしい。


 ……おのれ、魔王!

 許さねえ!

 勇者より誰より先に、俺が倒してやる!

 待ってやがれ!


 これで俺の伝説で俺のヒロインになるはずだった美少女獣人が前線で野垂れ死にとかしてたら許さねぇからなぁ!


「どーすんだよキタ、帰るか? おやつ買って帰ろうぜ」


「……」


「キタ?」


「ちょっと待って、今在庫のリスト見てる」


「つってもよ……さっき受けた説明の通りなら、合格規格以外の奴隷ってことは、子供、病気、発育不良、性格に問題あり、呪い持ち、身体欠損みたいな弱点を複数抱えてるってことだろ? そんなの仲間にしても……」


「まあまあ。よく考えて行動するだけならタダだから」


 キタは真面目に、何やら考え込んで、奴隷のリストを見てる。

 そこに書かれてる文章は複雑かつ大量で、俺にはチンプンカンプンだ。


 だけど、な。

 これだ。

 この横顔だ。

 キタのこの横顔を見た後、俺は負けた記憶がない。


 俺よりずっと思慮深く考えて、物事をしっかり見てる男、キタ。

 こいつのこういうところに、俺は何度も助けられてきたんだ。

 俺にねえもんを、こいつは持ってる。


「すみません、この奴隷の子と面会したいんですが……」


「はい。承りました」


「行こう、ダネカ」


「まったくよくわかってねえけど分かった!」


 俺はキタがよく考えて決めたことを疑わない。

 疑わないで、そいつに従う。

 俺はキタを信じてる。

 だけど俺が即信じて従って動き出すと、キタはいつも信じてもらったことに照れてるみたいに、恥ずかしそうに頬を掻く。


 慣れろよ、相棒。






 地下に降りて、奴隷を押し込んでいく牢屋が並ぶところに入って、その奥の奥の、粗末な牢屋の中にそいつは居た。そいつがキタが選んだやつだった。


 その獣人の少女を見た時、俺はキタが容姿だけでそいつを選んだんだと思った。

 そんくらいには、綺麗だった。

 幼いのに、綺麗だった。

 生まれて初めてだった。

 姿のは。


 雪。

 そうだ、銀雪だ。

 剣。

 そうだ、銀剣だ。


 俺が生まれて初めて見た時、心の底から感動した二つのもの。

 家族旅行で見た時の雪国の銀世界。

 街の友達と見に行った博物館に飾られてた英雄の銀剣。

 その二つを思い出す色合いを宿した女の子だった。


 銀色の、狼の、とびっきり綺麗な獣人の女の子。


 どうやら俺は、金が好きで、銀に感動するヤツだったらしい。


「ダネカ、ここで待ってて。少し話してくる」


「あ? なんで?」


「君は結構無神経で、奴隷になって落ち込んでる女の子を傷付けかねないから」


「言うなぁお前! 事実だから言い返せねえわ。さっさと戻ってこいよ」


「ありがとう」


 こんにゃろうめ。

 まあいい。

 お前だから無礼を許してやろう。


 キタは牢屋の中に入っていった。

 中の銀色の獣人少女に何か話しかけている。

 何話してんだろ。

 ちょっと盗み聞きするには遠いな。


 この地下、地上の工事の振動と、地下で変な声出してる変な奴隷の音のせいで、微妙に聞き取りにくい。

 売れ残ってる奴隷って変な音出すんだなあ。知らなかったぜ。


 と、思ってたら。

 獣人の女の子がキタに襲いかかっていた。

 え、キタが襲われてる!?


「キタっ!?」


 俺が助けようと牢の中に駆け込むと、キタが無言で手で制してきた。

 女の子はキタの肩に噛みつき、爪を背中に立てている。

 服の襟元は真っ赤だし、背中にも赤い円が広がっていた。

 その状態でキタは、女の子の背中をぽんぽんして落ち着かせようとして、女の子を抱えて角度を調整して、女の子の視界に俺が入らないようにしていた。


 これで俺にお前を助けるなってのか?

 お前を守るって約束してる俺に?

 お前が血を流してるのに?

 いや、お前っ……いや、このっ……ええい!

 信じて待ってりゃいいんだろ!

 バカ!


 俺がキタを信じて手を出さないことを決めて、キタの視線の先で頷くと、キタが嬉しそうに微笑んだ。

 信じて場を任せてもらって嬉しいんだなー。

 そっかー。

 二度とすんじゃねえぞ。


「怖かったろう。よく耐えた。よく頑張った。もう怖くない、怖くないぞ、よしよし。僕は君の敵じゃない。僕は君をいじめたりしないよ、よしよし。優しい子なんだな君は。こうして噛んでも、相手が人だから、無自覚に手加減しちゃってる」


 それにしても、錯乱してるちっさい女の子のあやし方が上手いなキタ。

 あいつ、妹でもいたんだろうか。

 不安定な年下の女でも身近に居ないとあんなに慣れないと思うんだが。


 キタが女の子をあやすようになだめてるのを尻目に、俺は牢を出て、また離れて壁に背を預けた。

 腕を組んで考え込む。

 またキタ達の会話が聞こえにくくなる。

 隣の牢で奴隷が奇声を発してるからかもしれん。いやうるせえな!


 いや、まあ、でも、聞こえない方がいいか。

 聞こえてたら、またキタが心配になって邪魔しちまうかもしれないしな。


 あ。すげえ。

 女の子がだんだん落ち着いていってる。

 見てるだけで分かるもんだな、こういうの。

 女の子の腕とか背中とかに入ってた力が、ゆっくり抜けてくのが分かる。


「───」


 キタが何かを言った。

 女の子が何かを驚いた。

 はて。

 何言ったんだろう。

 ドラゴンハンバーグにドラゴン肉が入ってなくて豚の肉しか使ってないこととかかな? いやぁ……あれは……気絶するかと思ったぜ……!


「~~~、……から大丈夫……君のそれは……僕は……安心して……」


 女の子がキタから牙を、そして爪を離す。

 女の子を抱えてたキタはそのまま女の子を抱き締めて、背中をぽんぽんと叩いてやり、銀色の髪の後頭部を撫でている。

 遠目にも、女の子の警戒心が消えていくのがよく分かった。


 お、いいぞキタ。

 そこだ!

 やれ!

 立て!

 仕留めろ!

 お前の勝ちは目前だ!

 ここに無言でお前を無言で応援してる男がいるぞ! 自信持ってけ!


「……、……、助けになりたいんだ、……、辛い思いをしてる君を……」


 いけーっ!

 いけーっ!

 いけーっ!

 やれーっ!

 もうひと押し! もうひと押しだ!


「そして……僕らの力に……君を買い……、……、……~~~」


 しかし、ホント慣れてんな。

 ゆったりとした話し方。

 子供に言い聞かせるような優しい声。

 背中をぽんぽんするリズムと、声のリズムで、上手いこと落ち着く感じだ。

 俺があれやられたら寝ちゃいそう。


 マシュマロ。

 今のキタはマシュマロみたいだ。

 触れると柔らかく、ぶつかっても痛くなく、相手を決して傷付けない。

 マシュマロモードって名前を付けておいてやんぜ。


「最後の最後まで、共に戦おう。獣の君」


 !


 殺し文句だ!


 さっきまで死んでた女の子の目に光が戻ったのが分かる!


 何がなんだか分からんがやったな、キタ! やっぱ俺にできないことは大体お前に丸投げしとけばなんとかなるんだって! いけるいける!


 女の子がキタの前で跪いてなんか言ってるな。よしよし、たぶん成功だ。


「キタ、終わったか」


「ダネカ。ごめん、待たせて」


「『血まみれで心配させてごめんなさい』だろうがぁ!」


「あいたっ」


「ったく」


 軽いお仕置きに、かるーくゲンコツを落としておいた。

 ざまぁみさらせ。

 二度とやるな。


 さて。

 どうやら見つかったらしいな、俺達の3人目の仲間が。


「名乗っとくか。俺はゴールデン・アンド・ゴールデンのダネカだ、よろしく」


「僕はキタ。剣士のキタだ。君の名前を、君の口から教えてほしいな」


 そうして。


「……チョウ、です。ワリの尾住まいの、銀狼族です……」


 明日への靴は、二人から、三人になった。






 始まりの街に帰った。


 そんで、俺達はいつものように、街の外を見渡せる櫓の上でぐだぐだと駄弁って、中身のない話で盛り上がったりしていた。


 で、俺は、ふと思ったことを言った。深い意味とかはあんまりなく。


「なあ、キタ」


「なんだい」


「お前はずっとそのままで居てくれよ。そしたら俺がずっとお前の背中を守る」


「え、どうしたの急に」


「急にじゃねーよ。前から薄々は思ってた。でもお前がチョウを仲間に引き込んだ流れとか、チョウに噛みつかれてたのに怒ってもいないお前とか、チョウのお前への態度とか見て、ようやく適した言葉が見つかったんだ」


 変わらねえ人間なんていねえ。

 俺は変わった。

 相棒と出会えたおかげで。

 キタだって変わった。

 俺と出会ったおかげだと思いてえ。


 だけど、変わってほしくないもんだってある。


 『黄金は永遠の輝き』とか言うから、俺はゴールデンが好きなんだ。


「チョウは俺にビビってる。でもお前には心を開いてる。そいつは、お前の中に、なんつーか……『傷を癒せる優しさ』があるからだと思うんだ」


「大袈裟だよ」


「へへっ、まあ大袈裟かもしんねえけどさ。っと、話はここで終わりじゃねえ。お前のその優しさは、絶対どっかでつけこまれる。お前、かわいそうな境遇の悪人についつい同情しちゃってるだろ、相棒だから分かってんだぞ」


「……まあ……」


「お前がずっとお前のままでいたら、いつかきっと、『かわいそうな悪いやつ』がお前の敵になる。そしたらお前は手加減しちまうかもしれん。そういう時はな、俺が代わりに『かわいそうな悪いやつ』をぶっ飛ばしてやんよ!」


 俺は、俺の役目をまた一つ見つけた。


 殴って、叫んで、ぶっ飛ばしてやるんだ、『かわいそう』を利用してるやつを。


 俺はかわいそうな女の子を慰めて立ち上がらせることもできねえ。


 そんな俺にふさわしい役目だろ?


 優しいやつの代わりに、『かわいそうな悪いやつ』をぶっ飛ばす! これだ!


「俺がいつだってお前の代わりに、不幸に酔ってるヤツに『うるせえ死ね!』って言ってやるからよ! いつでも俺を呼べ! 俺はお前にできねえことをする!」


「うんうん、ありがとうね。たぶん助かる時もあるけど九割トラブルになるからそういう時は黙っててね。……まったく」


「うるせえ死ね!」


「僕にも言うの!?」


 俺はな。

 心配だったんだよ。

 お前がいつか、どうしようもなく被害者しかいないような奴らと殺し合ったら、お前は自分の方を犠牲にするんじゃねえかって。


「お前がどうしても手を出せねえ『かわいそうな悪いやつ』には、俺が『うるせえ死ね!』って言う。そういうやつは俺がぶっ倒す。だから……本当に助けなくちゃならないやつに、優しさをあげ続けるお前でいてほしいんだよ。クソ野郎にお前の優しさを利用されても、お前の優しさってやつが残り続けりゃ、俺は嬉しい」


「……仏になれ、みたいな?」


「仏みたいな雑魚とお前を一緒にするなよ! もっと上を目指せ」


「とんでもないこと言ってんな君」


 だから。

 頼れよ俺を。

 俺もお前を頼る。

 いいだろそんくらい。


「僕もダネカには変わってほしくないな。君は君のままで、素晴らしいよ」


「……うおおおお! 俺が伝記化したら、今のセリフ採用するからな!」


「すんなすんな」


 お前と居ると、何度だって確信する。


 あの日お前を俺の運命だと思った俺のハートは、なんも間違っちゃいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る