黄金の戦士ダネカの過去回想 8
俺は、これまで通りの俺に見えるように頑張って振る舞った。
だけどこれまでの俺の通りに振る舞えてるか、不安だった。
これが俺?
どれが俺?
俺らしさってなんだ?
俺の何が俺らしさなんだ?
周りがなんも言ってこねえから、俺は俺らしさを間違えてねえ……そう思いてえのに、確認なんてできねえから、いつもどっか不安になってて。
よく分からないもやもやがあったような、覚えがある。
キタを探して、俺はギルドの会議室に突っ込んだ。
「キタぁ! 『明日への靴』への取材申し込みだぁ! 最近暗いニュースばっかだったからな! 王都最強候補の俺達で世間の気分を上向きにしたいってよ!」
「またダネカへの取材かな? ちょっと待ってて。冒険者ギルド主導で有力なパーティをいくつか呼んだレイド討伐やるって話をしてて、今調整を……」
「お前が横に居なきゃ取材中に俺が失言した時にどうすんだよ!」
「堂々と言うなそんなこと」
ギルドで話し合いをしてたキタのところに行って、キタと、キタと話してたギルドの奴らの前で、俺は俺らしく振る舞う。
分かんねえ。
俺、どんなやつだった?
こんな感じに、ちょっと無礼で適当なやつだったか?
そうだった、はずだ。
俺の無神経さとかは、キタが何度か注意してきたから、いつもの俺は無神経じゃねえといけねえ、そういう感じだったはずだ。
早く、平常時の俺のノリを取り戻さねえと、俺が俺を分からなくなる。
「こんな話し合いしてる場合じゃねえ、行こうぜ!」
「こらこら、ダネカ」
俺が猪突猛進なこと言って、キタが諌める。
これだ。
この感じ。
これで、大丈夫だ。
俺は周りから俺に見えてるはずだ。
ああ。
よかった。
そんなことを思ってたら、キタと話してたギルドのやつらの中で一番若い、眼鏡の女が苛立った感じで俺に食って掛かってきた。
「ダネカさん、前々から思ってましたが、キタさんが真面目な仕事をこなしてる時は少しくらい待ってたらどうなんですか?」
言葉に、かなりの棘があった。
「俺とキタのことに口出してくんなよ眼鏡。俺らはこれでいいんだよ」
「……キタさんが普段許してるからってどんどん無神経になってるんじゃないですか? 横柄が英雄の条件だと思ってるんですか? この際だから言っておきますけど、貴方がそうして失礼を働いて、先方が不快に思った時は、キタさんが頭を下げて回ってるんですよ。貴方のそういうところ、改める気はないんですか?」
「ああ? だったらなんだ。俺にキタに土下座しろとか言うのかよ、眼鏡」
「そうじゃなくて……少しはキタさんを見習ったらどうかと言ってるんです」
反射的に、眼鏡女を睨んだ。
眼鏡女はビビった顔をしたが、すぐに俺を睨み返してくる。
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
眼鏡はたぶん、キタのために俺に食って掛かった。
キタのために動いてくれたんだ。
俺からすれば嬉しい気持ちしかねえ。
俺の相棒のために俺に食って掛かるとか最高にいいやつじゃねえか。
いいやつすぎて褒めてやりてえくらいだ。
なのに。
俺の中に生まれたささくれ立った気持ちが、いつまでも消えなかった。
この女の中じゃ、俺は、明確にキタに劣る劣等だった。
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
「まーまーまー、どうどうどう、二人が仲良すぎて僕置いてけぼりだよ」
「ぬっ」
「なっ、仲良くなんてありません! ただ私はダネカさんにキタさんへかける負担を改めるようにと……」
キタが間に入って、空気をやんわりさせてくれた。
俺の心のささくれが消えていく。
まあ、そうだ。
俺がキタに負担をかけてることは、なんであっても申し訳ねえ。
そういうのは、俺が悪いんだ。
この女は別に間違ったこと言ってねえよな。
「あ、そういえば思ってたんですけど、お姉さん眼鏡新調したんですね。似合ってますよ。東大通りの例の店の新作ですよね? おしゃれさんに大人気の」
「! 分かりますか」
「受付のお姉さんは受付担当に選ばれるだけあって美人さんが多いですからね。その上でギルドそのものの印象を底上げするために、受付の仕事をする時の服装まで最近の好印象なトレンドを取り入れてる人は多くない。多くないですから、見れば分かります。貴方は勤勉な美人さんですから、僕の印象に残るんですよ」
「ふふっ、キタさんはお世辞が上手いですね。乗ってあげます。……でも、こういう風に友達を庇うのって、あんまり頻繁に多用してると、その内通じなくなりますよ」
「肝に銘じておきます。でも、ダネカも今はちょっと売り言葉に買い言葉だっただけですから、何度もこんな口喧嘩は起きませんよ。僕の相棒ですから」
「あらあら」
「ダネカ、話が終わるまでちょっと待ってて。ありがとうね、取材の前に僕を呼び来てくれて。『明日への靴』の印象が悪くなる失言をしないように、僕を呼びに来てくれたんだろ? リーダーの思考が様になってるじゃないか。成長の証だよ」
「……ああ」
キタが褒めから入って、空気を柔らかくしてくれた。
俺を責める空気が消えて無くなった。
喧嘩っぽい雰囲気も消し飛んだ。
それでキタがなんか評価されてるような、そんな感じの空気が、そこに広がった。
キタの評価が高いことは、嬉しいことだ。
俺よりキタが評価されることは、嬉しいことだ。
そんなことは考えるまでもなくハッキリしてることだ。
けど。
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
俺はキタとギルドの話が終わるまでちゃんと待って、そっから俺とキタは王都の報道社に向かった。
剣と魔法の前線に対して、報道社はペンと情報で戦う情報流通の心臓……ってキタがなんか言ってた気がする。
報道社はなんか紙にばーっと色々書いた配る、そういう感じの仕事だ。
たぶん。
アオアがなんか、製紙工場は線維から紙の低コスト大量確保のため、未洗浄廃水を河に流したりしてんのが問題だとか、紙を作る時に副産物で出る線維まみれの廃水を河に流すと魚のエラに詰まって絶滅する、とかなんか言ってたような。
うろ覚えだ。
紙の素材になる木を伐採しすぎると自然が……とかもあるんだっけ。
「何ぃ! 取材相手は俺じゃあないんだってぇ!? こいつはたまげたぜ! 依頼された時にオッサンに奢ってもらったパフェの味しか覚えてねえ!」
「取材申し込みはキタ氏相手だと最初から言ってたろ! ころっと忘れてたな! なんのためにお前から話を通したと思ってるんだダネカ氏! パフェ代返せ!」
俺がキレると、取材を申し込んできた編集長のオッサンもキレた。
「え、僕に取材したかったんですか。僕になんか聞いても面白くないと思いますよ。冒険をおもしろおかしく話す才能なら、それこそダネカが王都で一番です」
「へへっ……キタがそう言うなら、そうなのかもな……やっぱ俺は天才か」
「いや、間違ってない。話を聞きたかったのはキタ氏にだな」
その日の主役は、俺じゃなくてキタだった。
報道社で俺達を出迎えた編集長のオッサンは、俺達の発言を吸って自動で筆記する魔法のメモ用紙を指でつっつきながら、俺達に説明を始めた。
「面白い話を聞きたいんじゃないんだ。今回の特集は、『才能に恵まれない冒険者達』を題材にしててな。よく聞くだろ? 夢見る若き冒険者が天才に心折られて引退、とか。Cランク以上に上がれない下働きの冒険者が将来に不安を感じて転職、とか。弱い冒険者が有名な冒険者の必殺技を真似して大怪我、とか」
「ありますね。ダネカはともかく、僕にはあまり他人事じゃない」
「そういう人間に対する指針も必要だろうと思ってな。そこでキタ氏を始めとする色んなベテランの中堅以下ランク冒険者に取材をして『才能が無い冒険者はこうしていけばいいんだぞ』みたいな情報を広めていきたいと思っているんだが……」
「おい! キタが表紙だろうな!?」
「恫喝で僕の表紙を勝ち取りに行くな! すみませんダネカは無視してください! この子目立ちただがりな上に目立たせたがりなんです!」
「お前がグラビアを制するんだよキタ! 俺の代わりに!」
「制してどうなるって言うんだ! 表紙なんてのはスタイルのいい女の人が水着とか来て出た方がいいんだよダネカ! 僕はお呼びでない!」
「んだとォ!? ヒバカみてえなのに水着着せて出せってのか!?」
「そうだよ!」
「仲良いね君達」
やんややんや。
ぼちぼち俺も自覚が出て来た。
キタと話してる時の俺、俺がどういうやつだったのか思い出しながら話そうとしなくても、完璧にいつもの俺だわ。
こいつが自然と、これまで通りの俺を引き出してくれるのが心地良い。
「まぁ、とりあえず。できる範囲で、普段の商売に差し障り無い範囲でいいから、キタ氏が無才ながらも活躍できてる秘訣とか、秘蔵のテクニックとか、そういうちょっとした隠し事を教えてくれたら嬉しいね。そいつを各紙に書き上げて、ここ王国と帝国から売り出していく……って感じになるかな」
「隠し事を」
「各紙ごとに」
「書く仕事?」
「息ピッタリすぎんだろ君達」
「ふっ」
「フッ」
俺とキタが無駄にハイタッチした。
いや、違え。
俺達のハイタッチに、無駄打ちなんかねえんだよ……!
「世界がようやくキタの価値に気付いてきたらしいな。へへ、悪くねえ気分だ。だが『俺だけがこいつの良さを分かってるぜ』タイムも終わりってとこか……」
「ダネカ氏まあまあきっしょいな」
「いやあ……たぶん僕はダネカと組んでなかったら埋もれに埋もれてこんな仕事来なかっただろうし……4/5くらいダネカの功績だと思うけどねこれ」
「俺とお前のことなんだからよ、なんだって1/2にしとけよ!」
「饅頭でもなんでも半々に分け合うお兄ちゃん気質の理屈来たな……」
「兄貴って呼んでいいんだぜ、我が弟、キタよ」
「面倒見てる頻度で言えば僕が兄でもいいと思うんだけど。我が弟ダネカくん」
「君達いつもこんなんなの?」
「?」
「?」
いつもこんなんなのって言われてもな。
最初からこんなんだし、たぶん死ぬまでこんなんだぜ、編集長。
「キタの次は俺だな。取材待ってんぜ?」
「いやあ、どうだろうな。需要的には今はダネカ氏の声は要らんかな」
「───」
「工夫と判断力で実力差を埋めるキタ氏のインタビューは、低ランク冒険者にウケがいい。弱くても頑張ってるやつってのは購読者の反応もいいしな。逆に高ランク冒険者相手なら、王都最強の剣士のチョウ氏、王都最強の魔導師であるアオア氏に聞けばいい。ダネカ氏は剣でも魔法でも一番ではないし、かといって弱者の共感を得られるほど無才でもないから、今のとこ記事に需要がないんだよなぁ……ああ、でも、キタ氏の親友として、キタ氏の記事におまけのコメントを書くとかはありかも」
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
「まあでも、私からすればダネカ氏の特集もいつかやりたいところではある! ダネカ氏の剣と魔法を組み合わせたバランスのいい戦い方はかなり良い。ああいう器用万能な戦い方には読者も学ぶところが多いだろう。魔法剣士特集の時は是非とも、ダネカ氏の秘蔵の小話トークを聞かせてほしい! 頼んだぞ!」
「……へっ、任せとけよ!」
「魔法剣士と言えば一点特化の力こそ無いが器用さを活かして様々なテクニックを持つ、チームの潤滑油にもなる存在。チームリーダーにふさわしい職業。ダネカ氏固有の立ち回りやテクニックは、私個人としても興味があるところだ。ククク」
「……まあ、その時を楽しみに待ってな。度肝を抜いてやるぜ!」
俺は、不治の毒を食らうまで一度も感じなかったようなざわっとした気持ちを、定期的に感じるようになっていた。
なんだろう。
なんだ。
この気持ちは。
気持ちが、悪い。
「おお、そうだ。我々は『明日への靴』の手書きイラストを記事に添えるつもりなんだがね。君達の身長差がちょっと分からなかったんだ。イラストを発注する時の資料にしたいから、キタ氏とダネカ氏の身長を一旦測らせてくれんか?」
「身長差の」
「新調査?」
「君達仲が良すぎて後天的に双子にでもなったのか?」
失礼な。
俺とこいつを、遺伝子までおんなじじゃねえと息も合わせられねえ双子とかいう雑魚と一緒にするんじゃねえ。
全然違うのに息が合うから、俺とこいつは最強の相棒なんだぜ?
色んな依頼があったが、俺達の本領は戦いだ。
俺、キタ、チョウ、アオア、ヒバカ。
ここまで揃った時点で、俺達は『前衛が足りなくて戦線が支えられない』だとか、『火力が足りなくて敵が倒せない』だとか、『回復がなくて継戦できない』だとかいう問題をほとんど乗り越えていた。
昔、キタと二人で憧れて見上げた、でっけえ獲物も、五人だけで狩れた。
最高に気分がアガって、最高の満足感があった。
もっともっと皆と長生きして、たくさんの冒険をしてえと、そう思った。
「鉱山鯨、討伐完了! みんな、お疲れ様! 書類関連は僕に任せといて!」
「キタさまもお疲れさまです。書類仕事はチョウも請け負いますよ」
「っしゃあっ! とうとうやったなぁ、俺達こんなでけえ鯨仕留めちまったぜ!」
「当然。それができる実力者は揃っていたとワタシは思う」
「やりましたね!!!!!! あたしの活躍度、だいぶ低かったけど!」
俺の居場所はあったんだ。
戦いの中に。
戦えば、俺は必要としてもらえた。
俺が特別になれるのは戦いの中だけだった。
だって俺は元々町人で、今よりもガキの頃に冒険者になろうと旅立ってたから、戦い以外に知ってることも、学んだことも、全然無かった。
強くなれば褒めてもらえた。
強くなれば褒めてもらえた。
強くなればいつかなれると思ったんだ。
誰からも好かれて、誰からも尊敬される、伝説の勇者に。
けど、俺にはもう、時間がなくて。
そんなキツさを、キタやチョウが和らげてくれてて。
「キタ! 鯨の死骸を食い荒らそうと魔獣が結構来てるらしいぞ! ギルドが臨時討伐報酬出してる! 俺達も行こうぜ!」
「今歯を磨いて寝ようとしてたのに!」
突然の戦いが始まって、キタがうんざりしてても、俺は笑ってた。
戦いがあれば、俺は仲間を、人々を、助けられた。
そいつらの感謝の気持ちで、未だ生きてる自分を確かめられた。
だからいつからか、俺は戦いを求めてた。世界を平和にするって思いつつ、平和なんて続くんじゃねえって思う気持ちが芽生えてた。
戦いがない平和な時間は、俺が活躍できなくて、俺が生きる実感を得られなくて、何より……戦いに夢中になっていられなくて、俺の死を思い出しちまうから。
戦うたびに、忘れられた。
日常に戻るたび、思い出していた。
俺の死を。
「僕がアオアの護衛に入る! チョウ! 今日はヒバカと二人で前に出て! 回復しつつ戦線を押し上げてくれ! 引き込んで殺す戦略は今日は使わない!」
「承知いたしました。チョウにおまかせを!」
でも、気付いちまった。
───魔法剣士と言えば一点特化の力こそ無いが器用さを活かして様々なテクニックを持つ、チームの潤滑油にもなる存在。チームリーダーにふさわしい職業
俺のジョブが果たすべき役割。
これをずっとやってんのは、キタだ。
俺は突っ込んで大暴れするだけ。
だけどこいつは本当は、魔法戦士やチームリーダーがやることじゃあねえ。
命が軽い、切り込み隊長がやるべき役目だ。
リーダーの役目をしてたのは、キタだった。
ずっと、そうだった。
リーダーがやらないといけないことを、あいつは最初から、全部やってた。
皆に指示を出す。
仲間の力量を把握して、采配を考える。
皆と普段仲良くして指示が通りやすくする。
ギルドと話し合いをして、連携したり、仕事をもらったりする。
仲間が何かやらかした時、リーダーとして頭を下げに行く。
全部、キタがやってた。
ずっと、キタがやってくれていた。
そして、『明日への靴』のリーダーが俺なのは、キタが認めてくれてるから。
俺が皆を率いて世界を救う勇者になるって宣言して、キタがそれを応援してくれたから、それ以外に、何も理由は、無い。
キタが認めてるから、俺はリーダーでいられてる。
リーダーがやるべきこと、なんもしてねえのに。
俺はずっと、勢いだけで、前だけ見て、夢だけ見て、疾走してた。
死を見つめて、どこか冷め始めてた俺は、気付きたくねえことに気付き始めた。
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
「最後の一体、大ボスです、キタさま!」
「ダネカ! チョウの後ろについて援護頼んだよ! 隙を見て君も切り込んで! 僕は背後に回ってヤツの意識を引いてみる!」
「おうよっ!」
だけど。
俺のことを丸っきり信じてるあいつを見ると。
俺のことを、誰よりもすっげえやつだと信じてるキタを見ると。
絶対に情けねえ姿は見せられねえって、そう思って、心が軋みながら無理に力を出してくれた。
戦いが終わって、ちっとはリーダーらしいとこ見せようかなって思って、俺はヒバカが途中で独断専行をしてたことを咎めた。咎めようと、した。
「おいヒバカ。お前途中でチョウから離れて大物の魔獣を殴り殺しに行ってただろ。ああいうのはあんま良くねえぞ」
「あははは! あれはあそこで良いんですよ! あたしはあれでいいんです! だってあたしがあれでいいって思うから! あははははっ!」
「だけどよ……」
「ヒバカ。ダネカを困らせないようにね。それに僕もダネカの意見に賛成だ。君の強みは近接戦ができる回復役であること。今回みたいな戦いなら、自分を守りながらチョウの背中を守って、適宜回復に回って動いてくれるとありがたいよ」
「はーい! わっかりましたぁー!」
「……」
ヒバカは一番露骨なやつだ。
頭がおかしいが、正直だ。
だから分かる。
俺はリーダーだが、仲間は俺の指示を盲信しねえ。
だけど皆、キタの指示なら盲信できる。
たぶん、キタの指示で死ぬなら文句は言わない。
そういう信頼関係が、キタと仲間の間にはあって、俺には……俺には?
キタとは疑いようがねえ。キタは俺を完全に信頼してくれてる。
チョウは……たぶん、「恩があるから」で俺の命令には逆らわない。
アオアは、見る目があるから、根本のところで俺の実力を信頼してねえ。
ヒバカもそうだ。たぶんこいつは、俺の指示に従って死ぬことはない。
だから。
俺が忠告してもヒバカは無視するが、キタが言うとちゃんと聞く。
よく分かんねえ、ざわっとした気持ちがあった。
そんな気持ちを、笑って消し飛ばす。
大丈夫だ。
俺はまだ俺だ。俺は俺を見失ってねえ。
「ったくよぉ、ヒバカはキタの言うことしか聞かねえなぁ! 困ったもんだぜ! 俺も明日からキタの言うことしか聞かねえやつになってやろうかな?」
「やめてくれよ! 暴走問題児が二人になったら僕の手に負えなくなる!」
「ケッケッケッ、冗談だ冗談! 俺はゴールデン優等生だぜ?」
「ダネカが優等生ならこの世の八割は優等生だろっ……!」
普通のPTの仲間関係くらいの信頼関係なら、たぶん俺とヒバカの間にもある。
だけど、キタとヒバカの間には、それとは比べ物にならねえ信頼がある。
いつからか、俺は、ヒバカとかに軽く見られるようになってたのか?
いや。
俺が気にしてなかっただけで、前からこうだった。
記憶を思い返せば、前からずっと、ヒバカは俺にこんな風に接してた。
そんで当時の俺が気にしないで流してた、そんだけだった。
変わったのはヒバカじゃねえ。
俺だ。
細けえことが気になる。
どうでもいいことが気になる。
他人の言動や行動が、全部俺をバカにしてるように見えてきてる。
実際、キタ以外の人類全部舐め腐った態度取ってるヒバカの言動に一喜一憂してんの、かなりアホじゃねえか? って気付いた。
落ち着け、俺。
今まで通りの俺でいろ。
細けえこと気にしねえで、夢に向かって突き進む俺でいろ。
いられねえなら。
強くなれ。
「……強くなんねえとな」
「ダネカ、寝よう、寝よう」
「おう、先に寝てろ。俺はクタクタになるまで素振りしてから行く」
「……ダネカの向上心の塊みたいなところ、最高にクールだと思ってるよ」
「違えよ。最高にゴールデンなんだぜ、俺は」
「ん。おやすみ、マイベストゴールデンフレンド」
皆が寝た後も、俺はキタがくれた黄金の剣を振り続けた。
俺には、頭の中に爆弾がある。
こいつがいつ爆発するのか分かんねえ。
でも、それまでの間くらいは、
……そう、思ってたのに、胸の奥にこびりついた、薄暗い何かが消えない。
俺は、俺は、俺は。
俺は最後まで、ちゃんと俺のままでいられるのか?
「強くならねえと」
俺が好きな物語の中で、勇者は苦悩の中に落とされた時、自分を鍛えた。
修行して、今よりもっと強くなってた。
んで新しい力を身に着けて、大事な仲間と惚れた女を守りきってた。
そして、強い敵からヒロインを守って、そいつに惚れられるんだ。
俺はそうなりてえ。
物語の勇者みたいになりてえ。
それが、俺の夢なんだ。
残り時間で、その夢は叶うのか? ……叶わねえのか?
「惚れた女に、惚れてもらえるくらい、もっと強く、強く、強くなろう」
強く。
もっと強く。
好かれるためにもっと強く。
憶えていてもらうためにもっと強く。
頼む。
今よりも強くなるから。
誰よりも強くなるから。
俺を頼ってくれ。
俺を必要としてくれ。
俺を好きになってくれ。
俺を忘れないでくれ。
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