刻の勇者カイニの過去回想 4

 ボクは夜を待った。

 一人殺すにしても、殺した後埋めるにしても、夜の方が都合が良いからだ。

 キタのことがバレたかもっていう焦燥感と、人を殺したくないっていう理性がずっとぶつかってて、胸の奥がずっと気持ち悪かった。


 やたらと冷える夜だった。

 たぶん、前後の日と比べて一回りは寒かったと思う。


 空にはいくつもの月がぐるぐると回ってて、欠けた大きな星が月の光をぼんやりと反射して巡っている。

 あの星は昔、魔獣の時代に魔獣がおやつとして齧っていったと、そういう伝説が残ってると、子守唄代わりにキタに聞いたことを思い出していた。


 青いエルフ、アオアに問い詰めないといけないことは三つ。

 何故ボクが偽物だと分かったか。

 そして、本物の勇者……キタのことを知っているのかどうか。

 最後に、目的や要求があるとしたらそれは何か。

 返答次第では、殺さないといけない。


 ボクは探した。探して、探して、探して、居た。


「!」


 町外れの草原地帯。

 虹色の草が波のように地を覆う、観光名所の末端。

 そこで、草原の中にゆったりと立つアオアが居た。

 エルフは草と話す、なんていう噂があったのを、思い出す。


 ボクは足音を殺して、忍び寄る。

 だけどアオアは、最初からボクの接近に気付いていたかのように、驚いた様子もなく振り返った。


 木々の間をすり抜ける風がそうであるように、無理なく、自然に、穏やかで、流れるように、アオアは振り返った。

 青い髪が揺れて、緑の目が僕を見ている。


「二流」


 格下に見られている、とボクは確信した。

 格上だ、とボクは確信した。

 勝てない、というボクの確信を、ボク自身の意思で振り払った。


 指を鳴らす。飛来するクタチ。ボクは魔剣を突きつける。


 大隼を見上げる小魚の気分で、ボクは声を張り上げる。


「一つ、ボクにはキミに聞きたいことがあるんだけど」


「無用」


 ボクは焦りから魔剣を手元に引き寄せた。

 その時点であっちからは敵だと見られていたらしい。

 これは完全にボクの失態だった。

 聞きたいことがあるなら、最初くらいは武器を放棄しておくべきだったんだ。


 アオアの手元でうっすら何か光った、とボクが思った次の瞬間。

 ボクの眼前に、凄まじい速さで飛んできた氷の塊が迫っていた。


「っ」


 速度は、おそらく音の速さの四倍くらい。

 ボクはとっさにクタチを振るい、その氷塊を切り払った。

 肝が冷えたけど、顔には出さない。


 バラバラになった氷が、ガラスの雨のように草原に散らばる。


「ほう」


 アオアが初めて、少し感心したような声を出した。


 今の攻防とアオアの反応からでも、読み取れることはある。

 アオアは無詠唱魔術式が使える。

 それもかなりの威力だ。

 今の一撃は本気じゃない。

 でなきゃアオアの声色はあんなに余裕で感心したようなものにはならない。


 そして、アオアは非常に強力な魔法使い。

 接近しなければボクに勝ち目はない。

 そう判断して、ボクは全力で疾走した。


「しっ」


 魔剣を振り上げ、致命傷にならないように一撃を当てようと考えて走ったボクは、その瞬間、目を見開いた。


 ほんの一瞬で、ボクの首から下が全て、硬い氷に覆われていた。


 ただの一瞬で、ボクは敗者に落とされた。


「っ……!?」


 この時のボクはアオアの力を知らない、無知だった。

 いや、一年かけて国に選ばれた人達に修行をつけてもらって、半端に知恵をつけていたせいで、アオアに対して型に嵌まった見方をしてしまって、負けたんだ。


 無詠唱魔術式は慣れれば誰にでも使える。

 しかし、魔法の威力は本人の魔力と詠唱時間に完全に比例する。

 高い威力と無詠唱を両立することは誰にとっても不可能だ。

 だけど、アオアだけは違う。


 夜の闇の中に、目を凝らしてようやく見えるくらいの光がぼうっと見える。

 それはアオアの全身各所から漏れた魔力の光だった。

 体にいくつも光の線が走る美しいエルフが、闇夜と夜天の狭間に佇んでいる。


 杖に、服に、体表に、体内に、各所に無数の魔法陣が刻まれている。

 アオアは装備の改造どころでなく、体内の改造まで行い、全身に魔法陣を仕込み、その魔法陣を『相互に干渉させる』ことで詠唱を行う大魔導師。

 無詠唱で長大詠唱をこなす、本物の化け物だった。


 手を叩けば、手の平の魔法陣を合わせて魔法が発動する。

 ただ歩くだけで、足の関節に仕込んだ魔法が発動する。

 脇腹を手でさするだけで、大魔法が発動する。

 敵に吹き飛ばされると、転がる体と服でカウンターが発動する。


 それら一つ一つの魔法陣を完全に制御し、暴発させず、戦闘時に的確な組み合わせで魔法を発動させる。

 これを、化け物と言わないで、なんと言うのか。

 当時のボクじゃ、何をしたって敵う相手じゃなかった。


 後にアオアに聞いたところによると───昔はそういうがいたために、これはそれを真似ただけの一般的な技術だった……らしい。


 実力差も正確に測れていなかったボクが一生懸命身じろぎしても、氷はまるでビクともしない。

 魔剣の刀身にだけは氷が触れないようにして、魔剣が氷に干渉しないように拘束しているのが、理知的なアオアの強さの証明だった。


「くっ、このっ、外れないっ」


 ふん、と、アオアは動けなくなったボクを見上げ──アオアの身長低すぎる──、鼻を鳴らす。


 悔しいけど、完敗だった。


「脆弱」


 でも、ボクはまだ幼くて、賢くなくて、無鉄砲で。


 引けない理由が、負けられない理由があった。


 だから辺りを見回して勝機を探すこともなく、喋って油断を誘おうともせず、ただ愚直に荒ぶる問いかけを投げつけた。


「答えろ! 夢追いのアオア!」


 それが運良く、アオアに刺さった。本当に運良く。


「何故お前は、ボクが偽物の勇者だと判別できた!」


「運命。そのために作られたから」


 素直に答えるアオア。

 ぽかんとするボク。

 無表情を崩し、苦虫を噛み潰した表情になるアオア。

 困惑するボク。


「え、こんな有利な状況でなんで普通に答えてるの……?」


「……ワタシは、『勇者の要求を拒めない』ように作られている。多くの勇者は他人への強制を好まない人間。そのためワタシに対する発言が『要求』として成立することがない。しかし貴方は推定・簒奪者。勇者の資格を持ちながら勇者の精神性を持たず、勇者を名乗って教会に勇者と認定されている。貴方は勇者と認められていて、貴方の言葉には勇者の言葉にはない『強要』がある。ワタシは逆らえない」


 アオアが淡々と言うものだから、ボクは更に困惑してしまった。


「え。ページ持ってるだけの偽勇者のボクの言うことにも逆らえないってこと? それ結構ダメじゃない?」


「賛同。しかし、ワタシはそう作られたもの。生まれた時からそうであるので特に不満はない。鳥が泳げないことに不満を持たないのと同じ。ワタシはあてがわれた真の勇者に、体を差し出せと言われても拒まない。こんな処女でいいなら捧げる」


「いやいやいや!」


 話を全部飲み込めたわけじゃないけれど、部分的に飲み込めた話だけでも、ボクには大概受け入れ難かった。


「もっと自分を大事にしなよ。こう……体を許すってのはさ……好きな人と運命的に出会ってさ……何年もかけて互いを知っていって……他の異性も知った上で『この人しかいない』って思えるようになってさ……こっちから向ける好きと同じくらい、あっちも自分を好きになってくれてる確信を得たら、そこから……」


「否定。さも常識のように語ってるがそれは貴方の性癖の話」


「悪かったねボクの性癖の話で!」






 なんか一応、引き分けみたいな空気になったので。

 ボクの求めに逆らえないらしいアオアに、色々質問をぶつけてみた。


「つまりアオアは、ざっくり言うと、生まれてから千年くらい後の勇者のために作られた、勇者をなんか助けるための派遣社員だったってこと?」


「……難儀。説明に困る」


 なんかよく分かんなかったけど部分的には分かった気がする。

 たぶんおいおい分かってくんだろう。

 ボクならたぶん分かる。たぶん。


 つまり、アオアは勇者のために生み出されたエルフ。

 だから勇者を後ろから援護するための魔法使い。

 過去の人が未来の勇者を助けるために生み出した? でいいんだろうか。


 分からないでもない。

 ボクだってキタが勇者で舞台がふっつーの英雄譚なら、魔法使いになってキタを後ろから援護するか、キタに守られるお姫様やりたいもん。

 魔王の剣がボクの首筋に迫って、間一髪でキタが剣を止めてくれて、「キタお兄さん……!」って頬を赤らめるやつやりたい。


 でも残念、たぶんキタがボクより強くなることってなさそうなんだなこれが。

 この夢は捨てていこう。


「忠告。今まで何人もの勇者が生まれてきた。その多くはワタシが担当を割り当てられた運命の相手ではなかった。しかしワタシはその多くの物語を見守ってきた。時には手を貸すこともあった。だから言える。貴方は勇者の心を持っていない」


「……むぅ」


「だがそれでいい。勇者の心を持つ者の多くは長生きしない」


 自覚はあったけど、面と向かって言われるともにょもにょする。


 キタは長生きするんだ。絶対に。生きて幸せになるんだ。できればボクと。


「説明。貴方は何故冒険の書のページを持っているのか。強奪? 委託?」


「あ、いや、ほら? 幼馴染でさ、ボクに優しい人がいるとするよね。同年代で唯一味方してくれて、いじめからも助けてくれて。そういう人がいたらさ、普通は好きになっちゃうもんじゃないかな? 魔獣に襲われた時ボクを助けてくれたりの『非日常の優しさ』と、家でうとうとしてた時に上着をかけてくれての『日常の優しさ』と、そういうのが合わさって守りたいな、って思うのは普通の考えだよね。ボクはまあそういう普通の恋をした女の子で、好きな人を勇者の使命から救おうと……」


「否定。さも常識のように語ってるがそれは貴方の性癖の話」


「悪かったねボクの性癖の話で!」


 ぐだぐだ話してる内に、こっそり訓練をつけてくれることになった。


 普通に考えると、ボクが勝手に因縁つけて襲いかかって、アオアが返り討ちにしただけで、アオアはボクに仕返しをしてもいい立場のはずなんだけど、ボクが身の上とか色々話してたら、いつの間にかボクを鍛えてくれることになっていた。


 たぶんだけどこのエルフ、かなりのお人好し。






 時間能力、時間旅行、時間改変。

 それらに対するボクの理解は、たぶん一般の人より飛び抜けて高い。

 けれどそれはボクが優秀だからじゃなくて、アオアが教えてくれたからだ。


時間旅行機タイムマシンは、様々な論理矛盾問題に登場していた。ただそれも昔のこと。魔導時代の資料は残っているものも多いが、失われたものも多い。時間改変に関わる資料は、魔王の時代までそうそう残されてはいない」


 アオアは、時間についての変な論理をいっぱい教えてくれた

 アオア曰く、勇者がそういう知識を持っていると『土壇場で違う』らしい。


 『タイムパラドックスは発生した時点で世界が辻褄を合わせる』とか。

 『絶滅存在ヴィミラニエの時間改変は特殊』とか。

 『過去の自分と顔を合わせると後々面倒になる』とか。


「例示。未来でタイムマシンが開発される可能性がA%とする。タイムマシンで過去が改変される可能性がB%とする。タイムマシンを悪用する反社会勢力が現れる可能性をC%とする。この仮説においてはそれぞれに好きな数字を入れていい。どうせ可能性が0になることは論理的にありえない」


「ほうほう」


「追記。人類は神に保護されている。特殊な時間改変でも用いなければ人類は滅びない。で、あるならば。人類の存続期間は、仮定的にになる。一年にタイムマシンが作り出される可能性が1億分の1%でも、人類が1億年継続されれば1%の確率で作り出されるかもしれない。A×∞%、B×∞%、C×∞%、どれでも同じ。神に保護された人類は、無限小の可能性すら有限の可能性にできてしまう」


「なるほど……?」


「先の例を使うと、Aは『タイムマシンは必ず開発される』に、Bは『タイムマシンで必ず過去は改変される』に、Cは『タイムマシンを悪用する人間は必ず現れる』ということになる。これは基本中の基本の児戯のような数学遊び。けれど魔導の時代の論理はこういった数学遊びを基本とする」


「ほえー……」


「つまり、僅かでも可能性が存在する事象は、一万年後、一億年後、一兆年後に必ず起こる可能性があり、遠い未来でたった一度でも過去改変が発生すれば、過去にあたる我々の現在の世界は消滅するのでは? と、学説提唱者達は考えた」


 今は分からなくていいから覚えておくように、とアオアは言っていた。


「魔導の時代において、これはタイムマシン・パラドックスと呼ばれた。議論を行わせるための理論提唱のため、絶対的なものだと語られたわけではないが……これを解決しなければ、世界と社会は常に崩壊するリスクを抱えている」


「ええっ!? こんな酒に酔った農村ダメオヤジのろれつの回らない愚痴みたいな言葉の羅列を覚えないと世界って崩壊するの!?」


「今なんて言った?」


 アオアは根気強く教えられる人だった。


 たぶん教師に向いてる人。


「たとえば、一年に一回、蓄積された技術から、一万分の一の確率でタイムマシンを発明できる人が世界のどこかに生まれてくるとする」


「ふんふん」


「今年は発明されなかった。じゃあ来年は? じゃあ再来年は? 百年なら? 千年なら? 万年なら? こういう風に考えていくと、無限年数存続する人類は将来的にどんなものも開発している、ということになる。勿論これは机上の空論。この論が現実で力を持つのは、この世界は神が人類を保護し、過去に干渉する方法がある程度学術的に解析されている世界であるから、というのが大きい」


「なるほど……?」


「人類は長年、こういった『時間改変による滅亡』に対して、勇者以外の対抗策を持たなかった。だから勇者こそが希望だった。当然、『勇者の要らない世界にしよう』と考えた人間は、勇者に頼らない安全保障を模索し始めた」


 あんぜんほしょー、とつぶやいてた覚えがある。


「過去・現在・未来の宇宙全ての事象を把握し、それらの事象の運行を支配し、時間改変による歴史の上書きによる滅びが起きないようにする。それが魔導の時代において、魔導大国ゾーエが提唱した安全保障の理論だった。そしてそれは失敗した。魔導大国ゾーエは滅び、魔導の時代は終わり、時間改変は野放しになっている」


「滅びちゃったんだ」


「肯定。魔導の時代では、魔剣の時代に抗うことはできなかった」


 アオアは魔導の時代に生まれて、時代が終わるのを見届けたと言っていた。


「その魔剣の時代も魔王の時代に駆逐された。滅びる時は滅びる。そのくらいに思っておくのがいいのかもしれない」


 その話題になった時、横顔が寂しそうだなと思ってしまったのを、覚えてる。






 ボクには魔力がない。

 魔法が使えない。

 つまりアオアの魔法は習えないし倣えない。


 なのでアオアは、ボクにひたすら加減した魔法を撃った。

 水の鞭。

 氷の雨。

 雪の嵐。

 熱した蒸気の範囲攻撃に、目には見えない風の刃、かと思うと光のレーザー、突然出て来る炎の爆弾、地面から無数に生えてくる岩のトゲトゲ。


 ボクはひたすらそれを避け続けた。

 アオア曰く、「大体全種の魔法を避けられれば実戦でも死なない」らしい。

 あまりにもひどい。

 人生で一番地獄だった特訓期間だった。

 そんな長く鍛えてもらったわけじゃないんだけども。

 たぶん、アオアに教わってたのは一ヶ月とかそのくらいだった気がする。


 だけど、ボクの人生の中で一番戦う力になった一ヶ月だった。


「ぜぇーぜぇー」


 魔法。

 回避。

 魔法。

 回避。

 魔法。

 回避。

 かすった。


 死んじゃう、死んじゃう、と思っていたボクは回らない頭をぶん回して、打開策をひらめいた。


 アオアは結構お人好し。たぶん話しかけて露骨に無視はされない。たぶん。なら、話しかけて特訓を止めてしまえばいいと。


「ね、ねえ。ボクの師匠集めの時に来てたってことは、それでボクが期待外れだったってことは、探してたのは本物の勇者ってことでいいんだろう?」


「不応。それに回答することは、説明できない理由からワタシに不都合を生じる」


「……。そっか。ま、いいけど。本物の勇者を見つけたらアオアは何をしたい……じゃないか。何をするのが使命なんだい?」


 息を整えているボクの前で、アオアは幼い顔つきの顎に手を当て、なにやら悩み考え始めた。


 『何を話して良いのか』を悩んでいるっぽい。

 回復のチャンスだ。

 しめしめオブしめしめ。


 やがてアオアは、言葉を選んで口を開いた。


「勇者は時に、安住の域より追放されることで、真なる力に目覚めてゆくもの」


「え、なにそれ、どういうこと?」


「例示。故郷を焼かれ、旅立つ勇者。仲間に裏切られ、孤独になった勇者。仕えた国が滅ぼされ、復讐を誓った勇者。大切な人をみんな殺され、一人残された勇者。夢を理不尽に壊され、次なる人生を力強く歩む勇者」


「……甘やかされてない方が強くなるってこと?」


「……熟考。貴方のその表現も、おそらく間違ってはいない。環境の変化が人間に成長を促す。多くを失った勇者の方が、その後の伸びは速く、強い勇者になっていくことが多い。満たされないこと、奪われたことが、強さになる」


 ボクが思うに、今思えば、って頭に付くけど、たぶん、アオアは。


 めっちゃくっちゃにややこしくて面倒臭い使命を与えられて、生きてきたんだ。


「ワタシは1000年後の未来に誕生してしまうことが観測されたある『弱き勇者』のため、その勇者に追放という試練と力を与えて覚醒を促す、そのために1000年前に生み出された人工生命体。1000年を越える愚かな夢を追い続ける、夢追いのアオア」


「それって……」


「時間。訓練を再開する」


「えっちょっ待っうわあああああ!?!?!?!?!」


 話しすぎたことをごまかすように、アオアはボクに魔法を撃ってきた。


 ひどくないかな。






 アオアが1000年を越える夢を達成したのか、それともまだずっと先なのか。

 ボクにはちょっとよく分からない。

 アオアが何歳なのかさえ、ボクは知らないから。

 でも『もう会えた』とも『これから会う』とも言わないってことは、それなりの理由があるんだろう。アオアだし。


 聞いても答えてくれなさそう。

 アオアは優しいけど、ボクに対しては一線を引いている。

 たぶん、一番大事なところは隠しきっている。

 ボクに対して完全に心を開いてくれることはなさそうな、そういう人だ。


 アオアを分かってくれる人、解放してくれる人、救ってくれる人、っていうのは、もしかしたら、アオアが探しているその『本当の勇者』だけなのかもしれない。


 アオアは旅をしている。

 1000年先で待っている誰かに会いに行く旅を。

 それはどんな気持ちなんだろう。


 1000年の待ち人、か。

 すごいな。

 ボクだったら、会いたい人に会えない10年でもう耐えられなくなりそう。


「ぜひゅー、ぜひゅー、あおあ、あおあ、きゅーけー、きゅーけー」


「休憩。10分。後に再開。……自戒。また、余計な寄り道をしてしまっている……」


「今ボクをこんなにボコボコにしといて寄り道って言った?」


「沈黙。推奨」


 でも、まあ、嫌いになれない。


 ボクには分かる。大いに分かる。この人は、たぶんいい人だ。

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