また会えたから、また頑張れる 6

 正史世界のチョウと、改変後の歴史のアオアは、燃える王都を密かに走る。

 彼女らの位置は、キタとカイニの位置より魔王軍の中核に近かった。

 つまり、派手に動けば『魔王の五覚』に見つかる可能性があったのだ。


 幸い、チョウは才気溢れる獣人で、アオアは歴戦の魔導師である。

 隠密行動はお手の物だ。

 純魔法戦士のダネカらと比べれば、よほどレベルの高い隠密行動を行える。


「警戒距離に音はしません」


「こちらも魔力反応は感じない」


「……ふぅ。アオアさん、チョウが警戒します。休憩してください」


「無用。問題ない。今結界を張った。我々は魔王軍の斥候程度には発見不能」


「そう……です、か。はふぅ……」


 くてっ、といった風にチョウが草地の上に腰を下ろす。

 アオアも額の汗をローブで拭っていた。

 チョウが知る限り、アオアは魔女帽をかぶっていたり、ローブをかぶっていたり、たまに普通の帽子をかぶっていたりと、かぶり物でおしゃれをするタイプのエルフだった。だが、いつも本気の戦いの時は、いつも『その』ローブを着ていた。


 アオアの服装が、チョウの心に緩みを許さない。

 彼女にとっては、それが今はありがたかった。


 ここは、王都東端の貯水池周りの高台。

 王都が拡大していく過程で、王都に『飲み込まれた』、昔は小さな小さな森山だった場所だ。

 ここからなら、王都もそれなりに一望できる。

 昔の人間は、この山に住む生き物を全て追い出し、王都の一部としたという。


 チョウは体力を回復させつつ、キタから聞いた話をアオアにも話し、協力を仰ごうとするが、どういう言葉を選んで話せばいいのか迷ってしまう。


「その、チョウも先程キタさまから聞いたばかりのことなのですが……」


「事情は把握している。刻の勇者キタの二人目の従者は貴方か。チョウ。なるほど、確かに相応しい。ダネカの件は同情する。貴女の心中の苦悩はいかばかりか。しかし刻の勇者の供となったからには甘えたことは言わせない。頑張ってほしい」


「……え!?」


 アオアがいつもの淡々とした口調で『全部知ってるぞ』みたいな顔で語り出すものだから、チョウはたいそうびっくりしてしまった。


「な、なんで」


「説明。1000年を超えて生きている者の多くは刻の勇者の戦いのことを知っている。どこかで関わりを持つから。当然対策をする者もいる。ワタシの場合は『情報の鏡面化』を行っている。ワタシの1000年の研究の結論として。冒険の書の能力を模倣することは不可能。ならば利用すればいい。ワタシは冒険の書に名を記した者達に接触した瞬間。その者達に与えられた冒険の書の加護を利用して『正史』のワタシから必要な分の記憶を転写される。そうして転写されたのがこのワタシ」


「おおっ……むむっ……?」


 難しい話だったので、チョウは首を傾げてしまった。

 チョウの学歴は地球で言うところの小学校卒未満である。


「ワタシは勇者とチョウの味方。それだけ憶えておけばいい」


「……あははっ。前もそんなことおっしゃっていましたね、アオアさんは」


「肯定。何度か言っている」


「チョウはアオアさんのこと好きですよ。なんだか、アオアさんがチョウを大切にしてくれる時、不思議な優しさが感じられますから」


「……かも、しれない」


 アオアは前髪あたりのローブを引っ張り、目元を隠した。


 アオアの手が伸びる。

 その指先が、チョウの首輪と、その下の赤い傷跡に触れる。

 アオアは左手で回復魔法を発動してチョウの首の傷を消していき、右手でチョウの頭を優しく撫でる。

 癒やすように。

 労るように。


「辛かったろう。だけどこれから貴女には、きっと幸せな時が待っている」


「……はは。チョウでは、アオアさんには、敵いませんね……」


 チョウは可愛らしく綺麗な顔を歪めて、丸められた後に広げられた皺だらけの紙を思わせる表情を浮かべる。

 そして、アオアに抱きついた。

 妹が、姉にそうする時のように。


 アオアの小さな胸に、チョウの顔が埋められる。

 僅かに溢れたチョウの涙を、アオアのローブが吸っていく。

 アオアはチョウを優しく抱きしめ、髪を撫で、背中をぽんぽんと叩く。


 チョウが、ダネカに決して言えない話でも。キタに対して絶対に言えない話でも。アオアに対してなら、言えることがあった。

 チョウが本当に落ち込んだ時、アオアはいつだって姉のように抱き締めてくれて、黙ってチョウの話を聞いていてくれたから。


「どうすれば、良いんでしょうね」


「……」


「チョウが頑張れば……あの頃は……帰って来るのでしょうか……」


「……」


「ずっと一緒にいられたら……それでよかったんです」


「……」


「キタさまに向けて、分不相応な願いと求めを持つこともありました」


「……」


「でも……もし……チョウが欲を持ったことが……全ての原因だったなら……」


「……」


「分からないんです。何を恨めば良いのか。何が原因なのか」


「……」


「今はただ、ダネカさまが変わるのを止められなかった自分が嫌いで……」


「……」


「ダネカさまが変わるのを止められなかったのに、ダネカさまを嫌いなチョウが」


「……」


「何もできなかったくせに、まだキタさまに愛されたいと思っているチョウが」


「……」


「……本当に、本当に、情けなくて、みじめで、嘆かわしいのです……」


「……」


「あの頃に戻りたい。チョウは、過去に戻って、この後悔から逃げ切りたい」


「……」


「でも、それは許されない願いなのです。間違った願いなのです」


「……」


「あの頃に帰りたいチョウは……あの人に相応しくない、弱い子なのです」


 じわっ、とアオアの胸元に涙が染みる。


 チョウの髪を撫でながら、アオアは優しく抱きしめる。


「共感。あの頃に帰りたい。ワタシも何度そう思ったことか」


 アオアの指先が、優しくチョウの髪を梳く。


「ワタシには。チョウを見ると思い出す女の子がいる」


「……?」


「思い出すと。笑って。泣いて。微笑んでしまいそうになる」


 アオアの腕の中で首をかしげるチョウに、アオアは優しく微笑んだ。


「自説。ワタシは人の苦悩を嫌う。普通の人類の余命は短い。苦悩はその残り時間を削る。短い寿命の大半を苦悩に使い切る人間を見ると。ワタシは。悲しい」


「……しょうがないですよ。苦悩しない人なんてほとんどいないと思います。でも……苦悩が時間の無駄に見えてしまうなら、それは、悲しいことですね」


「複雑。時間の無駄とは言わない。ワタシは苦悩の果てに人が生み出すものを知っている。苦悩から生まれたものの輝きを知っている。その上で……好きになった人にはより多くの人生と物語を見せてほしいと欲張っているだけ」


 回復を待つ間、まだ時間がある。

 アオアはゆったりとチョウに語り始めた。


「自慢。こう見えてワタシはたまにモテる時期がある」


「長命種のエルフが言うとそれっぽさが段違いですね……」


「どんな容姿が良いとされるかは時代次第。時代によって容姿の良し悪しの基準点は変わっていく。ワタシの容姿が持て囃される時代もある」


「なるほど……?」


「チョウはまだまだ成長していける。よく食べ。よく動き。よく成長なさい。貴女はきっと美人になる。そんな気がする」


「……はぁい」


「よしよし」


 アオアの手がチョウの髪をくしゃくしゃにかき混ぜる。

 ちょっとくすぐったそうにするチョウの瞳に、涙はなかった。


「昔、貴女にどこか似た容姿で、同じことを言っていた女の子が居た。銀髪で、狼の獣人で、小柄で、自分を助けてくれた人間に心酔し、全てをその主に捧げようとしていた。忠誠心だけは揺らがないくせに、恋心でいつも揺れている。何かに悩んでは、一人で抱え込んで、自分を犠牲にすることを選ぶ……そんな従者だった」


「え……それって、もしかして、チョウの先祖とかなのですか……?」


「不明。ワタシの知ったことではない。気にすることではない」


「ええ……」


「今ここに生きている貴女には何の関係もない話」


 アオアはチョウに優しく微笑む。


 言葉とは裏腹に、アオアはチョウという一人の女の子を見ながら、チョウを通して時の彼方の誰かを見ていたが……チョウは、指摘しなかった。

 それが悪いことだとは思えなかったから。


「アマンジャという男は、ワタシを愛していると言ってきた。アァクという獣人の奴隷少女は、そんなアマンジャのことが好きだった。ワタシは、アァクを応援していた。忠義の狼。美しき銀麗。その恋が叶えばいいと、ずっと思っていた。アマンジャはワタシなんぞに惚れてないでさっさとアァクに応えろと思っていた。他にも仲間はいっぱい居た。皆で魔王や『銃殺』の黒い龍などを倒す旅をしていた」


「あれ、その名前、絵本か何かで……」


「同名の人間などいくらでもいる」


 こほん、とアオアは咳払い。


「老人ゆえ話が長くなってすまない」


「いえ……いつも話を聞いてもらっていますから。たまにはチョウも、アオアさんのお話を聞かなければならないと思っていました」


「ありがとう」


 アオアは礼代わりと言わんばかりに、チョウを強く抱きしめた。


 いつの間にか涙が引っ込んでいる自分に気付いて、チョウは心中で感謝する。


「想起。長生きしていると事あることに昔のことを思い出す。そして元気を貰える。過去は『あの頃に帰りたい』と願うだけのものではない。過去は人の足を引っ張るだけのものではない。過去が力をくれて、立ち上がることだってできる」


「過去が、力を……?」


「肯定。ワタシは貴方を見ていると思い出す。主に思いを告げることもできず。身分不相応をいつも気にして。けれど最初に好きになったらもう他の人のことを好きになどなれなくて。多くの障害に足を引っ張られ。愛の告白もできないまま。主人のアマンジャに仕えていれば満足だと思っている。そんな健気な獣人を」


 アオアの声色には、もうとっくにこの世にはいないという、チョウに似た少女への確かな好意と、隠しきれない懐古の色があった。


 チョウは自嘲の表情を浮かべる。


「……チョウにも、その人の気持ち、今ならちょっとだけ分かるかもしれません。『自分では彼に相応しくない』って、どうしても思ってしまうから、奴隷な自分が本当に苦しくて、自分は自分からは逃げられないから、だから……」


 自嘲の言葉を並べるチョウの銀髪を、滝の流水に触れるように、アオアの細い指先がそっと触れる。


「ふふ。綺麗な髪。可愛い顔。素敵な心。これで恋を諦めるなんて勿体ない。貴方はまだ若い。諦めるより、諦めない方がずっと似合ってるとワタシは思う」


「……くすぐったいです」


「助言。時間の修正が終わったら、キタくんに一歩踏み込みなさい」


「……でも」


「大丈夫。キタくんと貴女が過ごしたこれまでの時間が全て。貴女の味方をしてくれるはずだから。これまでの『時間』を信じて。きっと悪いことにはならない」


 アオアはチョウを離して、燃える王都に振り返る。


「ワタシは長く生きている。皆ワタシより先に死んでいく。皆100年と生きられない。ワタシが好きになった人達は皆ワタシを置いていく。いや。ワタシが大切な人達を過去に置き去りにしてきたのかもしれない。後に残るのは寂しさと思い出だけ。ワタシは寂しさと思い出を胸に抱え、1000年戦ってきた」


 アオアの杖が地面を突き、カツンと音を立てる。

 アオアが見据える先は、未だに戦闘音が響き続ける王都。

 そして、王都を飲み込まんとする炎と、その向こうに控える魔王軍中核。


 回復は不十分だが、これ以上回復に費やしていられる時間はなかった。

 けれど、アオアの心に萎えは無い。


 遠い昔に別れた、もう会えないと思っていた仲間に似た少女が居る。

 『また会えた』と思えて、心に力が宿る。

 その少女が、刻の勇者の従者として世界を守る戦いに身を投じようとしている。


 アオアの胸の奥に、不思議と熱くなっていく部分があった。


「そうしてワタシは思うのだ。守られた未来があって。生き残った人達がいて。生き残った人達の子孫が出来て。長い長い時が経って。ワタシの大切な人と似た人と、未来のどこかの街で巡り合った時……『また会えたから、また頑張れる』と」


「……過去が、力をくれるから、ですか……?」


「そう。そして。好きになったことを後悔していないからだ。たとえ別れがどんなに悲しくても、出会えたことが嬉しかったからだ。何かを好きで居た過去が、今のワタシを、今の貴方を形作っている。それが『時間』。変えてはならないもの」


「……」


「『狂おしいほどの後悔』を生まないために。人は皆。後悔を乗り越える生き方をしていかなければならない。この生き方はその答えの一つ」


「……答え」


「どうか。できるだけ後悔しないように生きなさい。後悔をしてもすぐに立ち上がる人間として生きなさい。それだけが人間を───」


 その時。


 空を、が駆けた。


 だけで、最強に到達した炎が奔った。


「『王都神聖結界EEBEBDEAEEEBEC』」


 その時。

 初めて。

 チョウは、アオアが『魔法の詠唱を行う』のを見た。


「───!?」


 アオアは全身に魔法陣を刻み、体を僅かに動かすだけで魔法を使える、無詠唱魔法に関しては世界最高の魔導師の一人。

 そんな彼女が、口でも詠唱を行った。

 更に、アオアが発動した魔法式に連動して、王都全体が青く光り輝く。

 王都全体を使った極大魔法陣が発動し、ともすれば『世界』に匹敵する強度の結界が形を成した。


 王都の上空へと、魔王軍の『最強の一人』が放った『赫焉』が襲い、それが青い魔導結界に逸らされ、空の彼方へ飛んでいく。

 『赫焉』に触れられた結界は、魔法陣ごと粉々に砕け散る。

 そうして、空に浮かぶ星が一つ、焼滅した。


 その星には、伝説があった。

 大昔勇者を迫害した国の国民全てが、勇者に恋慕した女の子の拳で全員殴り潰されて肉塊にされた上で魔法で石化させられ、空に投げ飛ばされ、永遠に皆が見上げるさらし首もどきにされたという伝説が。

 伝説と共に語り継がれていた星が、焼滅していた。


 『魔王の五覚』最強の攻撃力を持つ者、『阿鼻叫喚赫焉』チザネ。

 その一撃を防げる魔法使いなど存在しない。

 大魔導師アオアを除いては。


「驚嘆。また火力が上がっている。知り合いが造り上げた星を消されるのは、星が造られた経緯を脇に置いておけば、気分がいいものではないな……」


 アオアが呟く。


 同時に、魔王軍の陣中にて、何者かが忌々しげに呟いた。


「そこに居たのか、アオアァ……!」


 アオアはを実感する。

 そして、チョウに向き合った。


「チョウ。貴女に勇者と時間のことを頼みたい。貴女なら信頼できる」


「え」


「行きなさい。これは前哨戦ですらない。貴女は刻の勇者と共に時間を取り戻しに行かなければならない。それが貴女の使命。その手伝いがワタシの使命」


「け、けど! アオアさんが殺されてしまいます!」


 アオアが魔王軍を一人で足止めし、その隙にチョウをキタと合流させ、過去に向かわせようとしていることは明白だった。


 チョウからすれば、ずっとよくしてくれたお姉さんのアオアを見捨てていけるわけがない。


 そんなチョウだからこそ、アオアは妹を愛でるように、愛おしく思えるのだ。


「ワタシは、ずっと、ずっと、ずっと……100年も生きられないくせに永遠を語るあなた達を、愛おしいと思っている。貴方達の黄金の夢は、とても綺麗」


 夢追いのアオアは、人間を愛している。


「貴女達の夢を追う愚かさ。自分を犠牲にして他人を救う愚かさ。恋をして右往左往する愚かさ。嫉妬で間違ってしまう愚かさ。愛していた相手だからこそより憎んでしまう愚かさ。生きるためならなんだってしてしまう愚かさ。幸福のための発展で滅びを呼んでしまう愚かさ。全ての愚かさをワタシは見てきた」


 人間そのものを愛している。

 1000年もの間、ずっと。


「愚かしい貴方達に寄り添い生きていく者として。その愚かさに救われている者として。その愚かさが続いていくことを望む者として。ワタシを見捨てられない君の愚かさを……愛している。それがワタシ。夢追いのアオア」


「───」


 アオアはそういうエルフだから。


 人が生きる世界を、未来を、自分の命と引き換えにしてでも、守りたいのだ。


「今日は、ワタシが貴女を送るため、素晴らしき愚かさを見せる日だっただけ」


 アオアの魔法が発動し、チョウの体が浮いて、街の彼方へと飛んでいく。


「アオアさん!」


 飛ばされていくチョウが手を伸ばしても、もうアオアにが届かない。


「行きなさい。貴方の幸せと未来は、二人一組で貴方を待っている。彼の下で」


 永きを生きるエルフは、ただ祈る。


 20年も生きていない身で、多くの苦悩を抱える、少年少女達の未来の幸を。











 王都の端で、アオアは魔王軍と対峙した。

 見慣れた魔族の顔もいくつか見られる。

 できればもう二度と見たくない顔もいくつかあったが、アオアは溜め息一つ吐き、それら全てを相手取る覚悟を決める。


 『無知全能の眼』マモ。

 『音喰らいの耳』ンドゥ。

 『虚実反転舌禍』ケマル。

 『剥死肌死餓死』ノーマ。

 『阿鼻叫喚赫焉』チザネ。


 普段なら一つも相手にしたくない顔ぶれが、五つ。


「時間は稼げて一時間……いや40分、といったところか」


 アオアは服の下から、魔力が詰まった魔法石を大量にばらまく。


 その数、総数にして1024。


 魔法石が空を舞い、アオアの周囲に極大の魔法陣を敷いていく。


 王都の一角で戦闘による爆発が起き、そこからアオアが作った青い双剣由来の魔力が感じられると、アオアは自然と微笑んでしまう。


 彼が全てをいい所に連れて行ってくれると信じて、アオアは杖を強く握った。


「さあ、行きなさい、キタくん。貴方はずっとワタシの『夢の人』だ。信じてる」


 そして、アオアは


 詠唱を行わない、無詠唱で大魔法を使う大魔法使い。それがアオアである。


 そんなアオアが、舞のように体を動かし、杖を振り、地面を踏み蹴り、巨大な魔法陣を敷いて、口で長大な詠唱を行っていく。

 すると、何が出来上がる?

 決まりきっている。


 だ。


 魔法が形を成していく。

 それは遠き昔に黒龍アンゴ・ルモアを敗北へと追い落とした、氷雪の至上。

 この世界に存在する究極魔法の一つ。

 1000年前の人類が用意した、1000年後の勇者を助けるための贈り物。

 魔導の時代の言葉で紡がれていく、エンシェントコード古代魔導詠唱だった。





契約は此処にEAEBEAFEADAEAEAB 

 一時立てや死したる神々EBEEABBEAEEADBBEEFEBEAEE

 求めに応えよ氷の貴神EBEEABEBFCEEEBBEAEEBBEAE

 燃える氷EEEBEBB

 鋼の吹雪EBBCEAEEBEBAA

 白薔薇の氷柱よEBDEEEAEEBBEFBE

 我は其方らの助力を願うEEAFEBEBEEAEEAAEABEEAE

 我は氷河の子らの裔EEAFEBBEBBEAEEADEEAEEA

 永遠に白き氷獄よ 来たれEBBEAEABEBDEDEBBEDEEDAEFEC




永劫の冬と貴く聳えし水晶宮EBBEAABEAEEACEAEBBEFEBEEEBBEBEAEAE






 世界が塗り潰されていく。

 白と透明以外の色が存在を許されない氷原の世界が現れる。

 氷の城が屹立し、その頂点に無感情なアオアが立っている。

 動揺する魔王軍達の眼前で、広がる氷原の白雪が盛り上がる。

 盛り上がった雪の下から現れるは、残酷なほどに透明な、水晶の竜。

 総数2000を超える水晶の竜が、雪の合間で吠えていた。


 かくして、王都東側に突如として防衛線が現れた。

 大魔導師アオア一人の防衛線である。


「さて」


 アオアが杖を振る。


 それを受け、水晶の竜達が一斉に吠え、魔王軍へと襲いかかった。


「芸術にしてあげよう。美しくないものを。すべて」


 雪が降る。


 吹雪が吹いている。


 水晶竜が吠えている。


 勇者を、過去へと送り届けるために。

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