第16話 何を飲ませたんですか!?

「お姉ちゃん?」

「おぉ、来たか」

 戻ってくると、部長がソファに座りながら優雅に飲み物を飲んでいた。甘ったるい匂いはココアだろう。部室にいるのと変わらないリラックス加減は見ていて惚れ惚れするくらいである。

「校長先生は!?」

「大きい声出さないでよ会長。そこでぐっすりだから」

 部長のインパクトが強いせいで視線に入らなかったが、隣では校長先生がすやすやと眠っていた。効果は絶大なのだろう。寝息も聞こえないくらいだ。

 ……って、ちょっと待て。なんか校長の周りに花が咲き乱れているんだが?

「んじゃ、そろそろ切るねー」

「ちょっと待て」

 ターボ君を切ろうとする部長の肩を、背後から会長がわしづかみにする。完全にぶちぎれているのだろう。眉間にしわが寄りまくっていた。

 だが無理もない。目の前ですやすやと眠っている? であろう校長は、いかにも死んだように花が添えられていたのだ。よく見ると手を胸の上で握り合わせているし、会長が事情を聴きたくなる気持ちもわからなくはない。というか俺も聞きたい。

「なんで校長はこうなっているんだ?」

「こうって?」

「まつられているじゃないか! 眠るは眠るでも安らかに眠っているだろうこれは!」

「いやぁ、ちょ……」

「死んだのか!? 殺したのか!? 今思えば寝息も聞こえないんだが!?」

「落ち着けよぉ……」

「これが落ち着いていられるかぁ!」

 部長の体が激しく揺らされている。ジェットコースターよりも揺れているんじゃないか? いや、のんきに眺めている場合じゃないか。

「い、いったん話を聞きましょうよ」

 慌てて二人の間に入る。だがこの会長、やけに力が強いぞ。全っ然離れねえ! 俺が運動不足なだけか?

 やっとの思いで引きはがすが、会長の息は荒々しい。獣のようにふーっと息を吐きだす様子はキャラ崩壊もいいところだ。 

「一回! 一回話を聞きましょう?」

「しかしだな!」

「取り乱さないでくださいよ! みんな見てますよ!」

 俺の言葉で、会長はハッと周囲を見渡す。誰もが驚いた様子で、彼女のことを見ていた。そりゃそうだ。今の会長は俺たちのイメージとはかけ離れた存在になってしまっている。

 ようやく今の状況を理解すると、会長は頬を赤らめながらもその場に腰を下ろした。

「納得する説明ができるのだろうな?」

「任せてよ」

 覇気のない声が返ってくる。部長、今そんな空気じゃないですよ。

 あー、もう。見ているこっちがハラハラさせられる。

「いやぁね? マイナスターボくん……この装置をつけたらさぁ、そこら辺にあった花たちが一斉に咲き乱れちゃって。気が付いたらこのさまってわけですよ」

「はい?」

 なんということだろうか。ターボ君にはそんな力まであったのか。最大馬力まで見ていると、そういうことをしてもおかしくはないと思えてしまう。だが、そんな言葉で会長は到底納得しなかった。

「ふざけるな! 一瞬で花が咲き乱れるだと? そんな装置があるならそれこそ大発明……」

「ん……」

会長の声がうるさかったのだろう。校長がゆっくりと体を起こす。その表情は安らぎに満ちていた。

「おはようございます!」

「あぁ、おはよう……」

 あくびを噛み殺しながら、校長が挨拶を返す。

「よ、よかった……失礼ですが、てっきりお亡くなりになったのかと」

「ふぁ? 何を言っておるんだね君は」

「い、いえ……なんでも……それくらいおきれいな寝顔でしたので……」

 どっちかといえば死にそうな顔をしているのは会長のほうなのだが、今ツッコむのは野暮ってもんだろう。

 なんのことかわかっていない校長は、キョトンとした顔で会長を見ていた。

「お目覚めはいかがでしょうか? お体に差し障りなどは……」

 恐る恐る教頭が尋ねる。一同が緊張の面持ちで反応を待っていた。

「ぐっっっっっっすりだ……」

 あまりにも力の抜けた声だった。すべてから解放されたような声は心なしかエコーがかかっているように聞こえる。

 これはもう大成功といってもいいだろう。

「さて、何か言いかけてたよね? 会長さん」

「うっ……」

 一気に立場が変わった。会長の額に、うっすらと汗が見える。

「疑ってしまい申し訳ない。どうか許してほしい」

「別にいいでしょう!」

 得意げに部長は言った。これでとりあえずは落ち着いたようだ。ほっと胸をなでおろす。

「ともかく。会長、これは大成功だと思いますが」

「そうだな、認めざるを得ん……」

 同好会の素行(主に部長の素行だが)よりも、校長の問題を解決できたことがうれしいのだろう。さっきまでの鬼気迫った表情はにこやかなものとなっていた。

「やりましたよお姉ちゃん! ようやく部になりましたよ」

「そうですよ部長! これで部費の請求も……」

「ちょっと待て。目立った活動もしていないのに金など要らんだろう」

 とんとん拍子で進む会話を、会長がぶった切る。それはそうだろう。部になったところで、目立ったことなどしていないのだから。

「えー、でもぉ……」

 それに待ったをかけたのは部長だった。ニヤリと上がった口角は、切り札を忍ばせていることがよくわかる。

「この装置の開発費って、さすがに請求できるよねぇ?」

「それは夢原、お前が勝手に作ったものだろう。部での活動とはとても認められんが……」

「校長先生が少しでもすっきりできるように、頑張って作ったんだけどなぁ……」

 あまりにもあざとすぎる。そんな交渉の仕方で会長が納得するとは思えんぞ。さっきのことだってあるんだし……。

「それを言われては……よかろう」

「よっしゃー! 会長太っ腹ぁ!」

 おいおい嘘だろ。こんなあっさり引くのか。まぁ、こっち側からしたらありがたい話だし別にいいんだけれど、こう……威厳とか大丈夫なのだろうか。さっきの騒動といい、少し心配になってくる。

「それじゃ撤退するよー」

「あぁ、夢原さん。この機械はどうするんだい?」

「進呈いたしますー。なんたって校長のために作ったので」

「ありがとう……」

 かみしめるように喜ぶ校長を背に、俺たちは部屋を後にする。校長室の扉を閉めると、こらえていたものを解き放つように飛び跳ねた。

「やっど部活でずよ先輩!」

「あぁ、そうだな……」

「長かったですね、部長……」

 側近君と妹ちゃんは泣き出してしまっていた。俺とは違い、ずっとこの部を支えてきたのだ。思うこともあるのだろう。それに比べて、部長はやけにあっさりとしていた。

「部長はいつもと変わらないんですね」

「いやぁ、うれしいよ? けれどそれ以上に眠い……ふぁ……」

 わざとらしいあくびをしてみせると、部長はその場にへたり込んだ。そんな彼女を、側近君が背に乗せる。

「それじゃ、帰りましょうか」

「うんー……」

 ゆっくりと、部室へ歩を進める。

「あの、部長。一つ聞きたいことが……」

 そう、どうしても聞きたいことがあったのだ。成功したとはいえ、校長と二人きりにさせてしまったのは不安すぎる。直接聞いておかないと、俺の気が済まない。

「二人きりにした後、変なことしてませんよね?」

「それはどういう意味でー?」

「どういう……意味で?」

「いやぁ、風太君のことだからえっちな意味でかと思ったんだよねぇ……」

「へ?」

 全員の足がぴたりと止まる。その場の空気が一瞬にして凍り付いた。

 それにしてもなんてことを口走ってるんだこの人は。いや、ロリ声でこういうことを言われるのはむしろご褒美なのかもしれないが今じゃないだろ今じゃ!

「そうかそうか……よほど死にたいらしいな」

「いや、誤解……」

 あー、ほらこうなった。鬼のような形相で側近君が俺に近寄ってくる。史上最高にキレている。部長をおんぶしているし、下手なことはできないだろうが怖いものは怖い。その気になればおぶりながらでもやられそうな気さえしてくる。

「いやぁ、先輩ならまだしもお姉ちゃんがそんなことするわけないでしょう……ガッカリっす」

 頼みの綱であった妹ちゃんもこの様子である。ダメだ、部長の影響力をなめていた。いや別にこうなったの俺のせいではないけどね!?

 当の本人はしたり顔で俺のことを見ていた。もう確信犯じゃないか。ツッコんでやりたいが、今は冷静な判断を強いられている気がする。喉元まで出かけた言葉をぐっとのみこみ、誤解を解くための言葉を探す。

「違いますからね!? 危ない薬とか使ってませんよねって確認です!」

「ハハハ、ナニヲイッテルンダイ。ソンナワケナイジャナイカ」

「部長!?」

 明らかに言葉がぎこちないんだけど!? 全然目も合わせてくれないし、本当に大丈夫なのか。

「何を飲ませたんですか!?」

「いやー、なんてことはないよ。ちょーーーっとだけ強めの睡眠薬を飲ませたくらいで」

「大問題ですよねそれ!?」

 やっぱりやってたか……。

 まぁ、とはいっても一応は依頼なのだ。そこまで甚大な被害が出ることはしない……よな? そう信じたい。

「ちなみにですけど、効果時間は?」

「起こさなければ三日くらいは寝てたんじゃないかな」

 会長、ありがとうございます。あなたのおかげで我々はまだ楽しい学生生活を送れそうです。

 感謝をしつつ、俺は少しだけ学生生活を改めようと思うのだった。

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