ノンレム・スリーパーズ ~睡眠同好会は決して夢を見ない~

カラザ

第一夜 やっぱり枕はウレタンがいいよね!

第1話 寝る友と書いて寝友だ!

「あ、あの……私。あなたのことが……」

「先輩! 私も……」

「はぁ? 何言ってるの。私が先よ」

「き、君たち、俺のために争わないでくれ! 心配しなくても俺は皆を……」





─────────────────────────────────────


「いってて……」

 高校二年目の春。俺を待ち受けていたのはリア充ハッピーライフではない。

「生徒指導室」。

ここが俺、桜庭風太さくらばふうたのスタートだった。デカデカと強調された看板がいやに目立つ。どうやら親の代からこうだったらしく、この真倉西まくらにし高校の伝統となっている。

 それにしてもひどい話だ。俺はただ春を全身で満喫しようとうたた寝をしていただけじゃないか。それを「お前は一年の時から反省しとらん!」だなんて。担任は俺の何を知っているんだ。挙句の果てには、クラスの女子生徒からフルボッコにされる始末。あいつら加減ってもんを知らないのだろうか。おかげさまで体中がまだ痛い。春の訪れを感じる夢を見ただけじゃないか。

「失礼しまーす」

 三回ノックをして部屋に入る。人を呼び出したくせに、指導室には誰の姿もなかった。

「なんだよ、まだ来てないじゃん」

 どうせ怒られるんだ。これ以上罪を重ねたって一緒だろう。パイプ椅子を三つ並べ、横になる。さっき寝れなかった分ここで爆睡してやる。夢の中でくらいハーレムライフを楽しませてくれ!

 視界を真っ暗にした直後だった。誰かが大きな音を立てて指導室に入ってくる。生活指導の鬼山だろうと思って目を開けると、そこには見知らぬ男子生徒が立っていた。

「だ、誰だよ」

 男は俺の言葉を無視したまま机の対岸に向かう。黒髪のウルフカットが見えただけで、こいつがイケメンなのだということは理解できた。キリッとした眉はⅤの字になってる。こんな男子、アニメのキャラでしか見たことがないぞ。そして、そんなやつが何をするのかと思えば、いきなり机の上で仁王立ちを決め込んだ。

「睡眠がしたいかー!」

「は?」

 うん、そうか。このキリ眉イケメンは変人なんだ。やっぱこの世に完璧な人なんて存在しないんだ。

「睡眠がしたいかー‼」

「お、おー」

 よくわからんが、反応するまでこいつは帰らないらしい。とりあえず返事してみたが、その瞬間この変人の口角が上がったような気がした。

「よし、連れていけ!」

 連れていけ? 何を言っているのかわからないでいると、別の誰かに両腕をガシッとつかまれた。よく見ると、背後にはさっきまではいなかった女子生徒が立っている。

「おい、ちょ…離せ!」

「ごめんなさいっす!」

「え、なになになになに!?」

「行くぞ!」

 目隠しまでされたぞ。え、俺どうなるの。絶対ロクな目に合わないってことだけはわかるけど!

 浮遊感がある。おそらく、というか絶対担がれたのだろう。そのまま、有無を言わさず俺はどこかに連れて行かれた。


 ◆◆◆


「部長―!」

 乱暴な揺れがおさまった。わけのわからないまま、俺はやつらの目的地まで来てしまったらしい。目隠しのせいで何にも見えないが、ほのかにいい匂いがする。

「指示された人物を連れてまいりました!」

「うん、そこに置いといてー」

 置いといてって、俺は物か。雑に運ばれたせいで、車酔いに似た感覚が俺を襲う。

 それよりも、だ。さっきの声はなんだ? 妙に甘ったるい声がしたような気がする。主にロリっぽい美少女が発する飴玉を転がしたような。

「さて、と」

 やっぱりだ。今度もハッキリと聞こえた。夢じゃない。

今俺の目の前には美少女がいる!

「とにかくその目隠し取ってあげな?」

「そーだ、外せー!」

 謎の美少女が指示をすると、後ろからほどくような音が聞こえる。

 しばらくいじっていたかと思うと、視界が一気に開けた。

「ようこそー、睡眠同好会へ」

 可愛い! やっぱり、いや期待を超えるくらいの美少女だ。サラッサラのクリーム色っぽい髪は透き通るくらいキレイだし、その隙間から覗く琥珀色の瞳はずっと見ていると吸い込まれそうになる。

 こんな子うちの学校にいたのか? いたなら絶対に噂になってるだろ。まぁ、そもそも今いる場所がうちの学校なのかどうかも怪しいんだけど。

「何してるの」

「いや、ここ本当に西高なんですか?」

「当たり前じゃないか。見てわからない?」

「わからないから聞いてるんじゃないですか」

 言いながら、部屋中を見回す。正直なところ、ここが本当に西高だという自信がない。ホテルとかでよく見る高そうなベッドが五つも置かれ、その横にはアロマか何かの機械が置いてある。さっきからするいい匂いはここから発せられているのだろう。おまけにふっかふかの絨毯まで敷かれているんだ。こんなところを教室だと思えという方が無茶だろ。

 そんなことを思っていると、さっきまで跪いていた変人がこっちに詰め寄ってきた。

「貴様ぁ! 部長に向かってなんだその口の利き方は!」

「お前こそ初対面にその口調はどうなんだ」

「何を!」

 無礼極まりないぞこいつ。というか今にも掴みかかってきそうで怖い。口では威勢よく話したけど正直少し漏らしそう。桜庭風太史上最大のピンチだぞ。

 距離を詰めてくる変人を、部長と呼ばれた美少女が「まぁまぁ」と諫める。

「あー、もう。変なところで揉めないでよ」

「申し訳ございません!」

 そう言って変人はその場に跪いた……ん?

 え、この二人ってそういう関係なの? もしかして俺の入る余地はない? 目の前に突然美少女が現れたらそれは恋の始まりだってどこかの偉い人が言ってたのに!?

 とりあえず、彼のことは変人改め側近君と呼ぼう。

「あー、聞いてる?」

「……は!」

 ふと我に返る。部長が座っていたベッドごと近づいていた。どんな歩き方をすればそうなるのだろうか。今度じっくり聞いてみたいところだ。

「もう一回聞くよ……君、枕は何派だい?」

「はい?」

「わっかんないなぁ。枕の中身はなんだって聞いてるんだよ」

「え、ウレタンですけど」

「……ウレタン!?」

 口を開いた途端、部長が目の色を変えた。さっきまでの柔和な表情は消え失せ、まるで敵でも見るかのような視線が突き刺さる。

「君はあれのどこがいいんだいあれか? あの抜群の柔らかさが頭にフィットして気持ちいんですってか!? 寝れたもんじゃないだろう! 大正義ビーズ様と個性被らせやがったせいでビーズ枕が全然発売されないのを君は理解しているのかい!?」

「え、ちょっとなんなんですか!?」

「だ・か・ら! 君はあんな軟弱者に魂を売ったとでもいうのかい!?」

 いや怖い怖い! 責められたって、自分から聞いてきたんじゃないか。というかこんなロリがそんな暴言口走っちゃいけません! 今の状況じゃ口が裂けても言えないけど。とにかく横暴が過ぎる。これじゃ美少女の皮を被った何かだ。さっきまでのトキメキは誰に請求したらいいんだ。

「……てか、ビーズはビーズでいいところがあるんだし、そんなにディスらなくても」

「こいつ今情けをかけた!」

 なんで俺が悪いみたいになってんの? 側近君まで俺のことをにらんでるし。……これ、もしかしなくても部長のゴーサイン一つで僕死にません?

「おい!」

「ひゃい!」

 どす黒いオーラが見えそうな側近君に言われ、自然と背筋が伸びる。まさに蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。

「本当にビーズの良さを知ってるんだな?」

「えーと……?」

「二度は言わんぞ」

「はははい知ってます知ってますとも! そりゃもうあんなとこからこんなとこまで!」

 うん、やらかした! ぜんっぜん知りません! これ以上問い詰められたら俺本当に命日になっちゃう! 頼む、頼むからここで終わって……。

「じゃあ言ってみろ」

 はい詰んだ! グッバイ俺の青春!

 ああ、どうしよう。早く何か言わないとマジで襲われる。えーと……。

「やっぱり言えねえんじゃねえか!」

「ひいいい!」

 身構えたけど、側近君の一撃が俺に届くことはなかった。

 部長が手で制したおかげだ。手を下げると、何かを言いたそうに、俺をじっと見つめている。

「やわらかな……」

 ポツリと部長がつぶやく。後に続けってことだろうか。

「やわらかな」

「心地?」

「包み込むような」

「安心感!」

「流動性は」

「う、ウレタン以上!」

「ふむ……」

 そこまで言い終わると、部長は黙ったままうつむいた。何かを真剣に考えこんでいる。

その間も側近君からの視線があるせいで生きた心地がしない。

「合格! というか最高だ!」

「……へ?」

 何から何までわけがわからん。でも、これで命拾いはしたらしい。

 部長は満面の笑みで、俺のことを祝ってくれている。なぜ俺は祝われているんだ?

「いやー、ここまで即答してくれる人は初めてだよ」

「はぁ……」

 よくわからんが、どうやら俺は部長に認められたらしい。

 悔しそうな側近君の表情を見るに、彼でもここまでの即答はできなかったようだ。

「とりあえず今日からわたしたちはしんゆうだ!」

「えーと、いきなり親友ですか?」

「あー、たぶん君が思ってるのとは違うよ」

 ふふふ……と不敵な笑顔を浮かべ、部長がスッと立ち上がった。目を閉じ、腕を組み足を肩幅まで広げる。本人からすれば仁王立ちのつもりなのだろうが、見た目のせいで今から準備体操でもするようにしか見えない。

「寝る友と書いて寝友しんゆうだ!」



……この部活、本当に大丈夫か?

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