第20話 新しい発明品だよ

「も、もう寝れねぇ……」

「馬鹿野郎! お前の睡眠欲はこんなものか!」

 悪魔的プログラムから二週間が経った。試合まであと一週間だというのに、俺はまだコツをつかめていない。というか早く寝るコツなんてあるのか? いまだに信じられないから眠れていないのだろうか。

「いやぁ、精が出るねぇ」

「部長! お疲れ様です!」

 慌ただしく部長がベッドにやってきた。彼女は彼女で新しい発明品の開発に励んでいるらしく、寝ている姿を最近は見ていない。個人的には異常気象でも発生するんじゃないかと思えるくらいだ。

「そんな君たちに差し入れだ」

「な、なんですと!?」

 素っ頓狂な声をだし、側近君は部長のもとに駆け寄った。彼も俺の相手をしているから、最近はこんな風に話していなかったのだろう。普段では見られないような光景に、心が少し安らぐ。

「見てくれ! 新しい発明品だよ」

 そう言って取り出したのは、やけに角の多い枕? というか丸じゃないかこれは。一見するとオブジェにも見えなくない。

「これは?」

「多面体枕だよ! ちなみにこいつは百四面体だ」

「百四面!?」

 百四面体って、存在するのか? いや、現にこうしてあるってことは存在するんだろうけども。目の前に出されても、数が多すぎて理解が追い付かない。

「さぁ風太君! これで寝てくれ!」

「……ちなみに中の素材はなんです?」

「決まってるだろう! ビーズだ!」

 ですよね。知ってましたよ、えぇ。有無を言わさず、俺のベッドにある枕をそれに差し替えられる。まぁ、物は試しだ。変化があったほうが寝れるかもしれないし。

「それじゃ……」

 早速多面体の枕に頭をつける。独特のやわらかさが俺の頭を包み込む。どこに頭を当ててもどこかの角が頭皮に触れる。今まで味わったことのない感覚であることは間違いない。ただ! ただだ! これじゃないんだ。確かにやわらかいことはやわらかい。だが、ウレタンみたいなふわっと包み込むような感覚じゃないんだ。そう、このコロコロとしたビーズの感触。やっぱり俺には合わない。だが……。

「どうだい? 最高だろう?」

 キラキラと輝いた眼を見ていると、真正面から否定ができない。かといってこれを本番で使いたくはないし……。どうすればいいんだ。

「ほら、遠慮はいらないんだぞ! いい意見も悪い意見も参考にするから」

 返事をしないわけにもいかないか……。側近君の目もあるし、そろそろ何か言っとかないと。

「お、できたんですか?」

「ネム! ちょうどいい、君も使ってみてくれ」

 言葉に詰まっていると、妹ちゃんがやってきた。

 嬉々として話す部長に誘われ、妹ちゃんは喜んでベッドにやってくる。いや、ちょっと待て妹ちゃん。今来るのは非常にまずい。主に俺の心拍数やら何やらが爆発的に跳ね上がることになる。

「先輩、失礼しますねー」

「あぁ、今どくから待ってくれ」

「えー、いいっすよ。ボクは気にしませんし」

 そういう問題じゃないんだが……。有無を言わさずに妹ちゃんは布団の中に入り込んできた。部長も側近君もツッコもうとしないし、おかしいのは俺の方なのかと錯覚してしまいそうになる。とうとう、息がかかる距離まで近づいた。服越しに、彼女の温もりが伝わってくる。こんなもの、健全な男子高校生には拷問に近い生殺しだ。少しでも気をそらすために天井を見つめる。そろそろ妹ちゃんには年頃の男の子の気持ちというものを教えなければならない。

「んじゃ、おやすみなさーい」

 妹ちゃんの頭が、枕に沈みこむ。それによって、俺の領域も少しだけ沈下していった。 

 さすがに限界だ。なんだこれ。女の子に添い寝なんて初めてされたけど恥ずかしすぎないか? 世のリア充みんなこれやってるの? いや、なんか漠然とうらやましいなーって思ってたけど違うな。これは素直に尊敬するわ。

 そんな俺の内心など欠片も知りはしないのだろう。彼女はそのままゆっくりと目を閉じる。

 チャンスだ。今のうちに脱出しよう。妹ちゃんが起きないよう、慎重に上体を起こす。寝心地を体感することに必死なのか、まだ妹ちゃんには気づかれていない。

「がんばれー……ぷっ」

「しーっ、大きな声出さないでくださいよ」

 口元を抑えてはいるものの、部長の笑い声が聞こえる。明らかに俺をからかってるな。この反応はあれだ。「あんた、こんなのが趣味なの? ぷぷぷ」って人のエロ本を見つけ出した時の母親だ。……くそ、変なこと思い出しちまった。

とにかくだ。こっちはいたって真剣だってのに、何がそんなに面白いのか……いや、これを側近君がやってたら死ぬほど面白いな。くそ、そういうことか。

 さて、もう少しだ。もう少しで脱出できる。布団から出て、冷たい床に足をつける。いいぞ、もうちょっと……。

「全っっっ然ダメっすね!」

「おわっ!?」

 痛え! 突然の大声に、俺はベッドから転がり落ちてしまう。いくら座っていたからといって、痛いものは痛い。

 尻をさすっていると、妹ちゃんが慌てた様子で俺のそばにやってきた。

「大丈夫っすか!?」

「あ、あぁ……なんとか」

 彼女の手を借り起き上がる。

 さて、とりあえず危機は脱したってことでいいん……だよな? 視線は妹ちゃんに集まっているし。

「して、わが妹。この枕のどこがダメだって言うんだい?」

「んー、角がいっぱいで落ち着かないし、ビーズとの親和性も最悪ですし……」

 まったくもってその通りなんだけど妹ちゃん。少しストレート過ぎないかい? 部長のメンタルフルボッコだけど大丈夫なのだろうか。

 チラッと部長を見ると、やっぱり顔が青ざめていってる。

「ね、ネムちゃん……そろそろ……」

「なんですか? ……あ」

「いやぁ、そこまで言わなくてもさぁ……ぶつぶつ」

 ダメだこれは。完全に負のオーラが漂っちゃってる。だけど、俺が言わなくてよかった。側近君に何をされていたか分かったものじゃない。

「だ、大丈夫ですよ部長。まだまだ改良の余地がある、可能性に満ち溢れた発明品だということじゃないですか!」

「……ホント?」

「本当ですよ! 桜庭もそう思うだろ?」

「あ、あぁ……」

 もはや脅迫に近いが、俺は側近君の言葉に同意した。それにしても、よくフォローしてくれた。さすが側近君。部長のメンタルケアまでできるとは。

「例えばですよ部長。この角をもう少し丸くしてあげるとか……」

「ふむ……」

 さらっと修正案まで出してるし。これじゃ側近というより敏腕秘書である。

 あー、もう疲れた。今なら特訓とか関係なしに眠れる。てか寝かせてくれ。

 二人とも白熱してきてるし、勝手に寝てもいいよな?

「あれ、先輩。寝ます?」

「あぁ、なんかどっと疲れた……」

一回寝ようと決めたら一気に睡魔が押し寄せてきた。自然とまぶたが閉じていく。部室でこんなにも自由に寝ることができるのは久しぶりだ。

気が抜けたせいか、夢の世界が全速力でやってくる。新幹線並みのスピードで頭がまどろみ始めた。

そして、気が付くと俺はそのまますぐに寝てしまっていた。

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