第3話 いきなり開戦!?

「ちわーっす」

 俺が権力に屈してから二週間ほど経った。そして分かったことがある。

 この部活にはやはり変人しかいない。部長は本当に寝てばっかだし、副部長はもう説明もいらないくらいの変人だ。それに比べれば妹ちゃんはまだマシかもしれないけど、極端なバカだ。すっげー偏見だけど、テストは全部赤点だと思う。

 とはいえ正直活動自体はなんてことはない、本当によくある同好会って感じだ。基本的にはただ眠ることについて研究するだけ。まぁ、部長はほぼ寝ているから実質三人でやっているわけだが……。

「き、気まずい……」

 それもこれもすべて側近君のせいだ。初めて出会ったあの日から、彼の視線にはどこか敵意のようなものがある。しかも俺にだけ。まぁ、あれだけ部長に忠実な人間だ。ファーストコンタクトで枕論議に花を咲かせた俺を妬むのも無理はないだろう。

 だが、どう考えても理不尽なのだ。俺を部室に連れてきたのは彼自身じゃないか。どうせ部長の命令だったのだろうけど、本当にやりたくないことにはノーと言える度胸も部下には必要なのだ。側近君にはまずそれを教えてやらなければならない。

「どうしたんですか、元気ないっすね」

「うぉわ!?」

 ふと我に返ると、覗き込むように顔を近づける妹ちゃんがいた。慌てて後ろへと遠ざかる。この子の距離感はいまだに理解できない。間違いなく俺じゃなきゃオトせるぞ。

「いや、副部長のことなんだけどさ……」

「あぁ、あの変人さんがどうかしたんすか?」

 本人を目の前にして変人呼びするってどうなんだ。部長の妹だから許されるのだろうか。俺が言ったらその時点で永遠に眠ることになるんだろうなーと思うと肝が冷える。

「なんか、俺嫌われるようなことしたかなーって、はは」

「あぁ、そんなことっすか。あの人はいつもああっすよ」

 わお、こりゃもしかしてあれか。部長以外にはツンツンなタイプですか。自分の認めた人以外とは話したがらないって、誇り高き武士か何かかよ。

 だが、つまりだ。あの側近君が認めるようなすごいことをすれば、こんな冷ややかな空気にさらされることもないって解釈でいいのか。それならやることは決まっている。

「や、やぁ……」

 距離を詰め、俺は側近君に話しかけた。ぎこちない会話だが、これは大いなる一歩なのだ。さぁ、どう出る。

「…………」

「いや無視かよ!?」

「うるさいわ!」

 ダメだこりゃ。結局こうなってしまう。入部してからは軽率な脅迫もされなくなったが、いつも突っぱねられて終いだ。せっかく投げたボールも強振ど真ん中で打ち返される。コミュニケーションもクソもあったもんじゃない。

 いやぁ、でも諦めるにはまだ早い。人間、何回もチャレンジすることが大事なのだから。うちのおじいちゃんも言ってた気がするし。

「何して……」

「うるさいと言っておるだろうが!!」

「んだと!?」

 おじいちゃん。俺にネバーギブアップの精神はまだ早かったみたいです。

「貴様、そんなに俺の邪魔をしたいのか!?」

「邪魔って、ただ俺のことをじーっと見てただけだろうが! なんだ、俺のことが好きなのか!?」

「゛あ!?」

 おっと、怒りのスイッチを押しちゃった感じですかこれは。ここまで怒らせたのは入部の時以来だ。

「だいたい、貴様はなんだ! 馴れ馴れしい態度で接してきやがって!」

「同い年だし別にいいだろうが!」

「部長にもその感じだろう!」

「敬語は使ってるんだけど!?」

 さーて、後に引けぬ状況を作ってしまったわけなんだけれど。ここからどうしたものか。

 神がいるなら今すぐに助けてほしい。

「うるさいなぁ……」

「ぶぶぶぶ部長!?」

 はい、神降臨。主に堕落しまくった神だけど。とにかく彼を黙らせることができるのなら、彼女も立派な神だ。

あれだけキレ散らかしていた側近君も、気が付けばその場にひれ伏していた。

「んで、何の騒ぎ?」

「い、いやそのですね……」

「副部長と先輩がけんかしてた!」

 妹ちゃんよ。これはけんかではない。俺が一方的に嫌われまくっているだけなのだ。そこを誤解しないでほしい。

「どうせ嫉妬でしょー。気が進まないけど、これ以上揉めるなら試合で決着つけなよー」

「……試合?」

 寝起きっぽいふわっふわな口調で言ったけど、睡眠に試合ってどういうことだ。他のメンツの様子を見る限り、知らないの俺だけっぽいし。

「あー、そういや説明してなかったねぇ」

「部長、その役は私が!」

 今まで顔を伏してた側近君が唐突にしゃしゃり出る。

 彼は軽く咳ばらいをすると、俺と目を合わせた。普段なら絶対にないくせに調子のいいやつだ。

「いいか、心して聞けよ……」

「お、おう」

「睡眠の! 睡眠による! 睡眠のためのスポーツ! それが……」

 ワンテンポ開けると、側近君は初めて会った時のように大げさなまでの仁王立ちを決めた。

 そして、息を大きく吸い込む。

「S・スポーツだ!」

 バカみたいな大声で彼がそう言い切った後、盛大な爆発音がした。いつの間にやら側近君の背後に移動していた妹ちゃんが鳴らしたようだ。

「あのー、まっっっっったく理解できないんですけど!?」

「なぜだ!? ここまで言ってわからないとは貴様馬鹿か!?」

「バカはどっちだ!」

「はーい、うるさい」

 ぱん、と部長が軽く手をたたく。それで我に返ったのか、側近君はまたしてもその場に突っ伏すような姿勢を取った。……何回も見てると、命乞いでもしてるように見えてきた。

「仕方ないなぁ、乗り気じゃないんだけど。私から説明するね」

 そう言った部長は心底面倒そうだった。いくら普段寝ているからって、そんなに面倒なことなのだろうか。まぁでも側近君の説明だとこれっぽっちもわからなかったし、妹ちゃんに聞いても同じ感じになるだろうし。となると、部長以外に聞ける人がいないのだ。

「S・スポーツっていうのはいかに質の高い睡眠ができるかを競う競技でね。ちゃんとした大会も開かれるくらいには競技人口がいるんだよ」

「ふむふむ」

 聞いたことのないスポーツだ。多分世界的に有名ではないのだろう。よく言われるマイナースポーツってやつに分類されるのか。

「んで、うちの同好会も一応は参加しててさぁ。特訓の一環で、もめ事は全部試合で決めるって、間宮君が」

「はい、その通りでございます!」

 また側近君か。こいつが絡むと、面倒なことにしかなっていないような気がするのは俺だけ?

「どうせ大会に出場するのだ! 日ごろから練習する機会は増えてもいいだろう!」

「そんなもんなのか……」

「と、いうわけで。二人には早速だけどやってもらうからよろしくねー」

「ちょっと待ってくださいよ!」

 よろしくったって、何を用意すればいいんだ。

 引き止めもむなしく、部長はまた夢の中に入っていった。こうなるとまたしばらくは起きないだろう。とすればだ……。

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