第4話 VS側近君
「部長! 準備完了いたしました!」
「おけー……って風太君、いいユニフォーム着てるね」
パジャマを着てマイフェイバリット枕・ピーちゃんを抱え込む。正直これで合っているのだろうかわからなかった。が、部長たちの反応を見るに的外れではなかったようだ。
対する側近君も同じような服装ではある。違いがあるとすれば、何やらロケットのような怪しげなグッズを持っていることだけだろうか。
てか、目の前の布団はどっから引っ張り出してきたんだ。いつもはベッドで寝てるから、てっきり試合もベッドを使うのかと思っていたというのに。入部してから一度も見たことがないぞ。しかもベッド同様、旅館とかで見かける高そうな見た目してるし。
「んじゃ、始めるからこれつけてねー」
またしてもわけのわからんグッズが出てきた。ヘルメットの骨組みみたいなそれを、側近君は頭に装着する。
「これは何です?」
「脳波計だよ。本当に寝たかどうかを判断するためのね」
このマイナースポーツ。意外にしっかりしてる。スポーツといえるかどうかは怪しいけれど。
とりあえず、促されるまま俺も脳波計をつける。伸縮性のある脳波計は、つけてみると丁度いいフィット感があった。
「よっし、じゃあ個人戦で先に寝たほうが勝ちね。いくよー」
変な緊張感がある。初めてのことをやるからだろうけど、こんな状態じゃ寝れる気がしない。側近君に至っては闘志に満ち溢れているんだけど、これは寝る気がないのでは?
「はじめー」
なんとも気の抜けた声で試合は始まった。部長、そこは声を張ってくださいよ。
どう出るのが正解か知ったことではないが、とにかく寝たもん勝ちなら負ける気がせん。今に側近君をわからせてやる。
布団にもぐり、マイ枕であるピーちゃんと熱い抱擁を交わす。期待を裏切らないふっかふかの布団は、俺の緊張感を一気に解きほぐしていった。よくわからないが、これなら勝てる気がする。
「……甘いな」
隣の側近君が何かをつぶやいた。なんだ? 布団にもぐっていたからよく聞こえなかったが。とにかく頭を使ったら寝れるものも寝れないからうおわ!?
「なんだこれ!?」
布団の中に、何かが入り込んできた。とはいっても、何かがわからない。ずっと足元でゴソゴソと動き回ってる。そいつは徐々に駆け上がって……いや、寝ているから駆け進んでなのか? ともかく俺の顔めがけて突き進んでくる。
「いって!」
ついに謎の物体は俺の眉間に直撃した。痛みは特になかったが、衝撃で目が覚めてしまう。何が当たったのかと手に取ってみると、そいつは側近君が手に持っていたあのロケットのような何かだった。
「部長! これってアリなんですか!?」
動かぬ証拠を部長に突き出す。さすがに攻撃は反則なんじゃないか。てかこれって最悪死んでない!? 側近君の殺意が高すぎる。
「それくらいならアリかな。いやー、それにしても間宮君も考えたねぇ」
「なんでですか!?」
「だってー、それ先端ゴム素材でしょ?」
よく見ると、確かにロケットの先端はゴムでできていた。そりゃ大して痛くないわけだ。
「だったらセーフだよ。ほらぁ、サバゲーと一緒」
おいおいマジかよ。ってことは割となんでもアリなんじゃねえか! さっさと決着をつけねば最悪怪我で済まねえ可能性もある? いやぁ、お兄さんそれだけはないと信じたいなぁ……ってかサバゲーの銃弾はBB弾だからね!?
さて、これ以上何かをされる前にこっちからも仕掛けなきゃならないが。生憎とそんな武器は持ち合わせちゃいない。というか武器使っていいなんて聞いてないし。
そんな風に考えている間にも、側近君の攻撃がやむことはなかった。さっきのロケットを皮切りに、次々と俺の聖域が荒らされていく。人が寝るには、あまりにも過酷な環境となってしまった。これじゃ戦場か何かだ。
「あー、クソ野郎!」
もう我慢できねえ! そっちがその気ならこっちにだって考えがある。
愛すべき布団、それにピーちゃん。もう少しだけ待っていてくれ。俺が必ず平和を取り戻してみせるからな!
「徹底抗戦j「あ、直接はダメだよ」
部長の一声で、俺は動きを止めてしまった。勢いよく飛び出そうとしていたもんだから、その動力を殺しきれずに体が宙を舞う。ピンポイントで、顔面だけが何のクッションもないただの地面へと放り出される。痛みないんだけどこれ大丈夫? めっちゃ痺れてるけど。
それにしても、こんなに騒いでいるのに側近君の布団からは物音がしない。リラックスしたような顔で眠っているように見えるけど、これってまだ負けていないんだよな? 脳波計も何の反応もしていないらしいし。
だとすればまだ逆転の手はある。こいつらを利用できれば、側近君にカウンターを喰らわせることもできるんじゃないか? もう一度じっくりと妨害グッズを見直す。何かスイッチでもあるのかと踏んだが、それらしいものは見つからない。
ん、待てよ?
「部長ー」
「どした?」
「直接の攻撃はダメなんですよね?」
「そうだよー」
「なら……」
つけなくてもよいタメをつくる。こういうところ、この同好会に染められ始めている証拠なのだろうか。
「道具をそのまま相手に投げつけるってのはアリなんですかね?」
「ほう?」
ニヤリと部長が口角を上げた。これはもしかするともしかするのかもしれない。俺ってこの競技のセンスがあるのでは? やはり眠りに関しては伊達ではなかったというわけか。
「いや、怪我する可能性高いしダメだよ」
「そうですよね。いっやー、そこに気づいちゃう俺ってマジで天才……今なんて言いました?」
「だからダメだって。投げるのは危ないでしょ」
基準がガバガバすぎる。え、これ発案者部長とかじゃないよね? いや、そうな気がしてきた。こんだけ適当な判定って普及しているスポーツとは思えない。
「ってことは、間接的にはアリなんですよね?」
「それならいいよー。ほら、スリングショットとか」
部長のセンスが独特すぎるのはともかく、それならまだ可能性ができたかもしれない。
「とにかく、試合再開してねー」
といっても、側近君は試合を中断していたわけではない。手練れにアドバンテージを与えただけなのだ。何もかもが俺に味方をしていない状況で、勝機などとてもではないが見えない。
だが、それで諦める桜庭風太ではない。やるだけのことはやってやろうじゃないか。もう一度、自分の聖域を見回す。間接的に飛ばせそうならなんでもいい。何かやつを妨害できるもの……。
「……これだ」
見つけた……いや、最初から身に着けていたのだ。伸縮性があって、何かを飛ばすことのできるひも状のもの。そう、パジャマのゴム! いやー、そこに気づくとはやっぱ天才かもしれん。灯台下暗しとは言うけど、ホントにそうなんだなー。昔の人はうまいこといったもんだぜ。
急いでゴムを抜き出し、さっきのロケットを手に取る。手でY字を作って、指の間にゴムをひっかければ簡易スリングショットの完成だ。
よーし、今に見てろよ側近君。君のその余裕そうな表情を苦悶の色に変えてやるぜ。
「おりゃあ!」
ロケットは勢いよく側近君のもとへ飛び出していった。布団越しに彼の胸あたりに直撃する。しかし、それでも彼は微動だにしない。
続けざまに彼が投入した妨害グッズを打ち続けるが、それでも彼が反応を見せる様子はなかった。やつはなんだ。皮膚が鋼鉄でできてるってのか。
「……い」
「あ?」
側近君が何かをつぶやいたが、よく聞き取れない。思わず聞き返すと、彼はグワッと勢いよく目を開けた。
「甘いと言っておるのだ!」
彼の視線がこちらに向けられる。さっきまで寝ようとしていたとは思えないくらいのパッチリおめめだ。
「貴様は俺を妨害し続ければ負けることはない。そう思っているのだろう、だが! それはつまり、お前自身も眠ることができないということだ!」
「なっ!?」
確かにそうだ。こいつ、いつもは憎たらしいくせに言うときは言いやがる。だてに副部長を任されてはいないってか。
何も反論してこないのを確認し、側近君は再び目を閉じた。くそ、どうしてだ。今のやつから、ただならぬオーラを感じる。まるでそう。一日のほとんどを睡眠に使うコアラのようだ。俺はその場に立ち尽くしてしまった。
「どうしたんだーい」
「はっ!」
部長に声をかけられ、ようやく我に返る。委縮しているだけじゃいけない。俺は慌てて布団の中へと戻っていく。愛しのピーちゃんと感動的な再会を果たし、俺は目を閉じる。どうあがいても無駄だということはわかったんだ。あとは自分の睡魔を信じて意識が落ちるのを待つしかない。
とはいっても目を閉じれば真っ暗な世界だもんなぁ……眠けりゃ話は別なのだろうけど、今この状況においてはかえって集中できない。何か、何か超ご都合的な快眠グッズが降ってこないか。
「あ」
そうだ。俺は重要なことを忘れていた。枕元に置いているそれはなんだ。人類の叡智の結晶、スマートフォンじゃないか。こいつで調べれば何かしら役に立つことは出てくるはずだ。そうだって先生も言ってた気がするし。
『寝る方法 すぐ』
ダメだ、これっぽっちもいいものが出てこない。というか我ながらこの調べ方はバカすぎないか。見ていて惚れ惚れするぞ。もう少しマシな言葉がなかったのか自分。それだから的確な記事の一つも見つからないんだぞ。だが諦めるな自分。こんなバカなやつにこそ優しく手を差し伸べてくれると俺は信じている!
「よしキタァ!」
これだ。間違いない。ASMRなんて素敵なものがこの世界にはあったんだ。さて、イヤホンを突き刺して……ん? ない。部室に来た時には確かにあったはずのイヤホンが。あれどこにやったっけか。部室にきてー、言い争いしてー、試合することに……。
「制服の中だ……」
着替えたときに取っておくのを忘れてたんだ。そうと決まればさっそく取りに行くしかない。
またしても布団から飛び出し、制服のもとに向かおうと立ち上がる。
「ん、風太君どこ行くの?」
「イヤホンとってきます。制服の中に入れっぱなしだったと思うんで」
「はい、ストーップ!」
「おわっ!?」
歩を進めようとしたら、妹ちゃんに行く手を阻まれた。手を大きく広げ、大の字になっている姿はなんともかわいいけれど今じゃないんだ妹ちゃん。どかそうと試みるが、頑なにその場を動こうとしない。
「どいてくれ妹ちゃん。すぐ帰ってくるから」
「ダメなんです! それじゃ失格ですよ」
おいおい、またか。そういう大事なことは先に言ってほしい。初心者にこそ優しくしなきゃいけないと思うのは俺だけなのでしょうか。
「まぁ、今回はデモンストレーションみたいなものでしょ? だから気楽にやりなよー」
この人ちょくちょく人の考えてること当ててくるけど、ホントに読心術でも使えるのではないか。いや、さすがに違うと思うけれど、部長ならできかねん。だが、こっちはそんな呑気にできるわけじゃないんだ。これに負ければ側近君にいいように使われる可能性だってある。それだけはなんか俺のプライドが許さない。
こうなればやるしかない。三度布団にこもり、俺はさっきまで閲覧していたページに戻る。そして貼り付けられている動画を躊躇なく再生し始めた。
『いらっしゃいませ。耳かき庵……』
やばい、退路がなくなったかもしれん。もう俺布団から出たくないんですけど。絶対部長たち白い目で見てるじゃんか。この雲のように軽い布団くんが完全防音しているとかそんなミラクルあるはずもないし。これで勝負に勝ったとしても、すでに社会的に死んでいるような気がする。
俺の葛藤など知るものかと、耳かきボイスは順調にストーリーを進めていく。だが、いかんせんイヤホンをしていないせいで効果は半減。いや、一割程度しかない。自分のイメージをかなぐり捨ててまで流した結果がこれだと思うと悲しくなってきた。
いやでも待てよ。ちょっと眠いかもしれんぞ。寝る前特有のまどろみがようやく俺の意識と出会いを果たす。いいぞ、このままいけば本当に勝てるかもしれん。恥をかいてまで流した甲斐があったと俺に思わせてくれ。
「あ」
耳かきボイスに交じって、部長の声がしたような気がした。まさか、これで決着がついたのか。何かの冗談
「しゅーりょー」
ではなかったらしい。布団をガバッと勢いよく取り払うと、健やかそうに眠る側近君の姿があった。
「いやー、風太君も惜しかったねぇ。ちなみにその声優さん誰?」
「え、いや……」
にこやかに話しかけてくる部長が恐ろしい。頼む、追い打ちをかけないでくれ。
「そうですよね、初めてなのにここまでできるのはすごいっすよ。あ、あと耳かき庵シリーズなら……」
「すみませんもう許してください」
思わず土下座をしていた。オーバーキルにもほどがある。これじゃ泣きっ面にフルスイングバットだぞ。
この間も、耳かき庵のお姉さんは献身的に耳かきを続けてくれていた。お姉さんごめん。あなたは全く悪くないけど、てかむしろドストライクなんだけど俺トラウマになるかもしれません。
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