第9話 枕投げの桜庭……?
思わぬ大ピンチ。
すっかりビビり散らかす二人に盾扱いされている俺は寝返っても許されるのではないだろうか。そう思うが、後ろからガッチリと掴まれているためどうすることもできない。
「お前も加われ!」
「さ、三人がかりならきっと……」
「いや、もうこれは大丈夫なんじゃ……」
「なわけあるか! 全員倒さないと枕に平和はやってこん!」
いや、もうきてるだろ。あのキャプテンもただうるさいからキレてるだけだし。反発したい気持ちはあったけど、この状況では拒否権がないことくらいわかっている。
ならばと、俺はおとなしく側近君からピロー君を受け取った。
「いいか、ただ投げるだけでいい。それでこいつは作動する」
「わかったよ!」
「い、いきましょう」
「「「うおおおおおおお!」」」
ゴッツゴツの枕を持った三人が一人の男子生徒に突っ込む。これが少年漫画ならめちゃくちゃ熱い展開だったんだろうなクソ!
とにかくこいつを投げればいいんだな。半ばやけくそになりながらも、俺はピロー君を放り投げた。しかし、その軌道はキャプテンのほうではなく、俺たちに向かってくる。三人の周りをグルグルと回ったかと思うと、ピロー君は壁に思いきり激突した。
「って、おいこれどうなってんだ!」
「下手くそが! 俺がやる!」
そういって側近君も後に続く。しかし、彼の投げたピロー君も結果は同じ。ふらふらと周囲を飛び回ったかと思うと、すでに脱落している男子生徒の頭に命中した。
「た、多分あの帽子があるからです!」
「それなら!」
側近君は近くの枕を取ると、キャプテンの頭部めがけて思いきり投げつけた。しかし、その一投はキャプテンの手の中に吸い込まれてしまう。
「こんなノロい球、小学生でも取れるぜ」
「いやそれ枕だろ!」
「口じゃなく手を動かせ!」
言いながらも、側近君はひたすらに枕を投げ続ける。その隣で妹ちゃんも加勢してはいるが、丸腰で投げた枕が当たるはずもなく。依然として、ニット帽はキャプテンの頭に居座り続けている。
「どうした? かすりもしていないぞ?」
なんでこいつまでノリノリなんだよ。この学校の生徒ってみんなこう……バカだったっけか? もしかして俺のノリが悪いだけなの?
「やれ、やれ!」
もはや作戦もクソもない。ただ闇雲に投げてキャプテンの帽子を脱がせることだけが目的になっていた。
「そんなに気になるのか?」
挑発するようなキャプテンの言動が、側近君をさらに駆り立てる。キレ散らかしているせいで、枕以外も投げかねない。
「ほら、ここでじっとしててやる」
見かねたのか、キャプテンがその場に腰を下ろした。
こうなりゃ側近君のプライドもズタズタである。もはや叫んでいるのか泣いているのかわからないぞ。
「しめた!」
そんな中、俺の投げた枕がついに帽子に直撃する。難攻不落の要塞が崩れたのだ。だが、そこで俺たちの表情が一変する。
「う、うそだろ……」
「毛根が……」
「ない……だと?」
そう、まごうことなきハゲなのだ。スポーツ刈りでもない。完全なゼロミリなのだ。たった数ミリでも髪の毛が存在しない。ここまでのツルッパゲは、漫画でしか見たことがない。そりゃピロー君も反応しないわけだ。
「俺は真倉西高校野球部キャプテン、白野豪! 毛の一本も、俺にとっては邪魔な存在なのだ!」
いや、何を誇っているのかは知らんが相当な自信だ。
だがこうなると、俺たちの立場は一気に弱くなる。装備が十全なせいで負けるならわかるが、敗因が相手の毛根が全くないせいですなんて前代未聞だぞ。末代までの恥じゃないか。くそ、前言撤回だ。意地でも勝ってやる。負の武勇伝なんて作ってたまるか。
ゆっくりと立ち上がるキャプテン。自分の勝ちを確信しているのだろう。だが、俺たちは負けるわけにはいかない。恥をかくのもそうだが、「え、三人を相手にして勝ったの!? 白野君すごーい!」、「やっぱキャプテンってすごいのね」、「白野君抱いてー!」なんてちやほやされるのを黙って見ていられるか! そんなものの犠牲になりたくはない。
「お前ら、行くぞ!」
「俺に指図するな!」
側近君と特攻を仕掛ける。
口で言ったわけではないが、おそらくあいつは俺を囮に使う。今までの好感度的にそれが一番可能性が高い。となればだ。俺のやることも決まっている。
「すまんな!」
「おわっ!?」
彼のズボンを少しだけ引っ張った。おかげですってんころりん。これで陽動役が特攻隊長になったわけだ。やっと来た俺の時代! ピロー君とかいう超便利アイテムも意味がないんだ。枕投げの桜庭ここにふっかーつ!
「もらった!」
背後をとった! しかも至近距離。当てるにはこれ以上ないチャンス。ここで決めなきゃ誰が決める! 狙いを定めて……。
「遅いんだよ!」
「何!?」
わけがわからん。いや、完全に背後をとったよな? なんであいつは俺と視線を合わせているんだ。いくら野球部のキャプテンで運動神経がいいからって、それだけじゃ説明がつかない。反射神経が人間離れしている。
「お前たちがどんな武器を使ったのかは知らんがな……俺に勝とうなんて百ねゃ!?」
突然大きな声を上げたかと思うと、キャプテンはその場に倒れこんだ。いったい何があったんだ。わけがわからない。
「や……やりましたよボク!」
妹ちゃんがやり切ったようなすがすがしい顔をしていた。ということは、とどめは妹ちゃんが刺したということか。こりゃ正真正銘のジャイアントキリングだ。
「やったねー、さすがはわが妹だよ」
「でしょう! さすがはお姉ちゃんの妹です!」
姉妹そろってめちゃくちゃ嬉しそうだ。って、結局俺何の活躍もしてなくない? 参戦しなくてもよかったのでは? まぁでも、これで本当にすべて終わりだ。ようやく一息つくことができる。そう思うと、今までの疲れが一気に押し寄せてきた。めちゃくちゃ眠い。
「……おい」
「ひぇ」
怨嗟のこもった声に、思わず背筋が伸びる。側近君だ。今までで一番の殺意が俺に向けられる。いやぁ、でもあれは勝つための戦術だったわけですし俺は悪くないよね……よね?
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