第8話 開幕、枕解放戦

「よーし、みんな集まったね」

 あたりもすっかり暗くなったころ。俺たち同好会メンバーは夢良獏園むらばくえんの中庭に姿を見せていた。

 二人が俺を置いて行ったせいで、日中を無意味に過ごしたことには文句を言いたい。だが、そんなテンションではない。開戦を前に、ピンと張りつめた空気が場を支配していた。

「……もう始まっちゃってる?」

「いや、部長の報告によれば今は風呂に行っているとのことだ」

「でもあまり時間はないよー。十分後くらいには部屋に戻ってきてるはずだから」

 なんで部長が男子の予定まで知っているのかはさておき。もう少しで作戦は決行される。正直なところ彼らがすんなり言うことを聞くとは思えない。枕投げと言えば、修学旅行で夜に行うイベント、ベストスリーには入るくらい定番なものだ。そんな一生の思い出となるイベントを邪魔するなんて聞いたことがない。ましてや俺たちは下級生なのだ。まずこの作戦は失敗するだろう。一応聞いておいたほうがいいのか。

「……あの、もし説得がうまくいかなかったらどうするんですか?」

「貴様、部長の作戦に失敗があるというのか!?」

「そういうわけじゃねえよ。もしもを考えるのも作戦のうちだろ?」

「あ、確かに。やっぱ先輩は違うっすね!」

 妹ちゃんの同意で、側近君も否定することをやめる。これで少しは話を進めることができる。

「まぁ、そうだねー。そのときは……」

 考えているのかいないのか。部長は空を見上げると「んー……」とうなっていた。

 だが、すぐさま思いついたのか、顔を俺たちのほうに向ける。

「武力介入だ」

「了解いたしました!」

 あ、結局こうなるのね。まぁでも話が早くて助かる。別に俺が枕投げをしたかったとかそういうわけではない。断じてだ、うん。

「よっし、それじゃ作戦……あれ、作戦名って決めてなかったっけ」

「決めてませんけど……もう時間ないですよ?」

「んじゃいいや。とにかくー、作戦開始ってことで」

 装備の確認を済ませ、部長に導かれるように俺たちは男子生徒の大部屋へと向かった。



「頼もー!」

 部屋から聞こえる話声を確認し、側近君が力の限り叫ぶ。その一声とともに、騒々しい男子部屋のふすまが開かれた。突然の訪問者に、全生徒の視線が集まる。風呂に入ったことでリラックスしたのか、すでに眠りについているやつもいた。が、それでも敵は四十人くらいといったところか。見たところ、すでに小規模な枕投げが開戦してしまっているし、説得は厳しそうだが。

「我々は睡眠同好会だ! 貴様らの愚行を止めに来た」

「なんだぁ?」

「睡眠同好会って……夢原のいるあそこか」

 ひそひそと、生徒たちの会話が聞こえる。だが、それをも切り裂くように側近君の大声が響き渡る。

「ただちに枕投げをやめろ!」

「いいじゃねえか枕投げくらいよー」

「そうだそうだ! 修学旅行の醍醐味だぞ!」

 思った通りだ。反発の声が上がり始める。こうなると、俺たちに立場なんてものはないだろう。

 さて、側近君たちはどこまで粘るつもりなのか。あれだけ枕投げに否定的だったんだ。ギリギリまで説得を続けるに決まっている。

「部長」

「うむ、やれ」

「「イエッサー!」」

「いやすぐかよ!」

 部長の一言を皮切りに、枕解放戦が幕を開けた。二人は近くの枕を手に取ると、男子生徒たちに突っ込んでいく。でも、戦力差がまるで違う。俺が半分程度を相手取るとしても、三対二十だ。どう考えたって分が悪すぎる。

「どうすんですか部長。これじゃ勝ち目なんて……」

「そう思っちゃう?」

 俺の不安とは裏腹に、部長は余裕そうな表情で戦場を見ていた。いくら側近君が戦力になるからって、さすがに妹ちゃんは……。

「いてぇ!」

「な、なんだこいつら」

 おかしい。何がどうなってんだこれは。二人で三年生たちを圧倒している。四方八方をふさがれようと、側近君が鷲掴んだ枕の群れを放り投げるだけでバッタバッタと倒れていく。妹ちゃんだって負けてない。二階級くらいの対格差がある男子を相手にしても、果敢に枕を投げ続ける。アンダースローで投げたにもかかわらず、その枕は相手のあごをえぐるような威力だ。ちょっとしたアマチュアボクサーのアッパーって言われても信じるレベルだぞ。

二人だけでこんな戦況なら、もはや俺が出なくてもいいんじゃないか? 何が枕投げの桜庭だよ、自分で恥ずかしくなってきたわ。てか妹ちゃん、あんなかわいい顔してホントはこんなに強かったのかよ……いや、そのギャップいいな。

「ふふーん。どうだ!」

「あの、なんか人間離れしてません? めちゃくちゃ優勢じゃないですか」

「いやー、そこまで言われると照れるなぁ。もっと褒めろ!」

 ん? なんか微妙に話がずれてないか? 俺の隣でなぜだか部長が誇らしげに立っている。

「別に部長は褒めてないんですけど……」

「何を言うか。あの二人が無双してるのは私のおかげなんだぞ!」

「はい?」

 何を言ってるんだはこっちのセリフだ。もしかしてまだ寝ぼけてます? 一歩も動いていないくせに、何をそんなに強気になれるのか。あ、もしかしてだけどあれか。「この部員たちは私が育てたんだ!」って言いながら後方で腕組んでるやつか。いやいやいや、部長に限ってそんなことは……。

「おい、風太君。君今めっちゃくちゃ失礼なこと考えてないかい?」

「え。い、いやぁそんなことは……」

「まぁいいや。誤解しているようだから言っておくけどさー」

 言いながら部長はその場に腰を下ろした。もはや自分の出る幕はないといったところなのだろう。まぁ、多分その通りだけど。隣で俺も腰を下ろすと、部長は話を再開した。

「間宮君たちが投げてる枕、よーく見てごらん」

「枕ですか? そんなのどれでも変わらな……ん?」

 なんだあれは。普通の枕ではない。枕カバーからひょっこりとはみ出た何かがある。ゴツゴツしているようにも見えるけど……。

「気づいたね、あれはね……」

「あれは?」

 思わず息をのんだ。この同好会なら「鎮圧のためには手段を選ばん!」とか言いかねん。

「対枕投げ用ホーミング式砲弾『ピロー君』だ!」

「いや、名前安直すぎません?」

「いいだろピロー君! これしかない! って感じじゃないか」

 部長のセンスはさておき、言っていることが物騒すぎる。ホーミング砲弾って、ハナから戦う気だったんじゃないか。

 ってか待てよ。ホーミングってことは飛ぶんだよな? なんか覚えがあるんだが。

「もしかしてですけど……副部長が前に使ってたロケットって」

「うん! ピロー君の試作品たちさ!」

 ですよね! めちゃくちゃ嬉しそうじゃねえか! ちゃっかり親指を突き立てているし。なんだ、試合のときはあんなに澄ましたように言っていたのに内心ではガッツポーズだったのか!? この一件が片付いたら問い詰めなきゃならないかもしれん。

「さて、ピロー君だけれど、これは敵の髪の毛を狙って追いかける仕組みなんだ」

「髪の毛ですか?」

「そ。ほら、髪の毛にも色素ってあるでしょ。メラニン。あれに反応するの」

 なるほど。発言自体はぶっ飛んでるが、想像していたよりもしっかりとしたものらしい。確かに、二人が投げる枕はほとんどが頭に当たっている。というか、俺たちが話している間に鎮圧し終わっていないか?

「もうこれは大丈夫そうですね」

「あー、いや。ちょっとまずいかも」

 さっきまであんなに威勢がよかったのに、いったいどうしたというのだ。部長の顔が引きつっているようにも見える。あれだけ勝ち誇ってたのに、今更何を気にしてるんだろう。

「うるせえなぁ」

「ま、まずいっすよ……」

「くっ、桜庭ぁ! 来い!」

 さっきまで無双していた二人までも焦っていた。彼らの視線の先には、一人の男子生徒。さっきまで寝ていた生徒の一人なのだろう。眠そうに目をこすっている。パジャマに睡眠用のニット帽か? えらくいい装備をしているな。

「って、なんだこれ」

 起きたばっかで状況が分かっていないのだろう。彼は部屋を見回してポツリとつぶやいた。

「お前らがやったのか?」

「い、いやぁそれは……」

「そそそそ、そんなわけないっすよ。ねぇ先輩」

「いや、二人して無双してたじゃ

「「馬鹿野郎!!!!」」

 二人の大声で俺の言葉かかき消された。あー、もしかしてだけどあの人ってそんなにまずい?

「知らないのかい? 彼は野球部のキャプテン白野はくのごうだよ」

「え、そうなんですか」

 男子生徒に聞こえないように、部長はささやくような声で教えてくれた。

 この学校の野球部といえば、そこそこの強豪校だったはずだ。県大会では何度も優勝してたはずだし、テレビだって取材に来たこともある。卒業生の中には、プロ野球選手として活躍している人もいるらしい。そんな部のキャプテン……あぁ、確かにそりゃまずいわ。

「事情は知らんが、せっかくの修学旅行を台無しにするやつにはお仕置きが必要だよな?」

「ひぃ……」

 二人して俺のもとへとやってくる。形勢を立て直そうとしているのだろうが、妹ちゃんは完全にビビってしまっている。肩を持つ手はぷるぷると震えていた。



 ……あれ、これってもしかして大ピンチってやつ?

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