第7話 『枕投げを阻止せよ!』
「つ、疲れた……」
「ありがとう爺や!」
「なんのこれしき、いつでもお呼びくだされ!」
爺やが運転する車に揺られること五時間。俺たちはようやく
「なぁ、結局何をするんだ?」
「ん、あぁ。そういや話しておらんかったか」
人を巻き込んでおいて優雅に爆睡を決め込んでいた側近君が言う。
「実は今日の夜、枕投げが行われるという情報を部長が耳にしてな。急遽俺たちに招集をかけたわけだ」
「……なるほど?」
枕投げか。そりゃ修学旅行の定番ともいえる遊びだし、なんら不思議なことはない。ははーん、わかったぞ。さては俺たちでイベントを盛り上げようって魂胆か。そりゃいい。ほかのことで劣るかもしれないが、枕投げなら負ける気がしない。中学時代は、全員を打ち負かしたことで『枕投げの桜庭』なんて言われたくらいだ。
「よっし、そうと決まれば戦闘準備だな」
「何を言っているんだ貴様は」
「え、枕投げに参戦するんじゃないのか?」
せっかく回した腕から力が抜ける。だとしたら何のために来たって言うんだ。
「バカモーン!」
いやなんだそのツッコミは昭和おやじかよ。言いかけた言葉をぐっと飲みこむ。
「我々の神聖なアイテムである枕を投げつけるなど言語道断! 絶対に阻止せねばならぬのだ!」
「そーっすよ! というわけで今日のミッションは『枕投げを阻止せよ!』っす!」
妹ちゃん、俺が間違ってなければ楽しんでるよね。目がキラキラと輝いてるように見えるのは気のせいかな? まぁ、側近君にはバレてないようだけど。
てかちょっと待て。そんなことで呼ばれたのか俺は。平穏な日々がまたしても遠のいていく。かといって、帰ろうにも財布なんて持ってきてない。今は彼らの言うことを聞くしかないだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は二人の後をついていく。少し歩いた先の大部屋の前まで来ると、二人は足を止めた。
「失礼します!」
側近君がふすまに向かって叫ぶ。少し間をおいて彼はふすまに手をかけた。開けた先には、一人枕を抱きかかえている部長がいた。彼女たちの中ではよ、ほど由々しき事態なのだろう。体育座りで、小刻みに震えているようにも見える。
「よ、ようやく来てくれたね……」
「お待たせして申し訳ございません。この馬鹿が来たくないとゴネたものですから」
「いや、ゴネる前に連行されたろ」
いつもならここからゆるい雑談に流れが持ち込むのだが、ここで話は途切れる。二十人は優に寝れるであろう広さなのに、重苦しい空気のせいで狭く感じてしまう。
そんな空気を断ち切るように、妹ちゃんが口を開いた。
「……どうしますか、姉貴ぃ」
「んー、どう思うM」
「そうですね……ここはやはり説得が一番かと」
俺は何を見せられているんだ。なんだMって。え、今そういう流れ? コードネーム的なあれか。ということは間宮のMってことでいいんだな。そうとらえるぞ? それにしても、側近君てこんなノリに対応できるやつだったんだな。ちょっと意外だ。
「H。君の意見も聞こうか」
「え、あぁ……」
突然話を振られ、言葉に詰まる。どうせ枕投げには参戦できないんだろうし、ほかの手段を考えるしかない。となればだ……。
「そも枕を取り上げちまえばいいんじゃないのか」
「ふむ、いい意見だ……だが」
タバコを吸うような仕草で部長は言う。探偵ドラマの観すぎかとも思ったが、普段あれだけ寝ている人間がドラマなんて観るのか?
「君は一つ大きな間違いを犯している」
「……というと?」
「それはね……M」
「はっ!」
側近君にバトンが渡される。自分に役を任されたのがよほどうれしいのか、満面の笑みで彼は話をつづけた。
「枕がないといい眠りはできないということです!」
「ブラボーだ、私の使い走りになる権利をあげよう」
「ありがたき幸せ!」
それでいいのか。側近君は、満足げな表情をしている。
まぁ、俺の仕事が減るから口出しする必要はないのだが。
「というわけだ。やはり説得が一番友好的かつ有効的だろう」
「お、うまいこと言うね姉貴ぃ」
妹ちゃんだけ方向性が間違っている気がするんだが。これも口出ししないほうがいいかな、うん。
「それじゃ、各自夜にまたここへ……散!」
部長の一言で、二人は勢いよく部屋から飛び出した。あとには俺と部長だけが残される。なんというか……気まずい。非常にいたたまれない空気感がある。
「……散!」
「は、はい!」
再度告げられた命令で俺はようやく部屋を後にした。
今日の夜が憂鬱で仕方がない。とりあえず俺は……あれ、どこに行ってりゃいいんだ?
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