第二夜 マクラ=ウォーズ

第6話 音速突撃ツアー

「ふあ……」

 その日は平和だった。

 そう。部長が修学旅行に行ったおかげで、同好会が休みだったからだ。

 俺が側近君に敗北を喫してからというものの、俺は部の雑用係として働く羽目になってしまった。備品の調達から部屋の掃除まで、全てが俺の仕事である。これじゃ睡眠同好会じゃなくて雑用同好会だ。だがしかし、活動ができない今だからこそ俺はゆっくりと羽を伸ばすことができ「桜庭風太ぁ!」

……ん? おかしいな。疲れすぎて幻聴でも聞こえちゃったかな。だって今はもう日付が変わる直前だ。こんな時間に、しかも声を張り上げて人の家に来るやつなんて……。

「桜庭風太ぁ!」

「うるせぇ!」

 あぁ、現実だった。最悪だ。学校外で出会いたくない生徒ぶっちぎりの第一位だぞ。そんなやつが、なんで家に来た。というかどうやって住所を調べたんだあいつは。

 とにかく、このまま騒がれても困るので仕方なく側近君を出迎える。そこには、妹ちゃんの姿もあった。

「こんばんはー、寝るとこでした?」

「まぁ、そうだけど……」

「よし! 行くぞ!」

「いやいやいやいや、ちょっと待てどこへだ」

 なぜかわからんが、二人は焦っているようにも見えた。きっと、説明する時間さえ惜しいのだろう。有無を言わさずパジャマ姿の俺を抱えると、彼らはどこかへと走り出す。

 この二人、前々から思っていたのだが、考えるより先に体を動かすのをやめてくれないものだろうか。慣れちゃったらお兄さんいつか本当に誘拐されそうで怖い。

 大通りに出ると、そこには高級車が止まっていた。中から優しそうなおじいさんが出てきたかと思うと、俺たちを見てほほ笑む。よく見ると、これまた高そうなタキシードに身を包んでいた。

「お待ちしておりました。ささ、お早く」

「え、この人誰?」

「爺やだよ!」

 爺やだと? またまたご冗談を。そんな執事みたいな呼ばれ方をする人間、この世にいないでしょう。こんな時間にドッキリとは人が悪い。それかあれか。今までの俺を労うってことで用意してくれたのかな? いやたぶんそうだ。今まで働いててよかった!

「初めまして桜庭様。私、夢原家に仕えておりますこまと申します。お話はお嬢様方からお伺いしております」

 いや本当なのかよ! 夢原さん家すげー! 結婚してくれ! などと側近君の前で言えるわけもなく。

 情報量の多さで、どう反応すればいいのかわからない。

「とにかく時間がない。早く乗れ!」

「おい、誘拐するなら行き先を教えてくれよ」

「決まっておるだろう」

「そうそう、あそこっすよあそこ」

「説明になってねえ……」

「わからんやつだな」

慌てて乗り込むと、側近君が憐れむように口を開いた。

夢良獏むらばく園だ」

「……は?」

「だから、夢良獏園ですって」

 妹ちゃんまでそう言った。だけど、夢良獏園っていえば……。

「部長を助けに行くぞ!」


 こうして、深夜の弾丸……いや、音速突撃ツアーが幕を開けるのであった。

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