第24話 ASMRからレゲエが聞こえる
ついに試合が始まった。だがほかのスポーツとは違い、熱狂的ではない。寝るためだから当たり前なのだが、実感がわかないなホント!
作戦通り、妹ちゃんが俺の布団に入り込んできた。頭上が影で覆われる。今頃側近君も前に立ちはだかってくれてるのだろう。
「それじゃ、寝るっすよ。先輩」
「頼む」
始まった。俺は迅速にスマホの電源を入れる。そして、用意していたとっておきのASMRを再生した。イヤホンを耳につけ、再び就寝の態勢に戻る。その間にも、頭には優しい妹ちゃんの手の感触が伝わり続けていた。
おぉし、いいぞ。まどろみが……いてぇ!
「なんだ!?」
頭が割れそうになった。慌ててイヤホンを外す。だが、周囲に異常はない。どういうことだ? あのとてつもない衝撃はどこからきた?
「先輩!」
「悪い……」
ダメだ、集中しろ俺。なんとしても寝るんだ。イヤホンを……待てよ? 何か寝るのとはかけ離れたレゲエが聞こえるんだが?
「どういうことだ?」
「どうしたんですか?」
「いや、ASMRからレゲエが聞こえる」
「何言ってるんすか、早く寝てうわホントだ」
どうやら俺がおかしくなったわけではないらしい。無理やり取り付けたイヤホンを持ち、妹ちゃんはひどく驚いていた。
「……って、この作品の声優あれっすよ! 朝比奈の副部長っす!」
「は!?」
「知らないんすか!? あの子、ああ見えてASMRの同人声優やってるんすよ! しかも超大手!」
ということは何か? 俺はメタを張られてたってことか? するとこの作戦は失敗ってことじゃねえか!
というかどっから情報漏れてんだ!
「とにかく、イヤホンを外したままでも続けましょう」
「あ、あぁ……」
思わぬトラップだ。けど、別にASMRが必須だというわけじゃない。このままなでられ続ければいいだけだ。
再びなでなでタイム突入。
「頑張ってください。あぁ違うや。頑張らないで寝てください!」
妹ちゃんまでテンパりだしてる。これは……まずいかもしれないな。
いや、戦況なんか考えるな。俺が寝ることが戦況を変えることになるんだから。
徐々にまどろんでくる。いいぞ、もう少し、もう少し……。
「……はっ!」
寝ていた……よな? 試合はどうなった!?
周囲を見回す。どうやらまだ決着はついていないようだ。側近君と朝比奈の部長・水瀬さんが向かい合っている。
「……くそっ!」
「いい加減諦めなさいよ! あたしは寝たいだけなんだから」
水瀬さんは余裕そうな表情でそう言った。けど、彼女自身も寝る姿勢に入っていない。まだまだ長期戦になることは間違いないだろう。
「桜庭!?」
振り返った側近君と目が合う。状況が悪くなったことに焦りを覚えたのだろう。彼は乱暴に発明品を取り出す。例の多面体枕だ。
「ちっ……来い、桜庭!」
「何するんだ?」
「……俺と寝ろ‼」
「は!?」
また何を言い出すんだこいつは。妹ちゃんはあんなこと言ってたけど、側近君はその気満々じゃねえか!
え、いや。妹ちゃんがダメだからって俺か? 今度は俺なのか!? 見境なしにもほどがあるだろ。
「バカ野郎!」
側近君はダッシュで俺のほうへと向かってきた。いや、怖い怖い。目が血走ってるじゃねえか。彼は近くまで来ると、全力スライディングで俺の真横に滑り込んできた。そして、俺の頭を上げ多面体枕を差し込む。
「おい本気か!?」
「何を考えてるのか知らんが寝ろ! 俺を信じろ!」
……とにかくやるしかないのか。彼の言うとおりに枕に頭をつける……ん? これは。
「わかっただろ! 寝ろ!」
「あぁ!」
これなら勝てる。部長、俺用にウレタン素材を用意してくれたんだ! 一気に安心感に包まれる。さっき寝たばっかだってのに、まどろみが押し寄せてきた。そして……。
「……んぁ」
意識が覚醒する。見慣れない天井。布団よりも柔らかいベッドの感覚。ここはスタジアムではないらしい。
左右を見ると、妹ちゃんたちの姿があった。部長の姿まである。
「お、起きたかい?」
「部長、ここは……」
「控え寝室だよ。決着がついた後の部員が運ばれる場所」
「ということは……」
部長はにっこりとほほ笑む。
決着がついたのか。しかもこの笑顔。もう確定だろう。さぁ、早く結果を!
「…………」
結果を。
「………………」
結果を……。
「………………………………」
「いや言ってくださいよ!?」
「てへ☆」
「いやてへじゃないですよ! いつまで焦らすんですか!」
「でもわかってるんだろう? 君たちの勝ちだよ」
勝てた。勝てたんだ。これで廃部は免れる!
「やったー!」
「んん……」
「おっと」
思わず全力で喜んじゃったけど、二人ともまだ寝てるんだったよな。
咳払いをする部長を見てとっさに口元を手で隠す。
二人が起きてこないことを確認すると、改めて小さくガッツポーズをした。
「さてさて。とはいっても、そろそろみんな起こさないとね」
「え、何かあるんですか?」
遠慮なしにいつものトーンで話す部長に、俺は違和感を覚えた。何かを忘れているような……。
「決まってるじゃないか。第二試合だよ」
「あ」
待ってくれもうなのか!? 今起きたばかりだぞ。ふと時計を見る。朝比奈との試合からすでに三時間経っていた。そんなに寝てたのか俺たち……って感心している場合じゃねえ!
「君たちさぁ……起こそうとしてもぐっすりなんだもん。まぁ、あんだけ無理な試合したんだ。仕方ないっちゃ仕方ないか」
「はぁ……」
問い詰めたいところだけど、そんな時間は残されていない。あれから三時間経っているということは、試合開始まで秒読みってところだ。
「ほら、ネムを起こしてくれ」
「え、俺がですか?」
ここは普通部長が起こすべきなんじゃないだろうか。妹なんだし、起こし方くらい知っているはずだろうに。
理由でも聞こうとしたが、部長はすでに側近君のもとに向かっていた。
「仕方ないか……おーい」
妹ちゃんの体を軽くゆする。しかし、困ったことに全くと言っていいほど目覚める気配がない。
「ネムちゃーん、起きて」
「んー、えへへダメですよぉ」
人が必死で起こそうとしているのに、妹ちゃんは寝言でしか答えてくれない。これが試合だったならどれだけ心強いことか。
「んー、このまま先輩が頭をなでながら耳元で『愛してるよ』なんて言ってくれたら起きるかもしれないなぁ……」
いや待て。これはわざとだろ。心なしか妹ちゃんの顔がにやけてるように見えるし。
「起きてるなら行くぞー」
「うわ、ちょ……何するんですか!」
耳たぶを軽く引っ張ってやると、妹ちゃんは飛び起きた。やっぱり黒だった。
「貴様ぁ! 部長の妹に何をしたぁ!」
「うぅ、ひどいですよぉ……こんな乱暴に」
「ほう? 試合前に永遠の眠りにつきたいようだな」
「いやちょっと待て」
誤解を生ませる妹ちゃんも妹ちゃんだが、すぐに信用する側近君もたいがいじゃないだろうか。
「まぁ、ネムのことは風太君に責任を取ってもらうとして……」
「あの、さらっととんでもないこと言ってません?」
「二回戦、張り切っていこー」
「「おー!!」」
俺の問いに答えが返ってくることはなかった。
……ちなみに、やけに張り切る二人とともに試合に臨み完敗したことはまた別のお話。
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