第27話 朝比奈高のターン
「それじゃ、先攻はあたしからね!」
意気揚々と、水瀬さんが俺に近づいてくる。その手には、かなり高そうなヘッドフォンがあった。
「これを着けなさい」
「はぁ……」
反抗しても仕方がないので、おとなしく装着する。驚くほど耳にフィットするイヤーパッドに感心していると、ヘッドフォンから聞きなれた音声が聞こえてきた。
「どう? 玲の催眠導入は。これでもASMR界のトップに君臨し続けている子よ!」
「まぁ、少し大げさではありますが。それなりに自信はあるつもりです」
そう、秋野さんの音声だ。しかもまだ俺が聞いたことのない作品である。初めは聞こえてきた周囲からの声が、だんだんと遠ざかっていく。作品の世界観に没入していくのがわかる。これは、もう……。
『そろそろ寝ましたか? 桜庭さん』
落ちかけた意識が覚醒する。飛び起きると、秋野さんが必死に笑いをこらえている姿が目に映った。
「ど、どうしたの!?」
「い、いや。名前……」
「名前?」
どうやら水瀬さんは知らないらしい。
「玲さん……グッジョブ」
「ふふ、結華さんがいてくれて助かりましたよ」
話が見えてこないが、これは二人の仕業であるということは確定っぽい。という大橋さん起きてたのか。
「ちょっと、これはどういうこと!?」
「何、少しばかりいたずらをしてみただけですよ。あ、そちらのデータは後で差し上げます」
いや、データは嬉しいんですけどね? そういう問題なのだろうかこれは。
「えー……ってことは、撮りおろしの非売品ってことです?」
「その通りです。とはいえ、シナリオ自体は結華さんに仕上げていただきましたが」
「いえーい」
大橋さんはアイマスクを取ると誇らしそうな表情を見せた。朝比奈高どうなってんだ。部長以外があまりにも有能すぎない? うちとはまるで正反対じゃないか。
「そんな話聞いてないんだけど!?」
「えぇ、あなたに話せば面倒なことになるのはわかりきっていたので」
部員にも信頼されてないのか。同情しそうになるが、仕方ないといえば仕方ないだろう。未だにキャンキャン抗議する水瀬さんを軽く受け流し、秋野さんは話を続ける。
「で、どうでしたか? 眠れそうでしたか?」
「いや、その……驚きすぎてそれどころじゃ……」
「…………そうですか」
これまで余裕を見せていた秋野さんが初めてたじろいだ顔を見せた。あれがトドメになると思っていたのだろうか。だとしたら、意外とお茶目……なのか?
「ふっ、そこでターンエンドなんじゃないです?」
「くっ……」
やたらと格好つけた妹ちゃんが、秋野さんに詰め寄る。これじゃ反論のしようもないだろう。彼女は何も言い返すことなく、ソファに腰かけた。
「仕方ありませんね。一ターン目はこれで終わってあげましょう」
「あーもう、次はこうはいきませんわよ!」
悪態をつきながらも、朝比奈高のターンが終了した。正直、これがまだまだ続くことを考えると頭が痛くなってきそうだが、ようは俺が眠れればいい話だ。そのためにも部長には後攻ワンキルでも決めてほしいのだが……。
「よーし、それじゃ私たちのターンだね」
周囲に自らの発明品を配置しながら彼女は言った。
……これはダメかもしれない。
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