第26話 地下二層

 しばしの休息を取った俺たちは、再び通路を歩きはじめた。

 この二層は広く、踏破するのはなかなか骨が折れる。

 その分経験が積めるので、中堅クラスの冒険者のいい修行の場となっている。

「なぁ、シュナイザー。この下は三層だろ。どんな場所なんだ?」

 後ろを歩くカイルが問いかけてきた。

「そうだな、かなり手応えがあるぞ。一面氷結していて魔物も強い。体が冷えて動きが鈍り、簡単に命を落としてしまう。防寒着は必須だな」

 俺はカイルに答えた。

「そうか、先に聞いておけば良かった。防寒着を持ってきていないから、今回はここまでだな」

 カイルが笑った。

「まあ、言わなかった俺も悪いな。今回は二層までにしよう。ここは広いから、なかなか遊べるぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうか、楽しみだな。案内は頼んだぞ」

 カイルが笑った。

「それが俺の仕事だ。さて、どう巡るか」

 俺は思案した。

 正規のルートは地上のマップ屋で手に入るが、そこから外れて未知の領域を探すのもいい。

 しかし、カイルたちはこの迷宮は初めてなので、無難に回った方がいいだろう。不要なリスクは避けるべきだ。

「よし、今回は無難にいこう。それでも、十分楽しめる」

 俺は笑った。

「そうか、ガイドのいうことだ。問題ないぞ」

 カイルが笑みを浮かべた。

「うむ。では、正規のルートを辿ろう。罠には気を付けろよ」

 俺は改めて気を引き締め、ゆっくりと進んでいった。

 しばらく進んでいくと、前方から気配を感じ、俺は足を止めた。

「どうした、魔物か?」

 やはり気がついたようで、カイルが心持ち緊張を感じさせる声で、俺に問いかけてきた。

「いや、違うな。魔物特有の気配ではないし、人のしゃべり声が聞こえる。休憩中の他パーティだろう。進もう」

 俺は少し警戒しながら、再び進みはじめた。

 程なく明かりが見えてきて、壁の窪みで一服しているパーティが見えてきた。

「六人か。ガイドは誰だ」

 さらに進んでいくと、一人の赤い腕章をつけた、ちんちくりんのガキが手を振ってきた。

「おーい、シュナイザー。お疲れ」

 ガキことガイドのスコーンが笑った。

「なんだ、お前か。お前はいつもツーマンセルだろ。相棒のビスコッティはどうした?」

 俺が問いかけると、スコーンが笑った。

「うん、トイレ。すぐ帰ってくるよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そうか。どうだ、調子は?」

 俺は笑みを浮かべた。

「問題ないよ。ガイドしているお客さんもベテランだし、私も安心してる」

 スコーンが笑った。

「そうか、ならばいい。カイル、せっかくだから、ここの冒険者たちと交流してみるといい。少し休憩だ」

「分かった。冒険者同士の繋がりは重要だからな。ちょっと雑談するとするか」

 カイルが笑い、お互いのパーティで楽しそうに雑談をはじめた。

 しばらくすると、壁の陰から一人の女性がやってきた。

「あら、シュナイザーさんですね。仕事中ですか?」

 女性ことビスコッティが、小さく笑った。

「うむ、そうだ。無事か?」

「はい、先ほどジャイアントプラントの毒をもらってしまいましたが、解毒薬を飲んだので問題ありません」

 ビスコッティが笑った。

 ジャイアントプラントとはいわゆる歩く植物で、胴体中央部の白い花から毒液をばら撒くという、この階層ではさして珍しくない魔物だ。

「それは難儀だったな。無事でなによりだ。ところで、行きか帰りか?」

 俺はスコーンに尋ねた。

「うん、三層からの帰りだよ。この先は、特に変わった事はなかったな。安心して」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 こういったガイド同士の情報交換も必要だ。

 これで、進むか戻るかの判断材料になる。

「そうか、ならば安心だな。俺がみているから、お前たちもゆっくり休憩するがいい」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かった、ありがとう。ちょうど、足腰がね!」

 スコーンが笑い、ビスコッティと共に床に座り、雑談の輪に交じった。

 しばらくすると、通路の進む先から魔物の気配と重い足音が聞こえてきた。

「オーガが三体だな。ほらよ」

 俺は巨大な火球を放った。

 少し待つと、爆音と熱風が咲き乱れ、魔物の足音と気配が消えた。

 オーガというのは大鬼ともいわれ、その巨体に見合ったかなりタフな魔物なのだが、俺が放ったオリジナルのファイアボールは、大体のものを焼き尽くす威力がある。

 そのぶん、少しばかり魔力の消費が激しいが、今の一撃くらいなら問題ない。

「相変わらず熱いねぇ。まあ、変な魔法作るの趣味だからね。私と同じだ」

 スコーンが笑った。

「変な魔法はお前の方が、バリエーション豊富だろう。なんだ、あのニョロニョロしたアレとか、ボコボコしたアレとか…」

 俺は苦笑した。

「あれは遊びで作った、実用性ゼロの傑作だよ。魔法開発に無駄は必要だ!」

 スコーンが笑った。


 しばしの交換会を終え、俺たちは再び先へと進みはじめた。

「いやー、息抜きになった。三層の話しは面白かったな。次は、ちゃんと装備を調えてからアタックしよう。その時は、また頼む」

 上機嫌でカイルが笑った。

「うむ。オヤジに予約を入れておいてくれ。さて、この先は長い直線だ。楽だが向こうからもお見通しだ。魔物にも魔法を使えるものがいる。逃げ場がないから、油断はするなよ」

 俺はあらかじめ、簡単な防御魔法を使い、パーティを守った。

 少し歩いて件の直線路の入り口でパーティを止め、俺は壁の陰からそっと顔を出して、先の様子を探った。

「…問題はなさそうだな。いつもの『守護者』だけか」

 俺は小さく呟いた。

 守護者とは、その目的は不明だが、この直線路の中程にいる土で出来たクレイゴーレムだ。

 特に変わった動きをするわけでもなく、パワーと重量に任せたパンチや踏みつけ攻撃を繰り出してくるだけだが、コイツは魔法耐性が高い事が特徴で防御力も高い。

 そういうわけで、離れた場所からの魔法攻撃は効果が薄く、どうしても近接戦闘を余儀なくされる相手だ。

「カイル、この先にはゴーレムがいる。コイツは固いし魔法は効かないと思ってくれ。接近してぶん殴ってやるしかない。用意はいいか?」

「ああ、任せろ。久々に暴れてやる」

 カイルが笑みを浮かべ、空間ポケットを開いて武器をハンマーに持ち替えた。

「よし、いくぞ。オススメはカイル中心の物理攻撃戦だ。俺は後方に下がる。あんなもの、爪とぎの役にも立たん」

 俺は笑った。

「分かっている。よし、全員いつものパターンでいくぞ。突っ込め」

 カイルたちが突撃し、俺は最後尾で四本足走行で追いかけた。

 近づいていくと、座ったままだったゴーレムが起動して、行く手を遮るように両手を開いた。

 程なく戦端が開かれ、パーティの全員がそれぞれ役割を分担して、手慣れた様子で戦いはじめた。

「うむ。悪くないな。一応、防御魔法を少し強めにしよう」

 俺は呪文を唱え、元々使っておいた防御魔法に重ねがけして、強めの防御魔法を使った。

「この程度はサービスのお節介だ。あとは、様子をみよう」

 俺は前線から離れた後方で、戦いの様子を見守った。


 ゴーレムがバラバラに砕け、カイルがとどめに核を破壊し、戦闘は無事に終了した。

 死者重傷者なし。アランが回復魔法で全員の手当が終わった。

「おう、シュナイザー。こんなものだ。これで問題ないか?」

 カイルが武器を戦斧に持ち替え、小さく笑みを浮かべた。

「ああ、問題ない。疲れたなら、少し休憩するか?」

 俺が問いかけると、カイルは首を横に振った。

「いや、このまま先に進もう。いくぞ」

「分かった。隊列が整ったら進もう。普段なら、コイツ以外は目立った魔物は出ないはずだ」

 俺は全員の息が整うのを待ち、再び進みはじめた。

「この先に特に変わった気配はない。但し、あまりデカい声は出すなよ。スライムが多数住んでいるエリアだ。刺激で落ちてくる可能性が高いからな」

 俺は行く先を見つめ、ゆっくり進んだ。

「分かった。あれ、面倒だからな」

 カイルが笑った。

「確かに面倒だな。頭から被ったら終わりだ。ああは、なりたくないだろう?」

 微かな気配を感じて行く先を手で示すと、少し先に大量のスライムが山となって通路に落ち、透明の体を透かして見える先には、全滅したパーティの姿があった。

「そうだな。見ていて気分の良いものじゃない。先に進もう」

 カイルが軽く黙祷し、俺たちはさらに進んだ。

 俺たちは見通しのよいメリットやデメリットがある直線路を抜け、再び入り組んだ通路が続く場所に出た。

「よし、ここからはまた入り組んだ通路だ。言っていなかったかどうか忘れたが、この階層は同じ魔物でも少し強い。一層との差はその辺りだな」

 俺は気配を探りつつ、呟くようにカイルに伝えた。

「分かった、気を付けよう」

 カイルが笑みを浮かべた。

「まあ、油断していなければ、お前たちなら問題ないだろう。これでも、まだ二層の入り口のような場所だ。先は長いぞ」

 俺は笑った。

 ゴチャゴチャ入り組んだ通路を、行き止まりを避けながら進んで行くと、小さな明かりが見えてきた。

「うむ。今日もやっているな。カイルたち、腹は減っているか?」

 俺は笑った。

「おいおい、どういう事だ?」

 カイルが不思議そうに聞き返してきた。

「まあ、ここには商魂たくましい奴らがいてな。行けば分かる」

 俺は笑みを浮かべ、一同を先に進めた。

 明かりはだんだん近づいてきて、やがていい匂いが漂ってきた。

「おい、まさか!?」

 カイルが目を剥いた。

「あれ、この匂いは魚介のだし汁ですね。まさかとは思いますが…」

 コックのアリアが、信じられないといった顔をした。

「だから、行けば分かる。場所が場所だけに、シンプルなのに値段が高いのがすねに傷だが、悪くはないぞ」

 俺は笑った。

 そのまま進むと、誰の目にもはっきり分かる、少し大きめの屋台があった。

「二層名物、迷宮うどん一号店だ。せっかくだから、満腹でなければ食っていこう」

 俺は笑った。

「あ、あのよ。この屋台も驚きだが、やっているのは魔物…」

 カイルがポカンとして呟いた。

「ああ、オークだ。気さくなオヤジだぞ」

 俺は笑った。

「いらっしゃい、食っていきな」

 カウンターの向こうにいるオヤジが、ゴツい顔でニコッと笑った。

「うむ。そうしよう。カイルたちも席につけ。素うどんしかないが、美味いぞ。俺はネギ抜きだ」

 俺が促すと、おっかなびっくりという様子で、全員が席についた。

「毎度、ちょっと待ってろ。シュナイザーは、いつも通り冷たいやつな」

 さっそく、オヤジがうどんを茹ではじめた。

 大形種の俺でも椅子では届かないため、俺は無作法にテーブルに飛び乗った。

「この迷宮、マジで気に入ったな。変な事が起きた」

 カイルが笑った。

「はい、他にはないですね。食べた事がないので、コックとして勉強しましょう。

 なにやら緊張しながら、アリアが呟いた。

 ほどなくうどんが茹で上がり、みなの前に丼が並んだ。

 俺の前には冷たい汁のうどんが置かれ、全員がフォークで食べ始めるのをみてから、自分の分に取りかかった。

 汁が冷たいのは、俺が猫舌だからだ。

 こればかりは、直しようがない。

「うん、美味いな。食った事がないメシだ」

 カイルが笑った。

「はい、私も初めてです。どうやって…」

 アリアがカウンターの向こうをのぞき込んだ。

「なんだ、知らないなら作り方を教えるぞ。まずな…」

 オヤジがアリアに教えはじめ、カイルがおかわりを注文した。


 代金を支払い、俺たちは再び二層の通路を歩きはじめた。

 うどん屋から少し進むと通路の分岐点に当たり、俺は正規のルートである右を選んだ。

 左側は未到達領域もあり俺もいってみたかったが、今はあくまでもガイドを優先だ。

 今回は先に決めた通り、俺は安全策を取った。

「うむ。そろそろ魔物が騒ぎはじめたな。少し進むと広間のような場所がある。そこで今夜はテントを張ろう」

 俺の提案に、カイルが頷いた。

「分かった。確かに、手応えのある階層だな」

 カイルが笑った。

「うむ。中堅クラスや上級クラスの冒険者たちも、ここで遊ぶくらいだからな」

 俺は笑みを浮かべた。

 運がいいのか悪いのかは別として、今回は魔物との遭遇が少ない。

 特に問題なく猫の額を少し広くしたような小さな広場に出ると、すでに一つのパーティがテントを張っていた。

「おう、シュナイザー。元気そうだな。今日はここで休みか?」

 人間のガイド。顔なじみのファルクスというガイドが声をかけてきた。

「ああ、これ以上はヤバいからな。隣を使うぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かった。お疲れ」

 ファルクスが自分のパーティに戻り、簡単に俺の紹介をはじめた。

「さて、急いでテントを設営しよう。あそこの隅がいい」

 こういう場合、他パーティとあまり接近しない方がいい。

 ファルクスのパーティから少し離れた場所に陣取り、俺たちは夜営の支度をはじめた。

 手早くテントを張り、食事などをするスペースを確保し、夜を越える準備が終わるまで、さして時間が掛からなかった。

「さてと、準備ができた。みんな、緊張を解そう。さっき、たらふくうどんを食ったおかげで、まだ腹が減らん」

 カイルが笑った。

「さて、念のため結界を張ろうか。見張りの順番はあとで決めよう。今は休め」

 俺は笑みを浮かべ、何度目かの夜営に入ったのだった。

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猫の案内人 NEO @NEO

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