第12話 地下二層。予期しなかった敵

 特に問題はなく、ミントの腕時計で外は明け方であることを確認し、俺たちはそうそうに地下二層を目指すべく、簡単な朝食を摂ってから手早く荷物を片付けた。

「よし、行くぞ。ミント、カイル、ウレリック。この地下一層はいわばトレーニングの場だな。地下二層からが本番だ。力みしない程度に気合いを入れろ」

 俺は笑った。

「はい、分かりました。いよいよですね」

 ミントが楽しそうに笑顔になった。

「油断するなよ。階段を下りると、通称アルデ平原と呼ばれるちょっとした草原がある。ここは草原で一見すると爽やかな場所だが、魔物にとっては絶好の狩り場だからな。さっさと抜けてしまうに限るぞ」

 俺は笑って、再び迷宮探索に戻った。

「ミントたちは、まず見学していてくれ。もっとも、いざとなったらそんな事もいってられないが」

 俺は笑った。

「はい、そうですか…。緊張してきました」

 ミントがパシッと両手で自分の頬を叩き、改めて手に持っている拳銃とサブマシンガンを動作確認を様子だった。

「その緊張はそこそこにな。まあ、これは難しいかもしれん。俺も地下二層は少し怖いくらいだ」

 俺は笑った。

 これは冗談ではなく本当の話しだ。

 だから、まずは一層で訓練してから、二層でもトレーニング、それが終われば三層と続けていくのだ

「ぞれでは行こうか。二層は久しぶりだ」

 アリスが笑った。

「私も久々だよ。みんな、一層だけで、逃げちゃうからさ!」

 パーレットが笑った。

「では、行こう。階段はすぐ先だ」

 俺は笑みを浮かべ、軽く咳払いをして、先頭に立って歩きはじめた。

 特になにもなく階段に到着し、俺は念のために階段を確認した。

「…この擦り傷は魔物だな。この前倒したマンイータが、無理矢理通った痕か」

 俺は鼻を鳴らし、静かに階段を下りはじめた。

 自然と決まった隊列で進むうちに、俺たちは迷宮の中とは思えないほど、緑がよく茂った二層の入り口であるアルデ平原に出た。

 壁や天井にはヒカリゴケの一種が自生していて、ここでは魔法の明かりは不要だった。

「変わったところですね。神秘的です」

 ミントが感心した様子だった。

「まあ、綺麗といえば綺麗だがな。今は魔物三体に狙われている。気を抜いた瞬間に襲いかかってくるぞ。パーレットと見習い二人とアリスが、戦闘に備えて周辺警戒をはじめている。一見すると普通に会話しているのだがな」

 俺は笑った。

「そ、そうなんですか。私には、なにも感じないのですが…」

 ミントが銃を構えようとしたので、俺はそれを止めた。

「それはダメだ。ちょっとでも露骨に武器を抜けば、派手な戦闘になってしまう。警戒していなければ、今頃はワーウルフに襲われていただろうな。四人がそこはかとなく放つ、殺気を感じるか?」

 俺が笑みを浮かべると、ミントがわけが分からないという顔をした。

「え、えっと、どこが…」

 ミントとカイルが辺りを見て、俺は笑った。

「冒険者をやっているからには、経験があるだろう。人でも魔物でもいいのだが、近寄り難い空気を放っている者がいたはずだ。この辺りは勘だが、それが殺気だ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうですか。確かに経験があります。そういう時は、逃げるようにしていました」

 ミントが笑みを浮かべた。

「それは正解だ。下手すると、そこで人生が終わっていたな。油断は大敵だ」

 俺は笑みを浮かべた。

「よし、とにかくここから先に進むに限るな。魔物に囲まれたら面倒だ」

 俺は笑みを浮かべ、一見ヒカリゴケの一種で照らされた幻想的な風景の平原を抜け、狭い通路に入った。

「俺は余裕だが、他のメンツはつらいだろう。速く抜けよう」

 進む前方と上下左右の確認をしながら俺は進んだ。

 程なく俺たちは無事に狭い通路を抜けて、まともな幅の通路にでた。

「今の峡路が罠だ。あそこで魔物に襲われたら、下手すると全滅しかねん。今は留守中なのかもな」

 俺は笑った。

 さて、進もうか」

 俺は一歩踏み出そうとして、途中で足を止めた。

「…罠だ。まだ生きているか、もう死んでいるか分からないが、ここはパーレットに任せよう」

「よし、分かった。サーシャとバイオレットもおいで。これは滅多に出来ないよ!」

 パーレットが弟子二人を連れて、早速罠の検分をはじめた。

 俺は上げていたを足を元に戻し、様子を見守った。

「分かる? これがこうなって…。あっ、この罠はもう死んでるから大丈夫。今は弟子に教えているだけだから!」

 パーレットが笑った。

「そうか。まあ、勉強は大事だな」

 俺は笑った。

「そういう事。ミントたちはまだなの?」

 パーレットが笑みを浮かべた。

「いえ、少し出来ます。ビルヘルム堂の店主さんと合宿をやった時に、特に念入りに教えて頂きました」

 ミントが笑みを浮かべた。

「あのオヤジか。ならもう安心だよ。まあ、罠を見つけるのは経験則だから、そこは慣れだね」

 パーレットが笑った。

「おい、そこが重要だろ。いかに優れた腕をもっていても、発見出来なければ意味がない」

 俺は苦笑した。

「なに、そこはこの老いぼれに任せておけ。昔を思い出すわい」

 ウレリックが笑った。

「まあ、大抵は若い頃は無茶するものだからな。三人でガイドする意味が分かった」

 俺は笑み浮かべた。

 つまり、こうしないとバランスが悪くなってしまう。オヤジが三人でガイドというのも理解できた。

「そうなんです。店主さんに三人セットで採用といわれ、その理由がこれだったんです」

 ミントが苦笑した。

「そういう事か。まあ、オヤジらしいな」

 俺は苦笑した。

「まあ、いい。先に進むぞ。パーレット、罠を教えるのもそこそこにな」

 俺は笑った。


 再び迷宮の奥を目指す歩きを再開し、今のところこれといった事は起きていなかった。

「よし、小休止を取ろう。そろそろ疲れた頃だろう」

 俺は歩みを止め通路の隅に座り、背嚢からチュールを取りだして、ミントに渡した。

「すまん、封が開けられん。噛み破るという方法もあるが、時間が掛かると面倒になってしまうからな」

 俺は笑った。

「はい。それでは、みなさん簡単なおやつ時間にしましょう」

 ミントが笑みを浮かべ、皆それぞれなにかを食いはじめた。

 ミントが封を開けてくれた棒状のパッケージを受け取り、俺は中身をゆっくり絞り出しながら食って、大きく息を吐いた。

 適度な休憩は、不要な緊張を取り除く意味で大事なものだ。

 もっとも、これは調子に乗らないという事が前提だが。

「さて、そろそろ行くか。あまり長居したくはない」

 もうここには用はないと、俺たちは立ち上がって、再び二層の探索をはじめた。

 ここは罠主体で魔物の数は比較的少ないのだが、だからといって油断してはならない。

 しばらく通路を歩いていくと、向かいから冒険者の一団が出口方面に向かって歩いてきた。

「おはよう。大丈夫か?」

 先頭を歩く俺が聞くと、パーティをガイドしている様子の女性が笑みを浮かべた。

「アルファスのアサギリだな。ようやく独り立ちできたようだな」

 俺は笑った。

 アルファスとは、村で一番サービスをしてくれるというガイド屋で、一階は酒場で二階から上は冒険者たちの宿泊施設になっている。

「はい、やっとです。仕事中なので、挨拶はまた今度で」

「分かった。またな」

 俺は頷き、後続の冒険者と挨拶を交わし、そのまま通り過ぎた。

 なぜ挨拶をするのかというと、こちらに敵対する意図はないという事だ。

 ちなみに、『おはようございます』は、出会えばいつでも一緒だ。

「先ほどの冒険者、見限る限り体に傷はもちろん、防具にも傷らしい傷もなかったな。どうやら、魔物も休みのようだ。ここで戦う事がなかったと思えん」

 俺はその異変について考えたが、分からないものは分からないと結論づけた。

「あの、店主さんに聞いたのですが、この迷宮は一定周期で内部の構造が変わるそうです。今回はまさにそれでは?」

 ミントが思案深げに問いかけてきた。

「違うな。もし、今がそんな時期なら、地震や迷宮から漂ってくる悪臭で分かる。俺がここにきていきなり経験したんだ。オヤジがある意味運がいいといってたな」

 俺は笑った。

「そうですか。では、進みましょう。みなさん気をつけて」

 ミントの提案は満場一致で採択された。

「今はまだ午前中です。ゆっくりいきましょう」

 ミントが笑みを浮かべた。


 確かに魔物が目に見えて少ない。

 お馴染みゴブリンや、キマイラという様々な動物を足したような魔物を倒してきたが、その頻度が極めて少ないのだ。

「このフロアになにかあったな。これは勘ではない。今までの経験だ」

 俺は小さく息を吐いた。

 次の瞬間、俺はその場に立ち止まった。

「さすが、鋭いね」

 パーレットがすぐに抜剣して、弟子と共に迎撃体制を整えた。

「うん、これは厄介だな。強烈な力を感じる」

 アリスが持ち前の筋力で、本来なら伏せ撃ちで使われる対物ライフルを腰だめに構えた。

「おい、アリス。それじゃこっちがぶっ壊れちまうぞ」

 アリスはこれでも大丈夫だと分かっていたが、俺は笑った。

「それはない、安心しろ。そんな事より、うちの新人がオロオロしているぞ。さすがにここまで殺気が濃いと、経験が浅いミントたちはどうしていいか分からないだろう」

 アリスが笑みを浮かべた。

「それもそうだな。今回はミント、カイル、ウレリックは、なにもしなくていい。下手に動いて狙われたらシャレにならん」

 俺がオーダーを出すと、三人は身を固めて集まった。

 その三人を簡単な結界魔法で覆うと、俺は一息吐いた。

「よし、いくぞ」

 俺が声を上げると、まるで熟練のベテラン冒険者のように陣形を整えた。

 正面にはアリスとパーレットが並んで立ち、背後を守るのはパーレットの弟子二名、サーシャとバイオレットがそれぞれ魔力調整用の杖を構えた。

「さて、ここは一本道。避けようがないのはお互い様だな。一発ぶち込んでやるか」

 俺はまず結界で防御態勢を整え、続いて特大のファイアボールを放った。

 この魔法、火球がデカくなるほど飛行速度が低下するという欠点があるが、今回のハッタリはこれで十分だろう。

「うぉ、猫が本気になった」

 パーレットとアリスがニヤッと笑みを浮かべた。

「それじゃ、私も…」

 パーレットが呪文を唱え、やはり巨大な火球を放った。

 通路を進んでいった火球は、思いのほか遠くで爆発して、結界で封じていてもそれを貫通して熱と爆風を防いでいるにも関わらず、全身の毛が焼けそうな痛みが走った。

「…手応えがないな。これは、本気で厄介だ」

 俺は思わず牙をむき出しにして、笑みを浮かべた。

「何度も注意しているが、その顔は怖いからやめろ」

 アリスが笑った。

「いいだろ、減るものではあるまい。さてと、どう料理してやるかな」

「…嫌な気配を感じるよ。気を付けて」

 パーレットが眉を潜め、俺たちは小さく息をして呼吸を整えた。

 ややあってから、魔法の明かりの元に現れたのは、全身が黒光りした異形の存在だった。

「なんだ、こいつは?」

 俺は今まで見たことがないその姿に、思わず声を出してしまった。

「これ、中級魔族だよ。ヤバい!」

 パーレットが怒鳴り、俺は反射的に攻撃魔法を放った。

 魔族とは、この世界でたまにいるという、異界からきて度を超して悪さするとされる、謎の生物につけられた総称だ。

 いや、生物といっても肉体はなくただの魂だけがあり、それを生物と呼んでいいかは、議論の余地があるだろうが、今はどうでもいい。

 俺が放った青白いが魔族の体を突き抜いた。

「…この程度ではダメか。といっても、こういう時はこの魂破壊魔法しかない。ひたすら連打するか」

 傷が急速に塞がっていく魔族の様子に、俺は小さく息を吐いた。

「マズい。サーシャ…いや、バイオレット。得意の結界魔法を追加して、サーシャは攻撃魔法で援護射撃!」

 パーレットが叫びサーシャが強烈な電撃を放ったが、全く効いた様子はなかった。

「こら、それじゃダメだって。魂を破壊する魔法だよ。知らないとかいわないよね」

 パーレットが叫び、サーシャが呪文を詠唱した。

 それがバイオレットの呪文と詠唱が重なり、そして先に詠唱が終わったようで、サーシャから青白い光が放たれ、ほぼ同時にバイオレットの結界が発動して、俺の結界の上に展開された。

 ほぼ同時に、敵のパンチが結界にぶち当たり、轟音ともに結界を貫通するかと思うくらいの衝撃が走った。

「この浄化の魔法しか効かん。さすが、中級魔族だな」

 俺は再び浄化の魔法を放ち、サーシャもそれに続いた。

 バイオレットが立て続けに結界を張り、俺とサーシャは唯一効果がある浄化の魔法をひたすら放った。

 その間、中級魔族は結界を殴って、なんとか破ろうとしていたが、幸い魔法を使えるタイプではないようで、そこは一安心した。

「よし、なんとかの一つ覚えだが、かなり効いているな。一気にたたみ込むぞ」

「分かった!」

 俺とサーシャの息が揃い、二人揃って長い呪文の詠唱をはじめた。

 その途中でパリンとガラスが割れるような音が聞こえ、俺が張った結界を破りミントたちが出てきた。

「うむ、浄化の魔法じゃな。少し様子を見よう」

 ウレリック杖を手に、だいぶ弱まった中級魔族を狙った。

「失せろ」

「浄化!」

 俺とサーシャの息がピタリと合い、ただひたすら結界をパンチしていた中級魔族の姿が薄くなった。

「もう少しじゃな。ワシも一発ぶち込んでおこうか」

 ウレリックがニッと笑みを浮かべた。

「おいおい、ウレリック。邪魔になるからやめろ!」

 カイルが怒鳴り声を上げると、ミントがウレリックに飛びかかった。

「自重して下さい!」

「なんじゃつまらんのう。よし、我々は後方を見張ろう」

 ウレリックの笑い事と共に、ミントたちは後方に移動し、手薄になっていた後方警戒についた。

「よし、あと二発もかませば、なんとかなるだろう。サーシャ、いけるか?」

 俺は背後のサーシャに声をかけた。

「うん、大丈夫。でも、この魔法は魔力を使うから、あと一発撃ったらもう限界だと思うよ!」

 かなり疲れた笑みだったが、サーシャは気合いを入れるためか、一つ大きく息を吐いた。

「俺もあと二発が限界だ。よし、いくぞ」

 俺とサーシャが同時に呪文詠唱を開始した。

「お前はこれでも食らってろ」

「浄化!」

 俺とサーシャの魔法が炸裂し、ガラガラと音を立てて砕け、俺たちは無事に魔族を倒した。

「やれやれだな。まさか、こんな場所で中級魔族と遭遇するなど、予想もしていなかった」

 俺は笑った。

 実際、このパーティだから、なんとかなったようなものだ。

 あとは、敵が魔法を使えなかった事だ。これが、運が良かったとしかいえなかった。

「おい、ミント。こうなったら、どう判断する?」

 俺の問いにミントが笑みを浮かべた。

「当然、ここで大休止です。サーシャさんが魔力切れでフラフラしていますし、バイオレットさんも結界を張り続けて消耗してるはずです。シュナイダーさんはいうに及ばずですね。テントを張りましょう」

 ミントが笑みを浮かべた。

「よし、では場所を探そう、通路にテントを張ったら邪魔だからな。少し先の壁にちょうど良くへこみがある。そこでテントを張ろう」

 正直なところ、俺も疲れていたのだが、ここで泊まりも悪くない。

 俺の『見えない結界』を展開する余裕というくらいはある。

 こうして、俺たちは二層での一泊を迎えたのだった。

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