第11話 さらに先へ

 今回は二層が目的地。

 一日空けた方がいいと判断して、俺は準備期間を兼ねて今日は休みを提案した。

 それについてアリスも同意し、ミントたちも異論は挟まなかった。

 昨日迷宮から帰還するまで、ビルヘルム堂は特に変わらぬ営業続けていたようで、ガイドの依頼もあったようだが、全てのガイドが迷宮に入っているので、泣く泣く断ったそうだ。

「まあ、もうちょっとかかるな。アリスは単独で平気だと思うが」

 俺が笑みを浮かべると、アリスが苦笑した。

「明らかに勘が鈍っている。これでは、とても客を連れて地下二層は歩けない。ミントたちより、少し経験を積んでいるだけのガイドだと思ってくれ。過剰な期待はするなよ」

 アリスが笑った。

「あの、二層はそれほどまでに危険ですか?」

 ミントが緊張した様子で問い掛けてきた。

「そうだな。油断すると高確率で命を落とすところだ。ここから先は、ガイドが頼りだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうですか、怖いですね。しかし、だからこそ挑戦する価値があります。もっとも、ガイドが優先だという事は忘れません」

 ミントが笑った。

「やれやれ、この歳になっても、まだワクワクする事があるか。いい流れじゃ」

 ウレリックが笑った。

「そうとなれば、剣の手入れと素振りをしておかなきゃな」

 カイルが笑った。

「よし、出発は明日だ。支度と休息をしてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。


 その翌朝早く、俺たちはまだ薄暗い時間に朝メシを済ませ、ビルヘルム堂のテントからから外に出た。

「よう!」

 そこに、待ち構えていたように、パーレットが見習い二人を連れて笑顔で声をかけてきた。

「なんだ、パーレットか。客も連れずにどうした?」

 俺はパーレットに問いかけた。

「うん、いい加減二人とも卒業かなって。もう、私が教える事はないし、実践経験も積んだしね。私の事だから、また気まぐれで意見が変わらないように、ここらでビシッと!」 パーレットの両脇にいる見習い…サーシャとバイオレットは黄色の腕章を着け、なにやら嬉しそうだった。

「そうか、お前たちもやっとパーレットから卒業できるか」

 俺は笑った。

「卒業はさせないよ。じゃないと、ビルヘルム堂に取られかねないから」

 パーレットが笑った。

「それはないだろう。お前の店はいい感じだからな。さて、俺たちはこれからミントたちのトレーニングだ。一緒に行くか?」

「あっ、それいいね!」

 パーレットが笑った。

「よし。異論はあるか?」

 俺はミントたちとアリスに声をかけた。

「うん、私はいいぞ」

 アリスが笑みを浮かべた。

「私たちも問題ありません」

 次いで、ミントが笑み浮かべた。

「よし、決まったな。また変なパーティになったな」

 俺は笑った。


 迷宮の入り口に着くと、まだ夜を越した冒険たちが勢いよく飛び出してくる時刻ではなかったので、俺たちはそのまま中に入った。

「パーレット、俺たちの目標は地下二層に下りて徐々に慣れてもらう事だ。もう、何度となくやってるだろうから、地下二層から三層に下りるなら、そっちはそっちで動いていいぞ」

 俺の言葉に、パーレットが首を横に振った。

「地下二層でいいよ。かなり教えたんだけど、まだ完全かつ正確にマッピング出来ないんだよ。これ、何回も迷宮に入ったところで、ダメな人はダメだからね。でも、この二人は大丈夫だね。地下一層のマッピングは問題ないから。あと、サーシャは戦闘が苦手でね。魔法が得意なんだけど、いざとなるとヤケクソみないな大破壊力魔法をぶっ放しちゃう癖があって、ちょっと怖い!」

 パーレットが笑った。

「それ、いわないで!」

 サーシャが声を上げた。

「おっ、どけ!」

 俺が声を上げると皆が一斉に飛び退き、残った俺は口早に呪文を唱え攻撃魔法を天井に向けて放った。

 俺が放った火球が天井を襲い、まさに滴下しようとしたスライムが燃え尽きた。

「まあ、これは全体にいえる事だが、度を超した大声は出さないようにな」

 俺は笑った。

「これは猫に負けたな。私はスライムの存在すら感じ取れなかったぞ」

 アリスが苦笑した。

「それは、かなり鈍っているぞ。まあ、そのうち取り戻せるだろう」

 俺は小さく笑った。

「だといいがな。ミント、カイル、ウレリック。これがいい例で、今の私はポンコツだ。猫の指示に従え」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、分かりました」

 ミントが笑みを浮かべた。

「うむ、お主からはただならぬ気配を感じる。かなりの名手じゃな」

 ウレリックが笑った。

「だといいがな。さて、そろそろ進まないと、脱出組の大群に圧されるぞ。広場まで急ごう」

 アリスが笑みを浮かべた。

 実際、全くもってその通りで、あんなものに巻き込まれたら、進むどころか出入り口まで戻されて放り出されてしまうだろう。

 俺は小さく笑った。


 この地下一層には、便利な通路がいくつもある。

 普段使うのは、勝手に『中央通路』と呼んでいるもので、地下一層のメイン通路だが、今まで何度か使った『超快速通路』という、急いでいるときに使うルートなどがあるが、今回は『バイパス通路』を使うことにした。

 これは、中央通路が何らかの理由で通れなかったり、混雑を避けるために利用されていた。

「さて、ミント。バイパス通路の入り口はどこだ?」

 俺はテストも兼ねて、いきなりミントに問いかけた。

「はい、あと五分ほど進んで、向かって右がバイパス通路の入り口です」

 ミントが笑みを浮かべた。

「正解。結構仕上がっているじゃん!」

 パーレットが笑った。

「まあ、マッピングの仕方とマップ作成の技術は教えた。それが活かされているようでよかった」

 俺は笑みを浮かべた。

「俺とウレリックはミントが冒険者の道を選んだ時に、すでに冒険ごっこをして遊んでいたからな。その頃と比較すれば、段違いに冒険者っぽくなった」

 カイルが笑った。

「そうか、お転婆だったのか。まあ、そうでもなかったら、冒険などしないだろう」

 俺は笑った。


 中央通路を少し進みバイパス通路に入ると、俺たちは魔物と罠に気をつけてゆっくり進んだ。

 ちなみに、先頭は見習いから一人前で大丈夫なのか試されているパーレットの一隊で、俺はまだミントたちがその段階に達していないので、その後に続く形で折りを見ながら質問する形を取っていた。

「ミント、時間は?」

 俺はミントに問いかけた。

「えっと、午前五時です」

 ミントがすぐに答えていた。

「そうか。もし、あのまま中央通路を歩いていたら、今頃は揉みくちゃにされていたな。地下一層に関しては、タイミングは重要だ」

 俺は笑った。

 当然ながら、バイパス通路を使って外に向かうパーティもいたが、こちらは若干遠回りの上に、この先に続く反対側の出入り口はわかりにくいので、まだ間もないガイドは知らない場合がある。

 途中、五人ずつのパーティとすれ違ったが、お互いがおはようの挨拶をして、そのまますれ違った。

 今の時間帯は、夜中暴れた魔物たちが寝る準備をしている頃合いだ。

 例え魔物に遭遇しても、あまり恐れを抱く時間ではなかった。

「あっ…」

 先頭をいくサーシャが、短く声を上げた。

「おっと、出たな」

 俺はニヤッと笑みを浮かべ、戦うなと全員に伝えた。

 そのうちに気配はだんだん近づいてきて、魔法の明かりの下に現れたのは、カジュアルな服装を着こなした、二足歩行の犬とでもいうべきコボルトだった。

「なんだ、お前か。三層の魔物が一層に出たり、迷宮がちょっとおかしな事になっているから、調査していたんだ。今のところ、目立った異常はないよ。D-3地区で冒険者同士の諍いがあって、死傷者が出たというのがニュースだけど、この迷宮ではよくある話しだね」

 コボルト…迷宮屋という名の仕事をやっている、俺たちにとっては貴重な情報を提供してくれる貴重な存在だった。

「分かった。ミント、銀貨三枚を支払ってくれ。もし、これが本番ならガイドが支払っておいて、あとで客に経費を請求するんだ。ちゃんと領収書を受け取るんだぞ」

「はい、分かりました。これが代金です」

 俺の言葉を素直に受け取め、ミントが銀貨三枚を差し出しコボルトがそれを受け取った。

「うん、確かに受け取ったよ。これが領収書。猫のパーティは払いがいいから好きだよ」

 コボルトは笑みを浮かべ、俺たちと反対方向に向かって歩いていった。

「さて、いこう。地下二層の階段までは、まだ距離がある。パーレット、先頭は見習い二人に任せて、ミントにマッピングを教えてやってくれ。出来るか?」

 俺が問いかけると、パーレットが笑った。

「まあ、基礎はアホほどぶち込んであるからね。実践訓練だぞ。私たちを引っ張っていけ!」

 パーレットが笑うと、サーシャとバイオレットはキリッと顔を引き締めた。

「分かった、やってみる」

「はい、頑張ります」

 サーシャとバイオレットがパーレットに返し、俺たち一行は順調に通路を進んでいった。


 バイパス通路も終わりに近づき、ここではなにも起きないだろうと思った時、迷宮全体を揺るがすような爆音と振動が襲いかかってきた。

「どこの馬鹿だ。迷宮内だと忘れたか」

 俺は思わず舌打ちした。

「あの爆音は近かったから、この先で戦闘かもしれないよ。ゆっくり行こう!」

 サーシャが声を上げ、俺たちは歩く速度を落として進んだ。

 そのまま慎重に進むことしばし。

 バイパス通路から中央通路に通路に戻ると、そこで激しい戦いの痕跡が見られた。

 双方ともに姿はなかったのでお互いに逃げたようだが、俺は慎重に辺りを見回した。

「…大丈夫だな。ミントたちにいっておくが、こういった戦闘のあとで魔物が残っていれば、興奮して襲いかかってくる可能性が高い。そういう場面に遭ったら、前後左右確認するのは当たり前だが、頭上の確認も忘れるな。飛べる魔物も結構多いからな」

 俺は小さく息を吐いた。

「よし、先に進もう。ここにいても意味がない!」

 パーレットが笑い、俺たちはひとまずの目標で広場を目指して進んだ。

「まぁ、意味はないな。先を急ごうか」

 俺は床や壁に残されている痕跡を確認し、そのまま進んだ。

 残されていたのは巨大な爆発痕だけで、その他の情報を得られなかったからだ。

「誰かが派手な魔法を使ったか、あるいは逆か。いずれにしても、あの爆音の正体は分かったな」

 アリスが笑った。

「おいおい、笑い事じゃないぞ。まあ、お前は慣れっこだろうが」

 俺は苦笑した。

 最低限の警戒をしながら通路を進み、ところどころでいつも通り無力化された罠を再利用した、よくある迷宮強盗の仕掛けをサーシャとバイオレットが手際よく再利用できないように、徹底的に破壊しながら歩いていった。

「なるほど、なかなかの手際だな。さすが、パーレットが数年間も勉強させただけの事はある。ミントたちは、もう少し経験を積んでからだ。最低限、地下三層を歩ける事。その課題をクリア出来ないと、ガイドとしては役立たずといわれても、文句はいえないぞ」

 俺は笑みを浮かべた。


 特に魔物の迷宮内の広場に着くと、俺はミントに時間を尋ねた。

「はい…。えっ、一八時!?」

 ミントの声が裏返った。

 パーレットがミントにマッピングしながら、行き止まりと分かっている枝道も回っていたので時間がかかり、昼メシ抜きどころか、ここらで夜の準備をしないとマズい時間だった。

「さて、ミント。判断は?」

 アリスが笑みを浮かべた。

「はい、この先は危険なので、ここで一泊します」

 ミントが即答した。

「そうだな、それが得策だ。しかし、客がごねたらどうする?」

 アリスがミントを虐めた。

「おいおい、相手は俺じゃないんだ。手加減しておけよ」

 俺は笑った。

「はい、だったらこうします」

 ミントはサブマシンガンの銃口を天井に向けて、いきなり発砲した。

「はい、これで反対の方は?」

 ミントが笑みを浮かべた。

「うむ、合格だ。これはやった事がないな。今度やってみよう」

 アリスが笑った。

「間違って客を撃つなよ。さて、先ほどのミントが撃った弾が命中したようだ。落ちてきたキラーバットが、仕込み中の鍋に突入したようだな。あっちで大騒ぎになっているぞ」

 俺は笑った。

「えっ、それは大変な事を…」

 ミントが肩を落とした。

「いいんだ。前もいった気がするが、迷宮の中でメシを作る時は、手早く調理したらすぐに片付けてテントに引っ込む。そうでないと、この前みたいに食堂になってしまうし、こういうアクシデントもおきる。それはいいとして、ここで泊まるか進むか決めてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「あっ、はい。ここで一泊です。これ以上進んでしまうと、野営の場所に困ってしまいます」

 ミントが笑みを浮かべた。

「よし、今日はここで一泊だ。サーシャもバイオレットも、そろそろ神経が疲れているだろうしな」

 俺は笑った。

「はい、かなり疲れています」

 バイオレットが苦笑した。

「なんだ、こうなんか丸っこく…。とにかく、休息でよかった!」

 サーシャが疲れた笑みを浮かべた。

「なーに、もうへたばったの。まだ見習いかなぁ」

 パーレットが笑った。

「そういうな。弟子として、パーレットの後ろにくっついて歩くのとはわけが違うんだ」

 俺は笑った。

「分かってるよ。そうでなきゃ、最初から卒業試験なんてやらないよ!」

 パーレットが爆笑した。

「…おっと」

 パーレットの発した大声で、また落ちてきたスライムを俺は焼き払った」

「あのな、ベテランがそれでどうする」

 俺は苦笑した。


 ここで野営一泊としたことで、俺たちとパーレットたちは隣同士でテントを張り、野外コンロを駆使して、サーシャとバイオレットがなにか炒め物をテキパキ作りはじめ、ミントもまた手早く料理をはじめた。

「豆とソーセージのトマトスープです。お口に合えばいいのですが…」

 ミントが笑みを浮かべ、テントの床に敷いてあった鍋敷きに鍋を置いた。

「美味そうだな。俺はいつもの猫缶だ」

 俺は笑った。

 ミントがプルトップを開けてくれた猫缶の中身を食ったあと、俺は一度テントから出てパーレットのテントに向かった。

「おい、入るぞ」

 一応断ってから、俺はテントに入った。

 中にはパーレット、サーシャ、バイオレットがそれぞれ荷物を下ろし、寝袋を準備していた。

「おっ、猫。どうした?」

 パーレットが笑った。

「ああ、外出の用事がなかったら、結界を張ろうと思ってな。大丈夫か?」

「外出の予定はないよ。噂の変な結界か!」

 パーレットが笑った。

「確かに変な結界だな。よし、かかるぞ」

 俺は呪文を唱え、青白い光が俺たちやパーレットのテントを、前に使った限りなく見えない結界で被った。

「これで問題ない。それじゃ明日な」

 俺は笑みを浮かべてパーレットのテントから出て、自分のテントに戻った。

 ミントが持っていたテントは四人用なので、アリスが入ったので定員一杯になった。

「おっ、帰ってきたな。テントを狭くしてしまって申し訳ないな」

 アリスが苦笑した。

「俺は猫だから、ちょっとした隙間があれば十分だ。少し早めだが、明日は地下二層に向かう。今のうちに、ゆっくり休んでくれ」

 俺は笑みを浮かべたのだった。

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