第13話 休息

 俺たちがテントを張った場所は、まだ地下二層の入り口といったところ。

 予期せず中級魔族に遭遇したが、魔法を使わない変わり種だったため、幸い死者や怪我人を出す事はなかった。

 まだ早いといえば早いが、それ相応に疲弊していた事もあり、ここでゆっくりと休むと決定したミントの判断は正しかった。

「うむ、的確な判断だな。オヤジに倣って経験を積んだようだ」

 俺は笑みを浮かべた。

 余裕がない魔力を精一杯使って、バイオレットが結界を張り、俺のお得意の見えない結界を包み隠すようにその上に展開して一泊の準備ができた。

「よし、ここでミント、カイル、ウレリックに課題をだそう。交代しながら見張りをやって欲しい。誰がきても見えないし、必要ないといえばないのだが、これも訓練だ。いつでも俺がいて、この見えない結界を張れるわけではないからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。みなさんが寝るタイミンではじめます」

 ミントが笑みを浮かべた。

「見張りか。何十年ぶりかの」

 ウレリックが目を細めて、通路の天井を見つめた。

「またこれだ。本当に食えねぇ爺さんだ」

 カイルが笑った。


 適度に運動しながら時間を過ごし、時折ミントが腕時計を確認しては、短く時間を告げてきた。

 今日は明け方頃に活動を開始して、時刻はちょうど昼頃。

 まだ休むには早かったが、派手に魔法を使ったので俺もそこそこ疲れたが、結界を張り続けたバイオレットとサーシャは疲労困憊で、ずっと床にひっくり返っていた。

「シュナイザーさん、この様子だと本当にここまでですね。今日進むのは諦めましょう。無理は禁物です」

 ミントが笑みを浮かべた。

「お前がそう判断したなら、俺たちは従うぞ。時間がちょうどいい。昼メシでも食うか」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、準備します。シュナイザーさんは、例によって猫缶ですね」

 ミントが笑った。

「その通りだ。サーシャとバイオレットがあれだ。冷めても美味いものを頼む」

 俺は笑った。

「甘い!!!」

 にやけたパーレットが笑った。

「おいおい、弟子なんだろ。少しは労ってやれ」

 俺は苦笑した。

「だって、最悪の場合は魔物の肉でもなんでも食え。焼けば平気だって教えているもん。まあ、食わせた事ないけど私はある!」

 パーレットが笑った。

「全くお前は…。さて、これが終わったら卒業だったか?」

「うん、一応そう考えているよ。さすがに、これ以上は可哀想だから」

 パーレットが笑みを浮かべた。

「長過ぎだ。それこそ、過保護だぞ」

 俺は笑った。


 まずは動ける者だけで昼メシを済ませ、念のためまだ唸っているバイオレットとサーシャを診た。

「うむ…。バイオレットはもう少し横になっていれば大丈夫だろう。問題がサーシャだ。俺がけしかけた分もあるが、二人でないと押しのけられなかったからな。このままでは危険かもしれん。俺も余裕はないが、とりあえず気絶するほど消耗はしていないからな。パーレット、ブーストしてくれ」

 俺は荒い呼吸をしているサーシャの腹に手を乗せた。

「あいよ、ブースト!」

 パーレットの声と共に俺の体が光り、そのまま俺の増大した魔力をサーシャにぶち込むと、その体がビクッと動き、凄まじい速さで飛び上がり床に落ちた。

「相変わらず、凄まじい魔力だこと!」

 パーレットが笑った。

「おいおい、気合い入れてフルブーストしやがって。俺が死ぬぞ」

 俺は苦笑した。

 ブ-ストとは、その名の通り魔力を一時的に高める魔法だ。

 自分自身でも可能だが、ブースト中は隙が出来るので、こうやって他人にやってもらうのが常だ。

「この程度は、猫なら大丈夫でしょ!」

 パーレットが笑った。

「その根拠はなんだ…。まあ、お前にいっても無駄だな。使い切れなかった魔力が残っている。少しは楽になるように、バイオレットにもやっておこう」

 俺はサーシャの隣で寝込んでいたバイオレットの腹に手をあて、魔力を注入した。

 ちなみに、これは『魔力譲渡』というれっきとした魔法だ。

 俺が魔力譲渡すると、バイオレットが痙攣を起こし、そのままスヤスヤと眠った。

「よし、バイオレットはこれで大丈夫だ。寝起きの筋肉痛までは責任は取れんがな。サーシャは様子見だ。今のところは問題ないが、パーレットの弟子だ。お前が面倒見ろ。最悪の状態は回避したぞ」

 俺は笑った。


 横になっていたバイオレットとサーシャ二人のうち、最初に起きたのはバイオレットだった。

「あっ…いたた!?」

 立ち上がろうとしたバイオレットが、そのまま倒れた。

「あっ、起きた。それはあの猫が魔力譲渡をやったから、その後の筋肉痛だよ。ここで回復魔法なんかで治したらダメだよ。一気に魔力が枯渇しちゃうから!」

 パーレットが笑った。

「そ、それで…。シュナイザーさん、ありがとうございます」

 バイオレットが笑みを浮かべ、そのまま床に寝転がってしまった。

「程度にもよるが、早ければ三十分ほどで立てる程度には回復するだろう。問題は隣のサーシャだ。かなり消耗していたからな。筋肉痛で飛び起きるかもしれん。パーレット、覚悟はできているな?」

 俺はパーレットをみた。

「大丈夫。動けないように縛って転がしてある。様子を見ているから、安心して。さてと、悲鳴で魔物どもが集まると厄介だから、サイレントもかけておこう」

「一応やっておくか」

 俺は笑みを浮かべ、素早く呪文を唱えた。

 すると、サーシャの体が青白く光った。

 サイレントというのは、対象の声を一時的に出せなくする魔法だ。

「よし、そっちは任せた。ちゃんと丁寧に扱うんだぞ。まあ、俺がいうまでもないか」

 俺はパーレットが真顔でサーシャの体を抱き、様子を伺っている姿をみて満足した。

「さて、ミント。今の時刻はどれくらいだ」

 俺はミントに聞いた。

「はい、大体十五時くらいです。どうしました?」

 ミントが笑みを浮かべた。

「そうか…。少し休むか。俺も疲れているからな」

 俺はその場の床に転がり、静かに目を閉じた。


 俺が起きた時、時刻は夕方から夜にさしかかった頃合いだった。

「かなり寝てしまったな。まあ、どのみち今日はここで一泊だから問題ない。おっ、バイオレットとサーシャ、二人も無事だったか」

 俺は笑みを浮かべた。

 二人とも無事回復したようで、野営の準備を手伝っていた。

「おい、パーレット。大丈夫だったか?」

 俺はそのボコボコの顔をみて、思わず大笑いしてしまった。

「あのね…。サーシャが寝起き様に縄を引きちぎって、まるで狂戦士みたいな勢いで暴れたんだよ。被害者は私だけ。全く、バカ弟子が」

 パーレットが肩を下げて嘆息し、いきなりテンションを上げた。

「どうだ、私の弟子は頑丈だろ!」

「落ち着け、傷の手当てをしてやる」

 俺は呪文を唱えて回復魔法を使うと、パーレットの傷が治った。

「やれやれ…」

 俺は笑った。


 程よいタイミングで晩メシを済ませた俺たちは、適当に時間を潰していた。

 俺は自慢の尻尾を丁寧にグルーミングして、熱心に魔法書を読みながら勉強中のミントに声をかけた。

「ミント、目の色を変えてどうした?」

「はい、私は魂破壊系の魔法が使えないので、勉強していました。奥が深いですね」

 ミントが笑みを浮かべた。

「だろうな。俺もまだまだだ。分からない事があれば、サーシャやバイオレットに聞くといい。この二人なら、質問に答えてくれるだろう」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうですか。では、さっそく…」

 ミントが床に座って談笑していた、サーシャとバイオレットに近づいていった」

「さて、アリス。久々はどうだ?」

 俺は笑った。

「うん、私がこの程度でどうこうなるわけがないだろう。まあ、中級魔族にはさすがに驚いたが」

 アリスが笑った。

「まあ、お前も魔法を使えるようにしておけ。魔族が出たら、逃げるか魔法で戦うかだ」

「甘いな。私はしがないガイドだ。そういうのは客の責任だな」

 アリスが笑った。

「まあそうだが、お前自身だけではなく客のためでもあるぞ。こんな迷宮内で、いきなりガイドを失ったらどうなるか分かるだろう。だから、仕事中は倒れる事が許されない。これこそ、ガイドだろ。うだうだいってないで、あの輪に加わって、少しは魔法に触れておけ」

 俺は笑みを浮かべた。

「それもそうだな。分かった、聞くだけ聞いておこう」

 アリスが笑い、魔法チームの一員に加わった。

「どれ、ワシもいこう。だてに年を食っておらん。若いのに教える事は山ほどある」

 ウレリックが笑って、魔法チームの先生をはじめた。

「なんだか盛況だな。パーレットは相変わらず、マッピング情報の整理か」

「そうだよ。大事なのはこれ!」

 パーレットが笑い、床に山にした紙をペラペラ読みながら、クリップボードの紙に書き込みをしていた。

「あとは、カイルが素振り中か。剣術は分からんから、俺がなにかいう事はないな」

 俺は笑みを浮かべ、再び床の上に丸くなった。


 時間は過ぎて深夜頃、迷宮内はとっくに夜になり、地下二層に魔物の声や悲鳴じみた声が響くようになった。

 同じ夜でもここは地下一層とは違って、より強力な魔物が跳梁跋扈する場所だ。

 狭苦しく感じるような、頼もしいように感じるかという環境だったが、今は結界の外に出ない方がいいだろう。

「さて、そろそろ本格的に睡眠を取ろう。予定通り、ミント、カイル、ウレリックが交代で見張りに立ってくれ。アリス、今日はちゃんと寝ろよ」

 俺は笑った。

 アリスは仕事熱心にも程があり、単独でガイドするという事もあって、一度迷宮に入れば、せいぜいウトウトする程度で、ずっと見張りをする習慣があることを知っている。

 それこそ、ガイドしている客の責任なのだが、それはともかく、迷宮内でゆっくり寝る事を知らないのだ。

「そうだな。やった事はないが、善処しよう。ダメなら、同じく見張りに立つ。これも、教える事があるぞ」

 アリスが笑った。

「全く、あまり無理するなよといっても、お前にはかえって逆効果だな。明日は、イレギュラーがなければ、みっちりこのフロアで訓練だぞ。それを考えてくれ」

 俺は笑って、ポケットに入っているマタタビ酒を一口飲んだ。

「シュナイザーさん、見張りの分担が決まりました。みなさんがそろそろ休むという事なので、さっそくはじめます」

 ミントが笑みを浮かべた。

「そうか、なら俺は床で寝よう。テント内を少しでも広くした方がいいからな」

 俺は笑みを浮かべた。

 実際は、ガイド時に備えて、ミントが持っている四人用とパーレットが持ってきた六人用のテントがあり、全員が入っても余裕があるのだが、これはこっそり三人の見張り方を採点するためだった。

「よし、いいだろう。迷宮内でテントに入るのは初めてだな」

 アリスが苦笑してテントに入り、パーレットとサーシャ、バイオレットもテントに入った。

「さて、野営のはじまりだな。また、ややこしいヤツが出なければいいが」

 俺は苦笑して、そっと目を閉じ、瞼を時々開けて周囲の確認をしながら、最初に見張りに立ったミントを見守る事にしたのだった。

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