第6話 迷宮より忙しいかもしれんな
時間が過ぎて早朝から朝になり、オヤジが閉じていてた正面の布をあけ、これで正常な営業状態になった。
身柄を預かっていた十人も警備隊が荷馬車に乗せて、一番近い街道パトロールの詰め所に預けると決まったようだ。
救出された十人が全ての布団を畳んで、俺とパーレット、アリスに感謝の言葉を述べながら、店の前で待機中の大型馬車に乗り込んでゆっくり発車していった。
「…おい、馬車の御者。俺の記憶では、みた事がない。警備隊の制服は着ていたがな」
俺はパーレットとアリスに確認した。
「確かに。新人かと思っていたが、お前がいうならどうも違うようだな」
アリスが呟いた。
「ただの勘だがな。しかし、これが外れた事はない。追うぞ、お前たちは馬か馬車でついてこい。ミントたちは、オヤジの説教を聞いてやってくれ」
いうが早く、俺は久々に四足歩行で一気に加速した。
一頭立ての馬車は重すぎて、足がかなり遅い。
すぐさま追いつくと、俺は十人和やかに談笑していた荷台に飛び乗り、素早く御者台に飛び乗った。
「うわ、なんだ!?」
この反応で、御者は偽物の警備隊員であることが分かった。
「なに、警備隊長からの依頼だ。街道パトロールの詰め所まで同乗するぞ」
さて、こう出ればどう出るでるか。
俺は半ば楽しんだ。
「いや、その、一人で十分だ。帰って、そう報告してくれ」
御者の馬鹿野郎はみていて笑えるくらい、明確に動揺していた。
「なんだ、俺が同行したら不都合があるのか?」
「い、いや、そんな事はないが…」
「なら、このままでも問題ないだろう。追って、護衛の馬もくる。安全第一だからな」
俺が笑った時、馬に乗ったアリスが馬車の左側面。パーレットが右側面。
「やっときたか。これで安心だな」
俺は笑った。
「…クソ!」
御者が馬車を急停車させ、飛び降りたところをアリスとパーレットが馬で追って、きっちり捕縛した。
まあ、簡単な話しなのだが、捕縛した男は人買いの一味で、ちゃっかり警備隊に紛れ込んで、『商品』を奪い返しにきたのだろう。
「他にも潜んでいるだろうな。警備隊を使って掃除してもらおうか。今回は警備隊のミスだ。嫌とはいわせん」
俺は笑った。
その後はなにもなく、馬をパーレットに預けたアリスが荷馬車を引き、街道パトロールの詰め所に十人を預かってもらった。
そのまま村に戻り、大騒ぎになっていた警備隊本部に嫌みたらしく事の次第を説明した。
これでやる事はやったので、馬を返しにいったアリスとパーレットに手を振って謝意を伝え、俺はビルヘルム堂に戻った。
「あっ、シュナイザーさん。大丈夫でしたか?」
ラグが近寄ってきて、笑みを浮かべた。
「ああ、問題ない。そういえば、ミントたちがいないな。どこにいったか分かるか?」
俺はなにもないテント内を見回した。
「お前の時もやっただろう。新人の挨拶回りだ。今のうちにいっておくが、あの三人はバラバラにしたらダメだ。試しにやってみたのだが、いきなりバランスがおかしくなって、とてもガイドとして使えない。逆に三人にしてみたら、まるで別人のようにパフォーマンスがよくなる。ガイド料金がちょっと高くなってしまうが、仕事の時は三人で出す事にした。金貨二枚でな。まあ、まだ客を任せられるレベルではないが」
カウンターの椅子に座ったオヤジが笑った。
「すいません、この布団はどうしますか?」
ラグがオヤジに問いかけた。
「そうだな。外に干して乾かしてからと思っていたんだが、干す場所がないな。お隣は屋上に干せる場所があるから、迷惑料を払ってこのまま返そう」
オヤジが笑った。
「まあ、それしかないだろう。それはそうと、ラグの部屋を作ってやれ。まだ予備テントはあるだろう」
俺は笑みを浮かべた。
「それでは、完成するまで俺が店番をやる。ラグ、ちょっとみてろ」
俺が椅子に座るとちょうどよく、近所の店に入った新入りのアザミがやってきた。
「おはようございます。開いていてよかったです。恐らく困りごとがあるから、様子を見てこいと…」
アザミが笑みを浮かべた。
「困りごと…。まあ、強いて言うなら借り物の布団をどうするかだな。干すにしても場所がない」
俺は苦笑した。
「そうですか、分かりました。さっそく店長に報告してきます!」
アザミが笑って自分の店に戻っていった。
「ラグ、アザミが客だとして、どう判断する。紙の色の意味は話したよな?」
俺は笑みを浮かべた。
「はい…。寝ぼけていたのですが、えっと…」
ラグが困ったような顔をして、悩んでいるようだったが、薄赤い紙を取った。
「これかと…」
「やはりな。しかし、俺だったら黄色を選ぶ。ああみえて戦闘経験が豊富なんだ。だから、しっかりしたガイドをつけろという感じだな。これを仕草やちょっと見せる気配にで読み取るんだ。これを、見ず知らずの者ものを相手を相手にやる。物好きなソロでもない限りパーティを組んで行動しているから、そのバランスも考えなくてはな。それを一瞬で判断するのだ。だから、オヤジじゃないと上手く出来ない。俺もまだまだだな」
俺が苦笑すると、オヤジが戻ってきた。
「ラグ、出来たぞ。一人用の小型テントだが、部屋がないよりはマシだろう」
「えっ、本当に!?」
帰ってきたオヤジが笑みを浮かべ、ラグが外へと出ていった。
「オヤジ、この店もずいぶん活気が出てきたな。いい事だ」
俺は笑った。
「ミント、カイル、ウレリックの給料は一纏めで月の最低保証金貨一枚と銀貨十枚だぞ。割に合わない仕事だが、三人とも反対はなかった。内勤のラグは、日払いで銀貨三枚だな。これは、あとで本人に話す」
オヤジが頷いた。
「まあ、儲けを考えれば頑張ったな。これで、オヤジも退屈はしなだろう」
「そうだな、暇つぶし相手が出来たのはいい事だな」
オヤジが笑った。
しばらくオヤジと、どうでもいい話しをしていると、先ほど自分の店に帰ったアザミがやってきた。
「お店の女将が、布団をこのままもらっちゃいなよといっていましたが…」
「なんだ、俺の留守中にきたのか?」
オヤジが笑った。
「いや、ついさっきだ。困った事はないかという用事だったので、布団をどうすればいいものかと相談してみた結果がこれだ。まあ、直接隣に聞いた方が早いのだがな」
「そうなんだが、今日は定休日で留守番しかいないだろう。まあ、明日確認しよう」
オヤジが笑った。
しばらくオヤジと話していると、ミントたちが帰ってきた。
「はぁ、疲れました。この店はかなり重要なんですね」
ミントが笑みを浮かべた。
「まあ、ここが紹介しないと、どこの店も相手しないからな」
俺は笑った。
「よし、三人とも十分に休んでからで構わん。俺を客としてガイドしてみようか。一層だけで構わん」
俺は笑みを浮かべた。
「え、えっと…一番怖いお客さんですね」
ミントが引きつった笑みを浮かべた。
「なにが怖い。ただの風変わりな猫だぞ」
俺は笑った。
「店主の荒修行に続けて、今度はベテランの評価か。これは、持病の腰がなどといっている場合ではないな。無論、腰痛持ちではない。冗談じゃ」
ウレリックが笑った。
「では、三日後にしましょう。この村をみたいですし」
ミントが笑った。
「分かった、三日後だな。ここで、客がゴネたらどうする…おい、三日も待たせるのかよ。早くしろ!」
「ああ、そういう…。お客様、落ち着いてください。お飲み物をお持ちしますので」
ミントが笑顔で対応した。
「なるほどな、笑顔は大事だぞ。こういう時に、武器を出すようなバカがいたら、地上では店から放り出す、迷宮なら見捨てて地上に戻る。それでいいぞ。カイルとウレリックはミントの様子をみながらフォローしてくれ」
俺は笑みを浮かべた。
「分かっている。リーダだしな」
カイルが笑った。
「うむ、こういうのは慣れておる。老いぼれは基本的に、何も起きなければ動かん」
ウレリックが笑った。
「よし、聞いているかもしれないが、ガイド出来るようになったら、お前たちは全員一組で仕事するようになる。内輪もめはするなよ」
俺は笑った。
「はい、すでにビルヘルムさんから聞いています。こういうガイドは珍しいのですか?」
ミントが笑みを浮かべた。
「珍しくはないぞ。客の経験が少ない場合などは、金さえあれば複数人のパーティを組んで迷宮に入る事もある。ミントたちの場合は、最初から標準で三人ガイドというわけだ。嫌がる者は、俺がガイドすればいい」
俺は笑みを浮かべた。
今日一日ガイドの依頼はなく、俺は時折ミントたちやラグと話し、のんびり過ごしていた。
そろそろ夕方という頃になって、迷宮方面からフラフラとしながら女性が一人カウンターに近寄ってきた。
「いらっしゃい…じゃなかった、大丈夫か!?」
オヤジが慌てて外に飛び出した。
「た、助けて…」
女性はカウンターに突っ込むような形で地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「おっと、これは」
「うむ、ヤバいな」
俺とオヤジはテントの外に飛び出て、女性の様子をみた。
「かなり窶れているな。栄養失調と脱水症状が酷い。急いで処置しないと死ぬぞ」
「分かっている。すぐそこの病院に往診を頼んでくる」
オヤジが走っていき、俺は女性の様子を確認して、弱い回復魔法を使った。
こういう場合、いきなり強い回復魔法を使うのは御法度だ。
最悪、弱った肉体が破裂してしまう。魔力は生命エネルギー。無茶は禁物である。
オヤジが近くの病院から医師と担架を持った看護師二人を連れてやってきた。
さらにテントの中が大騒ぎになり、辺りの店からも人が出てきてしまった。
「よし、診てみよう」
看護師二人が持ってきた担架に女性を乗せ、そのまま急いで病院に駆け込んでいった。
「ここまでだな。あとは無事を祈ろう」
オヤジが小さく息を吐いた。
「あ、あの、付き添いは?」
ミントが問いかけてきた。
「ダメだぞ。そこは線を引かなきゃならん。見ず知らずで『助けて』といった相手だ。下手に関わりを持たない。これが、この村で生き残るコツだぞ」
オヤジが笑みを浮かべた。
「うむ、下手をすれば見捨てられていた。ここが一番迷宮に近い店でよかったな」
俺は小さく息を吐いた。
「そうですか…。どうにも、良心が痛くて」
ミントもため息を吐いた。
「そういうものだな。ミント、気持ちは痛いほど分かるが、この二人のいう通りじゃ。ここは、無事を祈ろう」
ウレリックが困った顔のミントを優しく諭した。
「そうですね。それがここでの生き方なら、素直に従います」
ミントが笑みを浮かべた。
夕方になって、パーレットとアリスがやってきた。
「聞いたぞ。今日も活躍したんだって」
パーレットが笑った。
「…少し、外にでてくれ」
アリスが小声でそっと呟いた。
「分かった。いこうか」
俺はそっと笑顔を引っ込めたパーレットが、珍しく真面目な表情になった。
どこにいくかと思えば、俺たちは女性が搬送された病院だった。
「待っていたよ。まあ、入ってくれ」
医師が笑みを浮かべて病院内に入り、俺たちは黙ってついていった。
そのまま病院内の廊下を歩き、医師は奥まった場所にある病室の扉の前で立ち止まった。
「それで、どんな塩梅なんだ?」
俺は医師に問いかけた。
「とりあえず、ギリギリで命は取り留めた。だが、長時間毒にやられていたようでな、目を覚ますかは分からん。入ってみろ」
医師は扉をノックして、病室の扉を開けて中に入った。
俺たちも続くと、個室のベッドに横になっている、名も知らない女性が静かに息をしていた。
「なるほどな、処置は間に合ったようだな。最初はどうなるかと思ったが…。もし、意識が戻ったら、この店に行くように伝えてくれ。俺がいるビルヘルム堂の隣だ」
「分かった、あとは警備隊が引き受けるだろう。応急処置がよかったな」
医師は小さく笑みを浮かべた。
「うむ、任せたぞ」
俺はそれだけいって、医師に一礼して病室から出た。
パーレットとアリスが一歩遅れて病室を出て、残った医師をそのままにして、俺たちは病院の廊下を歩いていった。
「…気が付いただろう、あの首輪。あれ、奴隷の証だぞ」
アリスが鼻を鳴らした。
「…奴隷を連れて迷宮を歩くとなると、ガイドが邪魔だからてっいって単独で乗り込んだパーティだね。それで、奴隷の女性の役目は…これ以上はブチ切れるからいわない」
パーレットもフンと鼻を鳴らした。
「まあ、さほど奥までは行けかっただろう。経緯は不明だが、逃げる途中で何らかの罠にかかったか、あるいは捨てるために毒を飲まされたか…いずれにしても、腐ったヤツがいるようだな。まあ、ガイドなしでどこまで行けるか見物だ。この迷宮は、たわけが易々と進めるほど優しくはないぞ」
俺は小さく息を吐いた。
なんとも嫌な空気だったが病院から出る頃には、俺たちは元のペースを取り戻した。
「まあ、こんな村だ。こういう事も珍しくない」
アリスが小さく笑った。
「まあ、そうだね。犯人捜しはやらないけど、今度変なヤツをみたら速攻ぶっ殺す!」
パーレットが笑った。
「願わくば、そういう連中が減ればいいがな。まあ、ほとんどが身元の保証がない冒険者たちが相手だ。よし、それではここで解散しようか。どこの店も、閉店準備で忙しいだろう」
俺は笑った。
「そうだね。じゃあ、またね!」
パーレットが笑って、自分の店に戻っていった。
「私の店は、閉店準備は新入りの仕事だからな。一緒にいこう」
アリスが笑みを浮かべた。
「うむ、構わんが珍しいな」
俺は笑みを浮かべた。
「まあ、ちょっと話したい事があってな。客の男に惚れた。すでに交際を始めているが最近になって、結婚したいといいだしてな。年齢は三十。私より五才若い。これは、素直に受けた方がいいか悩んでいる。どうだ?」
アリスが小さく息を吐いた。
「そうきたか。人間のそういう事は理解はできん。俺からはお互いに同意なら、別に構わないと思うがな」
俺は笑みを浮かべた。
「そうか…。しかし、私のキャラではなかろう。こんな色恋沙汰など…嫌」
アリス俯いて小さく息を吐いた。
「まあ、まだ早いと思うがな。その様子じゃまだだな。もう少し、お互いの距離を開けてみろ。色々アラが見えてくるはずだ。それを一段ずつ折り合いをつけて、罠をみつけるように慎重かつ迅速にな。間違っても、勢いでやるなよ。俺がガイド出来るのはここまでだ 俺は笑った。
「その距離感の取り方が分からんのだ。どうすれば…」
アリスが顔を赤らめて、小さく俯いた。
「それは、ガイド出来んな。頭を冷やすなりシャワーでも浴びて、すっきりしてから考えろ。大体、猫に相談してどうする」
俺は笑った。
俺と離れられなくなったのか、アリスはなにもいわず、ため息ばかりついて、ビルヘルム堂の中に入った。
「なんだ、アリスにしては元気がないな」
オヤジが不思議そうに、アリスに問いかけた。
「ああ、今は病気なんだ。優しくしてやってくれ。あと、コイツを治すためには…ウレリックしかいないだろうな。ちょっと、相談に乗ってやってくれ」
俺は笑みを浮かべた。
「おい、病気なんだろ。ウレリックじゃ分からないと思う。往診にきてもらうか…」
「病名は『恋わずらい』だ。医師の出番じゃない」
俺は小さく笑った。
「な、なんだと!?」
オヤジが椅子から転げ落ちたオヤジの上に、金だらいが落ちた。
「まあ、俺も驚いたが、しばらくそっとしておこう。ウレリック頼んだ」
「うむ、承知した。どれ、ワシに分かるように、最初から話してくれるかの?」
ウレリックがに柔和な笑みを浮かべ、アリスの事情聴取がはじまった。
「さて、こっちはウレリックに任せておいてラグ、ちょっと散歩しよう」
「はい、分かりました」
ラグが笑顔になり、なにかを悟ったようで、ノートとペンを持ってきた。
「マッピング経験は?」
「はい、ありません。練習ですね」
ラグが笑った。
「練習というほどではないが、村の案内を兼ねてだな。今後、買い物をする事も増えるだろう。いこうか」
「はい、分かりました」
こうして、俺たちは夕暮れの村に出ていった。
村はほとんどがガイド屋ではあるが、食料や水などの迷宮のために備える雑貨屋、酒を扱う酒屋、腹を満たす食堂があり、村のほぼ中央にデカい酒場と公衆浴場がある。
あとは病院が三件ほどあり、警備隊の詰め所がいくつかある。
その全てを回るとそれなりに時間がかかるが、ラグは物覚えがよく、そろそろ暗くなるという頃になって、ビルヘルム堂に戻れた。
「よし、大体分かったか?」
「はい、分かりました。それで、初任務はなんでしょう?」
ラグが目を輝かせて問いかけてきた。
「そんなつもりではなかったのだが…よし、人数分の晩メシを調達してくれ。火吹きトカゲ亭でな。弁当が持ちきれないだろうな。よし、ミントたちも一緒に行ってくれ。ついでに、ラグが歩いて実際に見たこの村の様子を…ん?」
俺はウレリックに優しく諭され、静かに涙するアリスの姿があった。
「おっと、これはいかん。買い物はミントとカイル、ラグで行ってくれ。オヤジ、メシ代を渡してやってくれ」
「分かった。この買い出しがなくなっただけ、俺はかなり楽になったぞ」
オヤジが笑い、ラグに金を渡した。
「いい事だな。アリスはどうなんだ?」
「ああ、一度店に戻って彼氏に少しずつ心中を語ったら、あまりに真面目すぎた考えだったとビビってしまってな…姿を消してしまったらしい。今は、ウレリックに任せておけばいい。なかなか含蓄深い話しをするもんで、俺もまだまだだなと思ったぞ」
オヤジが笑った。
「俺のアドバイスがマズかったか。しかし、アリスの心からの声を聞いて逃げるくらいの相手なら、むしろ心に重傷を負わずに済んだかもしれん。よかったのか悪かったのか、もはや分からん」
俺は小さく息を吐いた。
「シュナイザー、大丈夫だ。アドバイスは役に立ったぞ。ちょっとショックだっただけだ」
アリスが涙を拭いて立ち上がった。
「そうか、ならいいが…」
「ああ、気にするな。よし、私は店に戻る。助かった」
アリスが笑い、テントから出ていった。
「気にするなという方が難しいだろう。しかし、人の気持ちというのは、なかなか理解出来んな」
俺は苦笑した。
今日もまた火吹きトカゲ亭は大盛況のようで、ラグとミントたちが弁当を買って戻ってきたのは、およそ二時間後くらいだった。
「あれ、アリスさんは?」
ラグが問いかけてきた。
「ああ、帰った。恐らく、問題ないだろう」
俺は苦笑した。
「そうですか。かなり気にしていたのですが…。ちょっと見てきます。店の場所はラグに教わりましたので」
ミントがすぐさまテントから出ていった。
「なにか分からんが、帰してしまってはダメだったのか?」
俺は誰ともなく聞いた。
「うむ、お主の選択は正しかったと思うぞ。あとは女の子同士で盛り上がって、ガス抜きするれば問題ないだろう。アリス殿はもうお子様ではない。ミントは弁当を二人分持っていった。アリス殿の分として弁当を買ったのだが、無駄にはならん」
ウレリックが弁当を一つ取って、蓋を開けた。
「よし、俺も食うか。ここ、確かに美味い」
カイルが笑って弁当を一つ取り、オヤジもカウンターから離れて、メシタイムとなった。
「ラグ、冷めてしまうぞ。食っておけ」
俺が声をかけると、ぼんやりしていたラグが慌てた様子で弁当を手に取り、全員で車座になって弁当を食べ始めた。
俺のメシはいつもの猫缶黒印で、ラグがプルトップを開けてくれた。
それぞれがメシを食ったあと、オヤジが正面の布を閉じ、カウンターだけオープンの状態にした。
「オヤジ、もう開いている店はない時刻だぞ。カウンターも閉めていいと思うが」
俺は笑みを浮かべた。
「ミントが帰ってきたら、こっちも閉じる。なにもないとは思うが、一応開けておかねばな」
オヤジが笑った。
そのまま待つ事しばし。ミントが走って帰ってきた。
正面の通用口のジッパーを開けて、二人分の空弁当容器をゴミ箱に捨て、ミントは笑みを浮かべた。
「大丈夫です。気になって追いかけたのですが、アリスさんは素直に店に戻りました。ついでに、お弁当を食べて帰ってきました」
ミントが笑って、車座に加わった。
「さて、今日はもう閉店だな」
オヤジが半分開いていた、もう半分の布を下ろした。
「これでよし。後はもう寝るだけだな。俺は帳簿をつけているから、お前たちは好きにしていてくれ」
オヤジが笑った。
「さて、俺は少し寝る。なにかあったら起こしてくれ」
俺はお気に入りの隅っこの角に移動して、猫箱スタイルでうつらうつらはじめたのだった。
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