第14話 魔物の山
野営の見張りがカイルに代わり、俺は寝たふりをして三人の採点を続けていた。
「…なかなか見張り向きだな。必要以上の力みはないし、見ていないようでちゃんと見ている」
俺はそっと呟いた。
「シュナイザーさん、ずっと起きていることは分かっているよ。安心して寝てくれ」
カイルが小さく笑った。
「さすがに気が付いたな。カイルはなかなか見張りが上手い。これなら安心だ」
俺は笑みを浮かべ、小さくあくびした。
「ほら、眠い。猫だって寝るだろ」
カインが笑った。
見張りがウレリックで一周りして、しっかり休んだ俺たちは、そうそうにテントを片付け、ある程度鍛錬を積んだガイドでも緊張するという、二層の探査を開始した。
「えっと、こうですか?」
ミントがクリップボードに挟んだ紙を、パーレットに見せた。
「うん、大丈夫。ここまでのマッピングは合格だよ!」
パーレットが笑った。
「それは頼もしいな。パーレットが太鼓判を押すなら間違いない」
俺は笑みを浮かべた。
当然といえば当然だが、ガイドはそれぞれの方法でこの迷宮のマッピングしている。
実のところ、俺はマッピングはあまり得意ではないが、ここぞという事があれば空間ポケットに入れてあるノートに、自動筆記の魔法でノートに書き留めているので問題ない。
「さて、お楽しみのはじまりだ。この先は罠はほとんどないが、代わりに魔物どもが溢れている。気を付けてくれ」
俺が笑った。
「魔物ですか。いよいよ本ば…」
ミントの声を遮って、アリスが勢いよく彼女に抱き吐つき、二人揃って床に転がった。
「ゴブリンだな。今のは弓攻撃だ。戦闘準備、抜かるなよ!」
俺は声を上げ、正面に向かって全力で爆破魔法を放った。
「やれやれ、面倒じゃな」
次いでウレリックがど派手な風魔法を放ち、俺の爆破魔法で発生した火炎を纏って強烈な火炎乱流が生まれ、ゴブリンの悲鳴が聞こえた。
「派手にやったが、連中は群れで行動する。まだまだいるぞ」
俺は再びこちらに向かってくる気配を感じながら、呪文の詠唱に取りかかった。
知っている向きもあるとは思うが、ゴブリンはどこにでもいるような、一部では『小鬼』と呼ばれる人形の魔物だ。
ただの平ゴブリンはよく見かけるが、上位種は滅多に見ないが出遭ってしまったら油断はできない。
まあ、今回は手応えでは、よくいる普通のものだろう。
「あの、こんな派手な魔法を使って、迷宮が破壊されないかどうか不安なのですが…」
ミントが顔を引きつらせた。
「なに、問題ない。なにせ、レッドドラゴンのブレスでもぶっ壊れないという、強靱な結界に守られているからな。ちょっと暴れたくらいでは全く問題ない」
俺は笑みを浮かべた。
「さて、そんな事より続きを片付けるぞ。もうそこにきているが、呪文の詠唱が終わらん。カイルとミントは先行して群れに突っ込め。アリスは念のため後方警戒だ。俺とウレリックが前線を巻き込んでしまうので、回復と防御魔法を主体に行動する…。おっと、後ろからもきたな。どこか、通路でもあるのだろう。アリス、やるぞ。ウレリックは前方を注意していてくれ」
「大丈夫じゃ。これはいわれなくとも分かる。下手するとこのパーティで死者が出るかもしれん。そういう戦いじゃ」
ウレリックが勝ち気な笑みを浮かべた。
「まあ、そうだな。よし、やるぞ。パーレットは遊撃隊で、自由に行動してくれ」
「あいよ!」
俺の声にパーレットが威勢良く応え、サーシャとバイオレットに指示を飛ばしはじめた。
しばらくして、アリスが軽機関銃を構え、いきなり射撃を開始した。
「さて、こちらは前衛がいない。先ほど使おうとしてキャンセルした魔法を、こちらに向けよう」
俺は再び呪文を唱え、手榴弾まで持ち出したアリスの脇で思い切り魔力を込めた攻撃魔法を放った。
瞬間、景色がぐにゃりと歪みすぐに元通りになった。
「お得意の重力操作の魔法か。敵の後方はそれで潰されているだろうが、それでもまだ百体近い数がいるな。私はひたすら銃撃を続けるが、お前はどうする?」
アリスの問いかけに、俺は笑った。
「決まっているだろう。重力制御は一回使えばしばらくダメだ。それに、有効範囲が広すぎて、やたらと使えないからな。あとは、いつも通りだ」
俺は笑みを浮かべてから、呪文の詠唱に取りかかった。
その間に通路一杯に広がったゴブリンの姿が、独特の臭気を放ちながら迫ってきた。
「なんだ、俺たちがなにか悪いことでもしたようだな。いくぞ」
俺は右手を前に突き出し、攻撃魔法を放った。
その先に巨大な魔方陣が広がり、体を持っていかれそうな反動がきた。
魔方陣から火球や氷、風の刃に岩塊が同時に撃ち出された。
「これなら時間を稼げるだろう。まだ増援がくるかもしれん」
隊列が完全に壊滅し、ゴブリンが苦痛のうなり声が聞こえる中、俺は慎重に気配を察した。
ちなみに、この魔法は俺には全ての四大精霊から加護を受けていると聞いて、試しに作ったものだ。
我ながらなかなかいい出来だったので、そのまま使っている。
さて、後方は今のところなんの動きもないので、前線に視線を向けるとちょうどサーシャが放った攻撃魔法が、ゴブリンたちをしたたかに打ち据えたところだった。
「パーレット、そっちはどうだ?」
俺たち後方とある程度の成果を上げて、横一列になるように下がっていた前衛組の間を挟んで前後の中段を担当しているパーレットに声をかけると、スッと笑みを浮かべた。
「うん、数が多いから面倒なだけで、この程度はどうって事はないよ。私はとりあえず様子見だな。新人と弟子は鍛えないと伸びないからね!」
パーレットが笑みを浮かべ、その直後に眉を寄せた。
「猫、結界。できるだけ強力なヤツ!」
俺は即座に呪文を唱え、一番いいやつを使った。
分厚い結界壁が展開された次の瞬間、後方と前方の結界壁に爆発を伴う強力な火球がぶち当たった。
「フン。これはなにかゴブリン以外に誰かがいるか、亜種の中で魔法を使える者がいるか…」
俺は鼻を鳴らし、探索の魔法で辺りを探った。
「…いたな。ゴブリンの上位種だ。ゴブリンロード辺りなら、この規模の魔法を使えるはずだ。但し、一発撃てば魔力切れで使えない。あとは、先ほどと同じだ」
俺は笑みを浮かべ、再び後方をみた。
「おい、ミントたち。無理するなよ」
俺はなかなか気遣い出来ない前衛のミントたちに声を飛ばした。
「はい、大丈夫です!」
サブマシンガンでゴブリンどもを相手にしているミントから、背中越しに声が聞こえてきた。
「よし、ならいい。多分だが、もう一匹デカいのがくるぞ。体格は通常のゴブリンより二回りはある。魔法も物理攻撃も効くが、やたらと体力があって倒すのは骨だ。強力な攻撃魔法で焼き払った方が早いぞ」
俺は声を出しながら、呪文の詠唱をはじめた。
その間にも探査の魔法で敵の位置を探りながら、その動静を監視していた。
そのうち、うなり声とともに魔法の明かりの向こうで声が聞こえ、その赤く光る目を輝かせてゆっくりとその姿を見せた瞬間、俺の魔法が完成した。
「全く、やれやれだな」
俺は右手を前方に突き出し、再び四大精霊の力を使った攻撃魔法を放った。
先ほどと同じように、『火』『水』『風』『土』の属性を使ったそれは、火球、氷、風の刃、岩塊と分かれていたが、飛翔中に一つに集まって固まり激しい光を放つと、ちょうどこちらの視界に入っていたゴブリンロードの胸に刺さって大爆発を起こした。
まるで地鳴りのような断末魔の悲鳴を上げながら、ゴブリンロードが倒れ、その特徴である短い角が砕け散った。
「よし、こっちは任せた。俺は前方をサポートする」
探査の魔法で後方に敵はいないと判断した俺は、今まで手が回らなかった前衛を見た。 すると、ウレリックが床に座り、魔法攻撃はサーシャのみという状況だった。
「おい、ウレリック。大丈夫か?」
俺が声をかけると、ウレリックは笑みを浮かべた。
「これは、サーシャと頻繁に担当入れ替わる事で、少しでも魔力を回復させながら戦っているのじゃ。少しでも休めば、長時間戦えるはずだからな」
ウレリックが小さく笑った。
「そうだな。長時間魔法を連発していると、いきなり使えなくなるからな。どれ、俺も手を貸そう」
俺は今度は前方のサポートに入った。
探査の魔法で調べると、まだ数体残っているゴブリンの向こうにゴブリンロードがいるようだった。
「サーシャ、顔色が悪くなっているぞ。交代だ」
俺が声をかけると、サーシャは頷いてウレリックの隣に座った。
「さて…」
ゴブリンとゴブリンロードがいるとなると、チマチマやっている場合ではない。
ここは広範囲の攻撃魔法がいいだろう。
「これがゴブリンだけなら、こんな派手な魔法は使わないのだがな」
俺は苦笑して、再び四大精霊魔法を放った。
これには単体を狙うか複数の敵を相手にする場合があるが、先ほど使ったものが単体ようで、ゴブリンどもなぎ倒したのが複数向きだ。
俺は複数向けの攻撃魔法を放った。
火球、氷、刃、岩塊が一斉に前方に向け飛んでいき、やや近くでで爆音が聞こえた。
ゴブリンたちはこれで一掃されたが、さすが頑丈というか、ゴブリンロードにはあまり効かなかったようで、ゆっくりした動きではあったが、こちらに向かって進んでいた。
「ウレリックでもサーシャでもいい。ちょっと代わってくれ。休まないと、次が撃てん」
俺の声に反応したのは、休息中のウレリックだった。
「どれ、ワシの出番じゃな。敵は一体だな?」
ウレリックが笑みを浮かべた。
「ああ、ゴツいゴブリンロードだ。さっきの魔法で弱っているはずだが、油断はするなよ」
俺はそれだけ告げて、その場に伏せた。
「どれ、これならどうだ」
ウレリックが豪快な火炎系の攻撃魔法を放った。
派手な爆音が響き、探査の魔法でゴブリンたちを全滅させた事を確認すると、俺は一息吐いた。
「よし、小休止だ。これが二層だぞ」
俺は笑った。
特にはっきりとしたルールはないが、魔物と戦って倒した骸は可能な限り片付けておくというものがある。
そうしないと別の魔物を呼びかねないという事もあるが、単に邪魔だからという理由が大きい。
今回は無数のゴブリンとゴブリンロードだ。実際問題、進むにしても戻るにしても、通路の大掃除が必要だった。
「ビルヘルムさんから聞いています。戦闘の結果生まれた魔物は、なるべく片付けるようにと。しかし、これはどうしましょうか?」
ミントが困ったように頭をポリポリ掻いた。
「まあ、普通に燃やしていたらキリがないな。こういう時はこうする。聞くが、『浄化』の魔法は使えるか?」
俺が問いかけると、ミントが首を横に振った。
「そうか。まあ、地味な魔法だし、なかなか使える者は少ない。しかし、ここのガイドをするなら、これを使えるようにして損はないぞ。むしろ、必須だな」
俺は小さく笑い、パーレットに目を向けた。
「もちろん使えるよ。弟子二人も!」
パーレットが笑った。
「それはいい。この際だから、俺がミントとカイルに教えよう。ウレリックは使えるか?」
俺が問いかけると、ウレリックは小さく笑みを浮かべた。
「無論じゃ。よし、二人はワシが教えよう。お前さんたちは、すぐに作業をはじめてくれ」
ウレリックが笑みを浮かべ、俺は頷いて、まずは後方から取りかかった。
「全く、ゾロゾロと…」
俺は小さく笑い、浄化の魔法を使った。
すると、山積みになったゴブリンの骸が淡い光りを放ち、スッとその姿が消えた。
浄化の魔法とは、このように骸となった者の魂を、強制的に肉体から剥がして消滅させるものだ。
魂を失った肉体は風船のようにあっという間に朽ちていき、最終的にはこのように跡形なく消滅してしまい、入れ物を失った魂も消滅してしまう。
なにか怖い魔法ではあるが、生きている生物に使っても効果はなく、簡単に覚えられるので、使えるようにしておいて損はない。
「さて、さっさと済ませよう。パーレットもちゃんと仕事しろよ」
俺は笑った。
少し休んでからミントとサーシャが横並びで先頭を進み、時々二人のマッピング情報をパーレットが確認して、危なげなく進み地下二層の通路を進んで行くと、ミントがふと立ち止まった。
「あれ、ここはさっき通ったような…」
ミントがクリップボードの紙をパラパラ捲った。
「私はここでいいと思うよ。分かれ道も大してなかったし」
隣のサーシャが検討をはじめた。
「よし、ここでどうするか見よう。パーレット、お前は黙っていろよ」
「分かってるよ。うちの弟子二人も加えて、検討させるか。バイオレットも加わって」
俺が声をかけると、パーレットが笑みを浮かべた。
「はい、分かりました。ちゃんと覚えているという自信はないですが…」
バイオレットが苦笑して、最前列で紙をみながら相談をしていたミントたちの輪に加わった。
「やれやれ。本来はこれを客の前で、一人でなに食わぬ顔してやるのだ。三人ガイドがいても、これでは安心できん。俺の方はガイドとして活動させるにはまだ早いと思っているが、一層はもういいだろう。これからは、ここで修行を積ませるか」
俺は苦笑した。
結局、問題ないという結論に達したようで、俺たちは再び前進を開始した。
「いいかな。あんなのはダメだからね。ここに何回きているの」
パーレットがサーシャとバイオレットにお小言を述べ、やれやれと苦笑した。
「これは、まだまだ弟子のままというという事か?」
俺は苦笑した。
「いや、もう卒業って決めてるから。但し、地下二層に下りるには必ず私も同伴でね。サーシャもバイオレットも地下一層は単独で出せるけど、このフロアで客のガイドをするのはまだまだかな。私はあくまでもサポートね。様子をみてここもOKにするから!」
パーレットが笑った。
「分かってるよ。ここはまだ、私の縄張りじゃない」
サーシャが苦笑した。
「そうですね。先の戦闘といい、まだ一人では難しいです」
次いでバイオレットも苦笑した。
「そうだろうな。しかし、あの数のゴブリンは異常だ。ノーマルはともかく、ゴブリンロードまで出現するようになったとはな…。よし、寄っていくか。早いうちがいい。次の角を右だ」
俺が指示を出すと、ミントが頷いた。
「あの、なにがあるのでしょうか?」
ミントが不思議そうに問いかけてきた。
「いけば分かる。そこだ」
俺は笑った。
「分かりました。ただの壁にしか見えませんが…」
ミントが困惑の表情を浮かべ、壁に手を触れた。
その手がズブリと壁に吸い込まれ、あっという間に姿が消えた。
「なんだ、結構強い結界だぞ。それなりに強い魔力を使っているのに、これは見抜かないと困るな。魔力感応タイプの罠なら、一発で引っかかる」
俺は笑った。
「ン、私は初めてみたぞ。なんだこれ!?」
パーレットが慌ててマッピングをはじめた。
「うん、私も初めてだ。地下二層はトレーニングのために使っているが、こんなのは初めてだ。なんだ?」
アリスが小さく笑みを浮かべ、興味深そうに壁を見やった
「まあ、いけば分かる。よし、俺たちも行こう」
俺は率先して、先に壁のようなものに偽装された結果を通り抜けた。
すると、その先にはシブい空気が漂うバーになっていて、カウンターのコボルトが笑みを浮かべていて、先に入ったミントがカウンターのスツールに座っていた。
「あ、あの…。ここは?」
ミントがマスターのコボルトに問いかけた。
「見ての通り客など滅多にこない、場末の酒場だ。最近はささやかな宿泊施設も作った。まあ、顧客サービスだな。魔法バカのシュナイザーですら。かなり疲弊している様子だ。酒を飲んでくれれば、宿泊料金は取らん」
マスターが笑った。
「そうだな。さすがに疲れた。ここで一泊しよう。ミント、いいか?」
カウンター席に座っていたミントが、スツールから床に下りた。
「はい、なかなか面白いですし、ここで一泊しましょう」
ミントが笑みを浮かべたが、誰も異論はなかった。
「あのさ、このバーってずっとここにあるの?」
パーレットが問いかけてきた。
「ああ、俺も偶然知ったのだが、誰がどうみても単なる壁としか思えないほど、完璧な結界を張っているからまず気づかれん。ちなみに、どう考えても悪さしそうな輩が来た場合。結界に触れてもただの石壁で、ここに導こうとしない。中でマスターがコントロールしているのだ」
俺は笑みを浮かべた。
「じゃあ、今まで発見された情報がなんだね。燃えてきた!」
パーレットが声を上げてメモを取りはじめた。
「おいおい、絶対に口外するなよ。ミントたちとアリスもだ。分かったな」
俺が声をかけると、四人とも頷いた。
「パーレットも分かっているな。まあ、誰も信じてくれないとは思うが、どうなるか分からんからな」
俺は笑みを浮かべた。
「よし、全員座ってくれ。今日は少し飲もうか。マスター、いつもの。まあ、ゆっくりしよう」
俺は笑ったのだった。
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