第15話 魔力の嵐
地下二層にひょっこりある、宿泊施設完備のバー。
そこに立ち寄った俺たちは全員が疲弊していた事もあって、素直にそこに泊まる事にした。
「へぇ、良いところを教わったよ。これだから、この迷宮はやめられないんだよね!」
パーレットが笑い、カウンターにある自分のグラスを傾けた。
「まぁな、実際この迷宮にはいまだに不明な点が多い。冒険にはもってこいだろう」
俺は小さく笑った。
「そうだね。私だって最初は冒険者としてここにきたんだけど、すっかりハマって今ではここでガイドだよ。それは、想定外だったな」
パーレットが笑った。
「まあ、俺も想定外だった。たまたまここにきてビルヘルム堂でメシを食ったら、訳が分からんままこの迷宮に突撃させた程のオヤジもバカだが、それに付き合う俺もバカだがな」
俺はミントに手伝ってもらって、グラスに注がれたマタタビ酒を一口飲んだ。
宿泊施設とはいっても、ただベッドが四つ置いてあるだけだ。
俺を含む男共は床に寝袋で問題ないが、女性陣はベッドの割り振りを決めていた。
誰が誰と一緒に寝るかという事だけなので、そちらはあっさり決まった。
戦闘でかなり疲労した様子で、起きているのはパーレットと俺くらいだった。
迷宮内で敵の襲撃の危険もなく、酒を飲んで安心出来る場所はここくらいだろう。
「それにしても、アリスまで寝てしまうとはな。よほど安心したようだな」
俺は小さく笑った。
「そうだね。さて、私も寝るよ。おやすみ!」
パーレットは笑ってカウンターを離れ、ベッドの方に向かっていった。
「さて、マスター。これが料金だ。ついでに、なにか情報はあるか?」
俺は金貨を一枚カウンターに置いた。
「金貨か。これはまた羽振りがいいな」
マスターが笑い、お釣りを寄越した。
「釣なんていらん。こっちは大所帯だからな。迷惑料を取っておけ」
俺はカウンターに置かれた貨幣を、そっとマスターに押し返した。
「相変わらず格好つけやがって。まあ、いい。そういう事なら、遠慮なく受け取っておくぜ」
マスターは笑みを浮かべ、カウンター下の手提げ金庫に釣をしまった。
「さて、マスター。このところ、魔族との襲撃の危険が多くないか。俺たちは地下一層で中級魔族に遭遇したし、地下二層に下りてここにくる前にも襲撃された。それだけではない。やたら大規模なゴブリンの群れに遭遇してな、ゴブリンロードまで出やがった。魔族はともかくとして、この状況だと地下一層ですら、観光客気分ではいられなくなってしまうな」
俺は小さく息を吐いた。
「まあ、俺もなにやら迷宮がざわついている感じはするが、詳しい事は分からん。ただ、強力な魔力持ったなにかが増えたのは確かだ。まあ、魔力それを調べるのも冒険者たちだ。こういうのも、またいいだろ?」
マスターが笑った。
元々そんなに酒は飲まないので、俺はほどほどのところで切り上げ、床に寝袋に潜っているカイルとウレリックの上を飛びこし、一番奥の壁際に陣取って体を丸くした。
「全く、この迷宮にある事といえば…。大規模な魔力変動か。基本的に魔物などはそれなりの階層で徘徊しているが、これが起こると迷宮全体が不安定なものになり、本来ならその階層に出現しない魔物と遭遇する事もある。
この前マンイータが地下一層で出現したのも、そう解釈すれば理屈が通る。
「やれやれ、面倒な事になってきたな」
俺は小さく笑った。
このコボルト酒場には謎が多い。
数名の頑強な冒険者たちを護衛に雇い、ガイドを一名つけて酒や食い物など収めにくる猛者がいるのは分かっているが、最大の謎はここに酒場がある事だろう。
本人がいうには、同業者もいないし、地場所代が浮いて助かるとのことだが、恐らく本当の理由は魔物差別だろう。
人間に近いドワーフやエルフまだマシで、コボルトとなると大変な騒ぎとなる事は簡単に予想がつく。
俺も猫故にこの村で馴染むまでは苦労したので、そこはよく分かった。
「なるほどな、道理で変な感じがしていたわけだ。迷宮に入った時に、そこはかとなく妙な気配を感じがしていたがな。俺やパーレット、アリスはともかく、ミントたちやサーシャとバイオレットは、一時的とはいえこれほど大規模な魔力変動は未経験か、それに近いだろう。これは、収まるまでここで待機だな。無理して死んだら元の事もない」
俺は苦笑した。
しばしの休みを取った全員が起き出して揃ったところで、俺は事情を説明した。
「うん、なるほどな。耳鳴りが止まらない原因はこれだったか」
アリスが笑った。
「あの、シュナイザーさん。この迷宮には、このような事が起こると覚えておきます。その前兆はありますか?」
ミントが小さく息を吐いた。
「そうだな。感覚によるが、俺はヒゲがビリっとくる。お前は普段と違う事はあるか?」
俺の問いに、ミントが少し顔をしかめた。
「はい、動くには影響ない程度の軽い頭痛があります。これがそうですか?」
ミントが苦笑した。
「恐らくそうだな。カイルとウレリックはどうだ?」
俺が問いかけると、カイルが剣を鞘から抜いた。
「なんとなくだけど、この剣が少し重たい気がする。明確な理由がない以上、多分それだね」
カイルが剣を鞘に戻した。
「ワシは多少腰痛がな。今のところ腰痛持ちではないし、いよいよきたかと思っていたのだが、そういう事か」
ウレリックが笑みを浮かべた。
その間、パーレットがサーシャとバイオレットに説明をして、言葉に詰まった時にアリスが助け船を出していた。
「まあ、こういう事は感覚の問題だからな。全員が自覚出来るなら問題ない。もし、迷宮の入り口でこうなったら、素直に引き返せ。例え客が嫌だといっても、事情を説明すればいい。これでもいう事を聞かない客なら、ガイド契約を無効にしてさっさと、自分の店に戻って構わん」
俺はミントたちに指導した。
「はい、それはビルヘルムさんから聞いています。しかし、迷宮内でこれが起きた場合に、素直に引き返すと決断していた場合、どうするかは教わっていません。どうすれば…」
ミントが困った様子で問いかけてきた。
「そうだな。最長でも三日くらいで収まるはずだ。その間、どこか身の安全を確保出来る場所を探して、強力な結界を張って守る事に専念しろ。ここで先に進みたがる冒険者はいると思うが、丁寧に説明して理解をもらい承諾させてくれ。これでダメなら、地上と同じだ。ガイドはタフでなければならん」
俺は小さく笑った。
「そうですか…。初めてこの階層にきましたが、魔物の気配があまりに濃すぎて、怖いなと」
ミントが苦笑した。
「それが分かっただけで十分だ。しかし、ちょうど良かった。この経験は無駄にはならん。知らずにこれの対応が出来ず、ガイドもろとも迷宮の闇に消えてしまう事が多発する。これは、俺の判断でそうしたい。パーレットとアリスはどうだ?」
俺はベテランガイドの出番と、俺は二人に聞いた。
「もちろん、同意。あとでサーシャとバイオレットに説明する」
パーレットが笑いった。
「私はソロが長いし、迷宮に潜ったのは久々だ。猫の判断に従うとしよう」
アリスが笑みを浮かべた。
「よし、これで決まったな。マスター、まだ宿泊する。迷惑は掛からないか?」
俺が問いかけると、マスターは頷いた。
「どうせ客なんてこない。好きなだけゆっくりしていけ、俺の手料理だがメシの心配はない。酒もあるぞ」
マスターが笑みを浮かべ、洗ったグラスを丁寧に拭いていた。
「助かった、今回はそれに甘えよう。全員外出るなよ。ここまで魔力がこぼれてくる結界だ。マスターが最大力で結界のレベルを上げたようだ。出たらひとたまりもないぞ」
俺は小さく笑った。
「あの、シュナイザーさん。その笑いが怖いです。本当に大丈夫ですか?」
ミントが顔を悪くして俺に問いかけてきた。
「迷宮内で絶対安全な場所はない。実はこの通路は行き止まりなの事を知っていて、わざわざ進んだのは、ここにマスターの店があるからだ。市販の迷宮マップでは、ここは行き止まりとなっている。まあ、知らなければ、行き止まりの通路に好きなどいないだろう」
俺は小さく笑った。
どうにもヒゲのビリビリ感が抜けないので、俺たちはコボルトの店でまったり過ごしていた。
腕時計を持つミントに確認すると、迷宮の外は宵の口でどの酒場も混雑してる頃だった。
「地上は楽しそうだが、迷宮内も楽しい感じだな」
俺は小さく笑った。
「ああ、全くだ。十年に一度くらいの頻度で、こういう事が起こるとは聞いていたが、巻き込まれたのは初めてだ。これは、なんだかワクワクするな」
スツールに座ったアリスが笑った。
「まあ、それが冒険だ。ああそうだ、パーレット。迷宮の構造が変わっていてもおかしくない。俺は知らんがこの前はそうだったらしく、村中にいる全員の手によってなんとか、正確なマップを作ったらしいのだ。今回そうなったら、この階層から出られなくなるかもしれん。覚悟はできている」
俺は小さく笑みを浮かべた。
「そう心配しなさんな。私が何年ここで遊んでいると思っているの。正確なマップはなくても、描けばいいだけだよ。そこは任せて。でも、恐らく今回は単なる魔物どもが、滅法変な場所に出現するだけで、構造変更はないな。あれば、凄い地鳴りがするからすぐに分か分かる!」
パーレットが笑った。
「そうか。では、魔物対策でも考えるか」
俺は笑みを浮かべた。
すると、マスターが笑った。
「お前は相変わらず真面目だな。ここにいる時くらいは気楽にしろ」
マスターがやれやれという感じで、マタタビ酒二十年をグラスに注ぎ、俺の前に置いた。
こういう時、カウンターに置かれたグラスまで手が届かないのが難点だが、ミントが俺の手伝いをしてくれた。
「すまん。こういう時に、人の身であったら良かったなとたまに思うぞ」
俺は笑った。
「そうですね。全てが人間仕様なので、シュナイザーさんは苦労していると思います。なるべくお手伝いしますので」
ミントが笑みを浮かべた。
「それは助かる。礼といってはなんだが、ウレリックには内緒で俺の切り札を教えよう。よし、これだ」
俺は空間ポケットからボロボロのノートを取りだし、ミントに差し出した。
「えっと、これは?」
戸惑うミントがノートを捲り、動きが止まった。
「あの、これはネクロマンサーが使う術ですよね。私は呪術はちょっと…」
ミントが笑みを浮かべた。
「あっ…。ノートを間違えてしまった。こっちだ」
俺は咳払いをしてミントからノートを受け取り、正しい方のノートを渡した。
「今度は呪術ではないようですね。かなり研究している事が分かります」
俺が渡したミントが、熱心に読み始めた。
「それは、俺が魔法を覚えようと思ってはじめた研究ノートだ。なにしろ、猫だからまともにやったら役立たずだ。それが、魔法で戦ったり回復したり出来るという点が気に入った。これでも、日々研究しているのだ」
俺は笑った。
「あの、書かれている文字が読めないのですが…」
ミントが苦笑した。
「うむ、それはルーンワーズで記された、一般にはあまり読める者がいない文字だ。ルーンカオスワーズで書いたものだが、これは万一落としても読めないから大丈夫という点と、ルーンワーズより桁違いの攻撃魔法や防御魔法などを作れる。一から覚えるのは大変だから、ついでに辞書も付けておく。あくまでも、内緒でな」
俺は笑いミントが、それを急いで自分の空間ポケットに放り込んだ。
「いいか、気を付けろ。ルーンカオスワーズで構成した魔法は、ルーンワーズと比較にならない威力がある。攻撃、防御、回復などの目的を明確にして組み立てる必要がある。もう一度いうが、慎重にな」
俺は笑った。
「はい、怖さは分かりました。しかし、これをウレリックに教えない理由は?」
ミントが不思議そうに聞いてきた。
「やはり、気になるか。俺が使える最強の攻撃魔法は、術者の体に大きな負担がかかる。いかなウレリックとはいえ、ちょっと無理があると思ってな。知りたくなると、どこまでも追求してしまうのが魔法使いだ。ルーンカオスワーズで無茶されたら、被害は半端では済まないからな」
俺は笑った。
「分かりました。では、私だけの秘密にします」
ミントが笑みを浮かべた。
この名もないコボルトのバーは、迷宮の二層と考えると場違いなほど、快適な場所だった。
「あの、本当にここは迷宮の二層ですよね。信じられません」
他のメンツより早く起き出したミントが、掛け布団を畳みながら笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。ちょっと湿度が高いが、俺は快適だと思うぞ」
俺は笑みを浮かべた。
「はい、快適です。迷宮にはこんな場所があるんですね」
ミントが笑みを浮かべた。
「まあ、そういう事だ。マッピングのパーレットすら気づかないような店が、三層にもある。あっちは、迷宮好きのドワーフだ」
俺は笑った。
これは嘘ではない。ドワーフとは小柄だが力があり、指先が器用で剣などの武器や防具を創らせたら随一の職人だ。
もっとも、換気が出来ないので、ここでは金属溶かす炉はなく、地上で創ったものを、ドワーフ仲間が運んでくるらしい。
「そうですか。楽しみです」
ミントが笑みを浮かべた。
「ちょっと待った。なんで教えてくれないの!」
こちらの話しを聞いていたらしく、パーレットがベッドから飛び起きて、俺に詰め寄った。
「バカたれ、お前はガイドだろ。こんなの自分で探せ」
俺は笑った。
「そりゃガイドだけど、限界があるっての。この店の存在は隠してメモしておくけど、仕事じゃ絶対いかないから教えて!」
パーレットが目に涙を浮かべた。
「フン、泣いたふりなどすぐに分かるぞ。昔から俺をそれで騙して、色々勉強させられたからな」
俺は笑った。
「違うの、今回はマジなの。暇な時にガイドブックを書いている場合じゃないよ。今まで知らなかったところがあったなら、メモしておく。客には教えないから!」
よほど悔しかったのか、パーレットが声を上げた。
「はじめてだな、お前のそういう反応は。三層は階段のそばにある。行けば分かると思うぞ。僅かな魔力は感知出来るよな。あとは説明するのが難しい。間違えても、マップに変なマークとか書くなよ」
俺は笑った。
「分かった。これで、私の未踏査エリアを攻略できた。ありがとう」
パーレットが笑って、俺を抱えて頬ずりしてきた。
「痛いからあんまりゴシゴシするな。よし、ついでに教えるぞ。ちょうど二層に、隠し扉が二つあるのだが解錠ができんのだ。壁に小さく鍵穴があるが、俺では開けられん。こういうのは得意だろう」
パーレットが、俺を床に下ろして笑った。
「こら、早く教えろ。でも、今はガイドの仕事だから、開けられないね」
パーレットが笑った。
「まあ、ほどほどにな。恐らくこの魔力変動は、収まるまで数日掛かる。その間はここでお世話になるぞ。マスター、よろしく頼む」
俺は笑った。
「はいよ、宿泊施設はタダでいい。その代わり高い酒を飲んでくれ」
マスターの冗談に、俺は笑ったのだった。
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