第16話 雨宿りの中で

 二層にあるコボルトの酒場に泊まった翌日、迷宮の嵐といわれる魔力変動は、全く収まる気配がなかった。

 嵐の名の通り、これは迷宮内に流れる魔力が変動を起こし、様々な変化をもたらす現象だ。

 これの最中はテントにでもこもって、じっくり過ぎ去るまで待つのが一番である。

 なにしろ、魔力を使う一切の行動に制限が掛がかったり、出現する魔物がおかしくなったり…まあ、無闇にウロウロしない事だ。

「シュナイザーさん。これは、経験が浅い私でもさすがに分かります。気持ち悪い魔力が流れていますね。これは、確かに出歩かない方がいいです」

 いつの間にか俺の隣に立っていたミントが、笑みを浮かべた。

「まあ、さすがに分かるか。魔力感度が高いウレリックが、耐えられずに倒れていなければいいが…」

 俺はベッドの方をみた。

 すると、いつもより元気がなさそうなウレリックが、ベッドに座って親指を立てた。

「うん、なかなか大したものだな。ここにいるベテランガイドたちは、それぞれのやり方で耐性を身につけている。それにしても、なぜカイルがジタバタしているのだ。基本的に魔力が低い者には、魔力変動はあまり影響しないはずだが…」

 俺はベッドで横になって唸っているカイルを見た。

「はい、実はカイルはただの剣士ではなく、剣に魔法の力を込められる魔法剣士なんです。さして魔力はないのですが、魔力の流れに関しては、本当に敏感で…」

 ミントが苦笑した。

「なるほど、剣になにかしらの魔法を込める魔法剣士だったか。あまり聞かないので、気が付かなかったな」

 俺は改めて、カイルをみた。

「よし、効くかどうか分からんが、こういう時は体内の過剰魔力を放出すれば治るはずだが、大した事はなさそうだ。ミント、ちょっと手伝ってくれ」

 俺は空間ポケットを開き、中から剣を力一杯引っ張り出した。

「俺の力ではここまでしか抜けん。ミント、頼んだ」

 剣は鞘の頭まで出せたが、これが俺の限界だった。

「分かりました。よっと…」

 ミントが剣を楽々引き抜き、俺は小さく息を吐いた。

「あの、これは…」

 ミントが剣を見ながら不思議そうな声を上げた。

「ああ、これか。しばらく前にガイドした、パーティのリーダーからもらったんだ。俺には重すぎるといったんだが、全くいう事を聞かなくてな。受け取ってから『鑑定』してみたんだが、『聖剣マクガイバー』である事が分かった。恐らく、世界に一振りしかない、貴重な剣だろうな。それを、カイルに渡してやってくれ。俺が持っていても、宝の持ち腐れだ」

 俺は笑った。

 種明かしはしていないが、この剣は持ち主の魔力を僅かに吸収してくれる。

 こんな時は、ちょうどいいだろう。

「ま、マクガイバーですか。剣聖ピーターが打った晩年の名剣ですよ。カイルが喜ぶでしょう」

 ミントは慌てた様子で、ベッドで休んでいるカイルに駆け寄っていった。

「ミント、どうした…」

 ベッドの上に身を起こし、カイルが怠そうにした。

「これです。これです。どこにあるかも分からないで、もはや伝説のマクガイバーです。シュナイザーからもらいました!」

 ミントが興奮した口調でカイルにしがみついた。

「あのな、そんなのレプリカだろう。そうそう都合よくあの剣が存在するわけがない。世界中の冒険者が探し回っているが、こんな簡単に手に入るわけないだろ。でも、いい剣だな…」

 カイルが手に取って鞘から抜いた時、刀身から青白い光がほとばしった。

「なっ、ちょっと待て。なんだこれ!?」

 今までの怠そうな姿が一転、いきなり復活したカイルが、慎重に刀身に手をかざした。

「…命を吹き込まれた剣は、自ずと語り出す。間違いない、コイツは本物のマクガイバーだ。シュナイザー、一体どこから?」

 カイルが目を白黒させなが問いかけてきた。

「別に盗んだ訳じゃない。『北の蛇骨団』というパーティをガイドした時に、礼にもらったんだ。どうも、そういう事に興味がない連中でな。鑑定しようとしたら、いらん。やるといわれてな。あとで鑑定したら、俺でも分かるくらい、とんでもないものだって分かって、使い手を探していたんだ。」

 俺は笑った。

「ちょっと待った。シュナイザー、まさかそれ、この迷宮で出たの!?」

 どうせ我慢出来ないであろうというパーレットが俺を掴むとガタガタ揺すりはじめた。

「ああ、ここだ。どうも、この迷宮は変わっているな」

 俺は笑った。

「待って、どこ?」

 パーレットがため息を吐いた。

「ああ、三層の奥だ。俺の手書きマップがある。隠し扉があったんだよ。その先にもう一つ隠し扉があったが、開けるのはやめておいた。どうにも上手く行きすぎだったからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「クソ、また猫にやられた。その開けなかった扉を開けてやる!」

 パーレットが天井を仰いだ。

「まあ、そのうちいいことがあるだろう。それより、マクガイバーを見てこい」

 俺は笑った。

「そうする。伝説の剣!」

 パーレットがスツールから立ち上がり、まだポカンとしているカイルの元に行った。

「やれやれ。毎度楽しませてくれるな」

 グラスを拭いていたマスターがクスリと笑った。

「まあ、今回は計画していないからな。カイルに気合い入れてもらわないと困るし、だったら、俺が使えない剣を持っていても勿体ない。武器や道具は使われてなんぼだ」

 俺は笑った。


 なにかしらのポリシーでもあるのか、涼しい顔をしていたアリスも結局冒険者の血には勝てず、やっと落ち着いた様子のカイルの元に行き、マクガイバーをつぶさに調べはじめた。

「シュナイザーさん、本当にこの剣をもらっていいのか?」

 カイルが剣を鞘に収め、改めた様子で問いかけてきた。

「ああ、元々そのつもりだ。売ればいい金になったかもしれんが、さすがに物がものだからな」

 俺は笑った。

「いや、嬉しいな。これがマクガイバーか」

 先ほどまでのグデッとした様子はどこへやら。カイルが剣を片手に笑った。

「パーレット。お前の鑑定ではどうだ?」

 俺が聞くと、パーレットがすかさず鑑定の魔法をかけた。

「…間違いない。これは本物だね。また猫にやられた」

 パーレットが小さく息を吐いた。

「あれ、そういえばマクガイバーって双剣って聞いているけど、もう一本はどこにいったの。これは、私たちが発見してやる!」

 パーレットが俺が渡したマッピング情報を手製のマップに描き足し、なにか鼻歌まで歌いはじめた。

「…ミント、手伝ってくれ」

「…はい、読めました」

 俺は空間ポケットから剣を出来るだけ引っ張りだし、ミントがそれを引き抜いた。

 それを見ていたパーレットが、涙目になった。

「はい、これ多分そうです…」

 ミントがそっと剣をパーレットに差し出した。

「も、持ってた…」

「どうにもならなかったのだ。全員魔法使いという珍しいパーティをガイドしている最中に、珍しく道に迷ってしまって、野営でもするかと準備していたら、不自然な風の流れを感じてな。パーティの全員に承諾を得た上で、なんとか隠し扉を開けたのだ。中には…まあ、話すと少し長いからやめておこう。ともかく、そこにあった箱に一対収められていた。当然、パーティのメンツ全員で一本取りだしたのだが、隠し扉が閉まって開けられなくなった。そこで、もう一本取り出すと閉じた扉が開いた。まあ、それだけなのだが、そのパーティに使い手がいないので、もらっておいて欲しいといわれ、今まで秘密で持っていたのだ。剣の銘は『エアウルフ』。すでに剣の声は聞いている」

 俺は笑った。

「おいおい、もう一本あるのか?」

 カイルがびっくりしたように声を上げた。

「ああ、マクガイバーとエアウルフは二本で一つなんだ。双剣でいけるか?」

 俺はカイルに問いかけた。

「そうだな…。やった事はないが練習してみる。適度に軽いから、慣れればイケると思う」

 カイルが笑った。

「さて、傷ついて落ち込んでいるパーレットには、これをやるか。ちょっとこい…」

 俺はパーレットに声をかけ、剣で騒いでいる一団から離れて、カウンターの陰に隠れた。

 その様子でなにか悟ったようで、パーレットがそっと一団から抜け出し、俺の元にやってきた。

「よし、これは他言無用だぞ。お前を信じて教える。この迷宮、三層までしかないって、なんだか不自然とは思わないか?」

 俺が小声で呟くと、パーレットが頷いた。

「おかしいとは思っているよ。かなり立派なわりには、あまり手応えがないと思っているよ」

 パーレットが頷き、おれは空間ポケットから紙束を取り出した。

「マップだね。相変わらず下手くそだ…えっ!?」

 パーレットが小声で変な声を出した。

「うむ、三層まではいつも通りだが、俺はオヤジと十層まで潜った。これ以上は、オヤジと俺では踏破出来なかったんだ。まだまだ続くかもしれん。各階段の位置は記してある通りだ。ただ、別世界だぞ。だから、俺は封印した。死者がいたずらに増えてしまうからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「こ、これ、すごい情報だよ。もちろん、階段の壁に初到達のマーキングをしてあるよね」

 パーレットが小さく笑った。

「オヤジがやっていたぞ。ナイフで壁に変な絵を描いていたな」

 俺は笑った。

「くっそ、また先をこされた。なんなのよ!」

 パーレットが笑った。


「シュナイザーさん、伝説の銃ってないんですか。カイルだけズルいです」

 ミントが笑ってきた。

「ないといいたいところだが、生産数が少ない狙撃銃ならあるぞ。ワルサーという銃メーカーが開発したAW2000という物がある。世界にたった100丁かそこらの生産数しかないレアものだ。一部、伝説扱いにされているが、これはあくまで扱いだからな。カイルに渡した剣ほどではない」

 俺は笑った。

「まあ、そうでしょうね。銃が浸透した年数を考えたら、まだまだです」

 ミントが笑った。

「分かっているなら、それでいい。ところでミント、秘密の会話はいいか?」

「えっ、いいですよ」

 ミントが不思議そうな声を出した。

「パーレット、人払いだ。外には知られたくない」

 俺が頷くとパーレットは親指を立てて、俺が渡したマップを自分の空間ポケットに入れ、まだ剣で盛り上がっている輪に加わった。

「これでよし。ミント、前から気にしていたのだが、お前は一般人ではないだろう。誤魔化そうとしても、その動きは貴族そのものだ。あるいは、もっと飛んで王家の者でしかあり得ない。違うか?」

 俺は笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと、なんで分かるんですか!?」

 ミントが声を上げた。

「よし、この程度の引っかけで捕らえたぞ。誰にもいわん。こっそり話してくれ。これは、お前について大事な事だ。なにかあったら守らねばならぬからな。そういうと引っ込んでしまいそうだが、俺は全員平等に接するぞ。ちょっとだけ、気を付ける程度でな」

 俺は笑った。

「…はい、実はこの国の第一王女なんです。ほかに王位継承をもつ者がいないので、私が父王の跡継ぎなのですが、城に帰れば退屈な日々です。それで、飛び出してしまったというわけです。カイルとウレリックは立ち寄った町で仲間になってもらった冒険者なので、貴族や王族ではありません。この開放感はたまりませんよ」

 ミントが笑った。

「全く、とんだお姫様もいたものだな。そうなると、ずっと冒険者をやっているわけにはいかないか。貴重な戦力なのだが…」

「いえ、私はこのままです。城に私とよく似た影武者がいますので、全てを任せてあります。そうだ、影武者宛に手紙を書きます。そろそろ、心配でしょうから」

 ミントが笑った。

「やれやれ…。まあ、冒険者たちはなにかしら抱えている者が多い。もし、休憩中でも話しを聞いてやって欲しい。これは、迷宮という特殊な環境で、一緒にパーティを組んで心が緩み、ふと話しをしてしまう。聞くだけでいいんだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、そういう事は得意です。それにしても、カイルがあんなにはしゃいでいるのは、初めてみました。そういうかもしれないですね」

 ミントが笑った。

「まぁな、名が通った剣だ。それを手に入れたら、こうなってもおかしくないだろう。ところで、お前が腰に提げているショートソードを抜いて、そこの床に置いてくれ」

「分かりました。こうですか?」

 ミントは剣を抜き、俺の前に置いた。

「お前は銃がメインだからあまり使わないかもしれんが、やっておいて損はないだろう」

 俺は剣に手を置き呪文を唱えていった。

「…一般的に買える鋼の剣か。どれ、やってみよう」

 俺は魔法の構成を練り、手に当てたままだった剣の刀身に魔力を注ぎ込んだ。

 今回は無詠唱だが、呪文や杖というものは、術者が正確に狙った魔法を使うためにある。

 つまり、胸中で魔法の式に当たるイメージさえあれば、ある程度の魔法は使えるのだ。

「さて、鋼か。コイツをこうして…」

 俺は術式を次々に変更して、ただの鋼の剣を一度分解して粉末状にしてから、空間ポケットを開き、中から黒い鉱石を取りだした。

「なんですか、それは?」

 ミントが声をかけてきた。

「なに、ちょっと頑丈な素材だ。アダマンタイトというんだが、あとでカイルに見せてやれ。目の色が変わると思うぞ」

 俺は笑い、ミントの剣のバージョンアップを再開した。

 先ほど分解した鋼を元に戻す途中で、こちらも粉にしたアダマンタイトと混ぜ込み、思い切り魔力を注いだ。

 すると、剣が赤黒い物に変化して、なんだか呪われている剣のようになってしまった。

「まあ、なんだ…。変な色になってしまったが、強度は折り紙付きだ。困ったら使え」

 俺は笑った。

「はい、ありがとうございます。さっそくカイルに見せてきます」

 ミントが剣を手に取って、カイルの元に駆けていき、さっそく剣を見せびらかしはじめた。

「よし、こんなものか。杖はあまり意味がないからな。強いていうなら、トネリコの木なら意味がある。多少だが、魔力を増幅させる効果がある。まあ、流通量が少ないし高価だ。さて、それにしても、この魔力変動はいつ収まるか…。まあ、それならそれで、ゆっくり過ごすがな」

 俺は小さく笑ったのだった。

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