第21話 呪術と迷宮からの帰還
解呪づくしで疲労や呪術返しの消耗もあり、迷宮を進むも帰るも出来ない状況で、あえてミントに判断を委ねたが、即答で迷宮からの帰還を決めた。
これについては異論を挟むつもりはなかったが、いずれにせよ全員の疲労回復は必須だった。
「あの、大丈夫ですか?」
バーカウンターで酒を少し飲んでから、ベッドの上で居眠りしていた俺にミントが声をかけてくれた。
「ああ、問題ない。今回は派手に解呪したからな。あと二日もあれば回復するだろう」
俺は笑みを浮かべてから、大きくアクビをした。
「そうですか。とにかく、今は休んで下さいね」
ミントがにっこりして、再びバーカウンターに戻った。
「やれやれ、足を引っ張ってしまったな。必要な事だったとはいえ、これではいかん」
俺は苦笑した。
そのまましばらく経つと、実は一番気に病んでいるはずのパーレットがやってきて、俺が丸くなっているベッドに腰を下ろした。
「おう、猫。なんか分からんけど、迷惑かけちゃったみたいだね」
パーレットが笑った。
「全く、少しはコンディションを確かめろ。あれだけ呪術を食らって、平気だったのはさすがだがな」
俺は笑った。
「そうだね。私も迂闊だったよ。もう大丈夫?」
パーレットが一瞬心配そうな表情を浮かべ、すぐに戻った。
「もう大丈夫だ。俺が気づかなかったら、あと二年以内に死んでいたと思う。それだけ、強力だったんだ」
俺は小さく息を吐いた。
「そ、そうなの!?」
パーレットが目をむいた。
「ああ、間違いない。とにかく、体が変に重いと思ったら、俺に相談してくれ」
俺は笑みを浮かべた。
「そ、そうだったんだ。ますます、猫には感謝だね!」
パーレットが笑った。
「全く、お前もベテランガイドだろう。世話が焼ける」
俺は苦笑した。
「そりゃそうだけどさ。あの魔力式の罠は見分けるのが、本当に難しいんだよ!」
パーレットが苦笑した。
「まあ、確かに難しいが不可能ではないだろう。今まで即死形の罠は見つかっていないが、気を付けるに越した事はない。まあ、そういう類いは遙か昔とっくに廃れているから、まずないとは思うがな」
俺は小さく息を吐いた。
「そっか…。私もまだ未熟だねぇ」
パーレットが苦笑した。
「まあ、ガイドにゴールはない。常に初心を忘れずにといったところか」
俺は小さく笑い、再び目を閉じた。
コボルトの店で回復を待つ間、多少は動けるようになった俺は、空間ポケットから材料を取りだして、ちょっとばかり工作をはじめた。
「よし、こんなものか」
これは、耳飾り風の魔道具で、相手がどこにいるのか把握出来る。
ついでに、通信の力も付与しておいたので、迷宮内ならどこでも会話できるようにした。
「あ、あの、それって魔法石ですよね。高いのに」
心配そうに問いかけてきたミントに、俺は笑った。
「確かに高価だが、普通に売るよりこういう魔道具に使った方が有益だ。心配するな」
魔法石とは、様々な魔法薬の媒体になるのだが、希少であるために高価で取引されているレアなものだ。
「ほら出来たぞ。イアリングだから楽だろう。これで、迷宮内にいる全員の場所が分かるし、通信機能もつけておいた。なにかと便利だろう」
俺は笑って、残る面子の分も作って一息入れた。
「うむ、いい仕事じゃ。これは、迷宮探索の大きな助けになるじゃろうて」
ウレリックが笑った。
「まあ、役立つとは思っている。これなら、仮になにかあっても、助けを呼ぶ事も出来るだろう」
俺は道具を片付けながら、小さく笑みを浮かべた。
即席ではあったが、これで役に立つといい。
「ありがとうございます。これがあると、心強いです」
耳に俺が作った魔道具を耳につけたミントが笑った。
「あまり過信はするなよ。あくまでも、困った時用だ。それに、迷宮内でないと効果がない。地上でも使えるようにしようかと思ったが、それぞれのペースやプライベートの都合があるからな」
俺は笑みを浮かべた。
「分かりました。大事にします」
ミントが笑みを浮かべた。
「さて、この調子なら明日になれば大丈夫だろう。今回はちょっと疲れたな」
俺は苦笑した。
翌日、店で朝食を済ませると、いよいよ帰還の歩みを開始した。
行きになかなか強力な魔物と遭遇した事を考えると、今回もなかとあり得ると思ったが、今のところは問題なかった。
「全員、警戒は怠るな。どうも、二層ではあり得ない強力な魔物も出現するらしいからな」
俺は周囲に警戒しながら、ゆっくり進む隊列の中程にいた。
「気を付けろよ。今のところ、魔物の気配を感じていないが、こういう時が一番危険だ」
俺は先行するミントとカイルに声をかけた。
「はい、分かりました」
ミントが返してきた。
「おう、猫。一度通った道だし、罠の心配はない?」
パーレットが笑った。
「馬鹿者、だから危険なんだ。冗談ならもっとマシな事をいえ」
俺は苦笑した。
一度通った通路を戻る…これは危険だ。
どうしても油断するし、なんという事の魔物の襲撃に遭って、命を落とすケースがある。
しばらくすると、先頭のミントが足を止めた。
「…敵ですね。足音で種別は分かりませんが、数は多数」
ミントが呟くように声を出し、すばやく機関銃を構えた。
「迷宮で徒党を組んで襲ってくる魔物といえば、十中八九ゴブリンだろうな。気を付けろ、甘く見ていると怪我では済まんぞ」
皆に注意を促しつつ、俺は素早く呪文のイメージを固めた。
「食らえ」
俺の呪文が放たれ、通路を覆うような巨大な火炎が進行方向に向かって飛び、闇の中で弾けた。
「…手ごたえがないな。ゴブリンメイジがいるようだ。カイル、出番だぞ」
俺は剣を抜いたまま構えているカイルに声をかけた。
ゴブリンメイジとは、魔法が使えるようになった、ゴブリンの上位種だ。
大体の場合、攻撃魔法を放つほどの魔力はないが、その代わりに回復魔法や防御魔法をいくつか使えるので、最優先攻撃目標だ。
程なくこちらの光球に照らされたゴブリンたちが、いっせいに飛びかかってきた。
「さて…」
銃や剣でそれらを片付けているミントとたちを見ながら、俺は次の策を考えた。
「これだけ肉薄すると、ど派手な攻撃魔法は使えない。アリス、出番だぞ」
俺は後方に注意を向けていたアリスに声をかけた。
「うん、分かった。ナイフでいくか…」
アリスが前衛に加わり、素晴らしい身体能力で集団の背後に構えていたゴブリンメイジを倒した。
すると、いきなりリーダーを失ったゴブリンたちが、慌てた様子でバタバタしはじめた。
「今がチャンスです」
ミントとカイルが集団に突っ込み、残敵を掃討していった。
「なかなか仕事が速いな。アリスがいるお陰もあるが、ミントやカイルも負けていない」
俺はバックアップのために、いつでも攻撃魔法を放たれる用意をしながら待機していたが、その必要なくあっという間に戦闘が終わった。
「シュナイザーさん、どうでした?」
ミントが銃器を空間ポケットに放り込みながら、笑みを浮かべた。
「さすがだな。だが、今回はアリスがいたから早く戦闘が終わった。常に研鑽しろ」
俺は笑みを浮かべた。
「はい、分かっています。私たちでは、こういかなかったでしょう」
どこまでも素直な反応を示してくれたミントが、カイルとウレリックの方に向かっていった。
「まあ、この三人はバランスがよくて大丈夫だな。オヤジも喜ぶだろう」
俺はポツリと呟いた。
地上を目指す者には甘いのか。ゴブリンの一団を蹴散らしたあとは、特に問題なく一層に上がった。
「さて、ここからだな。変な魔物がでない事を祈ろう」
俺は笑った。
「全くです。これ以上は、なるべく避けたいですね」
ミントが笑った。
「よし、快速ルートで外に向かうぞ。基本的に魔物と遭遇しにくいが、いないわけではないからな。警戒を怠るなよ」
俺は前を行くミントとカイルに声をかけた。
「はい、分かりました」
「そうだね。頑張るさ」
ミントとカイルの返事に満足して、俺も警戒しながら進んだ。
しばらく進んだ頃、通路の行く先から馬の足音と車輪が回る音が聞こえてきた。
「えっ、なんですか?」
これは想定外だったが、ミントが声を上げた。
「来たな。全員、壁際に張り付け」
俺の指示を待つまでもなく、アリスとパーレットが壁際に体をよせ、他の面々は慌てたように、俺たちと同じようにした。
しばらくすると魔法の明かりが見え、武装した男が二人駆け寄ってきた。
「急ぎのところ申し訳ない。これから商人の馬車が通過するので、そのまま待機して欲しい」
男の一人が声をかけてきたので、俺は頷いて了承の意を伝えた。
それから間もなく、迷宮用に改造された小さな馬車がやってきて、すぐ脇をゆっくり通り抜けていった。
「な、なんですか?」
慣れていないミントが声を上げた。
「あれが、コボルトの店に商品を卸している商人だ。まあ、殆どが酒だがな」
俺は笑った。
「そうですか。商魂たくましいですね」
ミントが苦笑した。
「まあ、そうしないとコボルトの店が品切れになってしまうからな。店での酒代が少し高かっただろう。こんな場所に潜る馬車だ。仕入れ値も高くなるし、その分価格に反映されているのだ。さて、進もう」
俺たちは再び通路を進んでいった。
さすが快速ルートというか、魔物と遭遇する事もなく、俺たちは無事に迷宮から外に出た。
真昼というわけではなかったが、日が高いという時刻でもないようで、ミントの時計は十五時を湿していた。
「よし、まずはビルヘルム堂だ。オヤジが待っているだろうからな」
俺たちはその足でビルヘルム堂に向かった。
「おっ、帰ってきたな。想定より遅かったから、心配したぞ」
オヤジが笑い全員が中に入ると、ガイド側の出入り口を閉めてしまった。
「まさか、すぐにガイドしろとはいえないからな。しばらくの間、休め」
オヤジが笑い、すぐにカウンターに戻った。
「はぁ、なんだか疲れましたね」
背嚢を下ろし、ミントが疲れた笑みを浮かべた。
「まあ、解呪などというイレギュラーがあったからな。そういえば、パーレット。体は大丈夫か。肩こりとか目眩などという些細なことで構わん。必要ならまた処置するぞ」
俺は床にへばっているパーレットに声をかけた。
「おう、大丈夫だぞ。ただ、体力が…」
パーレットが苦笑した。
「それだけなら問題ないな。解呪はどうしても体力を消耗する。三日くらいは様子を見た方がいい」
俺は笑みを浮かべた。
「そうする。ってか、動けん」
パーレットが床に大の字でひっくり返ると、サーシャとバイオレットが介抱した。
「まあ、念のためにやっておくか」
俺は倒れ込んだパーレットの様子を診るために、パーレットに近寄った。
「…ん?」
パーレットの体に手をかざした時、ふとした違和感を覚えた。
パーレットは問題ない。しかし、微かにおかしな魔力の対流を感じたのだ。
「ちょっと待て。考えが及ばなかったが、パーレットについて歩いていたなら、当然こうなるか。サーシャとバイオレット、パーレットは問題ないから、今から描く呪印の真ん中に仰向けで横になってくれ」
俺は床に小さな呪印を二つ描いた。
「えっ?」
サーシャが声を上げた。
「うむ、迷宮病の検査だ。恐らくだが、二人とも罹患している」
俺の言葉に二人が呪印の中心に横になると、杖を取り出した。
「さて…」
俺は呪文を唱え、まずはサーシャの検査を始めた。
「…やはりな。完全に迷宮病だ。二人とも死ぬほどではないが酷い。早急に呪術で追い払うしかないな。ウレリック、大丈夫か?」
俺の言葉にウレリックがやってきた。
「そうじゃの。まだ問題ない。今度は二人か?」
ウレリックが苦笑した。
「そうだ。これは、とても感化できない状態だからな。いくぞ」
俺は呪文を唱え、光り出した杖の尻をトントンと二つの呪印に当てた。
瞬間、バチッと音がして二人が少し浮き、元通りになるとそれぞれ気絶していた。
「うむ。今後のために、少し強めに術をかけたからな。今のうちに、恐らくはパーレットと同じ、遅効性の術を食らっているだろうからな」
俺は小さく息を吐き、まずはサーシャを診た。
「さすがに、二人同時は難しいからな。さて…」
俺はサーシャの胸に手をかざし、そっと魔力を探った。
「なんだこの魔力のデカさは。これでは、呪術が速く進行してしまう。術はパーレットと同じだ。全く…」
俺は杖を振りかざし、解呪を試みた。
「ウレリック、もっと魔力をくれ。コイツの魔力が桁外れだから、俺だけでは対抗できん」
俺は次々に術を変え、なんとか封じようとした。
最初は苦戦したが、ウレリックの助けでやっとサーシャの暴力的とでもいうような高魔力に打ち勝ち、なんとか余計な七種の呪術を解呪した。
「さてと、次は…」
次にバイオレットの解呪を試みようとすると、ミントがそっと俺に回復魔法をかけてくれた。
「もうボロボロですよ。私が呪術を使えれば…」
ミントが小さく息を吐いた。
「ミントは知らなくていい。なにかと面倒だ。さて、離れていろ。バイオレットの解呪にかかる」
俺は一息吐いてから、再び杖を取った。
まず確認すると、やはり七種の術。全く同じだった。
「よし、いくぞ」
俺は杖の尻をバイオレットの胸に当て、呪文を唱えた。
体が悲鳴を上げて痛んだが、それは無視して解呪作業を進めた。
「うむ、こちらはかなり魔力が低いな。とはいえ、サーシャが比較対象だがな」
俺はニッと笑みを浮かべ、バイオレットにかけられた術を解呪した。
「よし、成功だ。これで、問題ないな。少しばかり、疲れた」
俺はその場に横になった。
すかさずミントが回復魔法をかけてくれて、痛みは収束していったが、傷跡までは残る。
自分で見える腹の部分だけで、なにか歴戦の勇者のようになってしまったが、これはこれでよしとした。
「おう、猫。弟子もか?」
少し遠慮気味に問いかけてきたパーレットに、俺は猫パンチを食らわせた。
「お前のせいだぞ。全く…」
俺は苦笑した。
「そう怒らないで。余り物の人参あげるから」
「いらん」
パーレットにもう一度猫パンチを入れ、俺はいよいよ本格的に寝に入った。
ふと目を覚ますと時刻は夜を迎えたようで、食後の香りがテント内に溢れていた。
「うむ、全員食欲があるようだな。心配していたが、回復が速くて良かった」
俺は気怠い体を起こし、大きく伸びをした。
「はい、お陰で助かりました。ありがとうございます」
バイオレットが笑みを浮かべた。
「なに、魔力勝負の作業をしただけだ。それで思いだしたが、サーシャには特殊な術をかけておいた。あまりに潜在魔力が高すぎるから、いずれは体がもたなくなると判断してな」
俺は笑みを浮かべた。
一般的に魔力というと、一度に使える魔力…瞬間最大放出の事を示すが、これはパイプの太さみたいのようなもので、本当の魔力は体内に溢れている。
これが強すぎると自身の体を崩壊しかねないので、呪術で押さえ込んだのだ。
「えっ、そうなの。変だと思っていたけど、そういうことだったんだね」
サーシャが笑った。
「そういえば、お前は大丈夫なのか。なかなかボロボロだぞ」
オヤジが心配そうに聞いてきた。
「問題ない。ただ、今日は晩メシ抜きだ。とても、食えん」
俺はお気に入りのテントの隅っこに移動して、体を丸くした。
「おっ、そうだった。お隣さんが店名変更した。金竜亭だとさ。今は特別セールで、半額で食えるぞ」
オヤジが笑った。
「なんだ、そのなんだか悪趣味な店名は。まあ、俺には関係ないし、別にどうという事はないがな」
俺は小さく笑ったのだった。
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