第3話 禍根

 魔法でジョン・スミスの死体を燃やし、少し進むとまた罠があった。

「ここもすでにぶっ壊された罠だったが、また直したみたいだな。商魂たくましさだけは認めよう」

 俺は苦笑した。

「どこに罠が…」

 ミントが問いかけてきた。

「見た方が早いな。これだ」

 俺は呪文を唱えた。

 すると、目の前に赤く染まった糸ような細い線が三本、まるで通路を塞ぐよう張ってあった。

「三本線か。ここは六本線だったはずだが、手抜きしやっがたな」

 俺は呟いた。

 まあ、お陰で楽になったが、ここの罠は即効性の神経毒を塗った矢だ。

 先程の罠は毒矢はしばらく動けないだけで、治してやるからと迫り、結局金を盗むだけのセコい商売だが、場合によってはターゲットを殺してから身ぐるみ剥ぐという、外道もいいところな事をやらかす輩だ。

「さてと…いたな」

 ここから分岐する行き止まりの方で、数人の気配を感じた。

 先程の罠は見捨てられたのか、あのジョン・スミス以外の気配は感じなかったのだが、ここはしっかり下郎が待機しているようだ。

「よし、いるなら使ってやろう」

 俺が魔法を使うと、三名ほど宙を浮いてフヨフヨ寄ってきた。

「うるさいからな。口がきけないようにしてある。そして、このままこうする」

 俺は術を操作して、三人を罠の線の上にストンと落とした。

 ドバババっと壁から矢が放たれ、三人に何本も命中した。

「なんだ、この早撃ちは。ここは一本ずつのはずだが…変な改造をしたな。まあ、いい。バインド」

 俺は魔法のロープで一纏めにして縛ると、解毒魔法を使ってやった。

「これで、毒で死ぬことはないだろう。但し、声が出せない魔法と拘束はこのままだ。まぁ、腕のいい魔法使いが通りかかって、運良く助けてもらう夢でもみていろ」

 俺はさらに睡眠の魔法で、三人を寝かしつけ、おれは念ためにに罠の向こうまで歩いて、ジャスチャーでついてこいというメッセージを送った。

 ミント、カイル、ウレリックの順で、俺が固めた三人の様子を見てから、俺の後ろについた。

「い、以外と怖い一面が…」

 ミントが苦笑した。

「なに、当たり前の事をしただけだ。ああやっておけば、セコいヤツらも罠を直して使おうなんて思わんだろう。うっかり逃がすと、また変な場所で同じ事をやらかす。迷宮で一番怖いのは、魔物や罠ではなく人だ」

 俺は小さく頷いた。

「そうじゃな、迷宮だけではなく外も一緒じゃて」

 ウレリックが笑った。


 ある意味、罠をぶっ壊してから進む事しばし。ここは手の付けようがなかったか、破壊されたまま放置してある罠があった。

「あの、どうしました?」

 ミントが俺に問いかけてきた。

「ああ、ここは以前に魔法式の罠があってな。まあ、ありがちなんだが、踏めばどこかに転送されるというものだ。転送先は様々だが、ここは迷宮の出入り口に戻されるだけだ。恐らくだが、本来はあそこになにかあったのかもしれん。しかし、今や便利な移動手段だぞ」

 俺は笑った。

「あ、あの、その罠の見破り方は?」

 ミントが気になったらしく、メモ帳とペンを背嚢から取りだした。

「まあ、メモるほどでもないのだが…。まだ少し残滓があると思うが、魔法式の罠を仕掛けてある場所は、かなりの魔力を感じるはずだ。魔法が使える者なら誰でもできる」

 俺は笑みを浮かべた。

「確かに強烈な魔力じゃな。特になにもしていないのに、強力な魔力を感じる。早く抜けた方がいいと思うぞ。お前さんも分かっていると思うが…」

「そうだな、急いで離れよう。速歩で真っ直ぐに進むぞ。絶対に走るな。振動でスライムが落ちてくるかもしれないからな」

 ウレリックと俺は先頭を切って進むと、適当な場所で足を止めて一息吐いた。

「あの、なんで急いだのか分からないのですが…」

 ミントが不思議そうに問いかけてきた。

「ああ、少しでも魔法が使えるのなら、そこここで魔力が高い、もしくは低いのなどの感覚を覚えた事はないか?」

「あっ、それはあります。先程の罠の場所では、冷たいという感じです。なんとなくですが…」

「なるほど、大体分かった。ミントはあまり魔法が得意ではないな。この強烈な魔力を感じていないという事は、魔力コントロールが難しという事だ」

 俺が指摘すると、ミントは苦笑した。

「バレてしまいしたか。実は私が使う回復魔法はごく簡単なものですし、結界も薄くてあまり役に立った事が…」

「待て待て、魔力のコントロールはコツを覚えてしまえばいい。ウレリックに相談しながら体得すればいいだろう。ところで、ウレリック、体は大丈夫か?」

 俺が問いかけると、ウレリックは頭を横に振ってから、笑みを浮かべた。

「大丈夫じゃ。全て吸収させた。お前さんはどうだ?」

「ああ、問題ない。危うくコントロールを失うところだった」

 俺が小さく笑うと、ミントが割り込んできた。

「それで、魔力が高いとどうなるんですか」

 ミントの好奇心に、俺は小さく笑った。

「元々はその質問だったな。魔法使いが魔力が極端に強い場所にいると、吸収された魔力が体内で爆発する事がある。それを抑えるために、各自のやり方で『魔力抜き』をやる。俺の場合は、真似されると危険なものなので、秘密にしておこう」

 俺は笑った。

「そうですか、秘密ですか…。では、ウレリックは?」

「あとで話そう。よし、もう大丈夫じゃ。サプライズとやらを楽しみにいこう」

 そんなウレリックに笑みを返し、俺たちはまた通路を歩きはじめた。


 通路をしばらく歩き、どこからか水音が聞こえてきた。

「水が流れる音ですね。ここは地下のはずなのに」

 ミントが不思議そうに聞いてきた。

「全員俺のあとに続いてくれ。十分なマージンを取っているが、変な罠があるかもしれん。そろそろ着くぞ」

 俺は笑みを浮かべ、明かりの魔法を数回連発して、行き先を照らした。

 少し明るすぎたかもしれないが、それくらいでちょうどいい。

 俺は念のため、破壊された罠が修復されていないか、全神経を集中させた。

「よし、罠ゾーンを抜けたぞ。十五分くらい休もう」

 ピリピリしていた神経が和らいでいくの感じ、俺は小さく息を吐いた。

 魔物と罠、どちらが怖いと聞かれれば、俺は間違いなく後者を選ぶ。

 魔物はうろうろして獲物を探すが、罠はただ静かに犠牲者を待つだけ。

 中には動き回る変な罠もあるが、俺がこの迷宮では、オーソドックスな罠だけだ。

「はい、シュナイザーさんの緊張感が私たちにも移って、緊張しました」

 ミントが額の汗を拭って笑みを浮かべた。

「そうだな。俺は魔物の相手はできるが、罠の類いは全くダメだ。最初は疑いもしたが、今では頼りになるガイドだと思っている。この先も頼んだ」

 カイルが笑った。

「うむ、ワシもじゃ。ミントの選択眼は確かじゃな」

 ウレリックが笑みを浮かべ、ポケットからパイプを取りだし、紫煙を燻らせはじめた。

「まあ、我ながら俺みたいな変な猫を、迷宮のガイドとしてよく雇ったと思うぞ。俺を指名やリピートするのは、コアな冒険者や妙に気に入ってくれた変人ばかりだぞ」

 俺は笑った。

「では、私たちもその変人に加わりましょう。この迷宮は、これ一回で終わるとは思っていません。まずは、どこまでいけるかです!」

 ミントは笑みを浮かべた。

「そうか…。この第一層は主に地上にいる獣が、なんらかの事態で魔物化しているようだな。だから、どこかでみたことがあるような魔物ばかりだ。だが、一つ忠告しておく。もし『死霊使い』に遭遇したら。俺が瞬殺するぞ。もたもたして、呪術を使われたら厄介この上ないからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「なんですか、その死霊使いというのは?」

 ミントが問いかけてきた。

「手早く説明すると、分かりやすく腐った死体などを連れて、迷宮内を当て所なく彷徨っている元人間だ。死霊使いになると、自分もそうなるとも知らずに、迷宮内に転がっている死体を使って自分の下僕を作ろうとするのだ。まあ、この階層ではまずいない。ここは手慣れた冒険者にとっては、通過するくらい平和だからな。もし、死体を見つけても通りかかった冒険者たちが回収していく。嫌だろ、こんなところに放置されて朽ちていくのは」

 俺は笑みを浮かべた。


 しばしの休憩の後、俺は再び一同を引き連れて、魔法の明かりが照らす中を進み。水音の源泉にたどり着いた。

「サプライズはここだ。知っているガイドは少ないぞ」

 俺は笑った。

「えっと、湖?」

 ミントが声を上げた。

 そう、目の前には魔法の光りに照らされて、暗い色ではあったが湖があった。

「うむ、確かに驚きじゃ。地下に湖とは、思いもよらぬ事じゃな」

 ウレリックが楽しそうに笑った。

「そうだな、確かにこれは一見の価値がある」

 カイルが笑った。

「まだ、この程度ではないぞ」

 俺は笑い、湖の中に明かりの光球を無数に作った。

 すると、真っ黒だった湖面が青白く光り、濃密な燐光が舞い上がった。

「えっ!?」

「うぉ!?」

「なんと!?」

 三人が同時に声を上げて、ひっくり返りそうになった。

「これが、サプライズだ。この湖は、魔力を感知すると光る微生物が住んでいてな。まあ、天然の仕掛けだ。燐光についてはまだ謎だが、それは研究者に任せておこう」

 俺は笑った。

「ま、まさか、こんな場所に、こんな素敵な…」

 ミントが絶句した。

「あ、ああ、言葉がでないぞ」

 カイルがポカンとしたまま、動けない様子だった。

「いやはや、長生きはしてみるものじゃな」

 ウレリックがなにかメモしながら、ポツンと呟いた。

「罠は面倒だが、こういう罠ならいいだろ?」

 俺は笑った。


 地下の湖で度肝を抜かした三人が落ち着くのを待って、俺は再びパーティの前に立って、ガイドとしてミントの要望を聞いていた。

「先程の湖は素敵でした。まだ、あのような場所はありますか?」

 ミントがニコニコしながら問いかけてきた。

「残念ながら、あそこ以外にはないな。特にこの地下一層は、もう目立った発見はないというほど手垢だらけだ。もっとも、何度も同じ通路を歩いていると、壁にある隠し扉があったりするから、冒険はやめられないな」

 俺は笑った。

「そうですか、さすがに発見から時間が経っていますね。こうなったら、まずはここで腕を磨きます。地下三層まででしたよね?」

「まあ、そう言われているな。それと、ウレリックはもう気が付いているようだが、俺はお前たちの実力をここでの動きで見ている。嫌だろうが、この先の地下二層から本番といわれているくらいに、いきなり厳しくなるからな。ガイドとして、難しいと判断した場合はこの層で地上に帰還する。先に進みたいのは冒険者の常だが、これは聞いて欲しい」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、薄々感じてはいましたよ。これはまた。手厳しい審査員だなと。よろしくお願いします」

 ミントが笑った。

「俺もだ。それほど鈍くはないつもりだぞ。これは、厳しいな」

 カイルが笑った。

「うむ、当然じゃろうて。して、今までの評定は?」

 ウレリックが笑った。

「まあ、この階層は魔物も温厚な方で、基本的に問題ないな。もう少し進むと、まともにな魔物が出てくる。期待しているぞ。最近は腕試しの冒険者がほとんどなのだが、大体はここの半分も進まないうちにリタイアしてしまう。ガイドとして二層に下りたのは、いつの事だったか。無論、俺はほぼ毎日この迷宮にきてチェックをして…おっと、チェックで思い出したが、ここでまだ開けられていない隠し扉を見つけたのだ。しかし、俺の背丈では小さな鍵穴に届かない。ガイドの暗黙の了解で、単身で迷宮のチェックにきた場合、なにか見つけても手をつけられないのだ。今日はガイドとしてここにきている。ミント、開けていいか?」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、もちろんです。これぞ、冒険の醍醐味です!」

 ミントが笑った。

「そうか、分かった。ここは俺が『鍵開け』の魔法で開ける。よほど特殊な鍵でもない限り、簡単に開けられるぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「待った。ワシらを評価しているのだろう。だったら、その場所まで案内してもらえれば、鍵はワシたちでなんとか開けよう。無論、攻撃魔法など使わん。まあ、見ておれ」

 ウレリックが笑った。

「よし、分かった。最短コースで案内しよう」

 俺は笑みを浮かべた。


 問題の隠し扉は、ちょうど地下一層の中央部にあった。

「少し急ごう。多少、距離あるからな」

 俺は先頭を行くミントの横に並び、すでに破壊されている罠を抜け、問題の隠し扉まで魔物は出ず、まともな罠もなかった。

「ここだ、分かるか。壁に開いた本当に小さな点だが…」

「うむ、これで昔はちょっとだけ弾けた少年だったのでな。さて、鍵穴、鍵穴…」

 ウレリックが積極的に動き、壁にそっと手を当てて、簡単には分からない小さな穴を探しはじめた。

 当然、俺は場所を知っているのが、ここで手だししては信用問題になる。

 よって、ここは様子を見守った。

「うむ、あった。確かに、これはそうと分かっていないと、気が付かんじゃろうな」

 ウレリックが笑みを浮かべ、ポケットから小さな金属製の箱を取りだし、なかから鍵開けの道具と分かる棒状のものを使って、鼻歌を歌いながらカチャカチャと音を響かせた。

「あ、あの、ウレリックってこんな特技があったんですね。どうしましょう?」

「俺に聞かれても困る。パーティ結成時に調べていないのか?」

 俺は笑った。

「全く、食えない爺さんだと思っていたが、やっぱりな」

 カイルが笑った。

 そのうちカチッと音がして、扉が勝手にゆっくり左にスライドして開き、中には金細工やらなにやら、いわゆる『お宝』が眠っていた。

 ここで、三人がどう動くかみていたが、それぞれの武器を構えて、真顔で来たるべきものに備えている様子だった。

「…シュナイザーさん、これが私たちの限界です。なにかいませんか?」

 ミントが問いかけてきた。

「安心しろ、なにもいない。むしろ、これを見た冒険者がなにをしてくるか分からん。急いで回収しろ。空間ポケットに放り込むんだ」

「わ、分かりました。みんな、いきなり大金持ちだよ。もう、馬屋の中を借りて寝なくていいんだよ。急いで!」

 ミントの声で弾かれたように三人が動き、山積みになっていたお宝はあっという間に三人の空間ポケットに収まった。

「あの、シュナイザーさんの分は…」

「いらん。あっても、使い道がないからな」

 ミントの問いに、俺は即答して笑った。

「そ、それでは、なにか罪悪感が…」

「いいから取っておけ。冒険者なんてやってたら、あちこち出かける機会が多いだろうし、路銀が尽きた時を考えろ。迷宮でこんなラッキーは、ほぼないからな」

 俺は笑った。

「そうですか…。では、決めました。私たちもここのガイドをして、迷宮をゆっくり探検したいです。大丈夫そうですか?」

 ミントがなにかすがるように見つめてきた。

「…なにかあったのか?」

 俺は小さく息を吐いた。

「そ、そんなところまで…。はい、実は六人パーティだったのですが、一人が迷宮で罠にかかって死亡し、それがきっかけでリーダーである私が悪いと仲違いして、二人は実力がある他のパーティにいってしまったのです。その時言い残された事が、次に挑む迷宮はここだと…。それなら、私たちも挑んで見返してやろうと思いここにきました」

 ミントが小さく息を吐いた。

「そうか…。まあ、オヤジに聞いてみよう。そんな思いを抱えてこの先に進めば、確実にやられてしまうぞ。一度、地上に引き返そう。頭を冷やすためにな。さて、あとの二人はそれでいいのか。まともな給料は出ないぞ」

 俺が問いかけると、二人は笑みを浮かべた。

「まあ、どこかに長く腰を据えた事がないからな。リーダーのいう事だ。俺は異存ないぞ」

 カイルが笑った。

「うむ、最近はちと移動が面倒になってきたからな。ワシも文句なしじゃ」

 ウレリックが笑った。

「みんな、ありがとう。シュナイザーさん、なんとか交渉のお手伝いをお願いします」

 ミントが笑みを浮かべた。

「分かった。オヤジの事だから嫌とはいわないだろうが、ガイドとして使えるようになるまで、しばらく研修期間があると思え。まだ、地下一層も回ってないのだからな。リーダーは変わらず、俺がガイドとして付き合う形になるだろう。実践が一番早いからな。まあ、ゆっくりやろう。よし、地上に引き返すぞ」

 俺は苦笑交じりで笑った。


 ごく普通の迷宮探索だったはずが、なにか自分の中の鍵穴にはまる鍵を見つけたようで、ミントがここのガイドをやりたいといいだし、カイルもウレリックもそれ同調したため、急遽外に戻ってやるべき事が出来た。

 俺はあえて前には立たず、最後尾で三人の様子を見る事にした。

 まだまだ要練習の必要な罠解除はミントがやり、戦闘のメインはウレリックの魔法で、そこからはみ出した魔物は、カイルとミントが剣と銃による攻撃で仕留めるという、回復担当がいない事以外は、なかなか均整の取れたパーティだった。

「うむ、なかなかやるな。初心者なのは確かだが、三人ともいい線いっているし、三人で組めば、この一層なら問題だろう」

 俺は頷いた。

「そうですか、ありがとうございます。冒険者になってまだ数年なので、不安が多くて …」

 ミントが苦笑した。

「そうだな。俺もこの仕事をはじめた…というより、やらさせられたのだが、なにをどうすればいいのか分からなかったからな。オヤジが俺を正式にガイドとして認めたのは、三年くらい経ってからだ。別に認められたくはなかったのだが、メシをもらっていた手前、逃げるわけにはいかない。まあ、要するに、とっととガイドになれって事だ。必要最低限の情報は渡す。まあ、いきなり詰め込んでも頭に入らんからな」

 俺は身を浮かべた。

 しばらく進んでいくと、向こうから明かりの魔法がみえて、誰かがやってくるのが分かった。

「おっ、同業者だな。端に寄って道を空けてくれ」

 俺は一度立ち止まって、ミントたちが通路の壁際に寄ったところで、俺は呪文を唱え、小さな青い光球を浮かべた。

 程なく相手も青い火球を浮かべ、お互いに敵意がない事を示した。

「よし、これで問題ない。このまま一列で進もう」

 俺たちはゆっくり通路の端を歩き、相手も避けたのが音と気配で分かった。

 パーティ同士のすれ違いは、なかなか気を遣う。

 相手がどう動くか分からないので、こうやってお互いに落ち着いているという意味で、光球による挨拶のような事をするのだ。

「ああ、このパーティのガイドが分かった。パーレットだな。見習いにサーシャとバイオレットを連れているはずだ」

 俺は足音でガイド仲間の、パーレットという女傑が相手だと分かった。

 明かりの魔法に照らされると、実はお前がリーダーだろという感のあるみかけのパーレットが笑った。

「おう、猫。今日も好調か!」

 パーレットが元気に声を上げた。

「まあ、ボチボチだ。これから地上に帰る」

 俺は笑った。

「そうかそうか。なんかいい話ある?」

 パーレットが声を上げると、迷宮ではいつも後ろにチョコチョコついている、サーシャとバイオレットが、即時メモ態勢に入った。

「そうだな、中身は空っぽにしてやったが、公式マップのC-6エリアに隠し部屋があったぞ。特になんて事ない仕掛けだったんだんだが、あそこはつまらん場所だろ。今まで通った冒険者はもちろん、ここの細部を知っているガイドですら気が付かなかったのだ。まあ、俺も見つけたのは約三日前だがな」

 俺は笑った。

「あ、あそこに!?」

 パーレットが素っ頓狂な声を上げた。

「こら、あまり大声を出すな。スライムの餌食だぞ。枯れた階層といわず、再調査が必要だな」

「確かにね。これは、仕事が暇な時にやろうかな。それぐらい?」

 パーレットが笑った。

「まあ、そんなもんだな。あとは、特にない。ああ、そうだ。今は客として俺がついているこの三人だが、珍しい事にガイドとして働きたいそうだ。しかも、オヤジのビルヘルム堂でだ」

 俺は笑った。

「な、なにそれ、この三人が三人とも?」

「うむ。その通りだ。オヤジが首を縦に振ったら、俺が指導する事になるだろう。前から、ミント、カイル、ウレリックだ」

 俺が紹介すると、三人は和やかに右手を差し出し、パーレットが笑顔でそれに応じた。

「散々名前が出てるけど、私はここでガイドやってるパーレット。よろしく!」

 パーレットは笑った。

「よし、お前も俺も仕事中だ。挨拶はこのくらいでいいだろう。またな」

「おう、死ぬなよ!」

 パーレットは手を上げて迷宮の奥に向かっていき、十二人という大所帯のパーティを引っ張って去っていった。

「…見ました。あの二人がいました。荷物運びのように使われていて、一瞬だけですが私を睨んでいきましたからね。私たちとほぼ同等の経験ですから、よく入れてもらえたなと思うくらい、私のパーティから先程のパーティに入れたようです。でも、単に小間使いが欲しかっただけのようですね。胸につかえていたものが取れました」

 ミントがベッと舌を出した。

「おい、あまり滅多な事をいうものではないぞ。まあ、気持ちは分かるがな」

 俺は苦笑した。


 地上へ向かう俺たちが進んでいる通路は、少し遠回りだが魔物との遭遇率が低く、罠もほとんどないという、いかにも初心者という感じの客だった場合、ここを使うガイドが多い場所だった。

「おう、猫。珍しく仕事してるな」

「なんだ、足音が聞こえたと思ったら、アリスか。相変わらず、調査熱心だな」

 俺は笑った。

「うるさい、お前だってそうだろ。珍しく仕事してるから、なんか面白い」

「なにが面白いのか分からんが…。まあ、俺たちはこれでも先を急いでいる。また会おう」

 俺はアリスに笑い、再びミントたちを引っ張って地上を目指した。

「みなさん、元気そうですね」

 ミントが笑った。

「ガイドなら迷宮に入れば、誰でもモードを切り替えて、やる気全開で進むものだ。逆に、そうなれない時は、絶対に入らない。例え、仕事が入ってもだ。俺など、迷宮にいかない日はテントの片隅で、猫缶黒印でも食って寝ているだけだ」

 俺は笑った。

「そうですか。店主さんに認められれば、私たちも一緒に眠れますね」

 ミントが笑った。

「まあ、元々流行っている店ではないからな。オヤジは客のプライベートな時間は見ないとかいって、隣に張った青い小さなテントで寝ているが、俺はサービスなんてできないから料金を多少安くしたらしい。オヤジが採用といえば、もう仲間だからな。客扱いされると思うなよ」

 俺は笑みを浮かべた。


 さすがに『超快速ロード』とガイドの間で呼ばれているコースだけあって、魔物に遭遇する事もなく、変な罠もなく、俺たちは地上へと無事に戻った。

「よし、全員無事だ。三人とも、どこか体に異変はないか?」

 俺は三人に問いかけた。

「はい、私は大丈夫です」

「ああ、俺もだ」

「ワシも問題ないぞ」

 それぞれ三人の答えに満足し、俺はゆっくり歩いてビルヘルム堂に向かった。

「なんだ、ヤケに早いな。ちゃんと仕事したのか?」

 ビルヘルム堂に着くと、オヤジがビックリして声を上げた。

「はい、親切にして頂きました。そこで、お願いなのですが…」

 ミントが思い切ったという感じで、オヤジにガイドとして働きたいという旨を伝えた。

「ちょ、ちょっと待った。おい、どんな仕事してきたんだ!?」

 オヤジがぶっ飛ぶような勢いで、背中からすっこけた。

「どんな仕事もなにも、普通にガイドしていただけだぞ。一層で見つけた隠し部屋を開けたという事以外は普段通りだ」

 俺は笑った。

「な、なに、今度は隠し部屋だと…ああ、これは普通だな。発見した階層が浅いだけだ」

 オヤジが立ち上がり、ミントの肩をポンと叩いた。

「まだ不可能だ。もう少し腕を上げないと、ガイドとして迷宮に入るのは難しい。そこで代案がある。助手という名目で、シュナイザーのサポートをするのはどうだ。雇わないとはいわん。それで、学ぶ事も多いだろう」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「えっ、さ、採用ですか?」

 ミントが声を上げた。

「ああ、三人ともな。ただ、問題がある。給料は小銭程度しか出せないぞ。儲けがでないから人が雇えん、人が雇えんから儲けがでない。これは、なかなか厳しいぞ。まあ、シュナイザーの事はこの界隈では知れてるからな。それが救いだな」

 オヤジは笑った。

「なんだ、てっきりごねるかと思っていたんだが…」

 俺は冗談を混ぜて笑った。

「あのな、この店は深刻な人材不足なんだぞ。これは願ったり叶ったりのチャンスなんだ。おい、しっかり指導しろよ」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「よし、決まったな。今日はもう休みだ。夕刻も近い。オヤジ、俺と三人はここでいいのか?」

 俺はオヤジに問いかけた。

「今日は客がいないから、俺もこっちで寝る。これは、直接希望を聞いた方が早いな。テントなら予備があるから、自分の部屋が作れるぞ」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「俺のオススメは、個別の部屋だな。客がいると、一緒に寝るのはかなり気を遣う。俺がこっちの面倒をみるから、寝る時くらいはプライバシーを確保した方がいいだろう」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうだな。それじゃ、個別をお願いしよう」

 カイルが笑みを浮かべた。

「まあ、こんなジジイでも落ち着く場所は欲しい。手間をかけるがそうしてくれるかの」

 ウレリックが笑った。

「はい、その方が女の子としては嬉しいです」

 ミントが笑みを浮かべた。

「分かった。テントを組み立てるから、ちょっと待ってくれ」

 オヤジが外に出て、さっそく小さなテントを組み立てる音が聞こえてきた。

「あっ、手伝いに行きましょう。カイルとウレリック、いきますよ」

 ミントたちがテント出ていって、俺は苦笑した。

「やれやれ、これは賑やかになりそうだ。まあ、これも悪くない」

 俺は呟き、テントの壁際で横になったのだった。

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