第23話 仕事開始
翌朝、ずっと閉まっていたテントの幕が全て開き、いつもの紹介業務の他に本業のガイドも再開した
すると、さっそく冒険者たちが現れ始め、アリスと俺は迷宮探索用の装備を整えた。
そこに、ちょうどよく恰幅のいい戦士が束ねていると分かる、六名パーティがやってきた。
「よう、元気か。この迷宮にはガイドが必要なんだってな。変わった猫と凄腕の女がいると聞いたが、確かにそのようだな。さっそく出発したいのだが…」
戦士が豪快に笑った。
「はい、いますよ。ですが、これはこの村の掟みたいなものがありまして、まずは一泊して頂いて、選んだガイドと気が合うかどうか確かめる必要があります。迷宮内でガイドなしになれば大変ですからね。猫はシュナイザー、女性の方はアリスといいます。それでよければ、ガイド料をお支払い下さい。猫は金貨一枚、アリスの方は金貨二枚になります。ガイドを決めてからで構いません」
オヤジが営業スマイルで、冒険者たちに伝えた。
「そうか。安いな。気に入った、それが決まりなら従おう。一泊となると宿が必要だな。どこかにあるか?」
戦士が笑みを浮かべた。
「はい、この村には宿がありません。みなさん、それぞれここで紹介した店にいって、ガイドと親睦を深めます。ここはテント内なので、寝心地はイマイチかもしれませんが、食事付きです。決めていたければ、さっそく準備しますよ」
オヤジの言葉に、戦士が頷いた。
「一泊の休憩みたいなものだ。贅沢はいわん。それに、楽しそうだしな」
カラトが笑った。
「分かりました。では、さっそく準備します。ラグ、布団の準備を」
オヤジの言葉にラグが頷いて、隅に畳んで積んであった布団を敷き始めた。
「布団とは珍しいな。前に寝かせてもらった経験があるが、なかなか新鮮で面白かった」
戦士がさっそく自分の場所を確保して、おもむろに剣の手入れをはじめた。
「カラト、また勝手の陣地を確保して。私たちは、どうしましょうか。今さら全裸をさらしてしても問題ないですが」」
明らかに魔法使いの女性が笑った。
「ラグ、あれだ」
オヤジの言葉にラグが動き、壁にあったボタンを押して、するするとテント内を区切るカーテンを引いた。
「おっ、気が利くね。それじゃ、そっちは男エリアね」
魔法使いが笑った。
「なんだよ、寂しいな。こっちは俺とアラン、マージだけだぜ。まあ、いいけどな」
戦士ことカラトと、薬瓶を腰の周りのベルトに多数ぶら下げた、いかにも回復士と分かる男、そして、せっせと自分の荷物を片付けている爺様が男チームだ。
「そっちと同数でしょ。そういや、自己紹介がまだだったね。あとでやろう」
カーテンの向こうから声が聞こえた。
「そうだな。メシの時にでもやるか」
カイルが笑った。
夕刻になり、オヤジが隣から調達してきた、テイクアウトの晩メシが用意された。
「この辺りでは、そこそこ美味しい食堂です。今日はステーキだそうで」
オヤジが笑った。
「おっ、さっそく食おう。冷めたらいかん」
カラトの音頭でメシが始まり、俺は猫缶一個を平らげた。
「美味しいですね。なかなかです。あっ、私はコックのアリアです」
女性陣の一人が笑った。
「コックか。迷宮では貴重な存在だ。コックを連れているパーティは、かなり珍しいな」
ただの保存食だけでは、迷宮探査の士気に影響する。
それを裏で支えるのがコックの役目だ。
「はい、アリアと申します。迷宮内の料理はお任せ下さい」
まだ少女という感があるアリアが笑った。
「そうだな、美味い。今まで食ってきたメシの中でトップテンに入るほど美味いな」
カラトが笑った。
ちなみに、なにを考えたのだか、朝から分厚いステーキだったが、それに文句をいう者はなく、食後はラグが煎れてくれた紅茶で〆となった。
「よし、今日は迷宮だ。どこまでいけるか楽しみだ。ガイドはシュナイザーに頼もう。もとより、珍しい猫ガイドがいると聞いて、ここにやってきたようなものだからな」
カラトが笑った。
「うむ、俺の方は問題ない。準備してくれ」
俺は身震いしてから、ミントをみた。
「ミントたちは留守番だ。このままアリスにお呼びが掛からなければ、迷宮の事についてレクチャーしてもらってくれ。座学も訓練の一つだからな」
俺が笑みを浮かべると、ミントが頷いた。
「はい、頑張ります」
何やら気合いが入っているミントに、俺は苦笑した。
「やり過ぎるなよ。肩から力を抜け。さて、カラト。皆の準備は出来たか?」
既に準備を終えた様子のカラトに声をかけた。
「よし、問題なしだ。さっそく行こうか」
カラトが頷いて親指を立てた。
「では、いこう。この迷宮は初のようだから、そんなに無茶な事はしない」
俺は笑い、カラトのパーティを引き連れて迷宮に向かった。
早朝のこの時間、同業の隊列が迷宮に向かって進んでいく。
こんな場所で張り合っても疲れるだけので、あくまでマイペースで進んでいった。
「実はこの迷宮は、少しおかしくなっている。本来なら下の階層にする魔物が出る事もあるのだ。その際は、倒せそうなら倒す。それがダメなら、俺も加勢するが万が一の時は真っ直ぐ地上に出る。いいな?」
俺は雑談に交えて伝えた。
「ああ、それで構わない。基本的に俺たちが戦闘を行う。そういう認識でいいんだな?」
カラトが小さく笑みを浮かべた。
「そうだ。俺はガイドだからな。先頭を歩くが、俺は罠の解除だけだ。それも任せた方がいいなら、罠があったら教えるだけだ。これはガイドの仕事だからな」
俺は笑みを浮かべた。
「分かった。罠の解除は任せよう。実は、罠は苦手なんだ」
カラトが苦笑した。
「うむ、分かった。罠は俺が始末しよう。さて、見えてきたぞ」
いい加減朽ちた感じが漂う迷宮の出入り口近くに移動すると、俺は出入り口の隣に張り付いた。
「おう、どうした?」
なにやら不思議そうにカラトが問いかけてきた。
「なに、この迷宮の風物詩だ。基本的に昼はさほど強い魔物は出ないが、夜はハッピータイムだ。様々な理由で命に関わるような事態になれば、物陰に隠れて不安の中で魔物をやり過ごすしかない。その一団が、夜明けと共に弱体化した魔物を退け、狂ったようにこの出入り口に殺到するのだ。俺は間欠泉と呼んでいるが、巻き込まれたら怪我の元だからな。それらが通過するまで待つんだ。もうすぐ来るぞ」
俺が呟くように笑うと、いきなり出入り口から死に物狂いの冒険者たちの群れが飛び出てきた。
「うぉ、これは凄いな」
カラトが笑った。
「油断はするなよ。明日にはこの間欠泉の仲間入りをするかもしれんからな」
俺は笑みを浮かべた。
「そうならないように気を付けよう。さて、流れが止まったが…」
カラトが真面目な顔になった。
「うむ、もういいだろう。入るぞ」
俺が一歩踏み出そうとした時、カラトのパーティが円陣を組んだ。
「よし、行くぞ。安全第一だ。全員気を付けろ」
カラトが声を上げ、最後に気合いの入った声を上げ、全員が円陣を解いた。
「なんだ、安全の祈りか?」
俺が問いかけると、カラトが笑った。
「初めて入る迷宮に前をした時に、必ずやるルーティンみたいなものだ。細かい事だから気にしなくていい」
カラトが笑みを浮かべた。
「そうか。まあ、人のやることに、いちいち必要以上に気にするべきではないからな。よし、迷宮に行こう」
俺は皆の先頭に立ち、一行を率いて迷宮に入った。
一層は初心者たちが集う場所。
ここで迷宮に備えて調整したり、魔物や罠と戦って様子をみる場所で、ここをクリア出来ないようでは、話しにならない。
「さて、まずは腕を見せて欲しい。この一層なら、さほど難しくはない」
俺は笑みを浮かべた。
「分かった。お眼鏡にかなえばいいがな」
カラトが笑った。
「ここは死の空気が強く漂っていますね。この迷宮は三層まであると聞いてますが、かなりの挑戦者が散っていったようですね」
魔法使いのマージが声を上げた。
「そうだ。俺が知る限り、まだ三層を完全踏破した者はいない。この準備階層ですら、無理をすれば簡単に命を落とす。忘れないでくれ」
俺は頭の中にあるマッピング情報を思い返した。
そのままゆっくり進むうちに、俺は足を止めた。
「ん、魔物だな。任せた」
俺は列の最後尾に移動し、一瞬で全員が戦闘態勢を取った。
「…慣れているな。そこらのへっぽこではない」
俺はそれに満足し、万一のサポート態勢に入った。
「ブラックゴブリンだ。ロードもいるな。数は四十程度」
カラトの声に、マージが呪文の詠唱を開始した。
ブラックゴブリンとは、俺が知る限りこの迷宮にのみ生息するゴブリンの特殊個体だ。
とはいえ、夜目がかなり強化されている程度で、ゴブリンはゴブリンだ。
「ファイアボール!」
マージが裂帛の気合いとともに火球を打ち出し、まだ姿が見えない通路の闇にド派手な爆音と火炎が弾けた。
「うむ。中級火炎攻撃魔法の初歩か。雑魚はこれで十分だろう。あとは、ロードに気を付けろ。間違っても、迷宮を破壊するような派手な魔法は使うな。生き埋めはは嫌だろう」
俺の声にマージが頷き、魔法の明かりの下にブラックゴブリンロードが一体出現した。
先ほどのファイアボールで焦げ臭い体ではあったが、その頑丈さは通常のゴブリンロードと同程度。難敵である事は確かだった。
「マージ、聞いただろ。あとは、俺たちの仕事だ」
カラトの声と共に、前衛を担うカラトと剣士のナターシャがロードに向かって斬り進んでいった。
ロードが振り回す棍棒のような武器を器用に捌き、二人のピタリと合った連携で斬りかかっていたが、頑丈な皮膚に守られているロードに打ち負けて、カラトの剣が折れてしまった。
「ちっ、格好つけてなれねぇ剣なんか使うんじゃなかった。本来はこっちだ」
カラトが折れた剣を放り投げ、空間ポケットから巨大な戦闘用の斧を取りだした。
「はい、剣は私の専門です。なにをしているのやら」
この戦いの中でも余裕があるようで、剣士のナターシャが笑った。
「いいだろ、たまには。さて、畳んじまうか」
カラトは笑い、先ほどよりもスピードを上げて、あっという間にロードを倒した。
「うむ、いい感じだな。一層では最強種の部類に入るが、これなら大丈夫そうだ」
俺は笑った。
引き続き、俺が先頭の隊列に組み直して進むと、かなり立派な装備に身を固めた六人パーティが通路に倒れていた。
「よし、止まろう。まずは、安否の確認だな」
俺がつぶやくと、カラトとナターシャがそれぞれの容態を確認し、一斉に首を横に振った。
「そうか…。これは、多分罠だ。魔物なら食われている。まずは」
俺は鎮魂の魔法を使い、軽く黙祷した。
「よし、これでいい。死体はこのままでいいぞ。この一層は、定期的に死体回収されるから問題ない。顔色からして毒にやられている。むやみに触ってはいかん」
俺は小さく息を吐いた。
明日は我が身。気を引き締めないとならない。
「そうか、それはいいな。それにしても、いきなりで少しはショックだったが、死体回収まであるんだな」
カラトが苦笑した。
「まあ、大体が初心者たちだが、経験豊富なベテランが食われる事がある。さて、俺の出番だな。罠があるはずだ」
俺は念のために隊列を少し下げ、通路や壁を念入りに調べた。
「…よし、あったぞ。三重の仕掛けがある。二本目までは作動済みだが、三番目のワイヤーが生きている。ここには罠などなかったのだが、この迷宮ではたまにある。気を付けよう」
カラトたちに一言告げ、俺は残った一本のワイヤーを黙らせる作業を開始した。
床すれすれに張られたワイヤーに触れないように気を付け、空間ポケットから道具を取り出して作業を始めた。
ワイヤーを辿って壁際に進み、僅かに違和感がある部分を丁寧に掘り返して、現れた空間に簡単な機構を見つけ、それを破壊してセットされた毒矢を取り外した。
「これでいい。あとは、紛らわしいので、ワイヤーを切ってしまおう」
俺はワイヤーを切断したが、大方破壊済みの罠が作動しない事を確認した。
「よし、罠解除が終わったぞ。足下注意だからな」
俺が笑うと、緊張した面持ちだったパーティメンバーが一様にため息を吐いた。
「こりゃ、魔物の方が楽だな。俺はこういう作業が苦手なんだ」
カラトが笑った。
「この程度は必須技能だ。ガイドとしては、やり甲斐があっていい刺激だがな」
俺は笑ったのだった。
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