第28話 こんなラッキーな事もある
二層から地上に向かう俺たちは、途中で雑魚を排除しながら、順調に歩みを進めていた。
三層に続く階段近くまで到達した事で、なにやら嬉しかったらしく、カイルをはじめとしたパーティの面々も士気が高かった。
これはいい事なので、俺は少し安心しながら、先頭を切って進んでいた。
「うむ。今のところ順調だが、油断しないでくれ。今までいなかったキメラやアイアンアントにも遭遇している。二層なら標準的な魔物だが、少々数が多いな」
俺は小さく息を吐いた。
キメラは複数の動物や魔物を合成した魔物で、魔法でなければ生まれない。
アイアンアントは、二層では珍しくもないが、固い表皮に全身を覆っている巨大なアリで、物理的な攻撃はなかなか通らないが、魔法を使えばあっけなく倒せるので、群れに出遭わなければ、さしたる驚異にはならなかった。
「分かっているよ。行きとは違って、帰りは少し運動が出来そうだな」
カイルが笑った。
「運動か。俺も最近鈍っているからな。帰ってから、トレーニングメニューを見直そう」
俺は笑った。
「そりゃいい。ところで、聞こえるか?」
声のトーンを落として、カイルが声をかけてきた。
「ああ、聞こえる。三百メートル先だな。戦闘中だ」
俺は小声で返し、歩く速度を落とした。
そのままゆっくり進んで行くと、通路で暴れるアイアンアント三体と冒険者たち五人、ガイドが一人とういう構成で戦っている場に出くわした。
「うむ。戦士に剣士、魔法使いとヒーラー、呪術師までいるな。バランスは申し分ない。練度も高いようだ」
俺は戦闘の場が見える範囲で待機して、注意深く見守った。
「…あのガイドは見慣れないな。どこかの新人だと思うが、少し戦闘に介入しすぎだ。気持ちは分かるが、パーティの足を引っ張ってさえいる。本人は気がついていないようだが、自分で気が付かなければ意味がない」
俺は小さく息を吐いた。
みているうちに、前衛の戦士と剣士が敵が少し後退した。
その動きについていけなかったようで、数秒遅れたガイドがアイアンアントに捕らえられ、頭から食われてしまった。
「ほら、やった。ああいうガイドには、同情の念は湧かん。むしろ、残されたパーティが心配だ」
ガイドが積極的に戦闘に参加しない理由の一つだ。
最悪、自分だけになってしまっても救援要請にいけるし、様々なバックアップも可能である。ガイドの仕事は、道案内だけではない。
「うむ、そろそろ終わるな。あとはキメラアントが一体だ。ガイド不在では、この先危険あろう。声をかけてみよう」
などと、一人で呟いているうちに、最後にキメラアント魔法で燃やされ、魔物たちは一掃された。
「ふぅ、まいったな。あのポンコツガイドのおかげで、ずいぶん手間取ってしまった」
剣士が小さく息を吐いた。
「全くだ。しかも、真っ先にやられたしな。死者を悪く言いたくはないが、邪魔だったうえにこれではな。一応、マッピングはしているが、本職のシーフやマッパーには勝てないから、使い物になるか分からん」
戦士が苦笑した。
「よし、いくぞ」
俺は全員に声をかけ、再び通路を歩きはじめた。
「おっ、待機組だな。すまん、戦闘に手間取ってしまった」
剣士が苦笑した。
「なに、気にするな。怪我はないか?」
俺が問いかけると、剣士は笑みを浮かべた。
「なに、すり傷程度だ。見ていたなら分かるだろうが、ガイドがいなくなってしまった。目的地は上か下か?」
「ああ、三層の入り口から地上へ向かっている。嫌な予感がして引き返してきたのだ」
俺は笑みを浮かべた。
「そうか、俺たちも地上に戻る途中だ。しかし、ガイドがやられてしまった。俺たちだけでもなんとか帰還出来るとは思うが、保険として仲間に加えて欲しい。猫のガイドは有名だからな」
剣士が笑った。
「うむ、問題ない。但し、こちらも商売だからな。うちの標準価格で金貨一枚だ」
俺が笑うと、剣士が笑った。
「いや、失礼。ビルヘルム堂は、なんでも金貨一枚と聞いていたが、本当らしいな。分かった。よろしく頼む」
こうして、俺たちのパーティは一気に大所帯になってしまった。
大人数をガイドした経験はあるが、大体最大でも五人程度のパーティをガイドする事が多い。
最初から同一パーティなら問題ないのだが、迷宮内の即席パーティでは色々面倒な事が起きる可能性が高い。
これは、神経を使うなと思っていたが、どうやら馬が合うようで、全員が全員見事に連携をして、魔物を危なげなく排除しながら、地上に向かっていた。
「前方から足音が聞こえてくる。数は一名だな。…聞き覚えがある。止まって壁際に寄ってくれ」
俺たちは壁際に避けて、相手の通過を待った。
程なく前方に小さな明かりが見え、カンテラをぶら下げた女性が現れた。
「なんだ、誰かと思ったら猫か。調子はどう?」
黒髪を短くした彼女が笑った。
「なんだ、お前か。また暇つぶしか?」
腕の腕章は赤に青。私的に調査行動中を意味するものだ。
「そう、暇つぶし。どっかにお宝情報ない?」
女性が笑った。
「ああ、それならBブロック北側に隠し扉があるぞ。ちょっと、地図を貸せ」
「えっ、冗談でいったんだけど、マジであったの。ちょっと、速く。あたしの宝がどっかいっちゃう!」
女性…リズという、もう何年付き合っているか忘れるほどのガイド仲間が、自分の鞄からボロボロのノートをバタバタと取り出した。
「えっと…。ほら、この辺りだ。探してこい」
俺は笑った。
「分かった。帰ったらなんか奢る。じゃあね!」
そのままダッシュで迷宮の闇に消えていったリズに、俺は苦笑した。
「へぇ、まだあったんだな」
カイルがのんびりと呟いた。
「うむ、いくらでもある。一度開けた部屋は、また一定時間で閉ざされ、なに事もなかったかのように、財宝が入っている。だからといって、お宝欲しさにそこで待つような事をするなよ。扉が閉ざされるのは数十年か数百年後だ。生きている間に、一度あるかないかだと思え」
俺は笑った。
「なるほどな。まあ、俺たちは最初の一つで十分だ。いきなり、大金持ちになっちまったから、どうしていいか分からん」
カイルが笑った。
「まあ、大金持ちになってしまったかは、鑑定待ちにしておいてくれ。ビルヘルム堂に戻ったら俺がやる。村にも鑑定屋はあるが、馴染みの客でなければ、買い叩くからな」
俺は笑った。
「そうか。まあ、過剰な期待はしないでおこう。楽しみだ」
カイルが豪快に笑った。
「私としては、魔法書の数冊でも揃えたいところです。魔法書はとても高いんですよ」
マージがクスリと笑った。
「それは知っている。なんなら、俺が魔道具を作ってもいい。宝石などそれ単体だとさしたる値段は付かないからな。一応いっておくが、俺は錬金術の心得があるぞ」
俺は笑った。
錬金術とは、様々な素材を集めて錬成し、別のなにかを生み出す技術だ。
魔力を使うので、取りあえず魔法扱いではあるが、厳密にはそれと違う。
例えば、ただのルビーがあるとして、それになんらかの魔法を付与する。
こんな魔法はないので、俺は魔法と別として考えている。
「へぇ、本当に器用だな。これで、剣技でも使えれば最強だな」
カイルが笑った。
「馬鹿者。爪楊枝サイズの剣でなにが出来る。せいぜい、チクチク刺して嫌がらせするくらいだな」
俺は笑った。
俺は、大人数のパーティを率いて、小休止を挟みながら順調に一層に上がる階段を目指していた。
どうしても大人数だと、進行速度が遅くなる。
俺の腹時計だとそろそろ夕刻といった時間のため、早めに野営地を探さねばならない。
「さて、どうするか。最寄りの安全地帯まで、もうすぐだな。狭いが、そこにするか」
俺はブツブツ呟きながら、狭い通路を進んだ。
安全地帯とは、この迷宮内にあちこち点在する場所で、文字通り魔物との遭遇率が低いエリアだ。
大体はちょっとした広場になっているので、この人数でテントを張っても邪魔にはならないだろう。
魔物との遭遇もなく、俺たちは無事に安全地帯に到着した。
「よし、今日はここで夜営だ。準備をしよう」
俺たちはさっそく広場の壁よりにテントを張り、途中で合流したパーティの様子を見た。
こちらも手慣れた様子でテントを張り、椅子とセットになった折り畳み式のテーブルを設置して、野外コンロを設置している様子だった。
別に競っているわけでもないだろうが、こちらも全員で様々な準備を終え、アリアがなにやら料理をはじめた。
こういう時、お互いの食事は各パーティでそれぞれ行うのがマナーだ。
どちらも食材には限りがあるし、最初から一緒なら準備も出来るが、こういう途中参加パーティの場合、それぞれがお互いに物資を共有する事は基本的にない。
かといって、交流することはあり、恐らく食後はささやかな飲み会になるだろう。
「さて、今日は久々に猫缶がいい。あれは、癖になるからな」
俺は動く全員を見まわし、小さく笑みを浮かべた。
晩メシも終わり、やはりそれぞれのパーティで友好を深めるべく酒宴が始まった。
この程度なら、お互いにおつまみを提供して酒を飲む程度の事はする。
ここだけの話し、俺は結構酒に強い方なのだが、水瓶に落ちて溺死するのは嫌なので、ひっそりと隅の方で、ポケット缶に入れてあるマタタビ酒をチビチビ飲んでいた。
「おっと、忘れていたな。結界を張ろうか」
俺は呪文を唱え、いつもの強力な結界を張った。
ドーム状にした結界内部には、いつも忘れてしまうトイレも作り、さすがにシャワールームは作らなかったが、水が豊富な場所ならそういう事も可能だ。
時間は夜。
相変わらず騒がしい夜の迷宮は、慣れてしまえばどうという事はない。
「さて、見張りをしよう。全員、まだ宴の真っ最中だからな」
俺は小さく笑みを浮かべ、辺りの様子を探った。
安全地帯とはいえ、完全に魔物が出ないわけではなく、時折結界壁にコウモリのような魔物が衝突して粉々に砕けたり、二足歩行で手に戦斧を持った中程度サイズの魔物が躓いて転んだり…。まあ、結界内でもそれなりにうるさかった。
「おっ、見張りか?」
酒の入った少し大きめのグラスを持って、カイルが近寄ってきた。
「まぁな。気にせず楽しんでくれ。ガイドは忙しいのだ」
俺は笑った。
「そうか、分かった。あとで割り振りを考えるから、しばらく待ってくれ」
カイルが笑った。
「いや、俺だけでいい。気にせず飲んでくれ。念のためにいっておくが、明日は早起きだぞ。最速で一層に向かうからな」
俺は笑った。
全員が全員とも分かっていたようで、早々に酒宴を切り上げた面々は、それぞれに自分たちのテントに収まった。
俺にとっては、これからが本番。
みな寝静まった頃には、結界内部も静かになり、遠雷のような地響きとうなり声、時折悲鳴のような声と、毎度おなじみの様子だった。
「やれやれ。それにしても、向こうのガイドは最悪だったな。たまたま、俺たちが通りかかったから良かったものの、いなかったらかなり困った事になっただろう」
俺は小さく息を吐いた。
顔を見知らなかったという事は、小銭稼ぎのモグリだろう。
ここは、村独自のライセンスが必要で、ちょっと経験がある程度の冒険者では、まるで役に立たない。
「全く、どこの店でも警戒はしているのだがな。オヤジも啓発活動をしているが、たまにいる。こういう手合いはな」
俺は苦笑した。
ちなみに、ライセンス発行の条件は、三層の決められた場所に設置してある機械に手を当てる事で登録操作を行う事。
これがまた面倒で厄介な場所にあり、俺もオヤジが引っ張ってさえいなければ、かなり手間取っただろう。
チートではあるが、俺はガイドになりたかったわけではないので、全てはオヤジの責任である。
「うむ。あと二時間くらいで起こすか。もっとも、俺の腹時計だがな」
俺は小さく笑った。
一層にもあるが、二層にもある快速ルート。
あの毒の沼地から続くこのルートは、遮るような壁も少なく、魔物にも滅多に遭遇せず、なおかつ罠もないという、まさに脱出向けのルートだった。
「よし、朝メシは済ませたな。撤収だ」
特に問題なく夜を越えた俺たちは、急に静かになった迷宮の中、みなが夜営の撤収作業を粛々と進める中、俺は辺りを警戒していた。
この撤収時に油断しやすいので、これは注意が必要だった。
実際、こういう時に魔物の襲撃に遭い、普段なら十分対処出来るはずなのに、やられてしまうケースは珍しい事ではない。
「シュナイザー、こっちもあっちも準備が出来た。進もうか」
カイルの言葉に俺は頷き、隊列を整えてから、再び通路を進みはじめた。
しばらく進むと十字路があり、そこを右に曲がってすぐ左、次はT字路を左に曲がって…。すぐ。
「よし、快速ルートに入った。ここから先は、少しは安心していい。とはいえ、油断はするなよ」
俺は気を引き締め、快速ルートを歩きはじめた。
快速ルートといっても、そういう通路があるわけではない。
あくまでも、分岐点が少なく魔物や罠が極端に少ない通路を結び、魔物の出現率が少なく、罠もないという感じで、勝手に呼び始めたのが名の由来だ。
「確かにプレッシャーが収まったな。近くに魔物の気配を感じない。罠は分からんが、これなら少し気楽に迷宮散歩ができるな」
カイルが笑った。
「散歩な…。まあ、楽しんでくれればガイド冥利に尽きる。好きなだけ楽しんでくれ」
俺は苦笑した。
「ああ、楽しもう。それはそうと、地上まであとどのくらいの見込みだ。急かしているわけではないぞ」
カイルが笑った。
「そうだな。このルートを歩けば六時間もあれば、一層に向かう階段に出るはずだ。そこから先は、今度は一層快速ルートに当たる。少し急げば、もっと速く着くだろう。特になにもなければ、今日の夕方には着くだろう」
あくまでも俺の腹時計だがな、と心の中で呟いた。
実際、邪魔なのでこの快速ルート内では夜営は出来ない。そういう、暗黙の了解がある。
だったら、ルートを外れて夜営をすればいいという考えもあるが、どこも狭い通路や狭い部屋が中心だ。
おおよそ、夜営をしたくない環境である。
「そうか、では少し急ごう」
カイルが笑った。
「よし、いくぞ。途中で小休止を取るが、疲れたら遠慮なくいってくれ」
俺は後続に声をかけ、歩く速度を上げた。
昼メシを返上し、ひたすら歩くそのうちに、一層への階段が見えてきた。
「よし、階段だ。ここで、小休止を取ろう」
俺が足を止めると、全員が床に座って小さく息を吐いた。
「なるほど、この速さなら今日中に地上に戻れるだろうな」
カイルが汗だくで笑みを浮かべた。
「悪いな。無茶しているのは。俺も分かっているつもりだ。なにかのついでだ。軽くなにか食っておけばいい。ひとしきり休んだら、また出発するぞ」
俺は指示を出し、空間ポケットから猫缶を取り出すと、すかさずアリアがプルトップを開けてくれた。
「今回は時間がないですからね。猫はやはりこれですか」
アリアが笑った。
「うむ、お前の料理は美味いが、舌が贅沢になっていかん。俺の主流だからな」
俺は苦笑して、猫缶の中身を一気食いした。
「うむ、美味い。アリアのメシには劣るが、俺はなんでも食うからな」
俺は手を使って念入りに顔掃除し、ついでに伸びをして筋肉の緊張を解いた。
「おーい、こっちも干し肉を食ったから問題ないぞ」
カイルが笑った。
小休止を切り上げ、俺たちは一層に戻った。
階段の出入り口は一層の最深部にあり、この迷宮に不慣れで経験も足りない冒険者たちは、まずはここを目指す事になる。
「ここは、肩慣らしの場だ。初心冒険者も多いし、迷宮に不慣れな者の調整として使われている。二層から下と違って人口密度も高いが、なにか聞かれたら答えてやってくれ。独り立ちしたばかりのガイドも多いからな」
俺は笑みを浮かべた。
すると、通路の奥から明かりが見えてきて、そのまま待機していると、初心者マークの腕章をつけたガイドが一人と、三人のパーティが現れた。
「あっ、こんにちは。新人ガイドのイザベラです。よろしくお願いします」
イザベラと名乗ったガイドが、ペコリと頭を下げた。
「イザベラだな。よろしく。店はどこだ?」
俺が問いかけると、イザベラは頷いた。
「はい、『招福の泉』です。評判がいいので、そこに登録しました」
「そうか、あそこか。よくも悪くも平均的な店だな。慣れるまでは、そこで修行するといい。優しく丁寧に教えてくれるはずだ」
俺は笑みを浮かべた。
「はい、頑張ります」
イザベラが笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。聞いているとは思うが、今はまだその階段を下りるなよ。その腕章が赤に変わるまでは、ここが終点だ」
俺は笑みを浮かべた。
「はい、分かっています。ご心配ありがとうございます」
イザベラがニコッとして、そのまま通路を引き返していった。
「まあ、こんな感じだ。お前たちみたいに、いかにもベテランに見えると、新人冒険者たちの餌食だな。教えろなんだろと大変な目に遭う。教えてやってくれとはいったが、限度があるだろう。まあ、そこは丁寧に対応してくれ。よし、快速ルートに入るぞ」
俺は笑い、通路を歩きはじめた。
階段から伸びる直線の通路を歩き、すぐの十字路を左に曲がってすぐ。
その交差点が、入り口だった。
「さて、快速ルートだ。このまま迷宮の出入り口に向かおう。時間はギリギリのはずだ」
辺りの魔物どものざわめきから考えて、そろそろ夕刻のはずだ。
急いではいないとはいえ、本来のガイドを失った後続のパーティには、ストレスがかかる迷宮内から、なるべく早く出た方がいいだろう。
そう、これは探索の仕事から、救助の仕事に変更となったのだ。
「一層の階層ルートは大して長くない。半端に小休止するくらいならば、それをキャンセルして先に進もう。俺も普段はこんな無茶はしないが、ギリギリまで粘る。いいか?」
俺は、ちょうど後ろを歩いていたカイルに問いかけた。
「問題ないぞ。今の俺たちを案内しているのは、シュナイザーだ。アドバイスは受け入れるぞ。みんな、いいな?」
カイルが後ろを振り向いて声をかけたが、異論を挟む者はいなかった。
「よし、問題なし。いくぞ」
カイルが笑った。
「うむ。では、いくぞ。少しキツいが、なんとかついてきてくれ」
俺は二足歩行を止め、より速度が出る四足歩行に切り替え、速度を少し上げた。
「おいおい、本気出してくれるなよ。いくらなんでも、猫の全速力にはついていけないからな」
カイルが笑った。
「問題ない。これ以上は速度は上げん。ただ、二足歩行だと出せない速さだからな」
俺は笑みを浮かべた。
「そうか。そういうところが猫らしいな。まあ、この速度が限界だな」
カイルが笑った。
こうして、俺たちは迷宮の出口を目指して突き進んでいった。
「ふぅ、なかなかギリギリだったな。ちょうど、夜だ」
俺たちが迷宮から出た時、ちょうど日没を迎えて周囲が暗くなりはじめていた。
「まあ、よしだな。お前たちもここで解散だ。使っている店があるだろう。」
俺の声に途中参加パーティの面々が、手を挙げて去っていった。
「さて、これでたまたまはじまった、救助任務は終わりだな。ビルヘルム堂へ戻ろう」
俺は笑みを浮かべ、ほの明るく内部の光が漏れている、ビルヘルム堂のテントに向かっていった。
ちょうど混む時間帯なので、カウンターで仕事をしているオヤジには声をかけず、そのままドーム型のテント内に入った。
「よし、お疲れ。今すぐ晩メシの注文をしてくる。昼メシを抜いたから、その分を食っておけ」
俺は笑みを浮かべ、隣の火吹きトカゲ亭に向かい、人数分の出前を頼んだ。
「ン、アリスはともかく、ミントたちもいないな。ついに客をつけたか」
俺は笑みを浮かべた。
「シュナイザー、ミントたちには買い出しを頼んでいる。まだ、迷宮に入るには早いからな」
仕事の合間をみて、オヤジが笑みを浮かべた。
「なるほどな。時に聞くが、アリスはどこだ?」
俺の問いかけに、しばらく逆を客を捌いてから、オヤジが返してきた。
「アリスなら、パーレットと一緒に出かけていったぞ。晩メシ頃には戻るといっていたから、もうすぐ帰ってくるだろう」
オヤジが笑った。
「なんだ、珍しいな。よし、店が閉まったらお宝鑑定といこう。まだ、出すなよ」
俺は笑った。
オヤジが扉側の布を下ろし、ガイド側の仕事が終わった。
これで始めてもよかったのだが、カウンター側の営業はまだ続いている。
どうしても音がするので、閉店するまで待つ事にした。
「さて、鑑定が楽しみだな。先に準備だけしておくか。少し離れてくれ」
俺は周りにいた全員を下がらせてから、特殊な魔方陣を描いた。
「よし、これで問題はない。まぁ、あまり期待はするなよ」
俺は笑った。
雑談などしながら待つ事数時間。
オヤジがカウンター側の布を下ろし、今日の営業は終わった。
とっくに晩メシの出前を受け取っていたが、すっかり冷めてしまっていた。
「よし、取りかかろう。まず、一番数が多くて面倒な金貨からいこうか。手伝ってくれ」
俺は空間ポケットから大量の革袋を取りだし、床に置いた。
「あとは、回収したお宝の中から金貨を取り出して、魔方陣の中央においてくれ。山盛りでかまわん」
俺の言葉に全員が頷き、それぞれの空間ポケットからお宝を取りだして、魔方陣の中央に置きはじめた。
「なんだ、一山当てたのか。あやかりたいものだな」
カウンターの片付けを終わらせたらしく、オヤジが近寄ってきて笑った。
「まぁ、そんなところだ。これから鑑定する」
俺が笑うと、オヤジも笑った。
「みなさん、大丈夫ですか?」
テントの奥でなにやら作業をしていたラグが、こちらに近寄ってきて笑みを浮かべた。
「ああ、問題ない。本格的な作業は、アリスやミントたちが帰ってきてからだな。今はなるべく音を出したくない」
俺は笑みを浮かべた。
「そうだな。ジャラジャラやっていたら、大体なにをやっているかバレちまうからな」
カイルが笑った。
「よし、暇つぶしに一つ。実は、うちのガイドにもカイルという者がいるのだ。紛らわしいので、なにか呼び方が欲しい」
俺は小さく頷いた。
「分かった。それじゃ、俺はファミリーネームのエッケンバウワーでよろしく」
カイル改めエッケンバウワーが笑った。
「承知した。さて、はじめる前にいっておくと、硬貨の相場はあまり高くない。そこで、不純物を極力除去した、純粋な金のインゴットで渡そうと思う。こちらの方が、高く売れるからな。全員これをつけてくれ」
俺は空間ポケットに手を入れ、人数分の白手袋を差し出した。
「素手で触ってしまうと、価値が落ちるからな」
俺が笑みを浮かべた時、正面の布に開けられた通用口のジッパーが開けられる音が聞こえ、アリスとミントたちが入ってきた。
「な、なんですか、このお宝の山は!?」
予想通り、ミントがぶったまげた声を上げた。
「静かに。これが、今回の探索で見つけた戦利品だ。これから鑑定に入る。少し時間がかかるから、そこにある弁当を食ってくれ」
俺は笑みを浮かべた。
一通り揃い、俺は改めてお宝をみた。
まずは金貨だけだがそこそこの数があるので、それなりの金額にはなるだろう。
まだ出してもらっていないが、宝飾品の鑑定は時間がかかる。
これには、様々な魔力を込めて付加価値をつけ、なにもしていないより高値で売りさばけるようにするつもりだ。
「さてと、夜も遅くなった。さっそく作業に取りかかろう」
俺は魔方陣の中央部に積まれた金貨の山に目をやり、魔方陣の端に足を乗せて呪文を唱えた。
すると、金貨の山が溶け出し光を帯びはじめた。
「…ほれ」
爆発的に強烈な光を放った金貨の山は、綺麗に金色に輝くインゴットとなって床に積み上がっていた。
「これは凄いな。手数料は必要か?」
エッケンバウワーが口笛を吹いた。
「いらんと言いたいところだが、オヤジが怒るだろうから、装飾品も含めて金貨二枚としておこう。もちろん、現在流通している普通の金貨でな」
俺は笑った。
「まあ、うちでは妥当な金額だな。あとは任せたぞ」
オヤジが笑い、自分の小形テントに入っていった。
「おいおい、本当にいいのか。これだけでも、一生安泰なくらい稼げるぞ」
エッケンバウワーがポカンとした。
「まあ、たまには迷宮からご褒美がないとな。これがあるから、探索はやめられないだろう?」
俺は笑った。
「さて、金貨が終われば装飾品だな。これは、丁寧にいこう。魔方陣の中央に並べてくれ」
俺は魔法陣の中央に座り、カイルたちがせっせと迷宮でみつけた装飾品を、一点ずつ俺の目の前に並べていった。
「全部で百点か。朝までかかるな。順番に交代を回してくれ。俺はさっそく鑑定に入る」
俺は手近にあった、琥珀製と思われる髪飾りを手に取った。
鑑定の魔法でその髪飾りをみると、その素性が頭に流れ込んできた。
「今から約六百年前のものだな。特別に魔法がされているものではないが、材料の琥珀は上質で、売ればそこそこの値段になるな。だが、取っておこう。なにかの役に立つ可能性がある。次は砕けた水晶片。このままではゴミだが、あとで錬成用の素材に使える。あとは…」
そんな調子で次々と鑑定を進めていき、新たなものを作る錬成まで全て終わったのは、見込みを大きく回った昼頃だった。
「うむ。最終的に残ったのは十点か。まとめて売ってもいいし、ここにいる全員で分けるのもいい。全て、魔法が封じられている魔道具だ。説明書きは、アイテムの前に置いてある」
俺は魔法陣から出て大きく背伸びして、テント隅のお気に入りスポットに収まった。
「ああ、そういえば一つ。喧嘩はするなよ」
俺は笑った。
「はい、分かっています。でも、この蝶々のペンダントだけは…」
ミントがペンダントを頑なに保持しながら、額に汗をかいていた。
まあ、装飾品だけに見栄えは重要な要素だ。
そこはちゃんと考えてある。
「ミント、その魔道具は光れと念じると光を放つ、迷宮探索が楽になるものだ。燃料が要らない代わりに少し魔力を使う。まあ、自覚がないくらいの微量だがな」
俺がミントに伝えると、すかさずアリスが手を伸ばした。
「だ、ダメ!」
ミントが身を捻って防御すると、今度はウレリックが手を伸ばした。
「ワシは頭の中が花畑じゃ。花畑には蝶が必要じゃ」
結局、ミントがペンダントを手に入れ争いは収まった。
「だから、喧嘩するなといっただろう。余るはずだから、足りなければまた取ればいい。説明書きは、ちゃんと読むんだぞ」
俺は苦笑した。
時間も時間なので、ビルヘルム堂はガイド業務も始まっている。
今日は開店休業だが、まあ、こんなものだ。
「おう、猫!」
暇だったのか、パーレットがやってきた。
「なんだ、冷やかしか?」
俺は笑った。
「うん、暇だよ。なんか賑やかだけど、祭りでもやってるの?」
パーレットが笑った。
「うむ、祭りといえば祭りだな。迷宮で見つけた素材を使って、魔道具を作ったのだ。先着順に配布している」
俺が説明すると、パーレットの目が輝いた。
「それいい。猫が作った魔道具は評判いいからね。なにがあるの?」
「それぞれだ。見ていくといい。欲しかったら、部外者価格で金貨一枚な」
俺は笑った。
「なんだ、ケチ。それじゃ、見てくる!」
パーレットがテント内に入り、さっそく魔道具を物色しはじめた。
「さて、こんなものか。俺は寝る」
みなが騒ぐ声を聞きながら、俺はそっと目を閉じたのだった。
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