第25話 ガイドの矜持
俺の腹時計では早朝だろう。
まだ魔物どもがざわめいているので、出発は朝メシを済ませてからでいい。
しばらく経つと、男用テントからカイルが出てきた。
「なんだ、早いな。それとも、徹夜か?」
カイルが眠そうに欠伸をしながら声を掛けてきた。
「いや、二時間ずつこまめに睡眠を取っている。問題ない」
俺は笑みを浮かべた。
「そうか。かえって疲れそうだが、大丈夫か?」
カイルがそばに寄ってきて、笑みを浮かべた。
「なに、俺は猫だ。慣れっこだしな。さて、無理に起こす事はない。皆が起きるのを待とう」
ぞの後、カイルと雑談を交わしていると、パーレットとアリスがテントから出てきた。「あっ、猫に負けた」
パーレットが笑った。
「そうだな。まあ、猫には勝てん」
アリスが笑った。
その後しばらくして皆が起き出すと、コックのアリアがさっそく朝メシの準備を始めた。
俺は猫缶を空間ポケットから取りだし、爪をプルトップのリングに掛けようと…したが、アリアに缶を取り上げられてしまった。
「ダメです。ちゃんと作ります」
アリアが鼻歌交じりに調理を開始すると、パーレットとアリスが爆笑した。
「へぇ、勝てないんだ。いいもの見た!」
パーレットが俺を指して笑った。
「全くだ。普段のお前からは考えられん」
アリスまでそんな事を言い出し、俺はため息を吐いた。
「あのな、せっかくの好意だぞ。断る方が無粋だと思うが…」
俺は鼻を鳴らした。
「はいはい、拗ねないの!」
パーレットが俺の頭を撫でたので、その手を引っ掻いてやった。
「まあ、シュナイザーをからかうのはその辺にしておけ。本気の猫キックを食らうぞ」
アリスが笑った。
朝メシを済ませると、地上に向かっていったパーレットとアリスと別れ、俺は俺の仕事に戻った。
「さて、カイル。引き続きこの二層を探索しよう。重ねて言うが、ここは一層に比べて強い魔物や罠も凶悪になってくる。油断はするな」
俺が笑みを浮かべると、カイルがサムアップした。
「ああ、空気で分かる。さて、いこうか」
テントなどを撤収した俺たちは、再び通路を歩きはじめた。
「シュナイザー、他の迷宮もそうなんだが、なんで倒した魔物や破壊した壁や床が元通りになるんだろうな。もし、そのままだったら、これだけ大勢の冒険者が好き勝手に暴れ回ったら、とっくに崩壊しているはずなんだがな」
カイルがもっともらしい事を呟いた。
「そうだな。他は知らないが、少なくともこの迷宮は生きているな。なにか、デカい生物の体内を歩いているようなものだ。それに食われないように、俺たちガイドがいる。まあ、どれだけ役に立つか分からんが、なにもないよりマシだと思ってくれればいい」
俺は笑った。
「そうか、生きているか。なんか、怖くなってきたな」
カイルが笑った。
「それでも、怖い物見たさで好きで入るのが冒険者だろ。高い金を払って装備や物資を揃えて、それぞれの目的を持ってやってくる。まあ、ロマンだな」
俺は笑みを浮かべた」
そのまま通路を進んで行くと、俺は気配を感じて足を止めた。
「ん? どうした」
カイルが不思議そうに聞いてきた。
「うむ。この先で別パーティが魔物と交戦中だな。トラブルの元になるから、横で御法度だ。ここで、しばらく待とう」
俺がアドバイスすると、カイルが頷いた。
「まあ、どこでも一緒だな。警戒しながら待機しよう」
カイルが剣を抜き、全員がそれぞれそっと戦闘態勢をとった。
先で剣を交える音と魔法の爆音が聞こえる中、ジリジリと待つ事しばし。
だんだん悲鳴や怒号がはっきり聞こえるようなり、戦闘はいよいよ佳境に入ったようだ。
「…これは冒険者側が圧されているな。この翼の音。ハーピーだ」
俺はそれとなく呟いた。
この二層では、比較的高位に当たる魔物だ。
鳥と人間を掛け合わせ、一本足で宙を舞うこれは、慣れないと十分脅威になる。
「うむ。そろそろ、来るはずだ。戦闘準備をしておけ」
俺が声をかけると、全員が隊列を入れ替えた。
しばらく待つと、通路の先から助けを求める大声が聞こえてきた。
「よし、行くぞ。走れ」
俺は勢いよくダッシュし、カイルたちがあとに続いた。
通路を駆け抜けていくと、程なく三体のハーピーと六人パーティが死闘を繰り広げていた。
「おい、加勢するぞ」
俺は決死の形相を浮かべていた、リーダー格と思しき男に声をかけた。
「助かった。うちの回復士が重症を負っちまってな」
リーダー格の男が答えてきた。
「うむ。カイルたち、出番だぞ」
俺が声をかけると、奇声を上げて飛んでいるハーピー三体に向かって突撃していった。
「よし、俺はコイツらのガイドを探すか」
俺は辺りを見渡し、定石通り戦地からやや退いた場所で、様子を伺っているドワーフのガイドを見つけ、そっと近づいた。
「なんだ、ドンか。様子はどうだ?」
邪魔しないように俺が小声で問いかけると、ドンが頷いた。
「そろそろ加勢だな。戦況は少し分が悪い」
厳ついドンが頷いた。
「分かった。邪魔はしない」
俺はドンから離れた。
ガイドの掟というか、当然の話ではあるが、俺が契約したのはカイルのパーティだ。
ドンはドンでこのパーティのガイド。手出しは無用である。
「さて、俺は俺で仕事をしよう。カイルたちの様子を伺った」
カイルたちの介入で、戦況は少し動いた。
まず、すでにかなりのダメージを受けていたハーピーを一体落とした。
「うむ。特に問題はないな。危険ではないな。支援の用意をしておこう」
俺は暴れるカイルたちの様子を慎重に伺いながら、ついに動いたドンの戦いを見守った。
「うむ。今回はあまり出番はなさそうだな。双方手練れの冒険者だ」
俺は油断こそしていないが、俺はそっと力を抜いた。
下手に緊張し過ぎると、いざという時動けない。
結局、俺の出番はなく、程なく戦闘は終了した。
迷宮内での冒険者同士は、助け合いはあってもそれは無償ではない。
ドンのパーティからそれ相応の礼金をもらい、俺たちは再び通路を歩きはじめた。
「ハーピーか。特に珍しくもないが、ここにもいるんだな」
カイルが笑った。
「ああ、他は知らないが、少なくてもここには多くいる。初心者が勢い任せでここに下りてハーピーに襲われ全滅するパターンもあるが、これはガイドが悪い」
俺は笑みを浮かべた。
「そうだな。ある程度腕がないと、対処が難しい」
カイルが笑った。
「そうだな。さて、疲れただろう。適当な場所で休息を取ろうか」
俺は適当な壁のヘコみまで進み、そこに全員で入った。
「よし、アラン。全員の傷を癒やしてくれ。小傷だが念のためだ」
カイルが回復士のアランに声をかけると、さっそくアランが全員に回復魔法をかけて回った。
迷宮では、いざという時に小傷が原因で命を落とす事がある。カイルたちがなかなか経験がある証拠だ
「よし、これでいいな。少し寝よう」
カイルが座ったまま目を閉じ、静かに寝息を立てはじめた。
いつでもどこでも可能な時に寝る。これも、冒険者として必須の技能だ。
「さて、俺は見張っておこう。全員、軽く休むといい」
俺が全員に声を掛けると、それぞれが軽く頷き好きな格好で仮眠に入った。
「さて、これで問題ない。全く、手練れのパーティは楽でいい」
俺は笑みを浮かべ、周囲を警戒しながら小さく笑みを浮かべたのだった。
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