猫の案内人

NEO

第1話 案内人の客

 俺には本来の名前などない。

 ここにいて勝手についた名前は、シュナイザーと大層な名前である。

 『アランタスの大遺跡』と名がついた大迷宮。

 俺にはどうでもよかったが、人間だのエルフなどの亜人たちが、こぞって行きたがる遺跡の中をサポートするのが俺の仕事だ。

 ここは、迷宮の入り口に十数件ある案内所の一件で、こき使われている日々である。

 今は仕事の合間で暇。日向でボンヤリしながら居眠りしていた。

「おい、シュナイザー。客に見られたらどうする」

「そんなの俺がなにしてようが、この姿を見た段階でおかしいと思うだろ」

 俺は笑った。

 このオヤジは、ここの店長だ。

 いわゆる大手といわれる案内所は、案内人を何人も抱えて羽振りもなかなかいいそうだが、ここには俺以外の案内人はいない。

 以前は三人くらいいたそうだが、ほぼ同時に全て迷宮の罠に掛かって死んだらしい。

 慌てて求人をしたが、大手の案内所と違ってなかなか人がこない。

 もうガイドの店やめようと考えていたら、そんな時に俺がひょっこり現れていきなりキャッチされ、仕事のイロハを学び、実際にオヤジと迷宮に何度も入り、案内人としての適性は問題なしと判断されて、少なくともまともにメシがあり、雨風がしのげる超大型テントの住人になる事が出来た。

「あの、すいません。宿で評判のいい案内所はここだと伺ったのですが…」

 まだ慣れていないなという感じの迷宮初心者とすぐ分かる少女とでもいうべき年齢の女性と、少し年上だろうという剣を帯びた青年、長い人生を旅しているであろう杖を持ったご老体という三人パーティという、この迷宮にしては珍しく小規模な編成だった。

「はい、評判は分かりませんが、『親切、丁寧、安い』をモットーにしています。今日ご出立ですか?」

 オヤジが景気よく話しはじめた。

「はい、早い方がいいかなと…」

 なんとも気ぜわしい感じの少女に、俺はそっと立ち上がってニヤッと笑みを浮かべた。

「う、うわ!?」

 どうやら珍しいらしく、少女がひっくりコケた。

「うむ、聞いた事はあったが、二足で立って喋る猫は実在するのだな」

 さすが年配というか、ご老体がニコッと笑みを浮かべた。

「おいおい…」

 剣を帯びた青年が目を丸くした。

「俺はシュナイザーという、見ての通り二足歩行出来る猫だ。猫の力も借りたかったら、オヤジに料金を払ってやってくれ。俺がこの店のガイドだ」

 俺は笑った。

 そう、俺は人間に取っては猫という種らしい。

 最近まで知らなかったのだが、俺はいわゆる『普通の猫』ではなく『大立脚お喋り猫』というよく分からない種類らしく、ここまでの道すがら出会った同族は、なぜ手を使ってゆっくり歩くのか分からなかった。俺が手も使って四足を使うのは、緊急時だけである。

「ちょっと待った。猫のガイドって大丈夫なのか?」

 少女がそのまますんなり料金を払いそうになった時に、剣を帯びたた青年が慌ててツッコミを入れた。

「なに、不安なら無理にとはいわん。迷宮内ではパーティの一員だからな。とりあえず、俺は攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、結界魔法、召喚魔法、黒魔術…が使えるぞ」

 俺は笑った。

「ふむ、やるおるな。ワシは攻撃魔法は得意だが、他がからっきしでな。これは直感だが、雇っていいと思うぞ。誰よりも、この迷宮に詳しいようだ」

 ご老体が笑みを浮かべた。

「本当にいいのか、ウレリックの爺さま。まあ、予想外のガイドだったが、店があるということは、ちゃんとしているだろう。二人がいいなら、俺は反対しないぞ」

 青年が笑みを浮かべた。

「ん、いいのか? その辺のモグリよりはマシくらいに考えておけ。俺はあくまで猫だからな」

 俺は笑った。

「また意地悪な…。分かりました、どこまでいけるか分かりませんが、シュナイザーさんでしたね。私はミントです。よろしくお願いします」

 少女改め、ミントが笑みを浮かべた。

「ああ、自己紹介しよう。カイルだ。よろしく頼んだぞ」

 青年改め、カイルが笑顔になった。

「ワシはウレリックだ。ジジイだが、まだまだ若い者には負けん。頼んだぞ」

 ご老体改め、ウレリックが笑った。

「分かった。これからは、俺もパーティの一員だ。誰がリーダーだ?」

「はい、私です。頼りないですが…」

 ミントが苦笑した。

「そうか、わかった。まだ冒険者としての経験が浅い事は、発している空気で分かる。そういう連中は、決まってモグリの腐った連中が狙うんだが、よく耐えたな」

 俺は笑みを浮かべた。

 法外な値段をふっかけ、迷宮の中頃になって逃げ去るなど、ガイドの風上にも置けない輩が、まだモノを知らない若い冒険者を狙うケースが多発しているのだ。

「はい、しつこく鬱陶しい連中が束になってきましたが、お互いに殴り合いの喧嘩をはじめてしまったので、その隙に逃げだしたんです。このガイド屋さんが並んでいるエリアに入ったら、もう出なくなりました」

 ミントが笑った。

「そうだろうな。この界隈は警備隊まで配置して、徹底して警備しているからな。まあ、いい。契約するなら、そこで半分寝ているオヤジに任せる。意外かも知れないが、迷宮の魔物どもは夜行性でな。闇の中でよく分かるなと思うが、実際にそうなのは事実だ。今はもう夕方だ。出発は明日の早朝がいいだろう。これは、ガイドとしてのアドバイスだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「分かりました。迷宮に詳しいシュナイザーさんのアドバイスを尊重します。えっと、宿なんてあったかな…」

 ミントが思案気な表情を浮かべた。

「この近辺に宿らしい宿はないぞ。なんで、その辺のガイド屋が二階建てか分かるか。そこに客を泊めるためだ。ウチはデカいこのテントが宿泊スペースだ。不満はあるだろうが、これは迷宮の予行練習だと思って欲しい。寝袋はあるだろうな?」

 俺は笑った。

「はい、あります。各自、寝袋は持っています。あとは四人用のテントを持っています」

 ミントが笑みを浮かべた。

「上出来だな。よし、日が暮れる前に寝袋を敷いてくれ。まあ、陽が落ちて暗くなってからでも練習にはちょうどいいが、それは任せる」

「分かりました。あえて陽が落ちてからにします。その方が実践的なので」

 ミントが小さく笑った。

「そうか、分かった。このテントは夜になると、頼りない魔力灯が一つ点くだけだぞ。まあ、実際は明かりの魔法でもっと明るい環境でやるのだが、非常時というのはいつきてもおかしくないから、あえてその中で寝袋くらい敷けるように心構えはしておいてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「あのお客さん、料金を頂いてよろしいですかな」

 居眠りしていたオヤジが目を擦りながら、ミントたちに声をかけた。

「あっ、ごめんなさい。えっと…金貨一枚ですよね」

 ミントが財布を取り出した。

「ガイド料と宿泊費、晩メシと朝メシ付きのセット料金で、金貨一枚です」

 オヤジが笑った。

「は、はい…。他とは比較にならないくらい安い」

 ミントが財布から金貨一枚を取りだして。オヤジに手渡した。

 まあ、実際ここは安いのも売りの一つだ。

 危険が伴うのでガイド料金だけで、金貨三十枚という値段を吹っかける店もあるくらいで、コミコミで金貨一枚は非常識ともいえる、破格の安さだった。

 これも、食費が一日二食分、猫缶黒印二つで済み、なおかつ俺が金を持っていても意味がないので、給料も当然ゼロだから成せる技だ。

 この待遇に不満はない。むしろ、雨風がしのげてメシにもありつけるので、これ以上の好待遇はなかった。

「まあ、安かろう悪かろうという評判は立てたくはないからな。まあ、適当に話しでもして、時間を潰そう。なに、迷宮は逃げたりはしない」

 俺は笑みを浮かべた。


 時刻はそろそろ夕方から夜になるという頃合いになって、ミントたちが寝袋を敷きはじめた。

「まだ早いですが、自分の陣地は確保しておかないと」

 ミントが笑った。

「そうだな、賢明な処置だ。仲間同士で場所の取り合いになり、最終的には迷宮内でパーティ解散になった例もあるらしいからな。さて、俺も準備するか…」

 俺は空間ポケットを開き、中から猫缶黒印を取りだした。

「俺の晩メシだ。誰か開けてくれるとありがたい。さっきオヤジがテントから出ていったから、すぐにお前たちのメシもくるだろう。多分、近くの『火吹きトカゲ亭』の厚切りステーキだと思うぞ」

 俺は笑った。

 この迷宮が発見されて、もう十年以上経っているので、この界隈は冒険者相手の商売ができると様々な店が建ち、ちょっとした村という感じだった。

 この商魂たくましさには、俺は素直に脱帽する。

 その中で食堂は何十件もあるが、火吹きトカゲ亭は安くて美味いと評判だった。

「あ、厚切りステーキ。肉なんて、もう何ヶ月も食べていない…」

 ミントが唾液を垂らした。

「おっ、豪勢じゃないか。これは楽しみだ」

 カイルが笑った。

「うむ、ワシはまだまだ現役じゃ。肉はいいタンパク源だ。楽しみじゃて」

 ウレリックがパイプを取りだした。

「おっと、分かっているだろうが、念のためいっておく。テント内は禁煙だ。燃えたらシャレにならないからな」

「無論分かっておる。ちと一服付けてくる」

 ウレリックがテントから出て、マッチを擦る音が聞こえた。

「まあ、なんだ。もう一度いうが、その猫缶を開けてくれると助かる」

 俺が苦笑すると、ミントが慌てて開けてくれた。

「助かった。これで、お前たちとの正式な契約だな。迷宮内で俺は自分でメシを食えない。反対に、俺がいないとお前たちは後にも先にも進めない。これで、お互い様だ」

 俺は笑って、猫缶の中身を缶から直接食おうとしたが、それをミントは許さなかった。

 荷物から紙皿を取りだし、猫缶の中身をそれに盛り付け、ミントは笑みを浮かべてそれを床に置いた。

「はい、どうぞ」

「…あのな、これを迷宮内でやるなよ。器も貴重な資源だからな」

 俺は苦笑した。

 恐らく迷宮に持ち込む食器類は紙製がいいと、どこかで聞いたのだろう。

 貴重な水を食器洗いに使うのはどう考えても無駄だし、だったら燃やしてしまう方がいいという事で、少なくともここにくる冒険者の大半はそうしている。

「もちろん、分かっています。ところで、店主はまだ帰ってこないですね。大丈夫でしょうか…」

 ミントが心配そうな顔をした。

「確かに遅いが、時間帯が悪かったかもしれん。どこの食堂も晩メシラッシュだ。まあ、気長に待ってくれ」

 俺はメシを食ったあとのお約束で、手で顔を擦って洗いオヤジの帰りを待った。

 しばらく経つと、オヤジが大袋を三つ持って帰ってきた。

「お待たせしました。店が混んでいて、なかなかテイクアウトまで手が回らなかったようで」

 オヤジがメシをミントたちに配ると、美味そうな匂いがテント内に溢れた。

「うわ、本当にステーキだ。しかも、分厚い…」

 ミントが声を上げた。

「あ、ああ、これ本当にメシ代込みなのか?」

 カイルが信じられないといった表情で俺をみた。

「ああ、コミコミとオヤジが言っただろう。あとで追加請求するような、セコい商売はしないぞ」

 俺は笑った。


 外は夜闇に包まれ、この『ビルヘルム堂』の中は、頼りない魔力灯が放つ、淡い光りがボンヤリ照らしていた。

 店はいつくるか分からない冒険者のために深夜まで営業しているが、客がいる場合は早々にテントの出入り口を閉めてしまう。

 今日は客がいるので、ミントたちが契約した段階でテントの前には、定員のため本日打ち切りの看板を立ててしまったはずだ。

 まあ、ガイドが俺しかいないのでは、同時に複数パーティの面倒をみる事など出来ないので、これはどうにもならないだろう。

「シュナイザーさん、迷宮に必要な装備を教えて下さい」

 ミントが空間ポケットからポコポコと道具を取りだしはじめ、ほかの二人もそれに倣った。

「そうだな…。ザイルは多めの方がいいが、これだけあれば十分だろう。装備は問題ないぞ。武器はなんだ?」

 俺の問いに、ミントが腰のホルスターに収まっていた拳銃とサブマシンガンを取りだし、俺の前に置いた。

「銃か、これは便利だ。カイルは一般的に出回っている鋼のロングソードとナイフ。白兵戦や近距離は大丈夫だ。それで、ウレリックが杖。これは打撃に使えるが、あくまで魔法専門といったところか。回復役はいるのか?」

 俺は小さく息を吐いた。

「はい、私が回復魔法を使えます。といっても、初歩の簡単なものですが…」

 ミントが苦笑した。

「例え初歩でも、あるのとないのでは全然違う。よし、俺はあくまでもガイドだ。必要な時に必要なだけ手助けはするが、オマケ程度に考えてくれ。冒険するのは、お前たちなのだからな」

 俺は笑った。


 一通り装備の点検が終わり、食料や水も問題ない事を確かめ、ミントたちは俺に断りを入れてから、この辺りの散策に出かけていった。

「まあ、武器はフル装備で出たんだ。もし、ゴロツキに絡まれても、その程度は追い払って欲しいものだ」

 俺は一人笑い、空間ポケットから自分で描いた、迷宮の地図を取り出した。

「そうだな、地下一層で様子を見て二層だな。三層はキツいかもしれん」

 俺は小さく息を吐き、地図を見つめた。

「よし、目標は二層だな。三層は行ってみてからだ」

 普段は頼りなく思えても、迷宮に入ると豹変する…という事例は、決して珍しい事ではない。

 もっとも、今回はそれでも厳しいと直感が告げていた。

「やれやれ、ここが観光地なら俺も楽なんだがな」

 俺は苦笑した。

 地図を空間ポケットにしまい、俺は全身のグルーミングをはじめた。

 きれい好きというより、緊張した事から解放された時についやってしまうのだが、それが猫はそれが普通だとオヤジにいわれた。

「ただいま帰りました」

 テントの出入り口にある扉のようなものを開くジッパーの音が聞こえ、ミントたちが帰ってきた。

 俺はグルーミングをやめ、よっこらせと立ち上がった。

「どうだ、ここには大したものはなかっただろう。ガイド屋か武器防具店、胃袋を満たす食堂と、冒険に必要なものを売っているなんでも屋くらいだ」

 俺は笑った。

「いえいえ、屋台がたくさんあったので、買い食いも出来ましたし、楽しかったですよ」

 ミントが笑った。

「そうだな、迷宮前に気分転換出来たよ」

 カイルが笑みを浮かべた。

「ワシはいい魔法書を見つけた。探してみるものだな」

 ウレリックが笑った。

「そうか、楽しんでくれてよかった。一息吐いたら、もう休んだがいい。明日の朝は早いぞ」

 俺は笑ったのだった。

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